テンポラリー通信

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2018年 06月 30日

明治と昭和の26歳ーシジフォス(5)

全国的に編集の仕事をしている茅ケ崎在住の竹中英俊氏。
北大出版との関係で、最近は札幌にも月に一度来る。
同じ大学、私の尊敬した先輩門倉弘氏の縁もあってその度
に顔を出してくれる。
今回見せてくれたのは、福沢諭吉25歳に編集した中国語・
英語訳の日本語辞典だった。
開国してまだ間もない時代の外国語辞典。
その訳は時に珍奇に、初々しく諭吉25歳の青春が匂う。
未知の世界へ、当時の二大文化圏・英語と中国語の和訳に
挑む若き日の諭吉がいる。
言語という未知の世界の架け橋を通して、活き活きと世界
を駆ける25歳がいる。

そんな一萬円札の風貌とは違う福沢諭吉に、昭和の同世代
若き日の吉本隆明を重ねていた。
思想家、詩人とカリスマ性をもった後年の吉本隆明。
その26歳の昭和25年から1年かけて著した詩集「日時計篇」
は、敗戦後の廃墟の中手製の原稿用紙に罫線・桝目を引きながら
昭和の尊王攘夷惨敗後の日本の現実と言葉を通して向き合って
いた。
1868年(明治元年)鎖国を解き、欧米化近代の道。
1945年(昭和20年)敗戦、民主主義近代の道。
と二度にわたる日本の近代化の入り口で、ふたりの25,6歳
の在り様はその出発点において、外向き・内向きの世界への対峙
の相違に顕れてもいる。
明日にも国の為に死のうとしていた自分を、徹底的に思想的にも
哲学的にも文学的にも過去を通して追求した吉本隆明。
その最初の仕事が「日時計篇」詩集であり、高村光太郎論である。
一方福沢諭吉は和・中・英語辞典と「学問ノススメ」「西洋事情」
等を著し明日の近代化を進めた。
このふたつの近代化の初頭に、啓蒙と内省のふたつの青春がある。
それは今も不断に我々の内なるふたつの極点として存在しているか
に思える。

*八木保次遺作ガッシュ展ー7月8日(日)まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休(水。金は都合により午後3時閉廊)
*チQ展「NAMUAMIDABUTU」-7月10日-15日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-06-30 14:26 | Comments(0)
2018年 06月 27日

ふっと、沖縄ーシジフォス(4)

何となく沖縄・豊平さんに電話する。
疲れていたようだ。
20年近く、現在も進行中のあの作品を創り続けて
芸術系の人とは誰にも会わず、過ごしていた時間。
そこへ私の紹介で作品群のあるアトリエに石田尚志他、
さらに吉増剛造が単独で訪れて相当精神的に疲れたの
だろう。
中森さんと会うのと違って、疲れたわ・・、と言う。
米軍キャンプ地から出た沖縄には本来ない素材。
それらを構成して現代の御嶽のように造形し、空間を
創っていた1990年代。
そこから青い海と空に深い亀裂の浮き上がる、ただ
それだけの百余点の板画作品群。
伝統の世界、アートの世界のどれにも属さず、沖縄
独自の純粋な風土の彩(いろ)の深味と亀裂だけで
構成された傷痕の純粋形象の現代美術。
父方の政治経済回路、東京芸大の美術回路そのどちら
も閉じて、ひたすら自らの沖縄の心を、魂を彫刻し
続けてきた。
その作品は現代沖縄の最前線、と私は思う。
そこへ映像と現代詩の最前線のふたりが訪れ、ジャンル
ではない表現に生きる3人の最前線が呼応したのだ。
良い時間だが、孤絶してひたすら刻んできた孤独な場所
で、それはその後どっと疲れもでるだろうなあ。

ふっと電話したくなったのは、その疲れを解す見えない
誘いがどこかで呼んでいたからかも知れない。
最後に”今週末まで手紙とゴーヤ、パッションフルーツを
送ります”と・・・。
嬉しそうだった。

*八木保次 遺作ガッシュ展ー6月26日ー7月8日
 am12時ーpm7時:月曜定休(水・金午後3時閉廊)
*チQ展ー7月10日ー15日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-06-27 14:16 | Comments(0)
2018年 06月 26日

<&>という自然ーシジフォス(3)

ベルリンから美術家の谷口顕一郎・彩子さんが来ている。
13年前稚内からサハリンを経てドイツへ渡ったふたり。
彩さんが書いたその詳細な旅の記録と写真。
それは今も大事に私の手元にある。
今回は札幌市の公的文化施設に選ばれた作品を設置する
為に帰国したのだ。
秋に完成されお披露目される同時期に、テンポラリー
スペースでも個展をしたいと話があった。
私はその気持ちは嬉しかったが、公的な大作展示とは別
に、一昨年の本郷新賞受賞と連続して行われた札幌彫刻
美術館個展で見せた札幌をモチーフとするふたりの故郷
を再びテーマとするなにかをテーマとしたい、と考えて
いた。
そこで以前から谷口顕一郎さんが語っていた作品作家名
を、初めてここで表してはどうかと提案した。
それはケン&アヤ=タニグチである。

私は以前から好きだったモダーンジャズグループMJQ
のリーダージョン・ルイスが、モダーンジャズにバッハ
の奏法を取り入れ、ジャンルの偏見、人種差別の偏見と
闘い、晩年奥さんのミリヤナさんと二人だけでバッハの
ゴールドベルク変奏曲を遺したのを思い出していた。
最後に掛け替えのない半身である人と対の名で、それは
発表されている。
ジョン&ミリヤナ=ルイス。

故郷の社会主義国圏からアメリカへ亡命し、梱包のインス
タレーション作品を世界に発表し続けて来たクリスト夫妻。
ともに亡命・離国という苦労を背負って20世紀を代表する
作品を生み続けたふたりは、
クリスト&ジャンヌ=クロードの名で作品を発表している。

民主主義の基本である男女平等の思想を1945年占領国アメ
リカより受け入れて70年余が過ぎた。
もう観念・概念ではなく、ジョンやクリストのようにふたりの
名前が前に出た芸術家が日本にも出て良いじゃないか。
そう提案したのだ。
その最初の個展を故郷札幌で、テンポラリースペースで
やって欲しい・・と。
その話をすると、何故か彩さんの眼から涙が止まらない。
ふたりで稚内港から不安を沢山抱えたままシベリア大陸を
横断した苦労が喜びが込み上げてくるのだろうか。
あるいは異国欧州で重ねた心労が思い起こされたのだろうか
私はそれで良い、と思った。
偉大なる音楽・美術のふたりの先輩たちも、真にふたりが
人間として苦労を越えて来たからこそ<&>が生まれたのだ。
誰でもが形式としてできる事ではない。
そして<&>は、決して<=>ではない。

納得してからで好い・・・。
これは公的な名誉に便乗してする展示ではない。
ふたりと日本の戦後近代の、慎ましい真の表現行為なのだ。
誇りを保ってケンの為、アヤの為、故郷に錦を贈ろう。
飾りでは、ない。

*八木保次遺作ガッシュ展ー6月26日(火)-7月8日(日)
 am12時ーpm7時:月曜定休(水・金 午後3時閉廊)
*チQ展ー7月10日ー15日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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by kakiten | 2018-06-26 14:32 | Comments(0)
2018年 06月 24日

石仏とメキシコーシジフォス(2)

かりん舎の坪井けい子さん企画のポンのり子陶板展
を見に行った。
先日この会場で坪井さんの朗読会があったのだが、
作品だけをもう一度ゆっくりと見たかった。
先日東京の正木基さんが最近の仕事として送ってく
れた石仏写真家佐藤宗太郎のメキシコ・ハラバ展に
感動していたので、ポンのり子さんのメキシコにも
興味惹かれたからでる。
1944年室蘭産まれというこの女性が、何に惹か
れメキシコに渡ったのか。
それは同時に正木氏が何故メキシコで佐藤宗太郎の
「石仏の美」展を開いたのか、と問う事と同様の興味
あったからである。
会場の喫茶エスキスのマスター中川洋史さん・美奈さん
は、村岸宏昭追悼本編集以来の仲なので、特別にポンのり
子さんのNHK制作の特集番組映像を見せてくれた。
そこでは石の彫刻の他に伝統的な土地柄の仕事を続けて
いるメキシコ国内の様々な地方(国)が登場する。
日本でいえば、国内の色んな地域・お国のようなものだ。
面白かったのは、貝紫の染色である。
二十万個の小さな貝から分泌される腋で染まる貴重な
紫で染色された布は、かってエジプトのクレオパトラや
中国の楊貴妃にも愛されたという。
しかし生産地では今も普通に腰巻きに利用されている。
この差異が面白かった。
生産地の自然から昇華する彫刻・色彩。
土地の様々なエネルギーが様々な作品に昇華してゆく。
このメキシコの自然と共生するランドパワー。
そこにふたりが惹かれていった事が理解できたのだ。
今地球の各国が経験しつつある現代の都市文明が見失って
きた、自然の土壌とともに生きる人間の国(ランド)のエ
ネルギーがポンのりこさんの目線とともに映像で感受された。
名キューレーター正木基氏も日本の無名の石仏が保つランド
としてのエネルギーをメキシコでクロスさせたかったのだろう。

経済的・軍事的・政治的にも近現代は、国家を基準として、
人間を大地自然から切り離し区分・差別され、経済的・政治的
・社会的インフラによって人とランドの疎外化が進む。
安心・安全という名の下、軍事・経済集中・一極社会が近代
化というインフラ過剰で地球が覆われつつある。
国家という単位ではなく、自然を基底とするランドの精髄が、
正木氏とポンのりこさんのメキシコの基点だった気がする。
日本近代と自然が150年の内に接する北海道。
その大地に生まれたポンのりこさん。
野の石仏を宗教や自然風景の一部ではない独自の視点で、
石の保つ自然との交点として撮らえた写真家佐藤宗太郎の
「石仏の美」をメキシコに運び展示した正木基氏の仕事は
ともに現代に対峙する最前線の力業だった気がする。
そしてその最前線位置に北海道というランドの位置も見える
気がするのだ。

 最前線にして最後部 背後には黒々と街の火

*八木保次ガッシュ展ー6月26日ー7月8日。
 am12時ーpm7時:月曜定休(水・金は午後3時閉廊)
 ご遺族から寄贈された遺された膨大なガッシュの一部を
 まとめて展示致します。
*チQ展ー7月10日ー15日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-06-24 19:27 | Comments(0)
2018年 06月 23日

弱弱しいただの板ーシジフォス(1)

大阪北部震災にあった橘内光則・なつさんから便りがある。
なつさんのご実家は箕面市で、震源地に近い。
ガスも通らず、室内は散乱して大変だ、という。
一枚の写真が添えられていた。
本棚から本が散乱して、額が転がっている。
夫君の橘内光則さんの作品だろうか、<ちっぽけで弱弱し
いただの板>にしか見えない、と文中にあった。
ふたりの現在の住まいは茨木市である。
自宅の写真と思う。
時として私たちは、報道される大規模な被害状況に驚く。
しかし震源地に近いこの写真とコメントに、より身近に
私は心撃たれるものを感じた。
<弱弱しいただの板>ーそれはきっと夫君橘内光則の
作品なのだろうと思う。

最近は天災による人災のような場面を見ている事が多い。
フクシマの津波による原発事故。
そこから放出された放射能汚染地域の一見変わらぬ風景。
視覚的には大規模な破壊が見える訳ではない。
しかし破壊の見えぬ建物・道路・林・小川には、人間が
生活不能な見えない汚染物質が潜んでいる。
変わらず茂る草木、変わらず立ち尽くす商店・住宅。
まるで舞台の書割りの背景のように、ただ立ち尽くす。
<弱弱しいただの板>と化した大事な書斎の絵画が、何故か
その時フクシマの風景と重なっていたのだ。
社会の基層にある人の日常。
その深度まで最近の被災は、達している。
非日常が日常の領域にまで浸食してきている気がする。
きっと社会の構造が、天災を日常ごと根こそぎ呑み込む
受け方になってきているのだ。
何故なら大量生産・大量消費・大量破棄の一局集中の
都市構造は、日常の個の一点よりも日常の多数性の一点に
吸引される構造だからだ。
その結果個の一点は弱弱しいただの一点、ただの物になる。
自然台風の巨大な眼の一点は、多くの小さな個の一点を
薙ぎ倒し去ってゆく。
しかしそこに人災の社会構造が重なれば被災はさらに個の
深度まで及んでくる。
膨大な見える破壊現場、そして見えない個の心の破損現場。
最近キッツ&ナッツ名で送られて来るメールを見ながら、
なつさんの<ちっぽけで弱弱しいただの板>という倒れ
た書棚・落ちた額絵の写真を見ていたのだ。

*八木保次ガッシュ展ー7月8日まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休(水・金は都合により
 午後3時までです。)
*チQ作品展ー7月10日(火)-15日(日)

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by kakiten | 2018-06-23 13:11 | Comments(0)
2018年 06月 17日

<ふたたび・・>の、ある到達点ーサッポロ・ランド(21)

okinawa gozoの名入りで那覇から
今年8月11日ー9月24日開催の東京・松涛
美術館吉増剛造展オープニングの招待状が届いた。

2011年12月「石狩河口/坐ル ふたたび」
から始まった吉増剛造の3・11を契機とする
戦後近代への果敢な挑戦は、この松涛美術館の
個展を以ってひとつの大きな節目を迎える、と
感じている。
翌2012年12月「ノート君ー古石狩河口から書き
始めて」2013年12月「怪物君」2014年12月
「水機ヲル日、・・」2015年12月「怪物君、歌垣」
2017年5月「火ノ刺繍乃ru=道」(以上テンポラリ
ースペース)。
そして2016年6月東京国立近代美術館「声ノマ」
2017年7月札幌国際芸術祭北大総合博物館「火ノ
刺繍-石狩シーツの先へ」同年11月足利市立美術館
「涯の詩聲」2018年4月沖縄県立美術館「涯の詩聲」
と続いて来た連続展の節目なのだ。
それに呼応するように2016年「我が詩的自伝」
(講談社)2017年「根源の手」2018年「火ノ
刺繍」(響文社)等が相次いで出版されている。
「我が詩的自伝」はインタビュー形式の肉声の語り
の自伝であり、「根源の手」は、吉本隆明に対し自ら
を「没後の門人」と位置付け、戦後の思想的巨人吉本
隆明を徹底的に検証した画期的な書である。
特に吉本隆明26~27歳に書かれた最初期の詩編
「日時計篇」筆写草稿は、2012年以降の展示の
主品ともなっている。
「火ノ刺繍」は3・11を挟む2008年から2017年
まで10年間の未発表の対話等を厚さ6㎝、1242頁の
大冊に収録されている。
端緒となった2011年のテンポラリースペース最初の
個展「石狩河口/坐ル ふたたび」を考慮すれば、吉増
剛造自身が時代の現在を見詰め直し、生きて来た時代と
の関わりを、洗い直す<ふたたび>である事が窺われるのだ。
よく言われる現代詩のトップランナーとして、自身がその
スタートラインをもう一度根本から見詰め直し、スタート
ラインを轢き直していると思える。
その一連の連続した仕事の、ーふたたびーの位相のある
到達点に8月の松涛美術館展の位置がある。
この間コアともなったテンポラリースペース展示に関わった
全ての友人たちにも直筆の招待状が送られた事は、なにより
もその証左と思える。
吉増剛造の表現者としての最前線に、最後尾の現役同志が
招かれている。
互いの労を労(ねぎら)い、シジフォスの山頂の一時(いっ
とき)を共に過ごす為にだ。

そんな気がしている。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-06-17 14:11 | Comments(0)
2018年 06月 16日

燃える街角ーサッポロ・ランド(20)

沖縄で空港到着後、即豊平さんの自宅まで直行してくれた
映像作家石田尚志さんから熱いメッセージが届く。
来月末札幌へ所用で来るので会いたいという。
吉増剛造さんは「白眉の時間」と、石田尚志さんは「あの
青い部屋の衝撃」と、沖縄の純粋な魂は波紋を広げている。
吉増さんの最新本の書名「火ノ刺繍」に倣えば、あの青と
亀裂の作品群は「海ノ刺繍・空ノ亀裂」かも知れない。
昔、山で撮った掌の山苺と沖縄の芭蕉の種を撮った掌の
写真、赤と青の、掌(てのひら)の<刺繍>。
2葉並べて3人に送ろうかな、と思う。

「沖縄は基地と観光だけです・・・。作品はたくさん
あります。ただ眺めています。見に来て下さい・・・。」
そんな電話の一言で初めて沖縄・那覇へ向かった、2009
年2月。
そこで、唯々立ち尽くした。
それから10年余、変わらずアトリエの作品群が在った。
10年前は山羊肉店でたまたま同席した若い卒業前のK大学
のO君と彼の友人のふたりに豊平ヨシオの作品を見ずして
沖縄旅行に浮かれている場合ではない、と熱く語っていた。
ふたりは翌日アトリエを訪ね、作品に感動し一番好きな亀裂
の前でO君は涙を流したと、後に話してくれた。
そして今回優れた表現者ふたりに紹介できて、私の10年
をかけた二度目の沖縄は揺動している。

南と北、日本列島の裾野のような、青と赤。
ふたつの掌(たなごころ)の内で息づいている。

*八木保次 素描・ガッシュ展ー6月17日まで。
 am12時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-06-16 12:53 | Comments(0)
2018年 06月 13日

心の旅ーサッポロ・ランド(19)

嬉しい電話があった。
沖縄・豊平ヨシオさんからだ。
一昨日吉増さんから電話あり、車で迎いに行きアトリエに
お連れしたという。
やっとふたりの作品を通した対面が実現した。
豊平さんの声が時々詰まって、決して普段雄弁ではない話
し方が、一層籠って聞こえる。
しかしその嬉しさ、感動が伝わってくる。
事前に沖縄美術館に吉増展を見に行ったともいう。
そしてそこで購入した吉増著「詩学講義」「怪物君」今回の
図録3冊に、吉増さんのサインをお願いした。
その一冊には「白眉の時間」の文字があったという。
その他のサインにも初めて見たアトリエの作品群に対する深い
想いが記されていたようだ。
上手く語れないので、このサインと一緒のメッセージをコピー
し、手紙て送りますと話す。
私の今回の沖縄行、最大の目的は達成された気がする。
2009年2月、初めて訪れた沖縄。
二泊三日の正味一日の訪問。
そこで立ち尽くした豊平ヨシオの沖縄の魂そのもののような
青い亀裂の作品群。
その感動を10年近くの時を経て、優れた表現者であり同時に
深い沖縄経験を保っているふたりの表現者、映像作家石田尚志
と詩人吉増剛造に回路を繋げる事が出来たのだ。
その気持ちは豊平さん本人にも充分に伝わっている気がした。
ラディカルな現代の最前線の表現者ふたりが、沖縄の最前線の
現代美術表現者の無名の作品群に心撃たれる。
沖縄の現実が保つ最も純粋な魂に出会う。
それは取りも直さず、現代という時代の最前線であり、沖縄の
背後でうかうかと漂い生きている我々への深い突破口でもある
のだ。
沖縄の現実は、戦後近代の最前線にして最後尾。

きっと何かが動き出す。
私は雪の反射光に漂う光の2月、豊平さんの作品を北の空気
で包みたいと提案した。
そして赤い北の実と青い南の種を載せたふたつの掌の写真
を送ろうと思っている。

*八木保次 素描・ガッシュ展ー6月17日まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休(水・金午後3時閉廊)

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by kakiten | 2018-06-13 14:07 | Comments(0)
2018年 06月 12日

幻の高層湿原ーサッポロ・ランド(18)

故賀村順治の<俺は帰れ 胸の奥処の 泥の温み その
肉声の端緒の祖国(くに)へ>に触発され、今は失われ忘れ
去られてしまった大河石狩川中下流部に広がる石狩平野の広
大な泥炭湿地帯の面影探索に出掛けた。
この石狩湿原には、雨竜沼や尾瀬のような数千年の年月を
かけた高層湿原も広く存していたという。
その99%以上が開発により消失している。
そんな中、2016年に札幌からほど近い新篠津で、原野商法
の遺物として残され笹原になってしまった原野でかすかに太古
からの命を繋いでいた湿原植物が再発見されている。
その植物を見る為「新篠津ツルコケモモを守る会」の斉藤央氏
の先導で探索に参加した。
クマイザサなどの浸入、乾燥化、冨栄養化などの環境悪化で
高層湿原固有の植物は全滅の危機にある。
かって雨竜沼湿原に通いつめた私としては、こんなに札幌に近
い場所でしかも高層ではない場所に、高層湿原の植生が息づい
ていた事実に深い興味を感じていた。
その大きな原因要素は、泥炭湿原という地質にあったのだ。
屯田兵の末裔賀村順治が愛した新琴似の<泥の温み>。
それは泥炭湿原の育てた高層湿原の植物たちと心通うものがある。
そこではタンチョウズルが舞い、河畔林には冠水に強いハルニレ、
ヤチダモ、ハンノキが混生し、その大木にはシマフクロウも生息
していたという。
賀村順治が愛おし気に案内してくれた新琴似原風景には、きっと
そうした新琴似泥炭湿地帯の原風景が反映していた気がする。

生い茂る笹薮の中、斉藤央氏の適切な案内で、数時間隈なく
歩き回り、懐かしい一輪のワタスゲの綿毛を見た時は、雨竜沼
湿原の遠い時間を思わず思い出していた。
天国に一番近い場所。
そんな高層湿原の美しい記憶が、<新>と名の付く札幌郊外地域
に泥炭地帯のお陰で石狩湿原として存在していたのである。

俺は帰れ胸の奥処の泥の温み その肉声の端緒の祖国(くに)へ

その祖国(くに)は、自然の歴史的事実として、目の前にある。
そしてこの自然を衰退させてきた人間のもうひとつの歴史的事実。

戦場へ 行く早鐘のランナーの 背中に涙あふれていたり

もまた、この泥炭湿原の保つ戦場の<涙>だったのだろう。
この日は午後夕方から、石狩ウエンの浜でメノウの石を
みんなでひろった。
幻の石狩高層湿原と賀村順治、<泥の温み>に供えるように・・。

*八木保次素描・ガッシュ展ー6月17日(日)まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休・水・金午後3時閉廊

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by kakiten | 2018-06-12 14:01 | Comments(0)
2018年 06月 09日

石仏の解体ーサッポロ・ランド(17)

夏めいて一転リラ冷え。
昨夜は久しぶりにストーブに点火した。
透析治療を終え午後10時過ぎ。
心臓に水が溜まっていると、CTの画像診断が出る。
規定のドライウエイトは守られているが、まだ
水分過剰か・・。
さらにドライウエイトが300g減量設定される。
ちょつとショックだ。
体重60kgを目指し、透析中ベットで腹筋・左右
両足倒立、股間節開脚等を実践していた。
最近地下鉄等階段を上ると、息切れがして登り終え
ハアハアいう事が多かった。
心臓の所為かと思う。
2段登り、2段降りはもう遠い昔にしても、おかしい
なあとは思っていた。
筋肉鍛錬もあるが、内臓筋肉鍛錬が不足と感じる。
最近自転車通勤もせず、山登りも遠のき、心肺鍛錬が
不足と勝手に自己判断する。
腎機能の低下で水分管理と体重低下が心肺に影響を
与えているから。
都会は心肺には本当は優しくないインフラが多く取り
囲んでいる。
エレヴェーター、エスカレーター、地下鉄、自動車
等々。
心肺・歩行を捨象して、移動するインフラだ。
これからは、自らの心肺で闘う生活を実践する積り。

東京の正木基氏から、先日来札の折り話のあったメキ
シコでの佐藤宗太郎<石仏の美>展の基点となった
佐藤宗太郎写真集3巻と佐藤宗太郎著「石仏の解体」
が送られてきた。
「石仏の解体」序文は吉本隆明によるものである。
これがまた凄い一文だ。
まだ着いたばかりですべて見てないが、佐藤の写真も
吉本隆明の視点・論点も素晴らしい。
私は私の身体の事を書いたばかりだったので、吉本の
序文最後の一章に、思わず石仏・佐藤宗太郎の関係性
に身が震えた。

 ともあれ、じぶんの写真の作品が実現してしまった
 石仏へ魅せられた契機と、写真の<眼>が具現した
 <石>の造形美との矛盾に、内的な世界の矛盾を感
 じ、それに論理をあたえようとして悪戦している佐藤
 宗太郎の憑かれた姿に、ある痛ましさと、悲しさと、
 自壊するまでつきつめてやまない真摯さを感じ、一掬
 の飲み水を添えたい。

*八木保次 素描・ガッシュ展ー6月17日まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休(水・金午後3時閉廊)
:6月10日(日)臨時休廊致します。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503石仏の解体」



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by kakiten | 2018-06-09 14:39 | Comments(0)