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2018年 10月 30日

田村佳津子展終わるーみちゆき(8)

ゆったりと深い流れが流れて、6日間の会期が過ぎた。
蔦の紅葉も進み、紅葉に寄り添うように時が過ぎた。
田村佳津子展「ふわふわとひらひらと」。
13年目、荒れた古民家は空き家だった当初の佇まい
から、出入りする人の熱、冬の暖房の暖かさで眠って
いた壁の蔦が息を濃くし、外壁を毬藻のように包んで
いる。
そして毎年晩秋、燃えるような紅葉の衣装を纏うのだ。
田村さんの内なるハイヒール、深い踵(かかと)が
顕れているようだった。

久しぶりに南円山の自宅から、石山通、倫敦館、植物園
伊藤邸、偕楽園跡、清華亭、北大構内を歩いてテンポラリ
ーまで来る。
植物園北向かいの伊藤邸跡は、細く高いマンションの建設
がすでに完成を迎えつつある。
私たち有志が「さっぽろ緑の運河・エルムゾーンを守る会」
を立ち上げ、マンション建設に反対運動を展開した場である。
1万4千平方メートルの敷地十分の一が住宅で、残りは広大
な札幌の自然が残っている庭である。
道を挟んで北大植物園の樹木と同じ自然の森が遺されている。
そこから偕楽園緑地・静華亭ー北大構内と、JR札幌駅から
僅か数百メートルの処に、緑の運河のようにかっての森の記憶
が拡がっている。
そこに今五寸釘のような賃貸タワーマンションが建てられて
いる。
これは新たな百年記念塔のように感じた。
札幌郊外野幌森林公園に50年前建立された開拓百年記念塔。
これが今撤去との報が伝えられている。
私が東京から戻り、友人が訪ねて来た時があった。
九州産まれの大学同窓生Nが、この塔を見て後から伝えてく
れた感想があった。
大学から帰郷したばかりの私には、その言葉は少なからず
ショックだったのを思い出す。
”あの鉄塔は錆びた大きな五寸釘のようだ。大地に刺した和人
侵略の象徴だなあ・・”と。
開拓百年記念塔は、建立後50年で安全上の理由だろうか、
撤去されるという。
そして私が今日見た林立する高層ビル群の中、緑の運河の
ように延びる豊かなエルムの森の記憶。
そこに高く、深く打ち込まれたタワーマンションの新たな
五寸釘。
水位の近い大地に繁るハルニレ、エルムの巨木。
それは伏流水豊かな札幌扇状地の森を代表する樹木だ。
それ故かって札幌はエルムの都と呼ばれ、広大な敷地の北大
は、時を知らせるエルムの鐘と共にエルムの学園と呼ばれた。
その大地に深く、高く突き刺さる新しいタワーマンションは、
正に今日の新たな五寸釘のように見えるのだ。
札幌郊外野幌森林公園に建立された開拓百年記念塔。
それは今、姿・かたちを変え、千年の森・緑の運河エルムゾ
ーンに突き刺さっている。
開拓百年記念塔は、タワーマンションと<塔・タワー>と名
を変え突き刺さっている。
そう感じた。

足長く、背を高く見せるハイヒール。
その尖った踵(かかと)のタワーは、不埒漢を撃退する若き
日の田村佳津子さんのハイヒールのように、逆襲する武器・
契機となり得るか。
個展の終わって、ふっとそんな連想が浮かんで消えた。

*「HOPI(ホピ)カチーナ展in札幌」-11月9日(金)ー11日(日)
 am11時ーpm6時;最終日午後5時まで。
 :11月10日(土)午後2時半~・11日午前11時~
  HOPI(ホピ)出版著者記念トーク:参加費1500円。
*藤倉翼写真展ー11月20日(火)ー12月2日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-10-30 13:24 | Comments(0)
2018年 10月 27日

ハイヒールっ精神(7)

地下街や舗道を歩いていると、カッ、カツ、カツと背後から
迫る様に靴音が響いてくる事がある。
体調悪く気分が優れない時などは、ひどく脅迫的に暴力的に
この音を感じる事がある。
都会の保つ暴力的音声と思う事がある。
土の上では絶対に発しない音だから。

今回初めて親しくお話し、作品をじっくり見させて頂いて
いる田村佳津子さんから、そんなハイヒールの話を聞いた。
若い時東京新宿で、ふらちな男にからまれ、穿いていたハイ
ヒールを脱ぎガツンと一撃お見舞いし、交番へ駆け込んだ
という。
これはまた別の意味でハイヒールの暴力性・戦闘性を顕して
いるようで面白かった。
音だけではない、もうひとつの尖がった用途・・。
音だけだと、ファシズムの戦闘兵の行進の靴音のようだが、
武器には使わないだろう。
女性の美への執着の保つ、ある面で恐ろしいまでの側面を
象徴しているのかも知れない。

現在70余歳の田村さんにはもうそんなハイヒールは足に
なく、心のハイヒール精神が横溢している。
豪雨で携帯電話の公的警戒警報が、何度も鳴り響く中、未
完成の絵画仕上げに余年がない。
きっとこの人は、若きハイヒール時代もファッションでは
なく、この先の尖った反撃精神を足先に纏っていただけな
のかも知れない。
澄んだ尖ったハイヒール。
都会の地上・地下を横行する美脚顕示闊歩のハイヒールは
なく、今は内面にある尖鋭な深いヒール(かかと)の響き。
黙々とキャンバスに筆を走らせている彼女を見て、ふっと
そんな感想を抱いていた。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月28日(日)まで。
 am11時ーpm7時
*HOPI カチーナ展ー11月9(金),10(土),11日(日)。
 am11時ーpm6時:最終日午後5時まで。
 10日・14時30分~・11日~天川彩「HOPI」出版記念トーク
 要予約 1500円
*藤倉翼写真展ー11月20日(火)-12月2日(日)
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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by kakiten | 2018-10-27 13:34 | Comments(0)
2018年 10月 25日

風澄んでーみちゆき(6)

朝晩ストーブの火が恋しくなってきた。
しかし日中は晴れて、澄んだ秋空。
透明な空気に田村佳津子さんの画調が揺れている。
「ふわふわとひらひらと」。
新たに薄いレースに刺繍した大小の白い布が、1,
2階に吊られている。
外から入射する秋の光。
蔦の赤と緑の翳が陰影となって、作品すべてが
会場の空気の流れ、光を抱いて風のように揺れる。
ふわふわと ひらひらと・・。
朝・昼・晩、一日一日。
陽の沈んだ夜は照明の光が、また別の世界を顕す。
会場は、田村佳津子さんの心の湖となっている。
二階の奥の少し引き込んだ小さな押入れ跡の空間棚に、
色あせ古びた書物が並んでいる。
中原中也、埴谷雄高、田村隆一、金子光晴・・。
そして若い詩人文月悠光の処女詩集、山田航の処女歌集。
そして、手巻きのオルゴールが2,3個。
淡々としかし激しく過ぎた長い歳月。
変わらぬ社会と自然への視座。
白く透き通る風のような、硬質で透明な作品の密度。
ふっと立ち止まって、湖(みずうみ)の時を結んでいる。

夏の激しさも冬の激しさも、いっとき収斂する界(さかい)
のような北国の秋晴れの一日。
嫋(たお)やかに、濃く、ひとりの女性の生きざまが
そのまますっと立っているようだ。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)-28日(日)
 am11時ーpm7時
*HOPI展ー11月9日(金)-11日(日)
*藤倉翼展ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-10-25 14:49 | Comments(0)
2018年 10月 23日

田村佳津子個展始まるーみちゆき(5)

田村佳津子さんの個展「ふわふわと ひらひらと」が
始まった。
今朝早くから展示、懐かしい小田嶋氏が展示を手伝う。
故八木保次さん、伸子さんの展示の時いつも彼がいた。
額装から作家の展示作業まで裏方として徹底的に作家
の手伝いをする、今時なかなかいないタイプの額装屋
さんだ。
こういう人は、作家の信頼も厚く、作品を通して長い
付き合いが保たれる。
田村さんもそういう世代に属する人だが、作品は誠に
女性性が保たれていて、タイトルの通り、ふわふわと
 ひらひらと 春の綿毛のようだ。
しかし、その背後には純粋で強固な生き方が品良く存在
していて、軟(ヤワ)ではない。
会期中会場で未完の作品を仕上げるという。
絵は、白地に細い線でいくつもの形の違う石を画面一杯
に描いていて強い主張の色彩も形もない。
しかしじっと見ていると、個々の線だけの石の積み重ね
が、実は強固な石垣のように見えてくる。
女性性と感じたのは、この空気のような、水のような
優しさ、柔らかさが、背後に本当の水・風のように強烈な
激しさを秘めているからだ。
縁取りの細い線以外なにも色彩は無い。
百号を超えるキャンパスに、柔らかい石垣が満ちている。
それだけ大小数点で1階会場は占められ、2階にはかって
文学少女だった名残りのように、中原中也等の文学書が
棚に並べられている。
田村佳津子さんの生きて来た内面の静かな来歴・湖(みず
うみ)だろうなあ。
硝子窓超しに華やかに色付きだした蔦の葉の滲みとともに、
田村佳津子さん自身の内面のキャンバスが溢れているような
展覧会となった。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(灯ー28日(日)
 am11時ーpm7時
*HOPI展ー11月9日(金)-11日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-10-23 12:46 | Comments(0)
2018年 10月 19日

最後の肖像ーみちゆき(4)

吉増剛造「舞踏言語」(論創社)出版記念イヴェントで
大野慶人さんが父大野一雄さんの指人形と一体となって
踊った鈴木余位さんの映像を見ながら、今も胸にこみ上
げて来るものを抑えきれない自分がいる。
郡司正勝さんが、最後に慶人さんに託した想いが見える。
オスカーワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」に、慶
人さんの為に「<最後の>肖像」と加えた深い意味が、心
騒がすのである。
大野一雄最後の舞台は、30分中10分舞台で眠っていた
という逸話や、ベッドで手指だけで踊っていたという話も
聞いている。
生と死の狭間で、生と迫りくる死を抱きながら、無意識も
含めて掌(てのひら)は、水母のように宙を舞っていたの
だろうか。
日米戦争の苛烈な戦場で、多くの戦友を喪い一雄が辛うじて
生きて帰る帰途の船中からみた海中の水母。
その水母に戦友の魂を見て踊った後年の大野一雄。
明治以降のひとつの近代の終焉に立ち会い、生と死の狭間に
紡ぎ繋いでいった一雄の近代精神。
慶人さんは、戦後近代と戦前近代の狭間で、今表現する時を
迎えつつあるような気がした。
あの大野一雄の指人形は、プレスリーの<手をとって、さあ
この人生を捧げよう>という曲・声とともにあり、大野慶人
さんの戦後の肖像が見えて来た気がするのである。
郡司正勝先生初七日自宅訪問の際、帰途に発見した北原白秋
「この道」札幌誕生の逸話。
そしてこの歌曲が寄り添うように、二度目の独舞公演「ドリ
アン・グレイ最後の肖像」の曲となった偶然・必然。
「愛さずにいられない」と「この道」を抱いて、大野一雄・
郡司正勝の愛した北の大地・石狩川の一点で「ドリアン・
グレイ最後の肖像」を独舞公演して欲しい。
石狩 みちゆき 大野慶人 は、<川が海へと確実に注ぐ
ように 流れに身をゆだねる時もある>のだ。

一雄&慶人ー郡司正勝。
偉大なる戦友の水母の魂と共に。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)-28日(日)
*ホピ展ー11月9日(金)-11日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-10-19 13:35 | Comments(0)
2018年 10月 18日

福寿草の黄ーみちゆき(3)

都心、時計台近くに新築された札幌市民交流プラザ。
その1,2階吹き抜け部分に谷口顕一郎の「札幌のかたちを
巡る2018」と題する作品が3点展示されている。
札幌市の上空写真を元に、市街地と自然・水際の境目等を
写し取った「札幌のかたち」、それを河川の流れ等で51個
に分け壁面に埋め込んだもの、全パーツを再び組みあわせ折り
畳みながら造形したもの、この3点が展示されている。
圧巻は51個の河川等で分かれた札幌の部分が、再び組み合わ
され折りたたみながら、吹き抜け中央に吊り浮いている作品だ。
刻々変わる外光と照明の中で、エアーコンの空気の流れに緩く
廻る黄色い羽根か花のような造形が美しい。
以前本郷新賞を得た作品の地下街展示に対し、大通り公園の空に
繋がる螺旋階段に沿い、折りたたみを開いて宙に浮かせ展示した
方が良いのではないか、と新聞に書いた事を思い出した。

 私はこの色からふっと福寿草の彩を連想していた。冬の腐れ雪
 の間から最初に春の色彩を放つあの黄金の色彩だ。
 ・・・・
 そして出来ることならオランダ司法省の作品のように宙に浮いて
 螺旋状の階段からも見てとれ、色んな角度から見られるような
 展示であって欲しいと思った。
 それこそが札幌という大都市と自然の亀裂と継続を表すモニュメ
 ントになると思う。
 地中から空へ向かって凍土を破る福寿草の命の強靭さと、人間が
 自然を征服して直線化した地下空間との対比・相克こそが真の
 主題ではないかと思うのだ。
 
3年前北海道新聞夕刊に書いた記事の一部である。
この時描いた夢が今回の交流プラザの空間で実現した気がする。
大きく開いた福寿草の花のように揺れる吹抜けの作品、そして押し
花・種子のような「札幌のかたち」3点の作品は、直線化し、パッ
クされ、タワー化し、プラザ化した札幌の街と対極の、継続し地続
きの何かへの祈りのように存在する。
十余年前、ケンとアヤふたりの旅が経験した国境という亀裂と対極
の継続する大地、地続きの世界・欧州への旅。
その祈りのような故郷へのメッセージが、この作品の命として籠め
られている気がする。

 情報化社会の中で、世界の都市はすでに家の中にある。
 交通手段が整った中で、地球は小さくなったと錯覚することがある。
 しかし、やっぱり旅はいい。実際の地球は大きい。・・・
 そして都市の征服された自然から離れて豆粒ほどの人間の存在を
 知った時、何かわからないものに対して、ありがたいという言葉が
 浮かんだ。・・・
        谷口彩子 サハリンーシベリアー欧州旅日記から

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)ー28日(日)
*ホピ展ー11月9日(金)ー11日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
             
 
               


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by kakiten | 2018-10-18 15:06 | Comments(0)
2018年 10月 16日

ドリアン・グレ最後の肖像ーみちゆき(2)

1998年8月14日~16日シアターX(CAI・カイ)で
初めて郡司正勝原案・大野慶人舞踏の「ドリアン・グレイ最後
の肖像」が披露された。
その際慶人さんが送ってくれた公演パンフレットがある。
「ドリアン・グレイ最後の肖像」初演に際して、-今、私の考え
ていることー と題した一文である。


 4月21日は、郡司先生と「ドリアン・グレイ最後の肖像」の
 二回目の打ち合わせを札幌の先生のお家でする予定が。初七日
 のお参りになってしまった。坂道を登って、ご霊前でしばらく
 の時を過ごしての帰り道、同行して下さった札幌の友人中森さん
 が、よしとさん、北原白秋の「この道」ご存知ですか、と尋ねら
 れた。僕が17,8歳の頃、兄は声楽家を志していて、歌の先生
 が家に来られて「からたちの花」「この道」をよくレッスンして
 下さっていて、ぼくはいつも傍らで聞いていたので、深く体内
 に入っている歌であり、かつ「ドリアン・グレイ最後の肖像」の
 稽古の初日、この作品を創ることに立ち会ってくれているスペイ
 ンの舞踏家、ジョアン・ソレルが、何故か「この曲はどうですか」
 と「この道」をCDで聞かせ、一歩を踏み出すキッカケにもなって
 いたのでした。
 この坂道が「この道」ですと聞かせてくれた時、深く呼吸する
 だけで黙してしまいました。立っていることが、自分の生きて
 きた、人生を全て含んだ起点に立っていると、実感していたのだ
 と、いま思っています。・・・・
 ----
1969年、新宿で初めての独舞公演以来、二度目の独舞公演を創る
ことを決意した、とこの時の決意を慶人さんは語っている。
そして自らその第一回の独舞公演を<自分としては大失敗の会>と
振り返っている。

 なにひとつ解決していません。しかし「ドリアン・グレイの肖像」
 は始まりました。「ドリアン・グレイ」であり、「大野慶人」の
 最後の肖像でもある、と考えています。
 寝床にあった先生が、「ドリアン・グレイの肖像」、よしとさん
 のは「最後」が付くのです。「ドリアン・グレイ最後の肖像」です
 とおっしゃられた、来年四月のご命日までに「作品」として独舞
 公演をもって、先生の御魂に捧げたいと願っております。
 最初の会から三十年、今年還暦になった私の、自身に対するけじめ
 でもあります。

 一九九八年七月二十四日      大野慶人

二回目の独舞公演に残念ながら私は立ち会っていない。
そして2010年大野一雄逝去。
その後死後の大野一雄の大きな背中を背負いながら、慶人さんの独舞
への想いは続いていると、私は直観している。
何故なら奇しくも「ドリアン・グレイ最後の肖像」独舞公演が行われ
たと同じ舞台シアターX(カイ)で大野一雄の指人形とともに、実に
感動的な独舞を魅せているからである。
郡司先生、そして大野一雄。
このふたりを抱いてこそ、大野慶人ではないのか。
大野一雄が2002年9月両国シアターXで踊った時の様子を石狩
河口公演記録「石狩の鼻曲がり」(かりん舎刊)に慶人さんは書い
ている。
        発刊によせて   大野慶人

 ・・・舞台では思わぬことが起こりました。大野一雄は三十分
 舞台にいましたが、十分は完全に眠ってしまいました。夢を見て
 夢の中で踊っていると感じました。観客も一点に集中されました。
 その視線に支えられて舞台は終了しました。
 ・・・・・
 作品の題名は<わたしの舞踏”命”「かたちと心」>でありました。
 無心で、完全に即興で踊る大野一雄の現在には、それしか名づけ
 られないと考えた題名です。
 終わって数日たって思い返したときに、使用した音楽のほとんど
 が石狩川での公演で使ったものであったことにびっくりしました。
 ・・・・・
 石狩川での公演は”命”そのものとなぅて、二人の中に存在してい
 ると実感しています。                   感謝

          2002年9月25日

           大野一雄「石狩の鼻曲がり」(かりん舎刊)

今回シアターX(カイ)の吉増剛造「舞踏言語」出版記念イヴェント
で、大野慶人さんが大野一雄の指人形とプレスリーの「好きにならず
にいられない」の唄曲と共に見せた独舞こそ慶人さんの”命”の舞踏と
私は感じる。
2×1=2。一雄、慶人×1=一雄・慶人
「この道」と郡司正勝、石狩河口公演以降いつも稽古場に流れていた
プレスリー「好きにならずにいられない」と大野一雄。
このふたりへの想いが<×1>の現実となった時こそ、それが本当の
独舞公演「大野慶人最後の肖像」なのではないだろうか。
慶人さん、大野先生の石狩河口、郡司先生のサッポロ。
このふたりの優れたモダニズムこそが、ドリアン・グレイの命と思い
ます。
石狩の鼻曲がり、鮭の産み産まれる源流の泉(命)の傍で独舞です・・。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)-28日(日)
 am11時ーpm7時
*ホピ展ー11月8日ー11日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503  




  
 


 


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by kakiten | 2018-10-16 17:08 | Comments(0)
2018年 10月 14日

大野一雄・慶人ーみちゆき(1)

栃木の鈴木余位さんから「ぼくの三分を・・・」と添え書き
して「ハナビト ト 火ノ刺繍」のお祝いに、先日出版され
た吉増剛造「舞踏言語」(論創社刊)の出版記念で大野慶人
さんが出演した映像が送られて来た。
慶人さんが、プレスリーの唄をバックに指人形の大野一雄と
ともに踊る映像だった。
1991年9月15日、夕刻の石狩河口仮説舞台で、大野一雄
・慶人が沈む夕陽の中「石狩の鼻曲がり」を演じた。
それは今も心に残る名舞台だった。
その年2月28日吉増剛造の写真展「アフンルパルへ」に併せ
企画された午後7時の会話に来て頂いた大野一雄。
その話・舞踏に感動した私は、その前々年企画実行した都市の
暗渠化され見えない川を主題とした「’89アートイヴェント
界川遊行」の後に考えていた石狩河口への想いを、大野一雄に
閃くようにぶっけたのだ。
”先生!石狩河口へ行きましょう!!”
返事は即座に来た。
「行きましょう!」
5月横浜の大野宅訪問、そして7月下見に大野先生石狩河口へ。
公演場所が決まり9月15日野外公演実施。
この公演の後大野一雄は稽古場でいつもプレスリーのこの曲を
流していたと、後に慶人さんが某誌で語っていた。
私はその曲を改めてCDで聞き、歌詞を読み曲に感動した。
最初に石狩河口行きの話をした時、即座に行きましょうと
応えてくれた大野先生に感動した私は、この公演ポスターを
「石狩 みちゆき 大野一雄」と命名していたのだ。
正式の舞踏名は「石狩の鼻曲がり」だったが、私の心には
先生と一緒に行く石狩河口のイメージが大きかった。
その想いが、このプレスリーの名曲「好きにならずにいら
れない」の旋律・歌詞には籠められている。

 川が海へと確実に注ぐように
 流れに身をゆだねる時もある
 手をとって、さあこの人生を捧げよう

私はこの歌詞を知り、胸が熱くなった。
そして札幌・かりん舎から出版された「石狩の鼻曲がり」公演
記録にもその事を最後に書いた。
そしてこの本の多くの人の文章の中で「石狩みちゆき」と書い
ていたのは、私と大野一雄だけだった事にも気づいた。

今回鈴木余位さんが撮影した慶人さんの映像は、かって大野先生
と慶人さんが、稽古場で練習に励みつつその場に流れていた時間
を髣髴とさせるものである。
大野一雄は慶人さんの指の一部となって、正に<手をとって>
寄り添うように一体となって踊っていた。
一雄&慶人。
2×1=2の、見事な&=<×1>が、映像に浮かんでいた。
慶人 みちゆき 大野一雄。
大野先生亡き後、世界の大野一雄を世間から背負い苦労なさっ
た慶人さん。
しかしこの指人形とともに大野一雄を見詰める慶人さんの表情
には、ただただ一雄への愛おしさに溢れ、その苦労は感じられ
ない。
むしろ純粋にふたりだけとなった喜びさえ感じられる。
やつれが感じられた終了時の声が気になり、私は横浜に電話を
いれた。
慶人さんとはまだ一緒にやらなければならない仕事がある。
故郡司正勝さんが最後に遺した慶人さんの為の舞踏台本。
それを札幌でしなければ、ならない。
奇しくもこの台本の初演は今回の会場、同じシアターXだった。
先の北海道地震で棚から落ちた大野一雄ファイルにその時の資料
が収納されていた。
「ドリアングレイ最後の肖像」。
郡司先生が慶人さんだからこそ、「最後」と名付けたと記されて
いる。
いつの日か札幌で、札幌の川の源流域で・・。
私は随分前から、この作品の再演をそう決めていた。
石狩河口で踊った大野一雄。
札幌生まれで、晩年札幌西部源流近くで亡くなった郡司正勝。
このふたりに捧げる舞踏を私は慶人さんに求めたい。
最後に”ヨコハマに来て・・、”と慶人さんが呟くように言った。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)ー28日(日)
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/faxtel/fax011-737-5503




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by kakiten | 2018-10-14 15:34 | Comments(0)
2018年 10月 11日

まいまいずサッポローシジフォス(40)

札幌市のど真ん中札幌市役所傍に札幌市民交流プラザという
豪華な建物が出来た。
その1,2階吹き抜けホールに谷口顕一郎さんの札幌市の街の
形を上空から俯瞰した彫刻作品が展示されている。
2000年頃から都市の壁や路上の亀裂をモチーフに凹み彫刻
として制作してきた谷口顕一郎の新たな展開である。
十余年前稚内よりサハリンを経由してシベリア大陸を横断し、
欧州ドイツへ渡った谷口顕一郎と恋人の彩子さん。
欧州でオランダ司法省や様々な国でその凹み彫刻制作を発表
してきた彼らが、ふたりの故郷札幌で故郷の形を大きな福寿草の
ように吹き抜けを跳ぶ造形として完成させたのだ。
一度背にした故郷札幌。
そこにあたかもまいまいず井戸の螺旋状の着地のように、故里に
ふたりが舞い降りた。
新たな故里の地図を自らが創作し、故里の大地に咲く黄の花
福寿草のように、宙に浮かせた。
十余年前その旅立ちを、今は奥さんの彩さんが日記の形で記して
いた。
シベリア大陸横断の翌年その日記は書かれている。

 去年の夏、私は恋人と旅に出た。
 日本最北端の街稚内からサハリンへ、サハリンからシベリアへ。
 ヤクーツクに滞在し、さらにトナカイ飼育のキャンプへ。そして
 飛行機と鉄道でロシアを西へ進みベルリンへ来た。
 -----
 情報化社会の中で、世界の都市はすでに家の中にある。交通手段
 が整った中で、世界は小さくなったと錯覚することがある。
 しかし、やっぱり旅はいい。実際の地球は大きい。近くに見えてる
 山は、遠く先にある。そして都市の征服された自然から離れて豆粒
 ほどの人間の存在を知った時、なにかわからないものに対して、あ
 りがたいという言葉が浮かんだ。
 物語のように、旅を通して、だんだんと私が成長したかはわからな
 いが、とても貴重な体験であったことは間違いない。
  
この日記全文と旅の写真を纏めて、その後今までの回顧も含めて一冊
の本にしよう、と私は考えていた。
市民交流プラザの展示と併せて個展をという話とは別に、かねがね
谷口顕一郎さんが呟くように語っていたケン&アヤで作品発表したい
という願いを、このふたりの原点ともいうべき彩さんの日記出版と共
に、ふたり名初の個展を考えていたのだ。
村岸宏昭追悼の本、大野一雄石狩河口公演等の本出版に協力してくれた
かりん舎にこの話をすると快く了解してくれたのだ。
そしてケン&アヤドイツ帰国前日会合が持たれた。
本制作のプロ、坪井圭子さん、高橋淑子さんの見事なプレゼンに始まり、
彩さんの積極的な提案もあり、ベルリンからメール等で打ち合わせを重ね
、年を越して形にするまで話は進んだ。
人間の保つ男性性と女性性の、人間としての深い共同作業。
人が自然の身体性に基づく行為を取り戻し、真の人間的人生を獲得する事
の原点のようにあの旅日記はある。
いまこそ多くの人に、ふたりが一身協力して制作した作品とともに
読んでもらいたい、そう私は思うのだ。
男・女×1=人間ー2×1=2。
<×1>こそが、人間の行為。
その垂直軸を、今ふたりは故里札幌で掴みつつある。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひら」-10月23日(火)-28日(日)
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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by kakiten | 2018-10-11 14:52 | Comments(0)
2018年 10月 09日

最終日ーシジフォス(39)

台風の影響が去った日曜日の夕刻。
初日に続く「ハナビト ト 火ノ刺繍」展収めのパフォーマ
ンスが始まる。
ススキを束ねた根の上部を真っ二つに搔き分け、その間に
並んで立っていた銅板ロールを吹き抜け2階より差し込む。
打刻した文字と絵の具に塗れた長尺の銅板ロールが滝のよう
に彼岸花とススキノの穂の間を流れ落ちて来る。
そこに紫の水を上から落下させ彼岸花の紅い花弁を散華する。
大胆な内なる根の散華だ。
吉増剛造展に最初に参加した時、自宅庭から掘り起こした木
の根をそのまま展示した村上仁美さん。
その後も連続して吉増展に参加し、今回初めて吉増剛造と
対の展示で、自らの心の庭からその隠された根を体現した
という気がする。
最終日のパフォーマンスを東京にいる吉増さんに報告した
時、掛けてくれた言葉を後で聞いた。
”よくやったね、長い事我慢してきたね・・”と。
「根源の手」という画期的な戦後近代への考察、吉本隆明
思考を著した詩人の閃くような感想である。
ひとりの無名の造形作家の、心の根の理由(わけ)を、
暖かく厳しく見詰めていた事が解る言葉である。
2011年12月「石狩河口/坐ル ふたたび」から始まり、
展じてきた自らの根の探索・開墾と同時にこの間関わった
多くの人たちの心の耕土にも、その表現の鍬は届いていた
と、私は思う。
映像作家鈴木余位さん、美術家中嶋幸治さん、そして造形
作家村上仁美さん・・へと。

大きな美術館から始まったこの間の吉増剛造美術館巡行。
その基底となったテンポラリースペースでの毎年の展示。
ひとつの括りとして先月終了した東京・松涛美術館展に
呼応するかのように、テンポラリースペースでのひとつの
括りが今展示であったような気がしている。

最前列にして最後尾。
吉増剛造のラデイカルな花が咲いたような最終日である。

*田村佳津子個展「ふわふわとひらひらと」-10月23日(火)ー28日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-10-09 12:34 | Comments(0)