テンポラリー通信

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2018年 04月 03日

それぞれの故里ーランドへ(6)

福島泰樹の雑誌「月光」から賀村順治追悼特集に寄稿
の依頼があった。
過日死去の報に接してブログに記した文章を纏めてみる。
なにかまだ足りなくてぼんやり思考している。
そこに沖縄行きを請われた時の豊平さんの言葉を
思い出した。
「沖縄は観光と基地だけです・・・。
たくさん作品があります、私はただ眺めています・・
来て下さい・・」
見るのではなく、眺めていると聞いた時、行かねば
ならぬと決意した事を思い出していた。
沖縄に行き豊平さんの作品群の前に立った時、眺める
といった意味を板に叩き込まれた亀裂が埋まる百余点
の青い作品の前に納得した自分がいた。
沖縄の青い海・空。
それは見るではなく、眺めるもの・・。
そして同じように、沖縄の傷痕・心の空・心の海も観光
=見るではなく、ただただ刻んでいる。
あれは豊平さんの今の故里そのものなのだと思う。

 俺は帰れ胸の奥処の泥の温みその肉声の端緒の祖国
 (くに)へ

と死した賀村順治が謳った泥の温み・泥炭地の故里も背中
に涙を背負っていた。

 戦場へ
 行く早鐘のランナーの
 背中に涙あふれていたり

祖国とは何処か。
故里とは何処か。
豊平ヨシオの青い海・空。
賀村順治の泥の温み。
それぞれの身体を包んでいた<肉声の端緒の祖国(くに)>。
帰れと叫び、眺めると呟く、ふたりの足裏に広がっていた
土・海・・・。
ふたりの故里・国(ランド)だったのかも知れない。

最前列にして最後尾 背後には黒々と街の火
南と北のエッジが燃えている・・。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-04-03 14:45 | Comments(0)
2018年 04月 01日

10年前の事ーランドへ(5)

2009年2月初めて豊平ヨシオさんを沖縄に訪ねたブログ
を読み還していた。
二泊三日の短い旅ながら、濃い旅だった。
文章も溢れるように流れている。
同じ時間はない。
一期一会、私はその時沖縄の海、豊平ヨシオの作品を御嶽
(ウタキ)のように見詰めていた。
あれから10年、3・11が2011年にあり、吉増剛造の
「石狩河口/坐ル ふたたび」が、テンポラリスペースでこの年
12月に始まった。
そこから毎年ふたつの近代を隠された主題とする「ノート君」
「怪物君」「水機ヲル日」「怪物くん歌垣」「火ノ刺繍」と
吉増の新たな挑戦が今に続く。
それと併行するように2016年東京国立近代美術館2017年
札幌国際芸術祭、足利美術館今年4月沖縄美術館の個展がある。
この一連の吉増剛造と共にある流れの私の原点のひとつは、2009
年の沖縄・豊平ヨシオ作品との出会いにある。
甦る私の沖縄・豊平ヨシオの記憶。
吉増剛造個人との原点は1994年の「石狩シーツ」。
そして豊平ヨシオ個人との原点は2009年沖縄で出会った青の
彼の作品群。
このふたつの原点が、<ふたつの近代>の主題に包含されるように
沖縄で北と南の玄(くろ)い御嶽・カムイとなって待っている
ように思えるのだ。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-04-01 14:51 | Comments(0)
2018年 03月 31日

沖縄の蒼・青ーランドへ(4)

秋元さなえさんの「ランドへ」というタイトルに
刺激されたのか、4月下旬から始まる吉増剛造沖縄展
がひたひたと迫り、呼んでいる感がする。
2008年頃沖縄の画家豊平ヨシオさんから何度も
電話を頂いて一度沖縄を尋ねた事があった。
豊平さんはテンポラリースペースで1992年11月
ー12月円山北町時代に個展を開いている。
当時の作品は、廃材・テント地を素材として、戦後アメ
リカ軍が持ち込んだこれら異材にコールタール、ラッカー
、ニスで塗装し構成した壁面作品だった。
戦後沖縄はアメリカ世(ゆー)となり、海の向こうから
この地に無い多くのモノが入って来た。
それらをモノとして凝視し、空間として透視する、そんな
沖縄人の真摯な魂のように私は彼の作品を感じていた。
それから十数年是非作品を見て欲しいと切望され始めて
沖縄をその為に訪ねたのだ。
アトリエは丘の上にあり壁一面に百枚余の作品が並んでいた。
青一色の板地にそれぞれ様々な亀裂が刻まれていた。
まだすべて未完で発表する予定もないという。
南の島沖縄を囲繞する深い海の色。
その色を描く事に、大和世ーアメリカ世を経て来た沖縄人
豊平ヨシオの深い心の発露を私は感じていた。
そして十年ぶりに、豊平さんとあの作品に逢いたいと思った。
近年彼は誰にも会わないようだという。
沖縄の美術界ではもう伝説の人という。
私は彼に電話を入れた。
奥様が出て、ホッカイドーのNさんよ、と取り次いでくれた。
4月末沖縄美術館吉増剛造展の話をし、沖縄へ行くなら
やはり豊平さんに逢いたいと話した。
近年は美術館とも関わりを断ち、美術関係者とは会って
いないという。
でもあなたとなら会いたいし、会いましょう、と言った。
私はあの作品群が気になっていた。
あの青は沖縄の風土・海土そのもの。
沖縄人豊平ヨシオの純粋な魂の彩(いろ)。
人知れず埋葬させてはならぬ。
もう一度確かめたい。
猛然とそんな気持ちが湧いて来た。

ランドへ、
四方を美しい海に囲まれた南の原点ー沖縄。
冬の年・夏の年を基底とするふたつの国(ランド)。
ミヤコを一元化する近代そのものと対峙し苦闘する両端の地。
吉増剛造の近代への果敢な表現展開も含めて、私は4月沖縄へ
行こうと思う。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




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# by kakiten | 2018-03-31 16:11 | Comments(0)
2018年 03月 25日

フイジカル・身体の宙(そら)ーランドへ(3)

一本の麦総体を小さな国とすれば、その中心は穂の実。
そこに麦の根・茎・穂の凝集がある。
実はパンの原料になったり、ビールの素になったりする。
その恵みを人は産地と都市で多くの人が味う。
そして産地⇒消費地の直線的消費回路が主流となる。
しかし麦はパンやビールだけに存在している訳ではない。
麦穂・茎は麦わら帽子にもなり、麦畑はゴッホの画材
にもなる。
小さな国が多くの地域に拠って本来成り立つように、
中心の都(みやこ)と地域は本来相互に有機的に結ば
れている。
私が那須の国で感じた足利市とその周囲の産地の関係は、
そうした近代以前から確立された回路存在だった。
その産地・人・都を結ぶ回路が、モノだけの物流回路へ、
人は都市企業労働力に分離先鋭化し、産物は消費物へと
特化肥大化している。
都(みやこ)とその周辺は、中央・地方と分離され、
総体としての身体・国を喪失しつつある。
麦でいえば実・茎・穂は一体でなく、フイジカルな麦の
総体は見失われる。
英語でいうメタフイジカルが、フイジカルを喪ってメタ
だけが浮遊しだす。
ネット社会の情報回路発達がさらにこの方向性を加速さ
せる。

今回の秋元さなえさんの展示構成は、一本の麦の保つ
凛々しさ、茎の直線の有機的な豊かさを麦の身体性
(フイジカル)として、再構成して顕したといえる。
前回の「ふたたび 花傍らに」展の村上仁美さんの
絹糸を使った展示、その前のトロッコ展示稲穂の〆飾
りとともに、女性ならではの<身・フイジカル>に軸
を置いた表現に感動している。
<身も心も・・>が人間の全身全霊で、表現もまた
大都市中心の身体風土喪失は危機なのだ。

古民家の身体尺度を基本とした二畳・一坪の世界。
最初は吹き抜け2階空間に怖いを連発するが、次第に
慣れ3・3平方mと翻訳され忘却していた自らの身体
尺度が甦り、居心地良いと長居する人たち。
かって一民族にひとつの尺度があったという。
それが次第に淘汰されグローバルな一単位に統合され
その国・地方固有の身体性が喪われつつある。
文化とは個々の固有性という身体性が原点であり、
そのフイジカルな基底を喪失して真のメタフイジカル
な抽象性・コンテンポラリーも生まれない。

米・米粒には稲穂の身体性が、麦・麦粒には麦穂の身体
性が固有に在って、それぞれが美しいのだ。
多種・多様の身体総体が輝く<国>こそが、”ランド”
そして、小さな”ミヤコ”が保たれる。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-03-25 14:23 | Comments(0)
2018年 03月 22日

一本の麦ーランドへ(2)

稲=ライス、麦=パン。
そんな直線回路を私たちは生きている。
生命総体としての稲穂・麦穂を消去してだ。
無意識の内に稲自体の姿容(すがたかたち)、
麦自体の姿容(すがたかたち)を喪っている。
秋元さなえは、美術家としてそこを一本の麦だけ
の構成で、展示空間を豊かな江別の麦畑、風、水、
川、土、光の潤いで満たしている。
その事は何よりも来場者の長く寛ぐ姿、滞在時間
の長さに顕れている。
下階の麦の茎の直線だけで構成した宙に浮かぶ造形。
吹き抜け2階の床板に立つ芽生えるような穂茎。
土と繋がる様に麦の直線が結ぶ地下・地上世界。
植物という有機的な生命体が保つ直線の豊かさは
誠に凛々しい緊張感、充実感がある。
AからBへ最速で結ぶような直線ではない。
土中から立ち上がる伸び立つ生命体の、凛々しい
有機的な直線なのだ。
そして同時にその目線は麦が呼吸する風の容(かたち)、
風景・広がる世界へと感受される。
吹き抜け上床の林立する麦林、そしてその1階真下床に置か
れた泉のような円い鏡。
さり気なく2階に置かれた江別の歴史資料・地形図。
作家が紙に描いた2点の俯瞰する江別風景が、麦穂の目線で
会場に共存している。
来場者が梯子を階段を上り、上下で寛ぎ時を過ごす訳は、
この空間と作品空間の一体性に拠ると思える。
そしてそれは、麦の保つ生命体の力に拠って結ばれてい
るからだ。

西洋・主食パンの素材・麦。
東洋・主食米の素材・稲。
どちらもが食糧素材以外に深く人の生活と関わり衣食住
とともに活用されてきた生命体。
麦は米と比較すれば、近代北海道に来た食材植物といえる。
私たちの日常食にご飯とパン食が両立するようになったのは
明治以降の150年である。
そして現在喪いつつあるのは、ライス、パンという直線的
結果主体のショートカットされた麦・稲総体の過程である。
麦総体の生命体としての姿容、稲自体の生命体の姿容。
美術家はその多様性をショートカットされない麦の直線の凛
々しさで訴えてもいる。
お酒・ビール、畳・帽子等衣食住文化の原点に関わる強靭さ
を、この展示は一本の麦に秘めている。
西洋化という近代を、ショートカットせず、豊かに凛々しく
至る本質的な文化の道筋を、江別の細い一本の麦の姿容(
すがたかたち)が、告げている。

展示のタイトル「ランドへ」とは、そうした世界への希求の
メッセージ、そのものでもあるだろう。

*秋元さなえ展「ランドへ」ー3月20日ー25日
 am11時ーpm7時

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# by kakiten | 2018-03-22 15:17 | Comments(0)
2018年 03月 20日

秋元さなえ展始まるーランドへ(1)

石狩川河口近く江別で生まれ育った秋元さんが
故里を新たに見詰めるように、踵の視線・自耕する
視角から故里江別の風土を再構成している。
吹き抜け2階の床に咲くように数十本生えている麦。
床を透かせて下に延びる茎。
1階床中央に置かれた一枚の円い鏡が泉のように
その天井周囲を映す。
そして周りの南・東壁には江別の風景が淡いドローイ
ングで拡がり、北壁には江別地域地形図が拡がっている。
吹き抜け上部は地上の風の世界、吹き抜け下は風土の
土の世界。
それらが麦の穂と麦の茎・根の世界で繋がり、現世を
顕現させている。
踵から立ち上がる身体としての故里。
そんな作者の江別への愛が、ここには感じられる。
爪先だって先へ先へと横軸をひた走る直線移動の現代
社会への苦い思いもそこには篭められている気もする。
吹き抜け壁の棚には、江別の古い歴史資料も並べられ、
現在に至る江別社会時間の土も踏み固まれている。
人間にとって大切な風土という自然と社会の界(さかい)。
地球と宇宙の間の大気層や裸体と外界の間・衣装のように
接する個有な文化ゾーン。
人それぞれ、土地それぞれに存る固有性を生まれ育った
江別から掘り下げていく地道な試みを深化させて、「ラ
ンドへ」展はある、と思う。

初日、梯子・階段を昇り降りしながら、体感を嬌声に変え
声を揚げる人たちの感性にも何かが経験されている事だろう。

*秋元さなえ展「ランドへ」-3月20日(火)ー25日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-03-20 14:16 | Comments(0)
2018年 03月 15日

花散ってー紡ぎあう(20)

雪山の130本の桜枝が半分以下になり、今日はゼロに。
ひと時入口横の雪山を彩った桜は消えた。
「ふたたび 花傍らに」展の本当の終わり。
2011年冬から始まった吉増剛造の3・11に対峙す
る表現追求の展示。
その動きに感応し自らの表現をともに開始した鈴木余位、
村上仁美、中嶋幸治、そして会場構成、フライヤー印刷
等で深く関わった河田雅文、酒井博史。
さらには2011年2月から毎月22日1年間吉増を写真
で記録した吉原洋一。
これらそれぞれの深い個の流れを伴って、吉増剛造は一昨年
東京国立近代美術館個展、昨年札幌国際芸術祭個展、足利市
美術館個展と大きく花開いてきた。
そして吉増自身の肝入れにより今回の「ふたたび 花傍らに」
展は催され、偶然にも2018年3月11日に終わったのだ。
このテンポラリースペースの傍らにも、余韻のように蕾から開
花した福島の桜木が咲いたのである。
札幌響文社発行予定の新刊「火ノ刺繍」大冊7百頁余の遅延も
あって、昨年暮れから延びて来たこの展示が、図らずも3月11
日日曜日で終わりを迎えるとは思わなかった。

一昨日登山家中川潤氏と賀村順治宅に弔問に行く。
賀村氏と生前親交あった中川さんはその死を知らず、この日の
弔問となった。
屯田兵の末裔賀村順治の侠気と山男中川潤の漢気はどこか波長
が合ったようだった。
賀村が愛した新琴似の地。
その一角のご自宅を訪ねた。
久しぶりに会う中川さんに嬉しそうな奥さんの心開いた積もる
話を仏前前の居間で我々は聞いていた。
葉隠れが座右の書だった賀村順治。
遠く佐賀県を先祖とする彼は、やはりサムライだった気がする。
花は桜木 人は武士。
何故かそんな言葉が浮かんだ。

雪山に刺された桜木の何本かを、中川潤が選んで賀村順治の
墓前に供えたからだ。

*秋元さなえ展「ランドへ」-3月20日(火)ー25日(日)
 am11時ーPM7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-03-15 15:20 | Comments(0)
2018年 03月 14日

「ふたたび 花傍らに」展終わるー紡ぎあう(19))

中嶋幸治さんの力作フライヤーを見て訪れる人が、日を
変え夕刻以降再び来たりと、二度三度と訪れる。
そんな後半、ピークは土曜、日曜に来る。
最終日人が絶えず、夕方熱い打ち上げ。
鈴木余位さんも東京から駆け付け驚いていた。
2011年冬から吉増剛造展に触発され関わって来た
村上仁美さん、中嶋幸治さんたちとの7年間が、フライヤ
ー渾身の制作、花人の絹と木、花種・桜、フイルム燃焼
映像構成と三人が交錯し、ひとつの宙空間を形象したのだ。
入口右コーナー上部に吊られた焼け焦げたフイルムの下、
初日まだ蕾であった桜木が後半一勢に花開いていた。
そしてこの花開いた櫻木は展示終了後外の雪山に刺され
自由にお持ち帰り下さいの表示とともに道行く人に提供
されていた。
雪山に咲く桜木、不思議な光景である。

4台の映写機の、北壁・東壁・床2ヵ所に燃え、瞬く
フイルムの映像。
その北壁中央左前方に凛として立つ絹糸の滝。
太陽光・映写光源の熱で溶け燃えるフイルムの陥穽の
幻が、夜には会場全体の宙(そら)、宇宙空間となって
過ぎ行く時を忘れさせるのであった。
床に坐り、酒を飲み、ただただ話し、歌い、人は時を過
ごした。
そして酒井博史のギター絶唱「ファイト」が、絹糸の滝
を遡上するように歌われ最終日の宴は終わった。

鈴木余位さん、村上仁美さん、、中嶋幸治さん・・・。
ありがとう。

*秋元さなえ展「ランドへ」-3月20日(火)ー25日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-03-14 13:44 | Comments(0)
2018年 03月 08日

旅立ちー紡ぎあう(18)

写真家の竹本氏が鎌倉へ移住を決めた。
娘のYちゃんが東京で独自に活動を始め、奥様も
仕事の中心が東京になっているからという。
本人は札幌に残る気持ちだったが、住まいが鎌倉
と知ってから一緒にと心変わったようだ。
先日父娘が挨拶に来た。
Yちゃんがお礼と書かれた包みを私に差し出した。
目が少し潤んでいた。
小学校4年くらいからテンポラリースペースを駆け
回りその時々の展示作品とも親しんでいた彼女は、
小学校卒業記念誌に将来の夢として「小さな美術館」
という文章を書いている。
此処の事だよと、竹本氏が見せてくれた。
その文章のコピーは今も大事に手元にとってある。
そんな少女が今は某大手芸能プロダクションに注目され
特枠で育成中という。
そんな中ある集まりで乗馬クラブのオーナーと知り会い
気に入られて1週間馬と生活をしたという。
裸馬にも乗り夢中だったようだ。
感受性鋭く、自由奔放な生き方を希む十代の少女が
父母を引っ張るかのように、今旅立つ。
僅かな縁だったが、此処も彼女には札幌の第二の実家
心の拠り所だった気がする。
竹本氏と話をしている間ずっと2階に坐り込んでいた
Yちゃん。
帰りに手を差し伸べると、両手で握手しながら目は
やはり潤んでいた。

人、旅立つ春。
東京福島泰樹氏より自身の編集出版する「月光」誌
賀村順治追悼特集号に、田中綾さん経由で追悼文章
依頼くる。

これも旅立ちの春への辞だなあ、

 戦場へ
 行く早鐘のランナーの
 背中に涙あふれていたり

  (賀村順治「狼の歌」から)

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-3月11日(日)まで
 am11時ーpm7時.
*秋元さなえ展「ランドへ」-3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-03-08 14:01 | Comments(0)
2018年 03月 06日

寒い寒い 日なりきー紡ぎあう(17)

 やがても蜜柑の如き夕陽、
 欄干にこぼれたり
 あ〃!-そのような時もありき、
 寒い寒い 日なりき

今朝の寒気に身を竦ませ歩きながら、ふっと中原中也
「冬の長門峡」の一節が口に浮かんだ。
<寒い寒い>の反復に反応したのだろうか・・。
ギャラリーに着き確認の為中也の本を見る。
冒頭の

 長門峡に、水は流れてありにけり。
 寒い寒い日なりき
 
と、最終行の<寒い寒い日なりき>は同じフレーズだが、
冒頭の一行には<寒い寒い>と<日>の間に空白がない事
に気づく。
この一拍の空白が最終行の<寒い寒い>に深い奥行きを与
えている。
<蜜柑の如き夕陽、欄干にこぼれたり>に続く<あ〃!ー
そのような時もありき、>の蜜柑の如き<夕陽>とそのよう
な<時>に呼応した<あ〃!>の空白・一拍と感じられる。
身(今)にも、心(過去)にも、沁みいる・・寒い寒い日。

鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」二週目。
今朝の私の感じた寒気と、「・・花傍らに」のタイトル
が、呼び起こしてのだろうか、中也の詩が心に響く。
今回の展示が外気と対照的に「火の刺繍」の<火>で
ある事も関係あるのかも知れない。
会場には鈴木余位さんのフイルムが太陽光と映写する光の熱で
燃えていく映像がエンドレスで流れている。
そして村上仁美さんの絹糸の銀の水のような流れ、澱み。
この会場空間は見えない火、水が主役である。

 やがても蜜柑の如き夕陽
 欄干にこぼれたり。

西向きの玄関硝子戸から、この古民家構造を遺した空間に
夕陽が射し込むのである。
陽の回復してきた今日夕刻、ここは冬の画廊峡となるかも知れぬ。

ふたたび 花傍らに・・・ 寒い寒い 日なりき。

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-3月11日(日)まで
 am11時ーpm7時。
*秋元さなえ展「ランドへ」-3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-03-06 14:48 | Comments(0)