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テンポラリー通信

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2019年 11月 17日

空にむかってー荒地(4)

冬が来た。
光が空から降ってくる。
地上の雪に反射して、上から下から白い光が世界を包む。
寒さに身体は震えながらも、眼は白銀を受け止めている。

宮城県石巻の夏、太陽と海の浜を想い出す。
Ki君とKA君が防潮堤を越え煌めく陽光の海を泳いだ記憶が
夢のようだ。
午後の太陽が真下に光のランドを浮かべ、そこから光の道が
岸辺へと伸びて来た。
三人は防潮堤の石段に坐り、光の道の延びる海と太陽に向か
ってKA君が三線を弾き唄う。
私とKi君は海と太陽に向かい手拍子を打ち、後ろでМさんは
踊り続けていた。

白い白銀の大地。
煌めく光の海。
光の記憶。
ふたつの季節の海と太陽が重なる。
そして、蘇る。

 いつも季節は秋だった、昨日も今日も、
 「淋しさの中に落ち葉が降る」
 その声は人影へ、そして街へ
 黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだ。

 埋葬の日は、言葉もなく
 立会う者もなかった。
 憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。
 空にむかって眼をあげ
 きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。
 「さよなら、海も太陽も信ずるに足りない」
 Мよ、地下に眠るМよ、
 きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。

またしても私には、鮎川信夫の「死んだ男」の最終行が浮かんで来る。
私達の現在の起点、戦後近代の基点の「さよなら、・・・」。
それは1960年代岸上大作の「意思表示」の<断絶・しゅったつ>
、奥浩平の<さようならと総括>へと私の内部で木霊する「さよなら」。
鮎川信夫が書き記した<黒い鉛の道><重たい靴のなか>。
<さよなら>の戦後近代の出発点を、私は3.11の牡鹿半島・鮎川
で深く感受していたのだ。
「黒い鉛の道」は、「重たい靴の中」は、国土強靭化計画の黒い、重た
い防潮堤のように渚を塞ぎ「海と太陽」を遮っていた。
私たちの本当の<さよなら>、その胸の傷口は今も顕在化してはいない・・。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き






by kakiten | 2019-11-17 18:07 | Comments(0)
2019年 11月 09日

喪った森・一本の樹ー荒地(3)

木を見て森を見ず、という言葉がある。
今の季節一本の裸樹の立ち様を見ていると、この言葉が
反語のように思えてくる。
森を見て木を見ず、である。
多くの木の集まる森の大きさに囚われて、個々の樹の保つ
立ち方・生き様を感じられなくなったら可笑しい、と思う。
政治や経済という社会的インフラの側に立つ価値観には
俯瞰体として森を見るような価値観があるだろう。
一方文化や福祉の側から見れば、一本の樹のような個の
価値観が重要な筈だ。
昨今の社会情勢は、明らかに多数体・集合体である森に
依拠した価値観が支配的である。

葉が衣装のように色彩を変え、やがて裸木となって立っている。
個々の樹の立ち姿が、それぞれ個性的で厳しく美しい生命の裸形
を見せてくれる。
公園の片隅の美しい一本の裸樹に、私は喪われた森を感じた。
オリンピックをはじめ、ビエンナーレ、トリエンナーレと
国際的な大きな森のような催事が盛んであるが、元を正せば
個々の作家、競技者がのあつての祭り・集合体なのだ。
一本の樹の立ち姿・生き様を抜きにして、森はない。

芸術の秋、という季節柄、多くのフライヤー他印刷物が送られてくる。
このDМは最終的にひとりの個のもとに発送され手渡される。
何百、何千、何万枚刷られようと、最終的にはたったひとりの手に
届ける為である。
演技する者、競技する者、描く者、創る者、発するのも個である。
集合する森のような大きさ・広さに囚われて、個の心の裸魂・裸木
を見失ってはならない筈だ。
東京・札幌オリンピック騒動、各種国際芸術祭等の喧騒に、森を無
くしたたったひとりの裸木に心寄せて想う。


 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



by kakiten | 2019-11-09 17:19 | Comments(0)
2019年 11月 02日

裸樹ー荒地(2)

樹の葉が落ちてきた。
緑陰が消え次第に幹と枝・梢が露わになる。
雪虫が予兆のように舞っていた。
やがて雪が降り、吹雪の朝樹は半身白い翳を纏って、
生命の裸身をすくっと顕すだろう。

山へ行きたいなあ、久しぶりに渇きのように想った。
道無き急な斜面も両手で小枝・草を掴み獣のように登った。
こういう斜面は両手・両足登りの方が楽だった。
そして五体五感が解放される。
山での快感のひとつだった。
山は高さだけではない。
途中の登路が豊かであれば低い山も素晴らしい。
街の道も同じだ。
広い直線道路、高層ビルより、裏通り、仲通り、坂道、
行き止まり・・・そして並木道。

もう自転車にも乗らなくなって、風と光を身に感じエルムの
森を疾走る事もなくなった。
地下鉄や地下通路、電車や車の比率が増え、移動が主となり
身の幹の枝・葉が枯れてゆく気がする。
最速・最新の移動インフラで都市構造は鎧われているから、
裸身の五体五感から遠のいて生きている。

遅くても、高くなくても良い。
好きな山を這うように登ってみたい。
私の中の、心の裸樹が呟いている・・。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


by kakiten | 2019-11-02 13:55 | Comments(0)