テンポラリー通信

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2018年 08月 24日

「継ぎ」展の中日ーシジフォス(26)

二週目木曜日は斉藤周さんのH高校生徒さん集合。
女生徒ばかりだった。
男女共学だと思うが・・・。
斎藤先生、学外授業の一環としてギャラリーでの
自分の作品を前に簡潔にその意義を話す。
その後私を紹介し、今回の展示について語る事を
招請する。
私は彼女たちが集まって来た時吹抜け2階に上がり、
こわーい、と言いながらもそれを楽しんでいる様子
を見て、日本人の身体尺として構成されている古い
家屋の構造を説明した。
その事を前提に2階吹き抜け縁に腰を下ろし足をぶら
ぶらさせながら聞いている彼女たちを見上げながら話
し出した。
1・8リットルが一升、3・3平方メートルが一坪と
本来の尺・寸、合・升の基準がこの建物には生きてい
る事そしてその寸法・尺度が体の中に生きている事を
2階に上がり、落ち着く気持ちで解ったでしょうと話
し始めた。
民族それぞれが固有の測定基準を持っている事。
それが今回展示の斉藤さんのお父さんが造ったアトリエ
兼住宅の構造にも生きていて、そこを生家として育った
斎藤さんは、父と家を再発見するかのように今回の展示
のメインとして今は無い家を描き上げたのだと話した。
それは懐古ではなく、自分という存在の足元・父と家と
いうランド(郷・里)の再構築なのだと続けた。
足元から自らのランドを再構築している行為は、決し
て懐古ではない。
今は無い住宅・アトリエのあった木造の住宅。
その百号の油彩の周りに小さな10号の絵画が跳んでいる。
父の背中を見詰めた幼少期のニセコ・比羅夫の山、そこにも
実家の家屋が跳んでいる。
斎藤周さんは、自分の世界の足元の土壌をこれらの絵画に
カルチヴェートするようにして表現し顕在化したのです、と
話を続けた。
故郷・故里というゾーンが喪われつつある現在。
表現者として自らのルーツ(根)、小さなランドを見詰める
事は、生きる事と深く関わる大切な行為だ。
若い女性の皆さん方にも共通するそれぞれの小さなランドを
これを機会に見詰めて欲しい、と話を閉じた。

上手く伝わったかどうかは解らないけれど、その後も2階に
上り”こわ~い”と下に降りることなく雀の巣のように喋って
いる様子を見て、なんともなく嬉しかった。
十数人の女生徒たちが次の課外授業先へ散った後、遅れて
ひとりの男子生徒が来た。
彼は美術部でもなく、ドラム奏者という。
斎藤周さん曰く、とても優れた演奏をするという。
絵画と会場にきっと音を感じようと、吹き抜け2階、1階
と耳を澄ましていたのかも知れない。
男の子の方が、ナイーブだなあ、と彼を見ていて思う。
絵の中の家屋と画廊の古民家と両方の木造家屋に、彼は音
・響きを探していたような気がした。
なにも話しかけなかったけど、30分以上一人で居た。

*斎藤周個展「継ぎ」ー8月26日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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# by kakiten | 2018-08-24 10:57 | Comments(0)
2018年 08月 21日

二週目へーシジフォス(25)

斎藤周展「継ぎ」、二週目に入る。
今年からH高校へ赴任先が変わり、多忙な斎藤周さん。
お盆の休暇を利用して、会場で制作仕上げ・初日と集中した。
今まで5回のテンポラリーでの個展に見られなかった一軒の
家の佇まいの油彩画。
この建物に父・母そして自分自身の来歴が、この百号の大作
に籠っている。
初日以降訪れる人がほとんど途切れる事がない。
K高校ーA高校と重ねて来た高校の関係者、同僚の先生、
生徒たち、斉藤絵画フアンの一般人、美術の友人と立場
は異なるが、絵画を通した友情のエリアが快い。
そういえば、今回私が通院する時留守をお願いしたN君
もA高校の斉藤周さんの生徒だった。
今は九州の大学生で昆虫に詳しく、折り紙制作に秀でた
ユニークな青年だ。
さらに今年8月13回忌を迎えた村岸宏昭さんも斎藤周さ
んのK高校時代の教え子、今東京で活躍中の詩人文月悠光
さんもA高校時代の教え子である。
何故かテンポラリースペースとも縁深く、村岸君は2006
年7月最初で最後の個展をしてその年8月13日四国高知県
鏡川で遭難死した。
彼を悼み出版された追悼本は今も多くの人に読まれている。

今回の斉藤周展「継ぎ」は、本人にとっては勿論見る者に
とっても心地よい伝播力があり、多くの赤い予約マークが
その事を証明している。
手元画面で用を済ます事の多い時代、足を運び上下吹抜けを
梯子・階段を上り見て回る、見る人が身体を使って鑑賞する
この場所で、多くの人たちが喜び購入までしてくれる事実は、
作家だけでなく、私にも快い感動を与えてくれるのだった。

今週木曜日午後からは、斉藤周さんの生徒たちが多数見えて
私が画廊主として今回の展示その他についてレクチャーする
機会が与えられる予定という。
吹抜け1,2階に鈴なりの雀の巣のような中で、何を喋ろう
か、今から楽しみでもある。

*斎藤周展「継ぎ」-8月26日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
時代の教え子で、

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# by kakiten | 2018-08-21 14:28 | Comments(0)
2018年 08月 17日

日々を継ぐ心の形象ーシジフォス(24)

斎藤周展2日目。
様々な時間を抱えて人が訪れる。
正面の大作斎藤周さんの父上の建てたアトリエ兼住宅の絵。
その木造2階建ての描き込まれた油彩を見ていた、高校時
代父上の教え子だったという中年の男性。
初めて授業で油彩に触れ、真っ黒な絵を描いた。
あの時なにを描き篭めたのだろう?、と呟いていた。
息子の周さんが、今は亡き父の住居兼アトリエを初めて
描いた油彩大作が、父の教え子の初めて油彩に触れた遠い
時間を思い出させていた。
アトリエ・住宅という仕事場兼住居の木造建築物。
それはそこを拠点に生きた人の親しいランド(郷)。
子供には遊び場だった長い廊下・階段。
父と遠出した冬のニセコの記憶と共に、今斉藤周さんの
ランド(郷)が、父の広い背中、アトリエ兼住居ととも
に小さな磁場を生んでいる。
その記憶の磁場に引き寄せられるように、訪れる人の記憶
もまた開き、語られていた。
父子二代の画家・教師稼業。
斎藤周展「継ぎ」は、今は無い住居・父の仕事場という
ランド(郷)を経て、心の<継>が過去と現在を結んでいる。
<郷>である<故(ゆえ)>を、木造の一軒の建物の記憶が
結晶して雪のように舞い・降る見えない心の故郷(ランド)
を形象しているのだ。

美術・絵画という人の心象が創り出す世界は、見えない心の
コア・拠点として、懐かしい風景を再生し世界と自分の踵・
軸心を創るのだ。
人間社会の意識の胎内記憶ー故郷(ふるさと)。
その故郷が磨り減り、新幹線・地下鉄の車窓の風景のように、
急速に過去・消去へと飛び去る現代。
斎藤周の画業は、現在という時間を過去ー未来に<継ぎ>と
繋ぐ原点再生として顕れている。

*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)-26日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 テンポラリスペース札幌市北区北16西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-08-17 12:49 | Comments(0)
2018年 08月 15日

斎藤周展始まるーシジフォス(23)

ひとつの転機を感じさせる。
今日始まった斎藤周展「継ぎ」。
入ってすぐ正面に父が建てた2階建て木造住居兼アトリエ。
今は無いその建物が今展示最大の大きさで油彩で描かれ
展示されている。
昨年6月CONTEXT・Sで発表した「片鱗」で感じた
内なるコアの舞い・降る解放感が、この亡き父・無き建物
の顕現によって、あるなにかの再生を印象付ける。
一番親しい他者・父の背中とその住まい・仕事場。
小さいけれど、それは自分と父・母を含めた斉藤周の人生
の根=ランド(国)なのだ。
齢50歳にして人生の過ぎ行く基底から発掘したランド(故郷)
の建物(家)である。
同じ画家でもあった父の遠い背中を見詰め、父の夢であった
アトリエ兼自宅が、今彼の絵の中でランドとして蘇っている。
これは郷愁ではない。
最後尾にして最前線ー最前線にして最後尾、ラディカルな
一人生の軸足・踵の風景なのだ。

人には人それぞれの個人的時間・理由(わけ)がある。
生きる事には些細な個人的な理由(わけ)がある。
作品という世界への架橋行為には、個人的な内に閉じる
凝固した理由(わけ)を、ある開かれた地平へと解き放っ
てもくれる。
そして作家自身が、身と心の内なる凝固を解き放ち、舞い
・降る雪の結晶のように宙(そら)の扉を叩く今がある。

*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)-26日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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# by kakiten | 2018-08-15 14:52 | Comments(0)
2018年 08月 14日

アンド、そして、ランドーシジフォス(22)

今年秋札幌市民交流プラザに設置される大作作品
の為札幌に滞在しているドイツ在住の谷口顕一郎氏。
ほぼ設置作業を終え一段落して、一時またドイツへ
帰る前立ち寄る。
10月交流プラザ完成時に再び来日予定という。
この吹き抜けに吊られる作品、彩さんのスマホで
見せて頂いたが、かってオランダの司法省内部吹き
抜けに飾られた作品よりも大きいという。
作品自体もある尖鋭さが増して迫力を感じた。
公開が楽しみだ。

以前から話のあった、この展示に併せてのテンポラ
リースペースでの個展の事。
私から提案したケン&アヤで発表する最初の個展案
は、基本的には了解のようだが、あらためて作品と
ともに時間をかけたい意向のようだった。
そして私からさらに注文を加えた。
稚内からサハリンを経てシベリア大陸を横断し、欧州
へ渡った彩さんの旅日記と旅途中のふたりの写真。
アジア系の小さな村、そこでの村民との交流やトナカイ
の旅。
これも同時になんらかの形で世に出して欲しい。
コピーでも製本でもどちらでもよいので、ケン&アヤ
の原点として、個展時に同時に公開してはどうか、と
いう提案だった。
ふたりの偉大な先輩であるクリスト&ジャンヌ=クロ
ード、ジョン&ミリヤナ=ルイスのように、多くの
苦労・障害・差別を協力し乗り越えて来た希望・生の
証として作品制作に名を記す。
ともに同じ方向を見定めてきた作品という結果に、誇
りを保ち自然に印すのだ。
男女平等という観念ではない。
男女平等という人間宣言である。
作品と同様その作者銘記もまた誰にでも出来る事で
ない深い大きな仕事である、と私は思う。
ジョンルイスもクリストクロードも人種・国家社会の
差別・偏見、そしてジャンル自体の差別・偏見と闘い
ミリヤナ、ジャンヌとともに心に残る仕事・作品を創
った。
その証しが、作家名の表記に慎ましく記録されている。

テンポラリースペースでの個展は、しばらく伸びそうだが、
いずれ実現する事だろう。
顕一郎&彩子=谷口への期待を篭めて待っている。
帰り際、ケンちゃんが呟いた。
andにLが加わると、Landだね・・。

そうだ! ふたりは新たなLandの始まり・・だ。

*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)-26日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




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# by kakiten | 2018-08-14 17:31 | Comments(0)
2018年 08月 12日

花人ト火ノ刺繍ーシジフォス(21)

昨日吉増剛造展へのお祝いのメッセージをファックスで
吉増さん宛に送信。
今朝その応答がテンポラリースペースに届いていた。
300名出席の大盛会という。
札幌の関係者は、仁美さんの妹で慶応義塾大学出版会
の村上文さん、私の早稲田大学同窓で編集企画室の竹
中英俊さん。
ふたりが札幌を代表してご出席とも書かれていた。
吉増さん直筆招待状の札幌勢は誰も出席できず、心苦
しい気がした。
その寂しさもあるのだろうか、函館ー小樽ー熊本を廻る
大冊「火ノ刺繍」出版全国巡回の一日札幌での日程が提
案されていた。
展示タイトル案も添えられている。
「花ヒト ト 火ノ刺繍 ノ 夜(ヨ)」。
2011年12月から毎年積み重ねてきたテンポラリー
スペースでの個展。
その積年の展示が軸となり、今年東京・松涛美術館に結集
したという感慨が吉増さんにあったに違いない。
2011年「石狩河口/坐ル ふたたび」以来、展示構成
・フライヤーデザイン等、身を削って協力・参加した河田
雅文、酒井博史、中嶋幸治、の三君。
さらに展示に共鳴し映像参加した石田尚志、鈴木余位両氏
花人として3回目以降毎回作品参加した村上仁美氏、
そして自作短歌作品と朗読で参加した歌人山田航氏。
これらの友人たちと今逢いたいという想いが、吉増さんの
心にきっと湧き上がっているに違いない。
ファックスの末尾に書かれた「・・では非常にたのしみに。
」の記述にそれらが感じられた。
お盆大移動の始まりの時期、貧しい札幌勢は私も含め誰も
オープニング内覧会に出席出来なかった。
長年の大勢の吉増フアン・支持者に囲まれて、この間連続し
た異例の美術館個展括りの日。
締めとも言うべき東京・松涛美術館。
札幌勢の不在に、何処か一抹の寂しさを感じている気がした。
3・11以降の孤独な闘いが保つ聖域がある。
大河の源の小さな湧き口に似た孤独である。
そこに寄り添ってくれた森や土のような人の親和力。
その思いが自ら直筆で美術館招待状を送った札幌の各氏にあっ
たような気がするからだ。

旅の途中の秋の一日。
もうひとつの「火ノ刺繍」が、紅葉するだろう。

*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)-26日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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# by kakiten | 2018-08-12 17:10 | Comments(0)
2018年 08月 11日

松涛美術館初日の声ーシジフォス(20)

吉増剛造展ー東京・渋谷区立松涛美術館初日。
一夜明け、初日の声が伝わってくる。
2016年6月東京国立近代美術館から始まった
一連の美術館展示は、栃木県足利市立美術館、沖縄県立
美術館と続き、昨日より始まった東京渋谷区立松涛美術
館でひとつの区切りを迎える気がする。
出得るならば、これまで招待され出席して来たから、こ
の日の初日には出席したかった。
しかし透析治療日と重なり、かつお盆休暇の大移動週日
とも重なって、東京行きは断念したのだ。
体調自体も今ひとつ優れず、日を改める事にした。
今日昨日オープニングに出席した友人達の発信する情報
がネット上で伝わってくる。
また大作「火ノ刺繍」を出版した響文社高橋氏からも
電話が来て、声で昨日の空気が伝わって来た。
竹中英俊さんのネット映像で見る限り、吉増さんは今まで
で一番寛いでいる気がする。
多分これまでの美術館とは違う寛ぎを、地元東京でもあり
感じているに相違ない。
思い起こせば2011年冬12月テンポラリースペースか
ら始まった3.11を起点としたこの一連の展示は、公的
な巨大美術館への連鎖ともなり、東京ー栃木ー沖縄を経て、
再び東京へと戻ってきたのだ。
そしてさらにこの後東北・福島等も巡回してゆく予定もある
と聞く。
本命のフクシマでは、どんな展開が待っているのだろうか。

響文社高橋氏の話では、大作「火ノ刺繍」の公開対話で秋に
函館ー小樽ー熊本等も巡回するようだ。
その間札幌にも立ち寄り、テンポラリースペースでも一席
設けたいと言っていた。
2011年からテンポラリーで吉増展示に関わったすべての
友人たちとも逢いたいのが、吉増さんの本音でもあるだろう。
今回の松涛美術館の招待状を直筆でこれらの人たちに送った
のも異例の事であり、その気持ちであろう。
お盆時期でお盆価格に宿も旅費も高騰し、今回は誰も出席せず
申し訳なかった。
秋のテンポラリースペースで再会し、労う会としたい。
これも形を変えた「石狩河口/坐ル ふたたび」である。

*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)ー26日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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# by kakiten | 2018-08-11 16:41 | Comments(0)
2018年 08月 07日

2冊の本ーシジフォス(19)

東京八王子に住む菊井崇史さんから、同時発売の詩集
2冊が送られて来た。
350頁に及ぶ大冊「ゆきはての月日をわかつ伝書臨」
もう一冊は2012年発行の「遥かなる光郷へノ黙示」
復刻版。
昨年の足利市美術館ー今年の沖縄県立美術館ー今月から
始まる東京・渋谷区立松涛美術館の吉増剛造展「涯テノ
詩聲」共通の大冊カタログ三百頁弱編集に深く関わった
菊井さんが、自らの詩業に対してもひとつのけじめの
ように整えた今回の仕事と思われる。
2012年発行の「遥かなる光郷へノ黙示」は多分彼の
処女詩集と思われ、その<光郷>へ、再び熱い思いを込
めて350頁に及ぶ「ゆきはての 月日をわかつ 伝書
臨」という大冊長編詩を纏め2冊同時に出版した想いが
、二冊の表題からも伝わってくる気がした。
吉増剛造の2016年東京国立近代美術館から始まった
一連の美術館連続展示のトニカと軌を一にして、菊井崇史
の何かが弾けている。
私にはそんな気がしたのだ。
そして何よりもこの2冊の詩集のふたつのタイトル自体が、
その心の交感を何よりも顕している、と感じた。
この2冊は遠い過去と、数年を経たその近い過去とを
<ふたたび>の重層性の現在として見詰めている。
これはこの間一連の吉増剛造展が、基本モチーフとして
貫いているコンセプトと重なる。
勿論ふたりの生きた時代も年齢も違うのだけれど、自ら
個有の<月日をわかつ><遥かなる光郷へノ黙示>という
視座においては、同時代の交響構造が感じられるのだ。

ひとりの優れた仕事とは、交響し、またもうひとりの優れ
た仕事へと波及してゆく。
その事をなによりも示唆するかのように、1240頁余
の吉増剛造「火ノ刺繍」と、350頁弱の菊井崇史「ゆき
はての月日をわかつ伝書臨」大冊2冊が、兄弟のように目
の前に並んでいる。
優れたキューレーター正木基氏から預かった、彼の美術
視座の原点佐藤宗太郎の「石仏の解体」そして写真集
「石仏の美」3巻もまた、私の眼を待っている。
暫く書物の沈黙時間が続きそうだ。

*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)ー26日(日)
 am11時ーpm7時;月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-08-07 16:04 | Comments(0)
2018年 08月 04日

間の時間ーシジフォス(18)

人間身体尺度が転位しつつある時代と思う。
その転位の転回点は、可視可能な窓の不在と重なるように思う。
少年の頃を思い出すが良い。
路面電車や汽車に乗り、窓外の風景に魅了されていた日々を。
電車の窓には、見知らぬ街角のお店や歩く人、伸びる道の向こう
がパノラマのように後方へ流れていった。
より速度の速い汽車や電車の窓外には、森、稲田、畑、そして
遠く高い山の峰々がゆっくりと流れていた。
目の前の踏み切りには、車や自転車、人があっという間に後方
へ飛んでいく。
ガッタン、ガッタンと線路の継ぎ目の振動が心地よいリズムで
五体五感に響き、何時の間にか眠りに落ちる事もあった。
この旅の心地よい身体尺の宇宙が、身体尺を離れて速度だけの
目にも留まらぬ高速性主体の乗り物となった時、人は高速性・
効率性と引き換えに何かを喪ってきている。
出発ー目的地という旅は、その間(あいだ)の時間も包含して
豊かだった。
間は省略・喪失し、移動という物流のマイナス待機軸へ埋没する。
新幹線・リニアモーターカーは、その全行程のほとんどがトン
ネルの中という。
地下鉄の地上化と同じ構造だ。
目でも追いつかぬ高速機械速度に身を委ね、人間の五体五感は
どんどん身体から遊離し、物流の物資のように梱包され整理さ
れた存在になる。
今、あの車窓の窓は、電気機器の受信装置の小さな窓。

道具としての機械と人間尺度の幸せな時代は、あの電車・汽車
の窓外の風景のように遠く後方へ飛び去って行く。

*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)-26日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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# by kakiten | 2018-08-04 12:27 | Comments(0)
2018年 08月 03日

石田尚志来るーシジフォス(17)

映像作家でT美大の教師でもある石田尚志さんが来た。
明年の受験生応募キャンペーンの仕事と言う。
大学もそういう時代なのだ。
少子高齢化と人口減少が続き、大学運営にも関わり自分の専門分野
に没頭していられる時代ではないのだ。
今回の訪問にはもうひとつ目的があって、テンポラリースペースとの
交流を語ってもらうというMさんからの提案があったからだ。
2003年月最初の訪問。
そこから二度の個展、夕張ー石狩河口走破等の中で彼が映像制作に深い
モチーフを抱いた想いを語ってもらうテーマで話は進んだ。
未発表の夕張二股峠の映像、そして石狩河口望来の断崖の映像も披露さ
れた。
5月沖縄で豊平ヨシオさんのアトリエを訪れた時の話が枕となって、
石田さんの十代から沖縄に移住した時の話、そして吉増剛造との出会い
による美術への本格的転身。
3時間ほどほぼひとりで熱く自分のこれまでの由来が語られた。
描いた画を継ぎ合わせ動画として表現する石田の映像は代表作として
バッハのフーガの技法をイメージで構成した作品が有名である。
音楽の展開とともに、その旋律のイメージが炸裂するように展開される。
彼にとって北の大地の走行もまた、イメージの炸裂する動画のようにある
に違いない。
私はそんな彼に日本の近代の象徴ともいえる源流の炭鉱都市夕張から夕張
川を下り石狩川の合流を経て、石狩河口への走破を提案し、近代と自然
の直なる接点を作品化して欲しいと提案したのだ。
それは未だ未完であるけれど、今回はさらに琴似川の原点窪みの泉池から
始まる琴似川流域の踏破を勧め、札幌の緑の運河エルムゾーンの画像化を
お願いした。
kot-ne:コッネー窪んでいる・凹む。琴似のアイヌ語源。
大都市の縁に扇状地の伏流水が湧き泉となり、川となって流れていた
琴似川・ハルニレ・エルムの森のゾーン。
今も水は枯れても、上空から見ると緑の帯のように連なっている。
多忙な公務の合間を縫って、彼は帰京の日朝からそこを散策し来年以降
の新たな作品展開を約束してくれた。
帰京後ギャラリーの芳名録に石田尚志の署名が残されていた。

 2003年7月ー2018年8月 石田尚志

*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)-26日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き 
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-08-03 13:54 | Comments(0)