テンポラリー通信

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2018年 03月 14日

「ふたたび 花傍らに」展終わるー紡ぎあう(19))

中嶋幸治さんの力作フライヤーを見て訪れる人が、日を
変え夕刻以降再び来たりと、二度三度と訪れる。
そんな後半、ピークは土曜、日曜に来る。
最終日人が絶えず、夕方熱い打ち上げ。
鈴木余位さんも東京から駆け付け驚いていた。
2011年冬から吉増剛造展に触発され関わって来た
村上仁美さん、中嶋幸治さんたちとの7年間が、フライヤ
ー渾身の制作、花人の絹と木、花種・桜、フイルム燃焼
映像構成と三人が交錯し、ひとつの宙空間を形象したのだ。
入口右コーナー上部に吊られた焼け焦げたフイルムの下、
初日まだ蕾であった桜木が後半一勢に花開いていた。
そしてこの花開いた櫻木は展示終了後外の雪山に刺され
自由にお持ち帰り下さいの表示とともに道行く人に提供
されていた。
雪山に咲く桜木、不思議な光景である。

4台の映写機の、北壁・東壁・床2ヵ所に燃え、瞬く
フイルムの映像。
その北壁中央左前方に凛として立つ絹糸の滝。
太陽光・映写光源の熱で溶け燃えるフイルムの陥穽の
幻が、夜には会場全体の宙(そら)、宇宙空間となって
過ぎ行く時を忘れさせるのであった。
床に坐り、酒を飲み、ただただ話し、歌い、人は時を過
ごした。
そして酒井博史のギター絶唱「ファイト」が、絹糸の滝
を遡上するように歌われ最終日の宴は終わった。

鈴木余位さん、村上仁美さん、、中嶋幸治さん・・・。
ありがとう。

*秋元さなえ展「ランドへ」-3月20日(火)ー25日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




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# by kakiten | 2018-03-14 13:44 | Comments(0)
2018年 03月 08日

旅立ちー紡ぎあう(18)

写真家の竹本氏が鎌倉へ移住を決めた。
娘のYちゃんが東京で独自に活動を始め、奥様も
仕事の中心が東京になっているからという。
本人は札幌に残る気持ちだったが、住まいが鎌倉
と知ってから一緒にと心変わったようだ。
先日父娘が挨拶に来た。
Yちゃんがお礼と書かれた包みを私に差し出した。
目が少し潤んでいた。
小学校4年くらいからテンポラリースペースを駆け
回りその時々の展示作品とも親しんでいた彼女は、
小学校卒業記念誌に将来の夢として「小さな美術館」
という文章を書いている。
此処の事だよと、竹本氏が見せてくれた。
その文章のコピーは今も大事に手元にとってある。
そんな少女が今は某大手芸能プロダクションに注目され
特枠で育成中という。
そんな中ある集まりで乗馬クラブのオーナーと知り会い
気に入られて1週間馬と生活をしたという。
裸馬にも乗り夢中だったようだ。
感受性鋭く、自由奔放な生き方を希む十代の少女が
父母を引っ張るかのように、今旅立つ。
僅かな縁だったが、此処も彼女には札幌の第二の実家
心の拠り所だった気がする。
竹本氏と話をしている間ずっと2階に坐り込んでいた
Yちゃん。
帰りに手を差し伸べると、両手で握手しながら目は
やはり潤んでいた。

人、旅立つ春。
東京福島泰樹氏より自身の編集出版する「月光」誌
賀村順治追悼特集号に、田中綾さん経由で追悼文章
依頼くる。

これも旅立ちの春への辞だなあ、

 戦場へ
 行く早鐘のランナーの
 背中に涙あふれていたり

  (賀村順治「狼の歌」から)

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-3月11日(日)まで
 am11時ーpm7時.
*秋元さなえ展「ランドへ」-3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-03-08 14:01 | Comments(0)
2018年 03月 06日

寒い寒い 日なりきー紡ぎあう(17)

 やがても蜜柑の如き夕陽、
 欄干にこぼれたり
 あ〃!-そのような時もありき、
 寒い寒い 日なりき

今朝の寒気に身を竦ませ歩きながら、ふっと中原中也
「冬の長門峡」の一節が口に浮かんだ。
<寒い寒い>の反復に反応したのだろうか・・。
ギャラリーに着き確認の為中也の本を見る。
冒頭の

 長門峡に、水は流れてありにけり。
 寒い寒い日なりき
 
と、最終行の<寒い寒い日なりき>は同じフレーズだが、
冒頭の一行には<寒い寒い>と<日>の間に空白がない事
に気づく。
この一拍の空白が最終行の<寒い寒い>に深い奥行きを与
えている。
<蜜柑の如き夕陽、欄干にこぼれたり>に続く<あ〃!ー
そのような時もありき、>の蜜柑の如き<夕陽>とそのよう
な<時>に呼応した<あ〃!>の空白・一拍と感じられる。
身(今)にも、心(過去)にも、沁みいる・・寒い寒い日。

鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」二週目。
今朝の私の感じた寒気と、「・・花傍らに」のタイトル
が、呼び起こしてのだろうか、中也の詩が心に響く。
今回の展示が外気と対照的に「火の刺繍」の<火>で
ある事も関係あるのかも知れない。
会場には鈴木余位さんのフイルムが太陽光と映写する光の熱で
燃えていく映像がエンドレスで流れている。
そして村上仁美さんの絹糸の銀の水のような流れ、澱み。
この会場空間は見えない火、水が主役である。

 やがても蜜柑の如き夕陽
 欄干にこぼれたり。

西向きの玄関硝子戸から、この古民家構造を遺した空間に
夕陽が射し込むのである。
陽の回復してきた今日夕刻、ここは冬の画廊峡となるかも知れぬ。

ふたたび 花傍らに・・・ 寒い寒い 日なりき。

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-3月11日(日)まで
 am11時ーpm7時。
*秋元さなえ展「ランドへ」-3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-03-06 14:48 | Comments(0)
2018年 03月 03日

春傍らにー紡ぎあう(16)

猛吹雪の日が過ぎて、少し暖気に緩んだ雪山と路面。
鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」も第1週が過ぎる。
初日朝まで徹夜で展示作業を続け、夕刻吉増剛造氏来廊。
ふたりの展示の大きな力となった詩人の来訪に緊張しながらも
嬉しく迎えた初日の夕刻。
本人たちも初めてゆっくり見る、映像が鮮明に浮き上がる夕刻
から夜へのひと時。
吉増さんは、祝いに自ら持参のシャンパンに頬染めながら上機
嫌で語り続けている。
刻々変わる光の変化、吹き抜けを見上げ2階に突っ立っている
樹の幹・枝に充つ夕光の動きに感嘆の声をあげる。
幹の根を留めた水盤に敷かれた真っ赤な花びら。
そしてそこから吹き抜けを駆け下る絹の糸。
その銀の絹糸に、「石狩シーツ」の一節

 「空からぶらさがる母親」は、火の神獣の母の織姫の父の
 ヴィジョンであったのかも知れなかった。・・・
 母鯨が、そっと呟く
 皴(詩は、・・)
 ”静かな死、・・・・”

を呟いている吉増剛造がいる気が、ふっとした。
昨年末足利美術館個展最終日近く母上悦さんを亡くされた事と
併せて、木霊(こだま)する宙(そら)の時間を感じていた。

点滅する炎の映像に織姫の絹糸・天の赤い花片、地の白い花片。
カタカタ鳴り響く、フイルムの機械音
吉増剛造の幾行かの詩の一節が、この時間には流れていた。
この日の為に来札した吉増剛造とともに、今回秀逸な案内状を
制作してくれた中嶋幸治君の立ち合いも含めてふたりには特別
な一夜だったと記憶する。


*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-3月11日まで。
 am11時ーPM7時
*秋元さなえ展ー3月20日(火)ー25日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-03-03 13:57 | Comments(0)
2018年 03月 01日

雪の朝ー紡ぎあう(15)

少し雪が融けかけていた天気。
今朝は、大荒れの白い天地。
真っ白な天地からの反射光が、廊内をきりっと包む。
北の大地の午前中。
ギャラリー全体が外も内も白い衣装と光に包(くる)
まり、晴れれば強い陽光も今日は厚い雪雲に遮られ
壁の映像を幻想的に浮かばせている。
吹き抜けから滴り落ちる村上さんのシルクの糸が、
黒い床板に泡立つように銀の渦を巻いている。
点滅する水滴のような余位さんの炎の映像と重なって
冬の火の刺繍が、流れるように、浮かぶように、刹那
に、今浮刻されている。
雪の午前の光の彫刻。
冬の光の花世界だなあ。

鈴木余位さんの映像と村上仁美さんの花への眼差しが
雪の白い光の糸と紡ぎあい、この小さな宙を包(くる)でいる。

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-3月11日まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-03-01 11:24 | Comments(0)
2018年 02月 28日

ふたたび・・・。-紡ぎあう(14)

初日夕刻今回展示のふたりを繋いだ吉増剛造さん来廊。
自分の個展時いつも持参するシャンパンを外の雪山に
差し込んでいる。
そしてガラス戸入口に立ち、手を振った。
内に入り、おめでとう、とふたりに微笑んだ。
まだ明るい午後の陽光が射し込んでいた。
しかし陽は次第に傾いて沈み始め、光が、2階吹き
抜け上部に照射する。
絹糸の滝の上に立つ一本の樹の幹・枝に光の中心が
移り始め下の空間が次第に薄く翳ってくる。
壁に投射されている映像が鮮明さを増してきた。
それらを全身で受け止めながら、感じる事、近況、
追憶と吉増さんの話は止まらない。
外に冷やしてあるシャンパンの栓を抜き、余位さん、
村上さん、私、中嶋さん、吉増さん5人で乾杯する。
今回の案内フライヤーを創った中嶋さんは早速吉増
さんからも絶賛され、嬉しそうだ。
興に乗った吉増さんが、最新の「怪物君」草稿を
取り出し、床に広げる。
さらに一昨日Y氏の新規店舗イヴェントで描かれた
まだ絵の具痕生々しく折り畳まれた草稿も広げた。
このふたつの草稿は最高傑作に属するすざましい
2点だ。
「怪物君」はこれで打ち止めと話す。
初めて美術家故若林奮氏に戴いた素の薄い銅板を
細い直線に切り、原稿用紙の縦罫線のように原稿に
貼りつけている。
これは私が知る限りここ数年の吉増作品が凝縮した
最高傑作と思う。
銅板に文字を打刻する時使っている若林さんから
戴いたハンマー、そしていつも持ち歩いているアイ
ヌのイクパスイ、そして朗読時手に翳すピーチハン
ガーの飾り物、それらすべてを3月2日まで此処に
飾っておくと言い出す。
明るい光で見たい、明日見ようと思い、ふっと気づく。
2月は28日で終わり、明日だ。
東京に送り返すのには、明日出荷。
1日だけだな、ここに鎮座するのは・・・。

午後4時頃から7時過ぎまで、関係者が主の、何とも
濃い、良い時間だった。
開展ぎりぎりに出来上がったけど、全力投球・手作り
制作フライヤーの中嶋幸治さん、そして初日朝まで徹夜
の展示者のふたり、2011年から毎年連続した渾身の
ふたりの牽引者吉増剛造の仕事、そこに立ち会ってきた私。
そして最後に東京から今回も駆けつけてくれた音楽家
川戸郷史君、石狩河口朗読撮影に関わった竹本英樹氏も
加わり、とっぷり暮れた夜の路上をご機嫌のほろ酔い足で
ホテルに帰る吉増さんをみんなで見送ったのだ。

今年、沖縄・東京松濤美術館と続く吉増剛造の軌跡。
是非来てくれと二度も念を押され、私もまた勇気付けられ
た気がする。
闘病・継続もまた、シジホスの石・・・。

+鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-3月11日まで。
 am11時ーpm7時:」月曜定休。
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-02-28 14:01 | Comments(0)
2018年 02月 24日

賀村順治・肉声の端緒ー紡ぎあう(13)

 俺は帰れ胸の奥処の泥の温みその肉声の端緒の祖国(くに)へ

賀村順治のこの歌がずっと気になっている。
彼が帰る<祖国(くに)>とは何処なのか。
そこで以前彼から聞いた実家のある新琴似の昔の逸話を
ふっと思い出していた。
この辺一帯はかって泥炭地で、寒さを防ぐ為みんなが燃料
に泥炭を掘り返し、至る処に穴がありそこに雨水が溜まり
池のようになって、時に子供が溺れ死んだりしたという話
だった。
何故この話を想い出したかというと、歌の中の<泥の温かみ
>という言葉が頭に引っ掛かっていたからである。
<胸の奥処の泥の温かみ>とは、彼が生まれ父・祖父が
生きた新琴似の土、その祖国(くに)の泥土ではないか。
<胸の奥処の泥の温かみその肉声の端緒の祖国(くに)>
に<帰れ>と叫んでいた賀村順治。
都心に産まれた私は私の知らない札幌を生きた賀村の人生
を思った。
2006年4月ひとりで初めて彼の家を訪ねた時、新琴似
駅から自宅まで彼の案内で歩きながら、途中新琴似神社の
ハルニレの巨木、そして周辺に残っていたハルニレの小さ
な森を指さしながら話した言葉がフラッシュバックする。
その時遠く近くに見えた手稲山連峰。
そして自慢した自宅庭の自生させていたキトピロ(アイヌ
ネギ)の小さな畑。
それらすべてが賀村の肉声・端緒の祖国なのだ。

声を発し、体が呼吸する処・・。
祖国とは何か。
故郷とは何か。
賀村には新琴似の原野、泥の温みとして在った気がする。

かって旧帝国大学北大寮歌として歌われた「都ぞ弥生」。
歌詞一番前半にある落差を、賀村順治は現代の札幌にも深い
処で感受していたに違いない。

 都ぞ弥生の雲紫に
 花の香漂う宴遊の筵
 尽きせぬ奢りに濃き紅や
 その春暮れては移ろう色の
 ・・・・。
この都は札幌ではない。
札幌で弥生・三月に、花の香は漂わない。
しかし2番以降の季節感・風土感は北の国のものだ。

 豊かに稔れる石狩の野に
 雁遥々沈みてゆけば
 羊群声なく牧舎に帰り
 手稲の頂き黄昏こめぬ
 雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢
 ・・・・。

この秋を歌った2番こそが私が賀村順治に案内された
新琴似風景だった気がする。
「都ぞ弥生」の<都>とは、江戸改め東京となった
近代日本の帝都・メガロポリス東京化した一元的都・
ミヤコであり、現在の札幌都市化とも対応するもの
である。
そこに賀村の故里・故郷、<肉声の端緒の祖国>はない。
日々大手代理店社長として戦場にいた賀村順治の背中に
あふれていた涙とは、彼の胸の奥処・泥の温みが生む涙
でもあったのだろう。

+鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日(火)ー3月11日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

 


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# by kakiten | 2018-02-24 14:13 | Comments(0)
2018年 02月 20日

背中に涙あふれていたりー紡ぎあう(12)

ここ2,3日、賀村順治の「狼の歌」がいつも座右にある。
贈られた時に記された表紙裏の一首。
 
 戦場へ
  行く早鐘のランナーの
 背中に涙あふれていたり

この歌が賀村順治その人を語り、私に思い出させる。
繁茂に会っていた事はない。
しかし亡くなって今感じるのは、背中にじわっと
伝わる寂しさの寒気、存在そのものだ。

私は祖父・父と続いた百十余年の生業を閉じ、私自身
の一本道に岐路を定めた2006年。
賀村順治は黙ってその出発・漂流を見守ってくれた。
自宅の倉庫を提供し、数多の荷物を預かってくれた。
侠気の人である。

思い出せば、じわっと背中にくる暖かさ、寂しさがある。
想い出にも身体性があるなら、彼は正しく背中のような存在。
私は彼を背中で感じている。

 俺は帰れ胸の奥処の泥の温みその肉声の端緒の祖国へ

君は帰っていったのだ <・・・温みその肉声の端緒の
祖国(くに)へ>と

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日(火)
 -3月11日(日):月曜定休。
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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# by kakiten | 2018-02-20 16:47 | Comments(0)
2018年 02月 18日

賀村順治の死ー紡ぎあう(11)

不意に友人賀村順治の訃報が届いた。
円山北町時代、ともに燃える街角を闘った同志。
学研グリム社を経営しつつ熱い思いを保ち続けた
男だった。
彼と、今は岐阜県にいる桑名正和。
桑名氏も学研系の代理店創文社を経営し、ともに
仕事を超えた志を保つ熱い男たちだった。
昨年賀村氏が体調悪いと知り、桑名さんが岐阜から
訪ねて来て久しぶりに3人で逢ったのが最後となった。

振り返ればこのふたりの熱い男が、1980年代
歌人福島泰樹の絶叫コンサート創出を北海道で支え
続けた。
それは私の「’89アートイヴェント界川遊行」にも
結集して大きな力にもなった。
そして現在の場所で続ける大きな力にもなっている。
その賀村順治の葬儀に今夕岐阜から桑名正和、東京から
福島泰樹が葬儀に参上するという。
私も行かねばならぬ。

生前たった一冊遺された賀村順治名歌集「狼の歌」を読み
返し、彼の心の奥の熱い炎を今思い返している。

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日ー3月11日
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-02-18 15:55 | Comments(0)
2018年 02月 13日

天地繋ぐ氷柱ー紡ぎあう(10)

高臣大介ガラス展最終日前夜、絶対音感の北大生K君
が来て、尺八を吹いてくれた。
ポップスからもののけ姫、伝統的な尺八曲まで、ガラス
の光の林の中を風のように尺八の音が流れた。
その間もせっせと外の氷柱に水を点す高臣大介だ。
そして翌日最終日、見事に玄関入口の氷柱は地上に
達した。
天地を繋いだ氷の柱。
千葉から移住した高臣大介十余年の命の根のようだ。
2週間の会期、最後の一日に彼の氷柱は地に届いた。

無色透明なガラス制作で勝負をしてきた彼には、この
北の地で鮮烈な印象を以って対峙するかのように存在
した氷柱は、きっと大きなガラス創作上のテーマ・目標
だっただろう。
今彼は彼の生き方全てを通して、この氷柱に匹敵する
自らの拠点を育てつつあると思える。
2012年泉に触発され創った透明なガラスの房「野傍
の泉池」は、今水を纏い、氷衣を着て、すくっと天地を
繋いで立っている。
自らの分身・身体ともいえる作品に氷柱を着せたのだ。
もう氷柱は対峙するものではない。
移住と移民とかは、ただ移る事ではない。
己の生き方という身体尺に風土を着こなす身体行動
でもあるのだ。
そのように数多くの先人たちも、さまざまな大地に生き
抜いて来たのだ。
自然と対峙し、開墾し、耕土し己の里・郷を創って来た。
高臣大介の今回の個展は、そうした真っ当な生き方、
創作の過程がtransーparent、函となり、
源となって透んであった。

最終日夜、私は透析治療で出られなかったが、酒井
博史さん恒例の歌声、大介さんとのデユエットと午前
2時まで盛り上がったという。
透明なガラスの光と影の林、そして触れて響く音。
流れる歌声、集った人の熱気。
もう融けない心の氷柱群。
北の地発、透明な函舟出港の夜であったのだろう。

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日
 -3月11日
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2018-02-13 12:07 | Comments(2)