テンポラリー通信

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2018年 01月 18日

紡ぎあうー栃木・足利の旅(9)

かって小さな国がいくつもあって、中心に小さな都(集散地)
、周辺に地方(産地)が広がっていた。
そこを繋ぐ茎、幹のように道がある。
この道の往還には、人と物が一体となって流れている。
物だけではない。
人も志という心の往還も伴っていた。
都とは、人と物が凝縮し開く処。

何故こんなイメージが湧いたのか。
それは足利という那須国の都への道が豊かと感じていた
からだと思う。
カルチャー(耕土)があり産物が都に集結し花開く。
産地が根となり、茎となり、葉となって都で凝縮し花と
なる。
その道が一方通行ではなく、往還として感じられた。
今という時代は、その往還が分離し喪われつつある。
産物と人は物(商品)と人(労働力)に分断され、メガ
ロポリス圏に吸収され分散される構造だ。
人と物が紡ぎあうようにして都を目指し、人と志(ここ
ろざし)も都へ向かう。
それは吸収・分配ではなく、心と物の濃い抽出過程なのだ。
都のへの往路はかって<故郷に錦を飾る>と表わされたよ
うに、その還路も往路と分断ではなく地続きの道にあった。
その正当な回路の記憶が、南那須・大桶ー足利の道には
微かに息づいていた気がする。
鰻屋さんのご主人の川俣正、若林奮、農家の根菜・野菜・
果実に手作り人形、炊き込みご飯の粋込み。
これがそれぞれの都の香り。
裾野・中腹・山頂がひとつに繋がっているように、根・茎
葉・花が一体であるように、それぞれの心の都は耕土と繋が
って道も続いていた。

そうした初めての経験の中で見た吉増剛造展「涯の詩聲」は、
吉増剛造の10冊の詩集がそれぞれの産地直販所のようにあ
ってその耕地が関連資料で広がり、そして良寛・芭蕉・玉堂
から高村光太郎・石川啄木・吉本隆明等中世から現代まで遠
く近い世界も併存されて、吉増自身の都の感動のようだ。
吉増の生きて来た時代の紡ぎあう道が、この地に遺る道と遠く
近く呼応して、耕土(産地)⇔集散地(都)、根⇔花実、の美
しい往還を見せていたのだ。
ひとりの優れた表現者の道程とは、この古い道の様態と同じよ
うに、根、茎、葉、そして花・実と結実する命の正当な道程も
顕在化していたと思う。
「石狩河口/坐ル ふたたび」から、東北道・人の河口へ。
4月沖縄展は、近代日本の如何なるとば口が顕れるのか。

*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-1月30日(火)ー2月12日(月)
 am11時ーpm5時:5日定休。
*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月下旬~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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# by kakiten | 2018-01-18 15:23 | Comments(0)
2018年 01月 14日

銀河鉄道・剛造ー栃木・足利の旅(8)

足利市立美術館は足利市の都心、この界隈には珍しい
高層マンションと思しき建物の正面1、2階に在った。

50年を超える吉増剛造の詩作活動。
その代表的な詩集を時代順に初版本・草稿を展示し、
1989年代から始まる詩行を打刻した銅板、199
4年に夕張で生まれた多重露光写真も並ぶ。
そして作者に影響を与えた古今の詩人・作家・画家等
の実品も纏めて2階に展示されていた。
良寛、蕪村、芭蕉、浦上玉堂、石川啄木、滝口修造、
萩原朔太郎、若林奮、吉本隆明、高村光太郎、芥川
龍之介他総勢31人。
いずれも時代を超え吉増剛造に直接影響を与えた作家
たちの作品・手紙・写真・書・草稿等である。
個人的には高村光太郎の「手」の彫刻(これのみ1階
会場正面)、吉本隆明の詩集「日時計篇」直筆草稿を
見れたのがラッキーだった。
また浦上玉堂の画の実物の凄さ、良寛の書、島尾敏雄
とミホの交感書簡・葉書にも魅かれた。
詩集「黄金詩篇」の1960年代から2010年代今年
「怪物君」まで、それぞれの時代を代表する詩集本と
その草稿、そして多重露光の写真・詩行を打刻した銅板
・GOZOCINEの映像等が会場の流れを造っていた。
先に挙げた歴史的にも著名な作家たちの作品は、吉増剛造
の生きてきた時代の停車場、心の駅のように、珠(たま)
となってある。
吉増剛造の生きる同時代という銀河が、そのひとつ、ひとつ
の珠を繋いでいる。
古今の天才たちの断片が同じ磁場宇宙で瞬く、珠のひとつ。
この会場構成は、私の通った南那須大桶ー足利の道の究極の
産地直販所。
美術館は道の駅だなあ。
剛造銀河鉄道、道の駅。
そして剛造数珠宇宙を繋ぐさまざまな珠と同時代という糸の輪。

2011年12月「石狩河口/坐ル ふたたび」から始ま
った吉増剛造の道程は、ここ足利でひとつの宙を結んだ。
そして今年4月の沖縄美術館、その後の東京東涛美術館で
その輪・宙はさらなる膨らみを増す事だろう。
札幌の北の場末の小さなギャラリーから発した河の光は、
吉増剛造究極の産地直販所として、紡ぐように大きな輪、
大きな数珠となって宙に映え、先人アイヌの伝える石狩神話
のように川は天に映り銀河となっていくのかも知れない。

最終日トークに招かれた私は、銀河の浮かぶ空の位相を近代
と措定し、その道程を南阿蘇大桶ー足利の道に学び、話した。

*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-1月30日ー2月11日
*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月下旬~

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# by kakiten | 2018-01-14 16:39 | Comments(0)
2018年 01月 13日

人という自然ー栃木・足利の旅(7)

人が住んでいる。そこで生きている。
そして風景があり、里、郷がある。

苗字が上に付いた2,3階建ての商店・会社が主流の街。
舗道に面し焼いてくれるクレープ屋さん、屋台の珈琲屋さん。
遠く近く垣根のような里山に囲まれ点在した田園の直販所。
空が広く小さな遊び心(ファイン)が、その宙に零(こぼれ)
るようにあった。
美術館でのトークセッションが終わり、老舗の鰻屋さんで
その日の打ち上げがあった。
蒲焼の焼き方に老舗の技が感じられる。
その時奥座敷の壁に飾られたふたつの作品に気付く。
現代美術作家若林奮と川俣正の2点。
帰り際お店のご主人に声を掛け、川俣さんの初期のイン
スタレーション・テトラハウスプロジェクトを札幌で
した者ですと告げると、”ああ、川俣も北海道だもな・・”
と軽く応え、”俺、こいつの好きなんだよ”と言う。
南那須大桶から足利への道沿い個人直販所の棚にあった
手作りの飾り物、並べられた収穫物を素材にした炊き込
みご飯の弁当、ゆずの甘露煮、そんな心の遊び、心のフ
ァインと同じものを、その時鰻屋さんにも私は感じていた。
ずっと道の上に広がっていた空と同じ、人の心の空。
それが活きる人の頭上にもある。
足利学校のような歴史的建造物のある街並みに、同じ
高さで生活する屋並みがある。
西洋風の近代的な建物も、何故か無邪気で可愛らしい。
こんなのも、好きさ、良いべや・・・と、住む人の言葉
が聞こえる。
しっかり今を生きるひとりの人間の生の内から発した彩り。
産物・収穫物・調理・建物・工芸・・・物と人が寄り添
い同時代のキャッチボールをしている。
だから頭上にいつも空が広がぅている。
挟む具材を選び焼き立てを頬張りながら歩いた昼のク
レープ屋さん。
屋台の中で挽きたて珈琲を飲んで談話した夕暮れの珈
琲屋さん。
里山ー直販所、街ー店、
どちらも人が人の高さで、空は羽ばたく頭上にあった。
電機ベルトコンベアー主体の尖鋭な消費物流都市構造
とは違う人と物のヒューマンスケール・尺度が活きていた。
そういう東京・江戸の道を感じていた旅だった気がする。

掌(たなごころ)の近代。
掌(てのひら)が包(くる)んでいた近代。

私は私の、サッポロを想う。
そして吉増剛造という究極の産地直販所を訪ねた。

*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-1月30日(火)-2月11日(日)
*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月下旬~3月上旬

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# by kakiten | 2018-01-13 15:04 | Comments(0)
2018年 01月 09日

近代という故郷ー栃木・足利の旅(6)

僅か二泊三日の滞在だったけど、南那須大桶から足利まで
車で2時間6回の往路還路で感じた小さな旅は、私には近・
現代を裏打ちして背骨を伸ばしてくれるように遇った。
中世・近世の蓄積の乏しい北海道札幌との比較にその要因
はあると思う。
私の日本近代への視座は、生まれ住む札幌という都市の
視座から発しているが、祖父の代から3世の移住者末裔の
視座でもある。
祖父の故郷福井で感じた軽い違和感を思い出す。
苗字にある森の相違。
森ではなく杜(モリ)と感じた事。
そこに自然世界と人間社会の長い融和の時間を感じた。
札幌で生まれ札幌で死んだ父が遺した唯一の絵画がある。
それは森の大木と洋館と思しき建物の絵だ。
あの融和の対比こそが、札幌という都市の保つ近代とい
う基盤と私は思う。
150年前まで大自然・原始林が支配したこの地に移住
した人たちが開墾し開拓して生まれた都市である。
足利に至る東北道の里山・故里の長い自然との融和の時間
はここにはないのだ。
日本の近代化はそうした相違に関係なく時代として普遍
的に存在した。
その功罪を近代そのものの内側から、そして長い歴史の
その土地固有の前近代の内側から、というふたつの視座を
保つべきだと、足利への道は教示してくれた気がする。
実感としてである。

足利市立美術館吉増剛造展「涯の詩聲」は、そうした札幌
・近代と東北文化に繋がる中世近世日本・自然と近代化の
交叉する地点で開催されていたと思う。

*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-1月30日(火)ー2月11日(日)
*鈴木余位×村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月20日ー3月4日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-01-09 15:22 | Comments(0)
2018年 01月 06日

あいだの部屋ー栃木・足利の旅(5)

栃木・足利の旅をゆっくり総括するように記しながら、
その間に正月2日から7日まで岡田綾子展が始まった。
初個展である。
11年前今の場所に移転し5月に再開したテンポラ
リースペース。
最初展示を飾ったのは、ガラス作家高臣大介展、そし
て街を透視する藤谷康晴のラデイカル絵画、その後が
北大生の俊英村岸宏昭、今は伝説の「木は水を運んで
いる」展だった。
その村岸が、展示終了の2週間後旅先の高知の鏡川
で遭難溺死の一報が届いた時一番最初にテンポラリー
に駆け付け休廊で閉じたシャッターの前で泣いていた
のが岡田綾子だった。
その可愛らしい背の高い少女が今、結婚し初の個展を
開いている。
作品は手縫いのヒト、トリ、モノ、カタチが様々な
色の布を折り合わせられ、置かれ、吊るされ、跳んで
時にユーモラスな暖かい不思議な作品空間を出現させ
ている。
友人の不意の死の報に旅の途中から折り返し、個展
の記憶のまだ生々しいこの場所へ真っ先に駆け付けて
泣いていた少女も結婚してホームを作ったんだなあ、
と、ふっと思う。
南那須郡大桶から足利へホテルから5、6回往復した
道に綴られていた集落、村、町を、広く、近く、遠く、
囲む垣根のような柔らかい山並みを想い出していた。
あの風景もまた人間社会のホームなんだなあ・・・と。
野生自然と人間社会の間を保つ柔らかい自然。
ひとりの人間もまた世間という社会に対して同じ構造の
界(さかい)、間(あいだ)を、柔らかな緩衝ゾーンと
して創り、保つ。
岡田綾子展のタイトル「metamorphosis-
あいだの部屋」とは、彼女が今獲得した社会と自己の間、
ホームという里山が反映しているのかも知れない。
社会的存在でもあり同時に生物として自然的存在でもあ
る人間は、世間という環境社会に対しても小さな心の里山
=ホーム(家族)を創って生きていくのだ。

栃木・足利の旅をまだ遠く推敲しながら、そんな事を
思っていた。

*岡田綾子展「metamorphosis-あいだの部屋」
 1月7日(日)まで。
*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-1月30日ー2月12日
*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花・・傍(かたわら)に」
 2月中旬~吉増剛造「火の刺繍」響文社刊行に添い展示。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-01-06 13:15 | Comments(0)
2018年 01月 02日

数珠の珠のような・・ー栃木・足利の道(4)

ひとつづつの村落が固有の産物・作物を人と一体になって
数珠の一つの珠のように繋がっている。
繋がる糸は道。
輪は国。那須の国。
私の2泊3日の道程は、そんな那須の国の旅だった。
足利市はその都。
取り巻く自然の山々も珠の縁取り。
あんな優しい山々の連なりを見た事はない。
住む人と山並みもまた数珠の一部だ。
そうした道程を経験しつつ足利市美術館の吉増剛造展
「涯テノ詩聲」があった。
2011年3月11日大震災からスタートした「石狩河口
/坐ル ふたたび」-「怪物君」ー「火の刺繍」に至る
7年間。
吉増剛造の数珠の国。
吉増剛造の究極の産地・心の直販所。
私が先ず一番最初に見たかったものは。今回特別展示
された高村光太郎の手の彫刻だ。
吉本隆明が1950年から1年半かけて毎日印した
詩集「日時計篇」をベースに吉増剛造が戦後近代に
心身かけて向き合う3・11以降の仕事があった。
併せて私の心中には、同じ年から7年かけて吉本隆明
が書き記した「高村光太郎論」があった。
そして今回初見参の高村光太郎彫刻の代表作「手」の
実物に深い興味があったのだ。
思ったより大きな実物作品は、会場1階の展示室正面
に置かれていた。
他の特別展示作品芭蕉や良寛等の書や絵画は2階にあっ
たが、高村作品のみは単独で1階にあった。
そして手の鋭くも美しい姿、しかし同じ姿勢でいる事
の苦しさ、無理さは、見る前に感じていた事と同様だ。
欧州留学中ロダンの彫刻に魅せられたという光太郎。
ロダンの筋肉を際立たせる表現に生身の手は短時間しか
保てない無理がある。
代表作「考える人」のポーズも然りである。
その事を確認したかったのだ。
吉本は光太郎の近代、仏師彫刻家父との対決・葛藤を
この欧州留学経験との対比で解析している。
そして理想と生活の一致を志した光太郎と妻智恵子の
実生活の無理が智恵子を狂わした大きな要因と分析している。
手の彫刻は美の理想と実の身の無理さにおいて彫刻の智恵
子抄なのだと私は思った。

翌日吉増さんとのトークセッションで、私は栃木・足利の
道程と彫刻「手」の話を枕にした。
私なりの「道程」「智恵子抄」を、高村光太郎の近代を解析
した吉本隆明に擬え吉増剛造展の枕にした積りである。
広く日本におけるふたつの近代をテーマに私は私の素で話した。

*岡田綾子展「metamorphosis-あいだの部屋」
 1月2日ー7日:am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-01-02 15:38 | Comments(2)
2017年 12月 29日

人間化した自然ー栃木・足利の旅’(3)

遠く垣根のような山並みを見ながら、私の住む
北の大地との差を思っていた。
垣根の内側の村落。
この山と大地の人間化した調和。
これらは一夕にして創られたものではない。
長い時間の人の営み・耕土がある。
北海道内陸は僅々百五十年前は野生自然が主で
先住民族アイヌが自然と共生し生きていた世界である。
そこに本州から明治維新以降移住して来た人々が住み、
国家は西洋近代を移植し新天地としたのだ。
自然はまだ人間化せず、荒々しく野生であった。
先住民が夏の年・冬の年と数えたような過酷な自然。
自然は馴染むものより、対峙する、戦うものとして
あったと思う。
そんな北の国から来た人間には、あの人懐(なっ)こい
山並みの姿と耕野。
そして苗字の付いた店名の多い2階建てを基本とする
商店街の足利市に新鮮な想いを抱いたのだ。
リットル東京とも呼ばれた札幌の今昔・近代とは質が
違うと思った。
そして現在の札幌は、新幹線・オリンピック・芸術祭
と増々トウキョーと呼応している。
しかし近代以前が縄文・野生自然しかない北海道・札幌
だからこそ、近代そのものに立脚して、その本質を磁場
としなければならないのだ。
あの直売所に見た農作物の多様さ、そして住む人の創っ
たさり気ない工芸品の可愛さ。
あれこそ、ファインアートのファインたる原点だ。
自然の恵み多種多様な農産物の片隅に、ふっと可愛く、
無邪気に添えられた手作り工芸品・調理品の数々。
そして足利の歴史的建築物と肩を並べ、同じ高さで
建ち並んでいた洋風・和風の商店街通りの街。
あの近代は直売所の工芸品・調理品と同じ空気の中にいる。
背後には民衆の幾代も続いた生活・住の時間が籠っている。
戦後アメリカ近代化のうわっら都市化現象と静かに対峙す
る民の住む根が仄かにまだ息づいている気がしたのだ。
着慣れぬ夜会服を身に纏い舞踏会をする鹿鳴館のコスプレ
から始まった明治の近代化。
その歪み・分裂を昭和の尊王攘夷・鬼畜米英で破綻した
国家の歴史よりも丘陵を農土に、低い山並みを村落の生垣
に変え野生の山を遠ざけた住民の長い時を掛けた知恵を私は
尊く思うのだ。

*岡田綾子展「metamorphosis-あいだの部屋」
 1月2日ー7日

 テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き




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# by kakiten | 2017-12-29 14:49 | Comments(0)
2017年 12月 28日

垣根のような山並みー栃木・足利の旅(2)

遠く或いは近くに立つ山並みが、人懐(なつ)こい。
拡がる大地は人家と田畑で豊穣な感じがする。
中にぽっりと小さな丘のような小山があり、神社が
祀られている。
鎮守の森だ。
余位さんの実家近くのホテルに宿をとり、何度か
足利まで往復した。
そしてその度に風景が趣を変えた。
さらに途中幾軒かの直売所に立ち寄った。
生産者が自主的に開いている生産物の販売所である。
お馴染みの野菜・根菜にそれを食材にした調理品。
そして手作りの人形などの工芸品も置いている。
午前中にほぼ売り切れると聞く。
品物にはそれぞれの生産者の名前が貼ってあり、多い
のは3人ほど違う生産者の名があった。
今の時期だけという大きな頭ほどの梨が一個あって、
抽選でおまけになっていた。
そんな直売所がそれぞれの産物を個性的に寄り合う場所
のようにあって、物と人の幸せなサロンのようにも存在
している。
かき餅の製作所もお店を兼業していて、沢山並ぶかき餅
を試食しながら袋物の商品を選ぶことができる。
余位さんの案内で何軒も廻りながら、小さなワンダーラン
ドにいる気がした。
そして足利へ向かいながら、東京へ通じる東北道沿いに
大地が垣根のような山並みに近づき、長いトンネルを抜け
山並みの底のような凝縮した大地に足利市がある。
ここはこの辺りでは都会と、余位さんが言う。
2階建てを基本とする街並みは、空がここでも広く個々の
建物が心優しい。
洋館風な建物も、可愛く無邪気な感じがする。
こんな近代が良いなあ、と思う。
足利学校など歴史的な建造物も西洋風な建物も同じ時代
同じ時間を共有して豊かなのだ。
果実・野菜・根菜の豊かな実りと西洋近代・歴史的建造
物が違和感なく根付いて、今を形象してある。
その道の向こうに都・江戸・東京がある。
摩天楼を見切ったアメリカ現代は、ショッピングモール
を新たに造り、その特色をヒューマンスケールと定義した。
しかしショッピングモールには人の<住>という根はない。
栃木・足利の道には、産地・街に<住>の根が感じられる。
近代も前近代の伝統も、無邪気に、あどけなく自然に
息づいている。
こうした回路に都・江戸・東京があった事。
それは私には深く心を打つなにかであった。
北関東から東北にかけて、こうした文化圏は続いている
気がしている。
ミヤコはこうした陸のミナトの往還回路に本来在ったの
ではないだろうか。
住んでいる人たちの数珠のような村・町・生産畑・鎮守の
杜・・・。
その数珠の糸の繋がりの結び目のように国があり、都
(ミヤコ)があり、街がある。
広がる空がどこでもあったように、空を狭くする吸い上げ
る空間では無いのだ。
札幌の5月のような風景の中で足利の街に着き、舗道に
面したクレープの店でクレープを買った。
食べながら歩く。
夜は屋台珈琲の店で美味しい珈琲を飲んだ。
2階建ての多いこの街並みは、田園地帯の直販所と同じ
空の下にある。
これが日本のショッピングモール。
こうした近代があって良い。
決して鬼畜米英などに至らぬ幸せな近代ではないか。

*岡田綾子展「metamorphosis-あいだの部屋」
 1月2日ー7日:am11時ーpm7時
*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-1月30日ー2月11日

 テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-12-28 14:50 | Comments(0)
2017年 12月 27日

生活の根ー栃木・足利の旅(1)

吉増剛造展最終日前日茨木空港に着く。
翌クリスマスイブの日曜日「札幌の古・水・道(フシコ・ワッカ・ル)」
と題されたトークセッション出席の為だ。
南那須大桶在住の鈴木余位さんが空港まで迎えに来てくれた。
そして2時間かけて足利市立美術館へ。
途中の風景が大きな心の根を感じさせる。
初めての北関東。
山並み・大地・風・光が新鮮だ。
小さな町・村の天地に根付いた家並みに心惹かれる。
この第一歩から何度も往復したこの東北道沿いの経験が、私には
大きな心の肥やしとなって、足利・吉増展のトークに深い磁場を
与えてくれた気がする。
東北・北関東を回路とする、東京・近代への道。
少し時間をかけて綴りたい。

*岡田綾子展「metamorphosis-あいだの部屋」
 1月2日ー7日:am11時ーpm7時
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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# by kakiten | 2017-12-27 14:59 | Comments(0)
2017年 12月 20日

高野圭吾詞画展終わるー最前列にして最後尾(41)

最終日は高野圭吾の命日だった。
竹本秀樹さんのパリ滞在中の数多くの小さな写真が、
高野圭吾のシャンソン訳詞とジャケット絵画の間に
跳ぶように浮かんで、2005年2月新橋・高野圭吾
最後の独唱会録音の歌声が流れた。
メロディーはシャンソンだが、唄われる詞は、彼の
生まれた北の街の空気が息づいている。
冬・短い春が立ち上がっている。
身も心も・・・。
身で感じる体温が、言葉の詞の中から立ち上がっている。
高野の描いた油彩画水中のオフエリアの姿が、春を待つ
冬の女神に見え、死の予感には見えない。
高野圭吾には冬の年のトニカが似合う。
札幌のシャンソン・・・。
その精神が垣間見えた。
日本の近代は、こんなところにも独自に根を下ろし
根を張ろうとしていたのだ。
まだ浅い苗木のように・・・だ。

短い会期だったが、高野圭吾の命日に合わせ果敢に
この展示を実行した峰艶二郎さんさんの実行力に
敬意を表したい。
私は今まで未知だったシャンソンという日本の近代
とともにひっそりと根付こうとしていた先人の札幌
人の存在を知った。
心より感謝している。

*岡田綾子展「metamorphosis-あいだの部屋」
 1月2日ー7日
*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-1月30日ー12日

  テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-12-20 14:22 | Comments(0)