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2018年 05月 20日

ヤギとコメ・ムギーサッポロ・ランド(6)

八木保次・伸子展「彩」最終日夕刻、及川恒平×山田航の
ライブ「麦」がある。
江別の美術家秋元さなえさんが今年個展で麦を素材に
展示した縁で、昨夕会場に麦茎を素材に会場一角に空間
を設けてくれた。
麦を知らないという及川さんは、戸籍江別産まれの自分
由来を伝え、江別の麦に喜んでいた。

麦を知らない・・・。
これも現代事情だ。
多分今は稲も知らない。
パン=麦粒・麦粉、ライス=米粒は知っているが、稲穂・麦穂
は知らない。
稲から藁が採れ、畳になりゴザになり草鞋になり、蓑になる。
お米はお酒になり、一升瓶、一合桝という容量単位にもなる。
畳は二畳で一坪という土地の計測の原点に。
このように稲は、日本人の衣食住に深く関わっている。
麦はパン・ビールになって、西洋人の主食を支えているもの
だから、それは近代になってから知ると言っても良い。
麦茶の文化はあっても、麦は米文化より余程縁が遠い。
まして現代においては、稲文化すら遠く、ライスの素とは知っ
ていても藁はビニール・プラステック系の石油化学製品に取っ
て代わられ、縄や俵という梱包素材の単位は消えつつある。
お酒・お米を包んだ縄・俵はもう姿を消しつつある。
主食の半分をパンが占めつつ、稲も麦も総体が見えない時代
なのだ。
きっと麦には麦の文化があるだろう。
そして近代日本にとって、近代に属する麦文化を、歌謡の歴
史の中でフォークソングという近代歌謡を歌い続ける及川さ
んの麦・近代観を聞いてみたい。

*八木保次・伸子展「彩」-5月20日まで。
*及川恒平×山田航ライブ「麦」-5月20日午後5時~
 参加費2500円・予約2000円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-05-20 14:29 | Comments(0)
2018年 05月 19日

寒暖・春ーサッポロ・ランド(5)

リラ冷えが続く。
満開の桜が一気に散ってピンクのカーペット。
一夜明け、桜のカーペットは縮んで舗道と車道の間に
帯のように固まっている。
明治近代化とともに移住して来たリラ・ライラック。
ポプラもそうだなあ。
桜と一緒に、寒の戻り、北の春に耐えている。

どこで踊る?
どこでも踊るさ・・。
大野一雄のように、リラが”生きる”を呟く。

植物たちと同じように、文化も生きれば良い。
遠い昔漢字が大陸から渡来して、仮名文字を生んだように。
<心身一如>は<身も心も>と、柔らかく生きれば良い。
和歌、短歌、俳句として新たな表現を生きる。
尊王攘夷・文明開化の近代は、仮名文字の柔らかい筋肉がない。
尊王攘夷・鬼畜米英は原爆を、戦後の占領下・安心安全は原発を、
ノーモアと招く。

寒の戻りを、リラ冷えと呼ぶモダニズムならノーモアはない。

*八木保次・伸子展「彩」-5月20日まで。
*及川恒平×山田航ライブ「麦」-5月20日午後5時~
 参加費2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-05-19 14:36 | Comments(0)
2018年 05月 17日

リラ冷えーサッポロ・ランド(4)

初夏のような昨日。
今日は一転して冷たい風が吹く。
寒の戻り。
強い風に満開の桜が散って、路上の端にピンクの帯が舞う。
ライラック(リラ)の紫がその濃さを増し、サッポロの春
の変転。
季節がゴホン、ゴホンと咳をしているようだ。
風は風邪、桜とリラ・・・。

吉増剛造「火ノ刺繍」発売記念トークセッションが
終わり、火ノ刺繍と打刻された長い帯状の銅板が、
絵の具に塗れて終了後ここに来た。
八木保次・伸子さんの作品の前に一時置く。
保次さんのグワッシュの作品とどこか波長が合って、違和感
があまり起きない。
天衣無縫、ふたりの描く時の姿勢を思い出す。
先日吉増さん来廊時も、2階吹き抜け壁に吊ってある保次
作品を見上げて、好いね、と呟いていた。
その後見に来た八木フアンも床に置かれた絵の具の散る
吉増作品に疑問・不審の声を誰も発しなかった。
偶然とはいえ、この二人の作品のこの場の出会いも
不思議な因縁のように思う。

浪江出身で東京在住の原田洋二さんが昨年初めてここを
訪ねて来た時。リラの匂いと碁盤の目の路に迷ったといった。
異国の近代が根付いているサッポロの街。
その幻惑がまだ残っているのだろうか。
黒澤明がドストエフスキーの「白痴」を札幌に置き換え撮影
したサッポロの風土・建物。
後に「影武者」撮影で再度来札した時、高層ビル・地下鉄の
走る札幌に、もうここは俺の知るサッポロではない、と怒っ
たと聞く。

リラ冷えとライラックの香り、
整然と仕切られた幅広い碁盤の直線の道。
原田さんの迷い道は、そんなサッポロ近代呪縛の残り香
だったのだろうか・・。

*八木保次・伸子展「彩」ー5月20日(日)まで。
 am11時ーpm7時:金曜午後3時休廊。
*及川恒平×山田航ライブ「麦」-5月20日午後5時~
 参加費2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
のだろうか。


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by kakiten | 2018-05-17 13:08 | Comments(0)
2018年 05月 15日

海が見えるーサッポロ・ランド(3)

ふたりの建築家夫婦の新しい移転場所を先日見せてもらった。
今展示中の八木保次・伸子さんの家近く、小別沢トンネルを
過ぎて奥へ下り盤渓川に近い柔らな斜面の奥。
沢に近く下流に開かれた場所だった。
盤渓川さらには発寒川へと広がる空間に遠く石狩の海が見える。
源流域から一気に石狩の海まで望む事が出来る不思議で稀有な
処だ。
冬は雪で大変と思うが、若い建築家夫婦には、新たな挑戦の
場所として相応しい感じがした。
本業の建築設計の外週末は量り売りの店トロッコも運営している
ふたりは、札幌の自然風土を大事にして、生活・仕事の基準を創
り生きる事を考えている。

翌日八木保次・伸子さんの展示を終え、ほっとしていると
不意の来客。
なんと東京の正木基さんだった。
昨年の栃木・足利美術館吉増剛造展以来だ。
相変わらず意欲的に世界中を飛び回り、素晴らしい企画で展示を
コーディネートしている。
最近の仕事は日本の石仏をメキシコの石像とともに見せたものだ。
佐藤宗太郎という長年に渡り日本各地の石仏を撮り続けてきた
写真家の作品とメキシコの石像文化を対比させ見せたのだ。
無名の作者に拠って民衆と共にある石像文化。
文化の裾野から問う新たな視座の試みである。
そして今回の札幌は、明年の道立近代美術館での深井克美展の
準備の為という。
正木基が1980年代発掘した夭折の画家深井克実。
その再度の展示を今喪われつつある深井の画業の保存と再照射
の為に自らがもう一度この企画を立ち上げたのだ。
NHK日曜美術館での放映もあるという。

1242頁の大冊、吉増剛造「火ノ刺繍」が発行される。
重さ1・5kgもあり、広辞苑のような重さ・厚さだ。
その記念トークイヴェントが一昨日・今日と行われ、その前日
本人の来廊もあり、慌ただしい。
先ずは本人の希望で、2011年からここでの吉増展に関わっ
た数人の友人たちとの会。
そしてトークイヴェント出席の為訪れた浪江出身の原田洋二
氏を迎えての集まり。
原田氏はちょうど1年前初めてここを訪れ、男泣きで号泣した
福島県浪江出身の純な人だ。
生まれ故郷浪江を出て、3・11以降故郷の為にひとり奮闘
している。
故郷を離れていた為、原発事故当事者ではない今の状況を
心底悩みつつも故郷とのその落差を如何に乗り越え故郷を再建
するかと真剣に悩み闘っている好漢なのだ。
その原田氏が吉増剛造と出会い何かが救われ、その救済の意味
を今も問い続けている。
そして昨日は吉増さんの「石狩シーツ」の故郷、石狩へと赴き
興奮して帰京前のひと時訪ねて来た。

吉増剛造とともに、小さな春の嵐が吹いている。

*八木保次・伸子展「彩」ー5月20日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休:水・金午後3時まで。
*及川恒平×山田航ライブ「麦」-5月20日午後5時開演
 予約参加費2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-05-15 16:04 | Comments(0)
2018年 05月 12日

八木敏・保次・伸子の家ーサッポロ・ランド(2)

小別沢のトロッコまで朝出かけた。
建築家ふたりが住む山のトンネルの向こうだ。
近々もっと奥の下った方に引っ越すという。
かって八木保次さんと少年のように散策した山野。
懐かしい想いが込み上げてくる。
そしてトンネル前の八木宅はすでに他者の手に渡り
改築中だった。
なにかのお店だろうか、看板らしきものもあった。
今展示中の八木保次・伸子展「彩」にそっと飾ってある
竹の表札は、ここにかって在ったもの。
保次さんのご母堂敏さんとは、祖父以来の古いお付き合い
で、私の父をシローちゃんと呼んでいた。
父が死んだ後聞いた敏さんの忘れられぬ言葉がある。
”なんのかんの言っても、シローちゃんはお祖父ちゃんの
下で、好きな事やってたのよ・・”
華道家との個人的志の共有を重ね、流派を超えた表現として
の活け花を追求した父の生き様を、愛情込めて一言で言い放
った明治生まれの粋で純粋な俳人であり花人の先生だった。
1977年敏さんの死去に伴い、保次・伸子さんは東京池袋
のアトリエを引き払い本格的に故郷札幌に移住する。
その3人の名前の遺る表札をご遺族の了解を頂き飾っている。
八木敏・保次・伸子。
伸子さんのご母堂松本春子さんも仮名文字書道の大家として
名を遺した人だった。
戦後アヴァンギャルドの美術運動の中で、抽象・具象の差こ
そあれ、前衛的絵画運動の波に身を投じた保次・伸子の背後
には、こうした書道・俳句・華道の優れた母の存在があった。
その意味でもこの三人の名前が連なる手彫り手書きの竹の
表札は、私には色んな意味で大切な品なのである。

”なんのかんの言っても、トシオちゃんもひとりで好きな事
やってるのよ・・・”
そんな敏さんの声が今聞こえてきそうな気がした。
某新年会の帰り、敏さんがそっと手を差し伸べ私の手を
握った。まだ二十代初めの帰郷したばかりの頃。
通り過ぎる人が眩しいものをみるように、微笑んで目を向け
ていた。
不思議なふわふわした気持ちだった。
あの後私は自分の名前の由来に気づいた気がする。
敏・夫と・・・。祖父ちゃん、そうなの?

*八木保次・伸子展「彩」-5月20日まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休:水・金午後3時まで。
*及川恒平×山田航「麦」ライブー5月20日午後5時半~
 参加費2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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by kakiten | 2018-05-12 13:00 | Comments(0)
2018年 05月 10日

彩・八木保次・伸子展ーランド・サッポロ(1)

八木保次・伸子夫妻が2012年2月、3月亡くなぅて
7年目の春が来た。
サッポロの彩(いろ)を追求し続けた二人の作品が今年
も春の光に息づく。
ご遺族の高橋創美舎高橋均氏所蔵の2点、つきやギャラリ
ーの小杉山竜一氏の4点、そして私所蔵の3点。
さらに今年は八木保次さんのグワッシュが多量に高橋氏
より持ち込まれた。
それらは2階廻廊に保次さん生前のアトリエの壁の如く
貼り付けたいと思う。
福寿草の黄、フキノトウの緑、北コブシの白に始まる春。
桜の花が咲く頃はもう百花繚乱の初夏の装い。
そんな夏と冬のせめぎ合う春のエネルギーを、保次さんの
グワッシュで吹き抜け2階を埋め、顕してみたいと思う。

*彩・八木保次・伸子展ー5月20日(日)まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休ー水・金午後3時まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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by kakiten | 2018-05-10 16:06 | Comments(0)
2018年 05月 05日

もうひとつのアメリカーランドへ(13)

日本近代の優れたモダニスト鮎川信夫が戦後すぐに遺した
「アメリカ」という長編詩がある。
この作品には<「アメリカ」覚書>という異例の記述が添え
られ、最後に「私はやりきれない気持ちでこの作品を放棄する。
或いは放棄するところまで行っていないにも拘らず悪い眩暈
のうちで中断する。」と書かれている。
以後この作品が詩集に再録される事はない。
1947年7月と記された覚書とともにある「アメリカ」と
いう詩は戦中手記など従軍中も徹底して軍国主義の日本に反戦
の意思を抱き通した鮎川信夫の精神の位相にあった解放軍アメ
リカをストレートに表した詩でもある。

 ・・・・
「アメリカ・・・・」
もっと荘重に、もっと全人類のために
すべての人々の面前で語りたかった
反コロンブスはアメリカを発見せず
非ジェファーソンは独立宣言に署名しない
われわれのアメリカはまだ発見されていないと

明治以降の近代化が鬼畜米英と破綻し。ノオモア ヒロシマ・
ナガサキと止めを刺された敗戦過程でもなお胸中に<アメリカ>
という理念が在った事をこの詩は照明している。
帝国主義的資本主義的一国ナショナリズムではない多国籍自由
ランド・アメリカの理念である。
その想いが戦中戦後を通じて<まだ発見されていない><われ
われのアメリカ>という言葉に深く秘められている。

 そして至高の言葉を携えた使者が
 胸にかがやく太陽の紋章を示しながら
 宮殿や政府の階段をとびこえ
 おどりたつ群衆をおしのけ
 僕らの家の戸口を大きな拳で敲く朝のことを・・・
 ああ いつの日からか
 熱烈に夢みている

昭和尊王攘夷がノオモアヒロシマ・ナガサキで止めを
刺され消えた筈の明治・大正のモダニズムの熱い底流の
存在を知るのだ。
遠く漢字の到来が、やがて仮名文字を生み和歌・短歌・
俳句を生んだように、アメリカという戦後近代は新たな
種子として、新たな琉球、新たな蝦夷地、新たな東北を生む
かも知れない。
戦後すぐに書かれた鮎川信夫の「アメリカ」とその「覚書」
に、沖縄で感じたアメリカが重なり現在を撃つのである。

*追悼・八木保次・伸子展ー5月8日ー20日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-05-05 15:49 | Comments(0)
2018年 05月 03日

occupy Japanーランドヘ(12)

玩具のコレクションに、made in occupy Japan
と記されたのを見た事がある。
占領下日本製という海外向けの玩具だった。
なにか一瞬、遠い幻を見ているようだった。
敗戦ー占領ー進駐軍ー基地。
チューインガム・チョコレート。
微かな記憶と、目の前のmade in occupy Japan
の陽炎のような分離・・・。
1950年以降朝鮮動乱を契機に神武景気・イザナギ景気と高度成長
に乗り独立を果たした日本本土。
さらに17年もアメリカ占領下が続いた沖縄。
民主主義を建前としたアメリカ近代化が戦後日本を主導して今がある。
原子力爆弾と原子力発電のように、戦前・戦後のアメリカがある。
その空隙を撃つように、occupy japanの文字があった。
安心安全の原発のように、戦後近代化アメリカ化もあるではないか。
今も見えない処で構造的に<occupy Japan>
その現実の最前線を沖縄は保っている。
或いは沖縄に凝縮させている。
敗戦後occupy Japanが記憶ではなく、原点のように
沖縄の風景の奥に続いているからだ。
そのアメリカ世(ゆー)の中で、本土復帰を果たしてもなおアメ
リカ世と新たな大和世(ゆー)が覆っている現実がある。
沖縄本来の風土、沖縄本来の伝統文化。
観光と基地に塗れながら、伝統文化にも偏らず、現代美術として
自立する極めて困難で孤独な闘いを続けているのが、豊平ヨシオだ。
かって日米戦争に敗北し、剥き出しのアメリカ軍占領下の日本と
いう現実。
そこから進められた近代化というアメリカ化。
その功罪を自らの歴史に、また戦後近代の功罪を問う検証は今だ
果たされてはいない。
原発事故後の風景は、その証左のひとつである。

原発事故以前と変わらぬ街・風景・・。
その街・風景の向こうに沖縄の現実もある。
made in occupy Japan

*追悼・八木保次・伸子展ー5月8日ー20日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-05-03 18:20 | Comments(0)
2018年 05月 02日

沖縄美術館ーランドへ(11)

沖縄3日目。
豊平さんの案内で、中城址跡を歩く。
2009年訪問の時も、この古城跡の話をしていた
のを思い出す。
大分観光用に整備されたと豊平さんが声を出す。
アスファルトの道が、城址の古道と対比される。
石造りの雄大で骨太な城跡。
城壁の上の道に登り、広く輝く海を見る。
遠くに白く霞んだように久高島が見える。
そして豊平さんが見せたかった城内の一角にある御嶽。
中森御嶽に足を運ぶ。
沖縄の言葉では、ナカムイウタキ・・だ。
内を守るーナカモリが語源だと、祖父の故郷福井県で
聞いた事がある。
沖縄でも同じ意味を持っているのかしら?
聞きそびれてしまった。
翌日吉増剛造展初日。
入る前から沖縄美術館の佇まいに感銘を受ける。
あの古城の佇まいと共通する建物だ。
周囲のタワー系高層ビル群とは一線を引いて堂々と
対峙している。
これが沖縄の心・文化だなあ、と感じる。
利便と効率の高層ビル群に対し、歴史と固有性の沖縄
の存在感が昨日見たナカ・グスク(城)の記憶と重なり
何故か嬉しかった。
吉増剛造展の展示物はほとんど栃木・足利美術館と同じ
作品構成だ。
しかし会場の建物がもたらす空間は独自で、また違う会場
構成になっている。
外に開かれた大きな窓ガラスの部屋。
映像の数多くのモニターによるGOZOCINEの充実。
吉増さんのふたつの近代視座が、沖縄という土地が保つ
風土の現代性・最前線でより深くラディカルな展示となっ
て広がっていた。
沖縄が保つ時代の最前線は、浮世の速度では最後尾。
明治以降敗戦までと戦後以降バブル経済までのふたつの
近代化の最前線にいつも沖縄は在る。
グスクも御嶽も歴史の最前線にして最後尾。
古城に敷かれたアスファルト道路と珊瑚礁石の路の
違和感がそれだ。
那覇中心部でそそり立つ高層ビル群と対峙していた
現代の砦・城の美術館の建物がそれだ。

戦後近代の沖縄の申し子・豊平ヨシオと戦後近代の疾走
する詩人吉増剛造とが、多摩・横田基地、沖縄・基地
の街でその最前線を語り会う日が待ち遠しい。

*追悼・八木保次・伸子展ー5月8日ー20日

テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-05-02 15:01 | Comments(0)
2018年 05月 01日

沖縄行ーランドへ(10)

沖縄は濃かった。
2009年以来の豊平ヨシオさんとの再会。
そして、増えていたアトリエの作品群・・。
今回の沖縄行は、この作品群にもう一度立ち会う事だ。
吉増剛造展で沖縄に来る石田尚志氏、鈴木余位さん、
そして吉増剛造氏に見てもらう事が一番の眼目だった。
石田さんは私の2009年2月のブログを事前に読んで
もらい、吉増さんには2009年アトリエ訪問時の作品
写真とその時のブログコピーを送った。
石田さんは那覇空港到着後直ぐ車で豊平さん宅に向かう
と連絡がある。
素晴らしい音響の豊平さん自宅部屋で、モーツアルトの
アリアを聞いていると余位さんの運転で石田さん到着。
音楽一家に生まれた石田さんには、なによりのタイミング
だった。
それから豊平さんの案内でアトリエのある丘に向かう。

ただただ無言で立ち尽くす石田、鈴木・・・。
やはり思った通りだった。
天才映像作家石田尚志の心は沖縄の心ともいえる
青と亀裂の作品の前で、目をいっぱいに見開き、体を
空間に浸し、委ねていた。

吉増剛造展初日私は午前の透析治療を終え、美術館
に赴いた。
吉増さんから3時から4時の間待つようにと伝言ある。
程無く来た吉増さん。
開口一番、あれは本物だ、別格だ、と言う。
私はこれを聞き嬉しかった。
今回沖縄訪問一番の思いが満たされた。

帰る前日もうひとりの私の沖縄の友人サトマン君と会う。
ラップ音楽の作詞をしている若い友人で、2006年
村岸宏昭追悼展で出会った。
ムラギシとも音楽で一緒にやろうと話していたという。

大和世ーアメリカ世と沖縄はいつも最前線にある。
日米戦争の最前線、戦後日米安保の最前線。
1972年まで本土より22年も長く占領国日本の
最前線が続いた処だ。
その戦後民主主義近代化ふたつの世代が、豊平さん
とサトマン君でもある。
サトマン君は諸にアメリカ文化下で育った世代の沖縄
人であり、豊平さんは戦前も知り敗戦後も知る沖縄人だ。
このふたりを今回会わせたのも、今回の沖縄行で実現
した事である。
戦後近代ふたつの沖縄世代が、如何に結び認め合うか。
これも沖縄が保つ最前線の所以だ。
敗戦後荒涼とした国土を、沖縄を前衛にして復興し、
鬼畜米英という明治以降の近代破綻の総括を怠り、
新たなアメリカ文明を主に経済面で享受し高度成長に
浮かれて来た現代日本。
沖縄では本土より長いアメリカ占領下後、今も基地と
いう現実が戦後を引きずって在る。
遠い70余年前の敗戦風景はアメリカコピーの風景に
消えつつも、此処沖縄では今もその戦後最前線の
葛藤が生きている気がした。

*追悼・八木保次・伸子展ー5月8日ー20日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-05-01 15:20 | Comments(0)