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テンポラリー通信

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2020年 05月 31日

空を削るー荒地(25)

谷口顕一郎・彩子さんの5月ドイツ帰国も消え、鼓代弥生さんの個展
予定も消えて、新型コロナの影響は私の5月を寂しいものにした。
寒暖差の日々が続き、体調も今一つ・・。
治療のドライウエイトの減量の所為もあってか、血圧が低い状態が
続き、立ち眩み、息切れがする。
最近は頭の意識で歩行せず、足の行為だけを信じて足に任せる事に
した。
早い、遅いは気にせず、足のリズムのまま歩く。
昔から下りの速さは、登山をした時も韋駄天と呼ばれていたから、
その当時を思い出して、目で歩行を見ず、足の感触に拠るリズム
を主にして歩く事にした。
早速、地下鉄の長い下りの階段でゆっくり下っていたら、忘弱無人の
追い越しを駆けて追い抜いていった男がいた。
私は山での下りを思い出して、静かに足のリズムに任せ速度をあげ
階段下で追いつき静かに肩を並べた。
先行していた傍若無人男は、ふっと横にいる私を見て、えっという顔を
して驚きの表情だった。
地下鉄乗り換え時には、みんなが老若男女問わず急ぎ足だ。
階段でもエスカレーターでも速度が優先する。
私は今、あえてゆっくり歩く。
乗り換えの電車に間に合わなくとも、なにか周りの速足・追い越しと
同じリズムには馴染まないと悟ったからだ。

階段もエスカレーターも我勝ちの速歩は、心を削る。
現代は<空にむかって眼をあげ>る空を削る。

*延長・八木保次・伸子展ー6月2日ー14日。月/水/金休廊。
火/木/土/日のみ開廊・12時~午後7時。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


by kakiten | 2020-05-31 16:41 | Comments(0)
2020年 05月 09日

空にむかって眼をあげ・・-荒地(24)

近代と現代の界(さかい)目は、何処で顕れるのか。
それぞれの分野、それぞれの人生の節目のように
それは在る。
一方で時の垂れ流しのように、眼前の時に流される
まま過去へと束の間の現在を葬ってしまう今もある。
多くの都市風景が今そうである。
新しいビルが建立されると、それまでなにが在った
かもう思い出せないのが現在という時代である。
競争原理・一極集中主軸の現代社会、新旧・早い・
遅いの一元的価値観が支配しているかに思える。

新型コロナの世界的曼延速度は、皮肉にもこれらの
現代的条件がその速さ、新しさとして人間に牙を向いて
存在している。
地球の最小微生物ウイルスが最新・最速のグローバル
回路に乗って人類を覆う。
最後尾が最先端なのだ。
そして普段裏方の医療関係者の苦労、感染死者を葬る
火葬場の苦労、日々ゴミ収集に従事する人達へと関心
も寄せられている。
ここでも最後尾が最前列。
本当は何時だって、真実の最前列・最前線は、最前列に
して最後尾、最後尾にして最前列なのだ。

私たちの現代とは、一無名兵士の死の記憶をその始まりに
記した戦後詩「死んだ男」に始まる、と私は思う。

 埋葬の日は、言葉もなく、
 立会う者もなかった。
 憤怒も、悲哀も、不平の軟弱な椅子もなかった。
 空にむかって眼をあげ、
 きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。

3・11、今回の新型コロナの多くの死者たちもまた、立ち会う
者もなく<重たい靴のなか>に横たわったのだ。
戦争・災害・流行病と原因・時代形態は違えど、最前線の死者の在
り様は時を超えて現代を縁どっている。
明治の開国と同時に開いた近代というモダニズム。
その終焉を個の無名死の敗戦と共にむかえ、発せられた印象的な
言葉・・・<空にむかって眼をあげ>・・・。  
この裸木のような垂直な視軸こそが、近代と現代を分かつ
杭のように私は感じている。
そして死者の言葉として顕わされた遺言。

 「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」

人間社会を突き抜け、より根源的な自然そのものまで達する視線。
その視軸こそが、近代ではなく現代を撃っている。

八木伸子の80余歳、八木保次の20代にそれぞれ描いたふたり
の札幌風景、建物をしみじみと見ながら思う事は、こういう
風景も建物も私たちは決定的に喪失しつつ20代から80代まで
ただ急ぎ足で駆け抜けていく。
最後尾の無名戦士が、国家でもなく、敵国でもなく、自然そのもの
に対する深い目線を、<空にむかって>送っていた事に最前列の
現代、その始まりを思うのだ。

*八木保次・伸子展「札幌近代・浪漫」-5月10日まで。
 午後1時ー7時。
 
テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



by kakiten | 2020-05-09 16:42 | Comments(0)
2020年 05月 02日

ふたりの・近代ー荒地(23)

陽射しが長く、気温が上がってくる。
桜咲き、野の花も勢いを増している。
画廊正面に並んだ保次の重厚な軟石洋館の油彩。
伸子の淡い色彩の溢れる公園風景。
南窓から西入口に移る陽光・時間とともに揺れる。

保次の絵画には20代東京へ行く前の、アンビシャスな
野心が息づいている。
重厚な石造りの洋館を描く視線が、濃く熱い。
一方80歳を過ぎた晩年の伸子の絵画は、少女のように
ロマンチックで、大通公園は淡い光に包まれて森も建物も
夢の縁取りに括られている。
左下に小さく描かれたひとりの男性が薄紫の着衣の女性と
思しき人を頭上に高く抱き上げている。
その傍にはライラックの紫の繁み。
伸子さんの20代のサッポロ浪漫だ。
こんな風に札幌都心部を描ける夫婦など、もう何処にも
居ないし今後も顕れる事はない。

1970年代に描かれたと思えるかっての宮の森・私の
自宅応接間に飾られていたふたりの絵画。
ともに油彩で、保次は緑主体の抽象絵画。
伸子は花と瓶の具象画。
ふたりの死後、私はこの2点を基軸にふたりの追悼展を
重ねてきた。
我が家の先々代からお付き合いのあった縁で、多分宮の森
に家を建てた1970年代に所有したと思う。
私が父の死に伴い帰郷した時すでにこの絵画は飾られていた
からである。
今はギャラリーの所蔵品としてテンポラリーに在る。
そして初めてこの2点をギャラリーに並べて時、今まで見え
なかったふたりの志(こころざし)が、カッコウとウグイス
のように木魂し合っているのを直観したのだ。
札幌固有の彩と光。
すると保次の抽象画の緑はフキノトウのように、伸子の
花の背景に深く濃く重ねられた黄彩が、福寿草の燃える黄に
見えてきたのだ。
ふたりは晩年都市ではなく、宮の森の山奥、山裾に満ち溢れる
この自然の光と彩を描き尽くそうと精進していたのだ。

80歳を過ぎ晩年の八木伸子が描いた遠い、懐かしい彼女の
サッポロ大通公園。
テナントビル群とテナントショップに埋められた小さなトーキ
ョータウンsapporoの現在からは想像もできない夢の風景だ。
重厚な石造りの洋館に立ち向かった青年のアンビシャス(野心)
年老いて遠く遙かな青春のサッポロを描いた女性のロマン。
ふたりは札幌を離れた事で発見した、都市風景ではない風土と
しての札幌原風景を光彩で表現しようと志したのだと思う。
抽象・具象などという区別を超えて、ふたりは&(アンド)で
結ばれ、優れて稀有な札幌という近代そして自然を生き抜いた
たのだ。

*八木保次・伸子展「札幌浪漫風景」-5月10日まで。
 月曜定休・6日(水)8日(金)午後2時まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




by kakiten | 2020-05-02 16:39 | Comments(0)