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テンポラリー通信

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2019年 04月 25日

陽射しは春、風は冬ー時代というランド(44)

初夏のような一日が去って、今日は気温が下がる。
陽射しは春、風は冬。
ふっと八木保次、伸子さんの展示に相応しい気がした。
保次さんの原色、黒の冬=玄冬。
伸子さんの雪の見える柔らかな色彩。
室内・窓辺の春の花。
保次さんの描線は、野生に満ちて獣の視線のようだ。
伸子さんの自然は、花瓶の花に象徴される深窓の品位。
ふたりの生まれ育ったサッポロのタウンとシテイの相違
が顕れている気もする。
僅か何百メートルの地域の違いだが、ふたりの原風景は
差異がある。
80歳を過ぎて描いた伸子さんの大通公園風景に彼女の
原風景を見た。
まるでエッフエル塔のようなTV塔にライラックの紫、
そして男女。
洒落た街路灯。
大通公園、豊平館、時計台に囲まれた小学校に通った
伸子さんの通学路。
中島公園ー大相撲、プロレス巡業、池、遊園地があり、夏は
野外映画館、冬は池の氷の上で仮装スケート祭り。
そして北側にススキノ歓楽街が広がる保次さんの街。

まだ遊歩道が整備されていない大倉山の尾根を奥三角山を
経て保次さんと歩き回った事があった。
その時茂る草木を手で掴み、攀じ登る姿を思い出す。
美術家の獣の眼。
草木の奔放な野生は、自然の描く描線。
色彩も同じ色はない。
葉も枝も、葉先も茎、幹も梢も,同じ線はない。
保次さんの抽象画は、あの自然の線・色だ。
三岸好太郎、郡司正勝等の生まれ育ったサッポロタウン
の自由自在・やんちゃモダニズム。
それが原サッポロの自然山中で八木保次に発露していた。

欧州風に整備された都心風景。
建ち並ぶ軟石造りの洋館建築。
直線の街路。
そして東西に大きく伸びる花壇と噴水のある大通公園。
明治以降新しく入ってきた西洋文化の粋の街。
大自然、原生林、自然河川、厳冬の地に、近代の夢のように
建設された街。
その深窓の令嬢のように、伸子さんの品位ある絵画がある。

東京モダニズムに別れを告げ、戻って来たふたりの札幌とは
保次さんの母敏さんが、新しく建てた西部宮の森の山裾の家。
その山岳部高台の周りには、多くの手付かずに近い自然が
広がっていた。
川ならば、源流域。
森ならば、原生林。
ふたりそれぞれのサッポロが、タウンとシテイが抽象・具象絵画
となって開花した晩年と私は思う。

 私は保次の絵に惚れています。でもまだ参ってはいないんです。
 悶絶させられていないんです。だから私も描き続ける。

 絵には品位が必要だ。
 伸子の絵には、かなわないほどそれがある。
 一生懸命描いている伸子は美しい。

晩年のある雑誌インタビュー記事に遺るふたりそれぞれの言葉。
晩年故郷の風土・自然に生きたふたり。
その都市の側から、その自然の側から、純粋な札幌ッ子として
タウンとシテイが風土としての札幌と向き合っている。
ふたりの生きた近代という時代が、サッポロの近代感性として
四つに組んで友情と愛情の対峙をしている。

そんなふたりを私は時に懐かしく、愛おしく、思い出す。
吹き、注ぐ、今日の風と陽射しの札幌の春のように。

*八木保次・伸子展ー5月5日まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



by kakiten | 2019-04-25 14:31 | Comments(0)
2019年 04月 21日

台所モダニズムー時代というランド(43)

八木伸子さんの東京時代の絵画に台所シリーズといえる作品
群がある。

 使い慣れたフライパン、魚あみ、それに白いサラ、卵など
 毎日の食事の用意のとき、ふとこれらの物たちがつくりだす
 不思議な美しさにおどろくことがあります。
 それぞれのものが話しあったり、そっぽを向いたり、手を
 つないだりーそれは人間世界のふくざつなリズムとも似て
 いるかも知れません。
 (週刊朝日1956年9月9日号表紙の言葉)

札幌で結婚し東京に生活の地を移した保次・伸子。
そこはかって幾つものアトリエ群が点在した「池袋モンパ
ルナス」と呼ばれた一角だった。
東京にアトリエを構えた保次は、若い芸術家には貴重な存在
で、多くの若い友人たちが集まってきたという。
新婚当初からの居候もいたという。
そうした若い芸術家の為に、伸子は毎日彼らの食事の支度に
追われ、彼らが夜中にトランプや芸術論に熱中している間が、
唯一集中して製作できる時であったという。
そしてこの時期生まれたのが「台所シリーズ」である。
東京という近代都市で新たな地平を求めて、アンデパンダンや
アンフォルメル旋風の吹き荒れるモダニズムの渦中、医院の
お嬢様育ちの伸子は、慣れぬ飯炊き女をして頑張っている。
そしてその台所シリーズの中から生まれた<台所のお友達>が
週刊朝日の表紙絵として抜擢されたのだ。
この伸子さんの頑張りは、死ぬまで続いたと確信する。
最晩年80余歳に頂いたお手紙の文面にそれが顕れている。

・・・私は腰が悪い上、胃潰瘍ががんこで治らず、歩くのも大変
になりました。でも絵を描かなくては生きていけません。
80歳過ぎても働いている女の人はそんなに居ないと思うけど
がんばります。・・・・。

この手紙は私が女房を亡くした時送られてきた手紙の一部である。

奥さまが風になってきっと助けてくれますよ。
ガンバレ 伸子

と、手紙は終わっていた。
モダニズムの風吹き荒れるトーキョーで、しっかりと台所の片隅
俎板の上でそれを受け止め、当時無名の画家の絵が週刊朝日の
表紙になってデビューする。
そうした俎板の近代の歩みを、札幌生まれの伸子さんに眩しい
程の敬意と感謝を込めて、感じている自分がいる。
そして1977年母上八木敏さん死去を機に札幌へ戻る。
トーキョーモダニズムからサッポロという風土に生まれる光彩
の追及へ。
ふたりのキャンパスという俎板は、新たな地平を迎えていた。

*八木保次・伸子展ー4月16日ー5月5日まで。
 月曜定休:am12時ーpm7時。水・金曜日午後3時閉廊。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き 
 tel/fax011-737-5503 


by kakiten | 2019-04-21 17:53 | Comments(0)
2019年 04月 18日

小鳥のように・・-時代というランド(42)

冬の背広を脱ぎ、夏用に代える。
それでも室内では暑いくらい。
昨日から不意に夏日。
週末はまた寒気が来るというから、最近は両極端の
天候だ。
何かが界(さかい)という世界を駆逐している。
お天気だけではない、自然野生と剥き出しで向き合う
時代がくるのか・・・。

そんな蒸し暑い午後、小鳥のように不意に訪れる人がいた。
中年の女性で、車で八木さんの名を見て訪ねたという。
Aカルチャーセンターの絵画教室で、おふたりに絵を学ん
でいたという。
色々話をすると、自分も姉も伸子さんの絵を所有している
という。
機会あればこうした形で並べて見てみたい、と話す。
中年の女性らしく、おっかな吃驚で声を発しながら、梯子
を上り回廊のベンチで、落ち着くわあ~と腰を下す。
ちょうど六畳間が吹き抜けとなり、押し入れの址は戸を外し
展示空間となっている。
名残りのように天井中央から電線コードにぶら下がる裸電球。
スイッチも電球上部に付いている。
電球に傘が掛り、下にちゃぶ台があれば、そこはサザエさん
の室内空間だ。
日本人の身体尺度から生まれた尺寸の空間が、老若男女を
問わず、心身を寛がさせる。
そして色んな話をした。
自分や姉が購入した八木さんの絵が、ここで展示したら
どんな風に見えるのだろうか、
自己所有の視角から脱き出て、きっとワクワクするだろう。
来年は是非ご協力下さい、とお願いした。

作家の手を離れ、作品は共有され、色んな人の心に住む。
とりあえず(テンポラリー)な日常を、共に(con:コン)
というコアで結ぶのだ。
心は小鳥のように、身体は必ずしもそうではなくとも、
勇気を出して梯子を登り、畳6枚=三坪の世界で再び小鳥
に舞い戻っている。

告知らしい告知もせず、2012年2月八木伸子さん
同年3月八木保次さんと相次いだ死去から毎年春一番の
4月か5月に、友人、知人、ご遺族の方々の所有する
ふたりの作品を時系列を問わず一堂に会して展示してきた。
そして基底となる作品は、私の家に遺されたふたりの2点
の作品としている。
私の父、母、祖父の時代からの八木家との交遊。
同じ札幌内のエリアでもあり、伸子さんのご実家松本家も
近くという縁も含めて、この2点のふたりの作品は札幌の
風土、自然と町を愛する心に満ち溢れていると思うからだ。

そして保次・伸子さんのアトリエ兼住居、その家を建てた
保次さんのご母堂敏さんと3人名の名札も、そっと飾らし
て頂いている。
3人ともこの世を去り、空き家の家は別の用途に変わると
聞き、ご遺族の了解を得て頂いたのだ。
八木保次・伸子展の華、札幌市芸術の森美術館展時の
格好良いポスターとともに展示している。

*八木保次・伸子展ー4月16日ー5月5日。
 am12時ーpm7時:月曜定休。水・金午後3時閉廊。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


by kakiten | 2019-04-18 15:43 | Comments(0)
2019年 04月 16日

声、届く・・-時代というランド(41)

八木保次・伸子展初日。
展示上必要なもの等所用もあり、少し遅れて着く。
取材の留守録音が入っていた。
あとは何かの勧誘コメント。

午後、沖縄の豊平ヨシオさんより電話。
作品無事着いたと、感謝の電話だ。
完璧な梱包、と嬉しそうだ。
北の冬の光彩と春の光彩が息づく八木保次・伸子展
初日に豊平さんの声が聴けるとは・・・。
暫し、帰沖後の身内の慰労会の模様、沖縄タイムス
の弟さんが道新のお偉いさんに新聞評のお礼の電話
した話とかを聞いた。
昨年今頃沖縄に私が来た事が、つい最近のように感
じて、まだ展示の余波が続いているという。

二十余年振りに初めてアトリエの外に出た作品たち。
その作品たちと同様、作家も見てくれた人購入して
くれた人たちと触れ、初々しく新鮮な北の光彩を今も
想い出している気がした。
そういえば、奥さまのお名前も、彩さんだったなあ。
ウルサイ、などと悪口を叩いていたけれど・・。

黒い窓辺に白い雪景色が覗いている。
そして窓の手前に黄色い室内の花。
その大きな絵画の左横に、同じ八木伸子さんの深い
黄が背後に沈む赤い花の油彩画を配した。
小さな黄と大きく広がる背後の黄。
二つの黄が呼応して北の春を木魂している。

黒の奔放な縦長の抽象画。
その右横に同じ八木保次さんの浅緑の油彩抽象を
配した。
これも暗い冬の色彩に春一番のフキノトウの緑を
意識し、冬から春の色彩を意図した。

私が感じている北の冬から春の色彩。
福寿草の黄とフキノトウの浅緑。
札幌生まれ、晩年の八木伸子と八木保次の軌跡。
色は光だ、彩(いろ)だ、と保次さんは言っていた。
伸子さんはそんな言い方はしなかったけど、今遺された
絵画を見ていると、白の冬と黄色の春を感じる。
白に澄んだ高貴と忍耐、とを。
黄に澄んだ幸せと喜び、とを。
保次さんの黒に猛吹雪の天地、凍れる水・光の奔放性
を感じる。
そして春の光の乱舞が、色彩として天地に燃え上がる。
ふたりは生前、抽象・具象作家と区分けされていたが、
この北の光彩に対峙する姿勢は、真摯にして同じだ。

ふたり揃って今幸せそうに8回目の春を迎えている。

やっちゃん、伸子さん、
南の春の声も届いていましたよ・・・。

*八木保次・伸子展ー4月16日〈火)ー5月5日(日)
 am12時ーPМ7時;月曜定休・水・金曜日午後3時閉廊。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
 




by kakiten | 2019-04-16 17:53 | Comments(0)
2019年 04月 13日

春日よりー時代というランド(40)

気温がプラス18度まで上がって、今年最初の春。
強張っていた体の筋肉も緩む。

やっとゆうパックで豊平さんの沖縄へ作品発送する。
受け取った時は分からなかったが、やはり遠い南島
を意識する。
今まで利用していたF通運は、受取人が会社でない
とと断られ、荷物の内容を説明すると、今度は
えらい高い運賃になると、言われた。
結局送られて来た時と同じゆうパック便にする。
封書・葉書・小荷物のイメージがあったが、ゆう
パックが集荷までしてくれ小気味よく応対・対応
してくれたのには感心した。
三公社五現業時代の良い処を久しぶりに感じた。

そして来週から毎年恒例となっている、八木保次・
伸子追悼の展示だ。
ご遺族の高橋均氏からはすでにふたりの未見の作品
が2点運び込まれている。
伸子さんの雪景色と黄色い花の窓辺風景。
保次さんの玄冬を思わせる黒い抽象画。
これに私所蔵の黄色が輝く伸子さんの福寿草のような
油彩画にフキノトウの緑を思わせる保次さんの油彩画
が加わって、北の冬と春のハーモニーが奏でられると
思う。
2階吹き抜け回廊には、昨年ご遺族より預けられた保次
さんのグワッシュ作品で埋めるつもりだ。

昔のアイヌは一年を冬の年・夏の年と数えたという。
10年前沖縄を初めて訪ねた時は2月。
ウグイスに赤い花が咲いて気温は20度以上。
帰りに今度は夏らしい沖縄、8月に来ようか、と豊平
さんに言ったら、違う違う、10月か11月頃に来なさい
と手を振られた。 
夏の濃い猛暑をベースとする沖縄では、その暑さが去り
涼しい冬が来るのが快適なのだ。
女性たちも思い想いのファッションが楽しめるから。
厳冬の寒気終わる北海道の5月、6月の快さが、沖縄の
11月なのだと後に判る気がした。
沖縄もまた夏の年・冬の年の国だ。

夏の年の始まりに北の光彩を追求し続けた八木保次・伸子。
今回のふたりの作品は、冬の年、夏の年の始まりを思わせ
る秀作である。
南の国へ帰って行った豊平さんの作品を、見送るに相応し
い今年のふたり・・・だ。

*八木保次・伸子展ー4月16日ー5月5日;月曜定休日。
 am12時ーpm6時;水・金曜日は都合により午後3時閉廊。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503






by kakiten | 2019-04-13 17:48 | Comments(0)
2019年 04月 07日

亀裂を縫うー時代というランド(39)

二通の便りが届いた。
一通は先日D新聞夕刊に載った久米淳之さんの豊平ヨシオ展
展評の原文。
もう一通は美術家佐佐木方斎の展覧会案内状である。

久米さんはかって道立近代美術館、道立函館美術館の学芸員
として美術の現場にいて活躍した人だ。
現在は北海道教育庁に所属が変わり、美術の現場とは少し
遠い位置に勤務先が変わっている。
そのある種美術への飢えのような鬱積が豊平ヨシオの作品に
触れた事で一気に燃え上がり書いた熱気が、新聞記事面の
構成上省かれた元文に息づいている。
新聞に載せられた展覧会評で省かれた部分に、今回初めて見た
人とは思えないくらい、鋭く過去の作品との関連性を久米淳之
は熱く語っているからだ。

 豊平は27年前にも別地にあった札幌の同ギャラリーで個展
 を開いている。その頃の作品は、米軍施設の建材だった古板を
 壁に架けたもので、生活の痕跡としての無数の傷、いわば「痛み」
 を絵画空間に提示していた。それらは「廃材絵画」と呼ばれたが、
 素材と、素材に「刻まれた」証を主題とする姿勢は現在に通じて
 いる。今回の青の亀裂の連作は、その後20年余り取り掛かって
 いるが、外に出るのは初めてだという。沖縄の丘の上の作業場で
 この連作がゆうに100点を超えて壁面を壁面を覆っていた。
 今回の展示はそのうちの21点だが、会場の空間の壁面すべてに
 架けられた作品は、見る者を十二分に青の空間に包んでくれる。

1992年11月の廃材絵画と青の色と亀裂のみの2019年3月。
この時間の亀裂を美術の現場から遠ざかった久米さんの心の亀裂が
一瞬にして時間を跳び、現在と過去の現場の時をも超えている。


もう一通の佐佐木方斎絵画展「部分群」案内状は、1990年代初頭
佐佐木が自宅に設けたギャラリーTからのものだ。
1990年末から閉じて久しい幻のギャラリーT。
本人もその後病床に臥していたが、2006年8月現在のテンポラリ
―スペースで毎年未発表旧作を展示して次第に元気になり、新作・新作
作品集を出版するまでに回復していた。
そして初めて自前の自宅ギャラリーで個展という知らせである。
個人編集美術ノート全10巻、現代作家展企画そして新進美術家として
の作品発表と1980年代の美術シーンの先頭に立ってきた方斎が
最後に自ら自宅に設けたカフエと画廊。
その幻の画廊で新作を発表するという。
佐佐木方斎の再生・復帰に2006年から積極的に関わってきた私
にとってこの知らせもまた時の亀裂を縫うような嬉しい知らせだ。

久米淳之さんの現場への亀裂の想い。
佐佐木方斎の自前の美術現場への亀裂と復活。
どちらもが亀裂が亀裂を超える自前の力、その熱い想いを感じる。

*追悼-八木保次・伸子展 4月16日ー5月5日(予定変更)

 テンポラリ―スペース早速札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503








by kakiten | 2019-04-07 17:34 | Comments(0)