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2018年 11月 03日

秋の深味ーみちゆき(11)

「月光」56号賀村順治追悼集を読みながら、ふっと
両肩の辺りに晩秋の所為だけでない、忍び寄るような
寒気を感じていた。
2006年1月円山北町から数回の法廷闘争を経て、
砦となる場と建物を喪い、ひとり古地図を抱え札幌を
放浪した数カ月。
110年続いた家業と私自身の中で残すべき数多の資
料の数々。
その多大な荷物を、新琴似の自宅倉庫に黙って受けめて
くれたのが、賀村順治だった。
強制執行の当日朝、前夜から泊まって立ち会ってくれた
中川潤、高臣大介両君の熱い友情も忘れ得ぬが、現在ま
で残る多くの掛け替えのない資料には賀村順治の黙した
熱い協力が無ければ、私は只の放浪者・難民だったので
はないのだろうか。
そして約半年後、預けた荷物を引き取り、お礼に伺った
春の一日。
新琴似駅まで迎えに来てくれた賀村に、初めて新琴似の
風景の中を自宅まで案内してもらった。

 豊かに稔れる石狩の野に
 雁(かりがね)遥々沈みてゆけば
 羊群声なく牧舎に帰り
 手稲の嶺(いただき)黄昏こめぬ
 雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢
 打ち振る野分に破壊(はえ)の葉音の
 さやめく甍(いらか)に久遠の光
 おごそかに 北極星を仰ぐかな
 
        北海道大学寮歌「都ぞ弥生」第二番

歌の季節秋とは違う4月だったが、手稲の嶺(いただき)、
雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢、の風景は変わらない。
賀村は歩きながら、とある神社を指さし境内の一本の巨樹
がエルム(ハルニレ)だと教えてくれた。
この巨樹は市の保存樹に指定されていて、この地域の農民
たちが新琴似神社を建立し大事にした結果という。
近寄ると巨木の周りにも幾本ものエルムが立っていた。
水に近い地層に生え、後にエルムの都と呼ばれた札幌を象徴
する樹。
その樹に適した地層が広がっていた石狩大湿原。
そして遠く、近く遮るものない天地に聳える手稲山連峰。
今思えば、あの時賀村順治は自分の生まれたこの天地をこよ
なく愛し、父祖の地九州佐賀を希み、語り掛けていた気がする。
彼もまた、近代の遠い移民・難民。
私たちは自らの手で、故郷・故里の故(ゆえ)を、天地に郷と
して、里として掴(つか)んでいかねばらぬ今を生きている。

開道百年開拓記念塔が、50年を経て老朽化が進み撤去され
るという。
都市の近代化が進み、人間社会のインフラ機能が拡大化して、
自然に近い風土・故郷・故里は磨り減りつつある。
<移る>横軸ばかりが増幅され、根の踵(かかと)軸が
等閑に晒されている。
都市はタワー化・プラザ化の囲い込み構造が進み、地上の通り
は車両に占拠され、縦軸はタワービルと地下街・地下鉄の吸い
上げ・拡散移動構造に溢れている。
天地を繋ぐ風土という故里は磨滅しつつある。
賀村順治の未知の父祖の天地・佐賀への想い。
都市化が著しい札幌の天地。
彼は何処かで心の難民・移住者の悲哀を感じて闘っていたのだ。
それは私たち多くが共有する現代でもある。

折しも札幌中央に奇跡的に遺された緑の運河・エルムゾーン
にひとつの新しい五寸釘のようなレンタルマンション・タワ
ービルが建立されている。
原生のエルムの巨樹が茂る植物園ーエルムを含めまだ多くの
原生樹木が残る広大な北大構内。
ビル街に遺る緑の運河ゾーン。
野幌森林公園に50年前建立された百年開拓記念塔に代わり、
新たな百年タワー(塔)が立つ。
それは今、<打振る野分に破壊(はえ)の葉音>のようにある。
<雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢>も、<黄昏こめぬ><手
稲の嶺>も消去するように。

賀村順治よ、
君と石狩大湿原の天地を、もう一度語り、逢いたかった・・よ。
もう一度引用させてくれ、俺たちの背中の歌を・・。

 戦場へ
  行く早鐘のランナーの
 背中に涙あふれていたり

*HOPIカチーナ展ー11月9日(金)-11日(日)
 am11時ーpm6時:10日午後2時半~11日(日)午前11時~
 HOPI出版記念トーク。天川彩氏。参加費1500円
*藤倉翼写真展ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
  


# by kakiten | 2018-11-03 15:26 | Comments(0)
2018年 11月 02日

「月光」賀村順治追悼号届くーみちゆき(10)

歌人福島泰樹が主宰する歌誌「月光」が届いた。
今年2月15日逝去した賀村順治の追悼号である。
このブログにも記載した一文に手を加え、私も追悼の
文を寄せている。
生涯彼が求めていた祖国(くに)とは何か、を主題に
書いた積りである。
死後気になっていた一首

 俺は帰れ胸の奥処の泥の温みその肉声の端緒の祖国へ

この歌の<泥の温み>という言葉がキーワードだった。
屯田兵の末裔として佐賀県から移住し、新琴似で生まれた
賀村順治がアイヌと大自然の北海道の大地に深く拘って、
自らが生まれ育った新琴似の地を発見し、祖国(くに)と
呼んだ心の在り処、それが<泥の温み>という言葉だった
と私は思ったのだ。
バブル後見捨てられた新篠津湿原に、高層湿原特有の草花
が僅かに遺されていた。
地層が泥炭地であり、その特有の地質が高層湿原の草花を
育てていたと知る。
新琴似とは正しく近代まで泥炭地であり、寒さを防ぐ為
泥炭を掘り返し、あちこちに雨水の溜まった穴が池となっ
てあったと、私は賀村氏自身から聞いていた。
これは石狩湿原とかって呼ばれた広大な湿原地帯が広がっ
ていた150年前までの自然の風景だったのだ。
彼の死後知った新篠津ツルコケモモを守る会の冒頭文。

「その昔、新篠津村を含む石狩平野には、総面積約6万
ヘクタール以上、北海道最大の湿原が広がっていました。
釧路湿原と比べて石狩湿原は高層湿原が多い特徴があり、
かっては現在の雨竜沼や尾瀬ヶ原に近い景観を呈していた
と思われます。」

尾瀬や雨竜沼のように高山にない高層湿原とは、偏に泥炭
地という地質が招いた環境だったのだ。
その新琴似特有の地に何時からか、賀村順治は父祖の出身地
にない固有性を愛着を保って、<胸の奥処の泥の温み>と
呼び、自らの<その肉声の端緒の祖国(くに)>と呼んだ。
その意味では、彼はこの時初めて自らの手で札幌の土を踏み
しめ、掴んだのである。
札幌都心では大手代理店の社長として働き、屯田兵の末裔の
生まれとして見知らぬ父祖の遠い地を臨み、自分が産まれ
た新琴似の天地を見つめ続けた。
<泥の温み>とは、彼自身が<帰れ>と発見した固有の地・
故里の<温み>だったのではないか。

 戦場へ
  行く早鐘のランナーの
 背中に涙あふれていたり

この一首と併せて書いた私の追悼文は、札幌大手支店街で働き
札幌都市構造の渦中に生きた男の背中の涙に、少しは労わり、
報いる事ができただろうか。

幻の石狩大湿原の話を、賀村順治と話したかった。

*HOPIカチーナ展in札幌ー11月9日ー11日
 am11時ーpm6時:11日午後5時まで
*‘藤倉翼展ー11月20日ー12月2日まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



# by kakiten | 2018-11-02 14:56 | Comments(0)
2018年 11月 01日

心の傾斜ーみちゆき(9)

秋というより、もう初冬の気配。
雪は見えないけれど、寒気鋭い。
来週はアメリカ先住民族ホピのカチーナドール展。
八百万の神々のような、ホピ族の自然に宿る神たちだ。
1994年私が吉増剛造さんに戴いたカチーナドール。
ブラジルから、言葉が枯れるような危機感を抱いて帰国し
名作詩「石狩シーツ」制作にひたすら石狩望来に滞在し
再生を試みていた時の事だった。
3年前ホピ族の文化に深く触れ、その紹介を日本で展開し
てきた天川彩さんと出会い、このカチーナドールと同じ作
者の人形が、昨年札幌に届いた。
1994年以来、頭の羽毛も飛んだ小さなこの人形の名は、
Badjer:バジャー・穴熊 薬草の知識を持ち、心と
身体の傷を癒してくれる精霊という。
1994年から2017年まで、私の23年は正にこの
バジャーに見守られてきた歳月だったのかも知れない。
昨年一緒に札幌に残った同じ作者の二体の人形。
Nuva mana:ヌヴァ・雪 マナ・女。幸せと恵み
あふれる人生となるよう祈りを捧げ見守ってくれる精霊。
Kokopelli:ココペリ・キリギリスまたは蟻人間。
豊穣を祈る精霊。
少し大きなヌヴァとココペリに挟まれて、パジャーは遠い
両親に再会したかのように、嬉しそうだった。
今談話室には、Nuva mana:雪・女とともに私と
辛苦を共にしたバジャー・穴熊の精霊が並んでいる
不思議だなあ、アメリカの熱い大地の遠く高い山にしか見え
ない雪の精霊が、極東の端北海道の雪の地にまるで母のよう
に住み着くなんて・・・。
外に冷雨が降り、内に寒気の漂う部屋で、ヌヴァ・マナ:雪
・女とともに生きている。
人形底部に記された詞。

Hopi Snow Maiden by Pooley
Badjer by Pooley

カチーナドールの名と作者の名前だ。
母ではない。
maiden:乙女・・初雪の精霊かな・・。

*HOPI:カチーナ展in札幌ー11月9日(金)-11日(日)
 am11時ーpm6時:最終日午後5時まで。
 :天川彩「HOPI」出版記念お話会ー11/9(金)午後2時半~
 11日(土)午前11時~参加費1500円(要予約)
*藤倉翼写真展ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
 



# by kakiten | 2018-11-01 14:33 | Comments(0)
2018年 10月 30日

田村佳津子展終わるーみちゆき(8)

ゆったりと深い流れが流れて、6日間の会期が過ぎた。
蔦の紅葉も進み、紅葉に寄り添うように時が過ぎた。
田村佳津子展「ふわふわとひらひらと」。
13年目、荒れた古民家は空き家だった当初の佇まい
から、出入りする人の熱、冬の暖房の暖かさで眠って
いた壁の蔦が息を濃くし、外壁を毬藻のように包んで
いる。
そして毎年晩秋、燃えるような紅葉の衣装を纏うのだ。
田村さんの内なるハイヒール、深い踵(かかと)が
顕れているようだった。

久しぶりに南円山の自宅から、石山通、倫敦館、植物園
伊藤邸、偕楽園跡、清華亭、北大構内を歩いてテンポラリ
ーまで来る。
植物園北向かいの伊藤邸跡は、細く高いマンションの建設
がすでに完成を迎えつつある。
私たち有志が「さっぽろ緑の運河・エルムゾーンを守る会」
を立ち上げ、マンション建設に反対運動を展開した場である。
1万4千平方メートルの敷地十分の一が住宅で、残りは広大
な札幌の自然が残っている庭である。
道を挟んで北大植物園の樹木と同じ自然の森が遺されている。
そこから偕楽園緑地・静華亭ー北大構内と、JR札幌駅から
僅か数百メートルの処に、緑の運河のようにかっての森の記憶
が拡がっている。
そこに今五寸釘のような賃貸タワーマンションが建てられて
いる。
これは新たな百年記念塔のように感じた。
札幌郊外野幌森林公園に50年前建立された開拓百年記念塔。
これが今撤去との報が伝えられている。
私が東京から戻り、友人が訪ねて来た時があった。
九州産まれの大学同窓生Nが、この塔を見て後から伝えてく
れた感想があった。
大学から帰郷したばかりの私には、その言葉は少なからず
ショックだったのを思い出す。
”あの鉄塔は錆びた大きな五寸釘のようだ。大地に刺した和人
侵略の象徴だなあ・・”と。
開拓百年記念塔は、建立後50年で安全上の理由だろうか、
撤去されるという。
そして私が今日見た林立する高層ビル群の中、緑の運河の
ように延びる豊かなエルムの森の記憶。
そこに高く、深く打ち込まれたタワーマンションの新たな
五寸釘。
水位の近い大地に繁るハルニレ、エルムの巨木。
それは伏流水豊かな札幌扇状地の森を代表する樹木だ。
それ故かって札幌はエルムの都と呼ばれ、広大な敷地の北大
は、時を知らせるエルムの鐘と共にエルムの学園と呼ばれた。
その大地に深く、高く突き刺さる新しいタワーマンションは、
正に今日の新たな五寸釘のように見えるのだ。
札幌郊外野幌森林公園に建立された開拓百年記念塔。
それは今、姿・かたちを変え、千年の森・緑の運河エルムゾ
ーンに突き刺さっている。
開拓百年記念塔は、タワーマンションと<塔・タワー>と名
を変え突き刺さっている。
そう感じた。

足長く、背を高く見せるハイヒール。
その尖った踵(かかと)のタワーは、不埒漢を撃退する若き
日の田村佳津子さんのハイヒールのように、逆襲する武器・
契機となり得るか。
個展の終わって、ふっとそんな連想が浮かんで消えた。

*「HOPI(ホピ)カチーナ展in札幌」-11月9日(金)ー11日(日)
 am11時ーpm6時;最終日午後5時まで。
 :11月10日(土)午後2時半~・11日午前11時~
  HOPI(ホピ)出版著者記念トーク:参加費1500円。
*藤倉翼写真展ー11月20日(火)ー12月2日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



# by kakiten | 2018-10-30 13:24 | Comments(0)
2018年 10月 27日

ハイヒールっ精神(7)

地下街や舗道を歩いていると、カッ、カツ、カツと背後から
迫る様に靴音が響いてくる事がある。
体調悪く気分が優れない時などは、ひどく脅迫的に暴力的に
この音を感じる事がある。
都会の保つ暴力的音声と思う事がある。
土の上では絶対に発しない音だから。

今回初めて親しくお話し、作品をじっくり見させて頂いて
いる田村佳津子さんから、そんなハイヒールの話を聞いた。
若い時東京新宿で、ふらちな男にからまれ、穿いていたハイ
ヒールを脱ぎガツンと一撃お見舞いし、交番へ駆け込んだ
という。
これはまた別の意味でハイヒールの暴力性・戦闘性を顕して
いるようで面白かった。
音だけではない、もうひとつの尖がった用途・・。
音だけだと、ファシズムの戦闘兵の行進の靴音のようだが、
武器には使わないだろう。
女性の美への執着の保つ、ある面で恐ろしいまでの側面を
象徴しているのかも知れない。

現在70余歳の田村さんにはもうそんなハイヒールは足に
なく、心のハイヒール精神が横溢している。
豪雨で携帯電話の公的警戒警報が、何度も鳴り響く中、未
完成の絵画仕上げに余年がない。
きっとこの人は、若きハイヒール時代もファッションでは
なく、この先の尖った反撃精神を足先に纏っていただけな
のかも知れない。
澄んだ尖ったハイヒール。
都会の地上・地下を横行する美脚顕示闊歩のハイヒールは
なく、今は内面にある尖鋭な深いヒール(かかと)の響き。
黙々とキャンバスに筆を走らせている彼女を見て、ふっと
そんな感想を抱いていた。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月28日(日)まで。
 am11時ーpm7時
*HOPI カチーナ展ー11月9(金),10(土),11日(日)。
 am11時ーpm6時:最終日午後5時まで。
 10日・14時30分~・11日~天川彩「HOPI」出版記念トーク
 要予約 1500円
*藤倉翼写真展ー11月20日(火)-12月2日(日)
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




# by kakiten | 2018-10-27 13:34 | Comments(0)
2018年 10月 25日

風澄んでーみちゆき(6)

朝晩ストーブの火が恋しくなってきた。
しかし日中は晴れて、澄んだ秋空。
透明な空気に田村佳津子さんの画調が揺れている。
「ふわふわとひらひらと」。
新たに薄いレースに刺繍した大小の白い布が、1,
2階に吊られている。
外から入射する秋の光。
蔦の赤と緑の翳が陰影となって、作品すべてが
会場の空気の流れ、光を抱いて風のように揺れる。
ふわふわと ひらひらと・・。
朝・昼・晩、一日一日。
陽の沈んだ夜は照明の光が、また別の世界を顕す。
会場は、田村佳津子さんの心の湖となっている。
二階の奥の少し引き込んだ小さな押入れ跡の空間棚に、
色あせ古びた書物が並んでいる。
中原中也、埴谷雄高、田村隆一、金子光晴・・。
そして若い詩人文月悠光の処女詩集、山田航の処女歌集。
そして、手巻きのオルゴールが2,3個。
淡々としかし激しく過ぎた長い歳月。
変わらぬ社会と自然への視座。
白く透き通る風のような、硬質で透明な作品の密度。
ふっと立ち止まって、湖(みずうみ)の時を結んでいる。

夏の激しさも冬の激しさも、いっとき収斂する界(さかい)
のような北国の秋晴れの一日。
嫋(たお)やかに、濃く、ひとりの女性の生きざまが
そのまますっと立っているようだ。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)-28日(日)
 am11時ーpm7時
*HOPI展ー11月9日(金)-11日(日)
*藤倉翼展ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-10-25 14:49 | Comments(0)
2018年 10月 23日

田村佳津子個展始まるーみちゆき(5)

田村佳津子さんの個展「ふわふわと ひらひらと」が
始まった。
今朝早くから展示、懐かしい小田嶋氏が展示を手伝う。
故八木保次さん、伸子さんの展示の時いつも彼がいた。
額装から作家の展示作業まで裏方として徹底的に作家
の手伝いをする、今時なかなかいないタイプの額装屋
さんだ。
こういう人は、作家の信頼も厚く、作品を通して長い
付き合いが保たれる。
田村さんもそういう世代に属する人だが、作品は誠に
女性性が保たれていて、タイトルの通り、ふわふわと
 ひらひらと 春の綿毛のようだ。
しかし、その背後には純粋で強固な生き方が品良く存在
していて、軟(ヤワ)ではない。
会期中会場で未完の作品を仕上げるという。
絵は、白地に細い線でいくつもの形の違う石を画面一杯
に描いていて強い主張の色彩も形もない。
しかしじっと見ていると、個々の線だけの石の積み重ね
が、実は強固な石垣のように見えてくる。
女性性と感じたのは、この空気のような、水のような
優しさ、柔らかさが、背後に本当の水・風のように強烈な
激しさを秘めているからだ。
縁取りの細い線以外なにも色彩は無い。
百号を超えるキャンパスに、柔らかい石垣が満ちている。
それだけ大小数点で1階会場は占められ、2階にはかって
文学少女だった名残りのように、中原中也等の文学書が
棚に並べられている。
田村佳津子さんの生きて来た内面の静かな来歴・湖(みず
うみ)だろうなあ。
硝子窓超しに華やかに色付きだした蔦の葉の滲みとともに、
田村佳津子さん自身の内面のキャンバスが溢れているような
展覧会となった。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(灯ー28日(日)
 am11時ーpm7時
*HOPI展ー11月9日(金)-11日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




# by kakiten | 2018-10-23 12:46 | Comments(0)
2018年 10月 19日

最後の肖像ーみちゆき(4)

吉増剛造「舞踏言語」(論創社)出版記念イヴェントで
大野慶人さんが父大野一雄さんの指人形と一体となって
踊った鈴木余位さんの映像を見ながら、今も胸にこみ上
げて来るものを抑えきれない自分がいる。
郡司正勝さんが、最後に慶人さんに託した想いが見える。
オスカーワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」に、慶
人さんの為に「<最後の>肖像」と加えた深い意味が、心
騒がすのである。
大野一雄最後の舞台は、30分中10分舞台で眠っていた
という逸話や、ベッドで手指だけで踊っていたという話も
聞いている。
生と死の狭間で、生と迫りくる死を抱きながら、無意識も
含めて掌(てのひら)は、水母のように宙を舞っていたの
だろうか。
日米戦争の苛烈な戦場で、多くの戦友を喪い一雄が辛うじて
生きて帰る帰途の船中からみた海中の水母。
その水母に戦友の魂を見て踊った後年の大野一雄。
明治以降のひとつの近代の終焉に立ち会い、生と死の狭間に
紡ぎ繋いでいった一雄の近代精神。
慶人さんは、戦後近代と戦前近代の狭間で、今表現する時を
迎えつつあるような気がした。
あの大野一雄の指人形は、プレスリーの<手をとって、さあ
この人生を捧げよう>という曲・声とともにあり、大野慶人
さんの戦後の肖像が見えて来た気がするのである。
郡司正勝先生初七日自宅訪問の際、帰途に発見した北原白秋
「この道」札幌誕生の逸話。
そしてこの歌曲が寄り添うように、二度目の独舞公演「ドリ
アン・グレイ最後の肖像」の曲となった偶然・必然。
「愛さずにいられない」と「この道」を抱いて、大野一雄・
郡司正勝の愛した北の大地・石狩川の一点で「ドリアン・
グレイ最後の肖像」を独舞公演して欲しい。
石狩 みちゆき 大野慶人 は、<川が海へと確実に注ぐ
ように 流れに身をゆだねる時もある>のだ。

一雄&慶人ー郡司正勝。
偉大なる戦友の水母の魂と共に。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)-28日(日)
*ホピ展ー11月9日(金)-11日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-10-19 13:35 | Comments(0)
2018年 10月 18日

福寿草の黄ーみちゆき(3)

都心、時計台近くに新築された札幌市民交流プラザ。
その1,2階吹き抜け部分に谷口顕一郎の「札幌のかたちを
巡る2018」と題する作品が3点展示されている。
札幌市の上空写真を元に、市街地と自然・水際の境目等を
写し取った「札幌のかたち」、それを河川の流れ等で51個
に分け壁面に埋め込んだもの、全パーツを再び組みあわせ折り
畳みながら造形したもの、この3点が展示されている。
圧巻は51個の河川等で分かれた札幌の部分が、再び組み合わ
され折りたたみながら、吹き抜け中央に吊り浮いている作品だ。
刻々変わる外光と照明の中で、エアーコンの空気の流れに緩く
廻る黄色い羽根か花のような造形が美しい。
以前本郷新賞を得た作品の地下街展示に対し、大通り公園の空に
繋がる螺旋階段に沿い、折りたたみを開いて宙に浮かせ展示した
方が良いのではないか、と新聞に書いた事を思い出した。

 私はこの色からふっと福寿草の彩を連想していた。冬の腐れ雪
 の間から最初に春の色彩を放つあの黄金の色彩だ。
 ・・・・
 そして出来ることならオランダ司法省の作品のように宙に浮いて
 螺旋状の階段からも見てとれ、色んな角度から見られるような
 展示であって欲しいと思った。
 それこそが札幌という大都市と自然の亀裂と継続を表すモニュメ
 ントになると思う。
 地中から空へ向かって凍土を破る福寿草の命の強靭さと、人間が
 自然を征服して直線化した地下空間との対比・相克こそが真の
 主題ではないかと思うのだ。
 
3年前北海道新聞夕刊に書いた記事の一部である。
この時描いた夢が今回の交流プラザの空間で実現した気がする。
大きく開いた福寿草の花のように揺れる吹抜けの作品、そして押し
花・種子のような「札幌のかたち」3点の作品は、直線化し、パッ
クされ、タワー化し、プラザ化した札幌の街と対極の、継続し地続
きの何かへの祈りのように存在する。
十余年前、ケンとアヤふたりの旅が経験した国境という亀裂と対極
の継続する大地、地続きの世界・欧州への旅。
その祈りのような故郷へのメッセージが、この作品の命として籠め
られている気がする。

 情報化社会の中で、世界の都市はすでに家の中にある。
 交通手段が整った中で、地球は小さくなったと錯覚することがある。
 しかし、やっぱり旅はいい。実際の地球は大きい。・・・
 そして都市の征服された自然から離れて豆粒ほどの人間の存在を
 知った時、何かわからないものに対して、ありがたいという言葉が
 浮かんだ。・・・
        谷口彩子 サハリンーシベリアー欧州旅日記から

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)ー28日(日)
*ホピ展ー11月9日(金)ー11日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
             
 
               



# by kakiten | 2018-10-18 15:06 | Comments(0)
2018年 10月 16日

ドリアン・グレ最後の肖像ーみちゆき(2)

1998年8月14日~16日シアターX(CAI・カイ)で
初めて郡司正勝原案・大野慶人舞踏の「ドリアン・グレイ最後
の肖像」が披露された。
その際慶人さんが送ってくれた公演パンフレットがある。
「ドリアン・グレイ最後の肖像」初演に際して、-今、私の考え
ていることー と題した一文である。


 4月21日は、郡司先生と「ドリアン・グレイ最後の肖像」の
 二回目の打ち合わせを札幌の先生のお家でする予定が。初七日
 のお参りになってしまった。坂道を登って、ご霊前でしばらく
 の時を過ごしての帰り道、同行して下さった札幌の友人中森さん
 が、よしとさん、北原白秋の「この道」ご存知ですか、と尋ねら
 れた。僕が17,8歳の頃、兄は声楽家を志していて、歌の先生
 が家に来られて「からたちの花」「この道」をよくレッスンして
 下さっていて、ぼくはいつも傍らで聞いていたので、深く体内
 に入っている歌であり、かつ「ドリアン・グレイ最後の肖像」の
 稽古の初日、この作品を創ることに立ち会ってくれているスペイ
 ンの舞踏家、ジョアン・ソレルが、何故か「この曲はどうですか」
 と「この道」をCDで聞かせ、一歩を踏み出すキッカケにもなって
 いたのでした。
 この坂道が「この道」ですと聞かせてくれた時、深く呼吸する
 だけで黙してしまいました。立っていることが、自分の生きて
 きた、人生を全て含んだ起点に立っていると、実感していたのだ
 と、いま思っています。・・・・
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1969年、新宿で初めての独舞公演以来、二度目の独舞公演を創る
ことを決意した、とこの時の決意を慶人さんは語っている。
そして自らその第一回の独舞公演を<自分としては大失敗の会>と
振り返っている。

 なにひとつ解決していません。しかし「ドリアン・グレイの肖像」
 は始まりました。「ドリアン・グレイ」であり、「大野慶人」の
 最後の肖像でもある、と考えています。
 寝床にあった先生が、「ドリアン・グレイの肖像」、よしとさん
 のは「最後」が付くのです。「ドリアン・グレイ最後の肖像」です
 とおっしゃられた、来年四月のご命日までに「作品」として独舞
 公演をもって、先生の御魂に捧げたいと願っております。
 最初の会から三十年、今年還暦になった私の、自身に対するけじめ
 でもあります。

 一九九八年七月二十四日      大野慶人

二回目の独舞公演に残念ながら私は立ち会っていない。
そして2010年大野一雄逝去。
その後死後の大野一雄の大きな背中を背負いながら、慶人さんの独舞
への想いは続いていると、私は直観している。
何故なら奇しくも「ドリアン・グレイ最後の肖像」独舞公演が行われ
たと同じ舞台シアターX(カイ)で大野一雄の指人形とともに、実に
感動的な独舞を魅せているからである。
郡司先生、そして大野一雄。
このふたりを抱いてこそ、大野慶人ではないのか。
大野一雄が2002年9月両国シアターXで踊った時の様子を石狩
河口公演記録「石狩の鼻曲がり」(かりん舎刊)に慶人さんは書い
ている。
        発刊によせて   大野慶人

 ・・・舞台では思わぬことが起こりました。大野一雄は三十分
 舞台にいましたが、十分は完全に眠ってしまいました。夢を見て
 夢の中で踊っていると感じました。観客も一点に集中されました。
 その視線に支えられて舞台は終了しました。
 ・・・・・
 作品の題名は<わたしの舞踏”命”「かたちと心」>でありました。
 無心で、完全に即興で踊る大野一雄の現在には、それしか名づけ
 られないと考えた題名です。
 終わって数日たって思い返したときに、使用した音楽のほとんど
 が石狩川での公演で使ったものであったことにびっくりしました。
 ・・・・・
 石狩川での公演は”命”そのものとなぅて、二人の中に存在してい
 ると実感しています。                   感謝

          2002年9月25日

           大野一雄「石狩の鼻曲がり」(かりん舎刊)

今回シアターX(カイ)の吉増剛造「舞踏言語」出版記念イヴェント
で、大野慶人さんが大野一雄の指人形とプレスリーの「好きにならず
にいられない」の唄曲と共に見せた独舞こそ慶人さんの”命”の舞踏と
私は感じる。
2×1=2。一雄、慶人×1=一雄・慶人
「この道」と郡司正勝、石狩河口公演以降いつも稽古場に流れていた
プレスリー「好きにならずにいられない」と大野一雄。
このふたりへの想いが<×1>の現実となった時こそ、それが本当の
独舞公演「大野慶人最後の肖像」なのではないだろうか。
慶人さん、大野先生の石狩河口、郡司先生のサッポロ。
このふたりの優れたモダニズムこそが、ドリアン・グレイの命と思い
ます。
石狩の鼻曲がり、鮭の産み産まれる源流の泉(命)の傍で独舞です・・。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)-28日(日)
 am11時ーpm7時
*ホピ展ー11月8日ー11日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503  




  
 


 



# by kakiten | 2018-10-16 17:08 | Comments(0)