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2018年 02月 28日

ふたたび・・・。-紡ぎあう(14)

初日夕刻今回展示のふたりを繋いだ吉増剛造さん来廊。
自分の個展時いつも持参するシャンパンを外の雪山に
差し込んでいる。
そしてガラス戸入口に立ち、手を振った。
内に入り、おめでとう、とふたりに微笑んだ。
まだ明るい午後の陽光が射し込んでいた。
しかし陽は次第に傾いて沈み始め、光が、2階吹き
抜け上部に照射する。
絹糸の滝の上に立つ一本の樹の幹・枝に光の中心が
移り始め下の空間が次第に薄く翳ってくる。
壁に投射されている映像が鮮明さを増してきた。
それらを全身で受け止めながら、感じる事、近況、
追憶と吉増さんの話は止まらない。
外に冷やしてあるシャンパンの栓を抜き、余位さん、
村上さん、私、中嶋さん、吉増さん5人で乾杯する。
今回の案内フライヤーを創った中嶋さんは早速吉増
さんからも絶賛され、嬉しそうだ。
興に乗った吉増さんが、最新の「怪物君」草稿を
取り出し、床に広げる。
さらに一昨日Y氏の新規店舗イヴェントで描かれた
まだ絵の具痕生々しく折り畳まれた草稿も広げた。
このふたつの草稿は最高傑作に属するすざましい
2点だ。
「怪物君」はこれで打ち止めと話す。
初めて美術家故若林奮氏に戴いた素の薄い銅板を
細い直線に切り、原稿用紙の縦罫線のように原稿に
貼りつけている。
これは私が知る限りここ数年の吉増作品が凝縮した
最高傑作と思う。
銅板に文字を打刻する時使っている若林さんから
戴いたハンマー、そしていつも持ち歩いているアイ
ヌのイクパスイ、そして朗読時手に翳すピーチハン
ガーの飾り物、それらすべてを3月2日まで此処に
飾っておくと言い出す。
明るい光で見たい、明日見ようと思い、ふっと気づく。
2月は28日で終わり、明日だ。
東京に送り返すのには、明日出荷。
1日だけだな、ここに鎮座するのは・・・。

午後4時頃から7時過ぎまで、関係者が主の、何とも
濃い、良い時間だった。
開展ぎりぎりに出来上がったけど、全力投球・手作り
制作フライヤーの中嶋幸治さん、そして初日朝まで徹夜
の展示者のふたり、2011年から毎年連続した渾身の
ふたりの牽引者吉増剛造の仕事、そこに立ち会ってきた私。
そして最後に東京から今回も駆けつけてくれた音楽家
川戸郷史君、石狩河口朗読撮影に関わった竹本英樹氏も
加わり、とっぷり暮れた夜の路上をご機嫌のほろ酔い足で
ホテルに帰る吉増さんをみんなで見送ったのだ。

今年、沖縄・東京松濤美術館と続く吉増剛造の軌跡。
是非来てくれと二度も念を押され、私もまた勇気付けられ
た気がする。
闘病・継続もまた、シジホスの石・・・。

+鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-3月11日まで。
 am11時ーpm7時:」月曜定休。
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




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by kakiten | 2018-02-28 14:01 | Comments(0)
2018年 02月 24日

賀村順治・肉声の端緒ー紡ぎあう(13)

 俺は帰れ胸の奥処の泥の温みその肉声の端緒の祖国(くに)へ

賀村順治のこの歌がずっと気になっている。
彼が帰る<祖国(くに)>とは何処なのか。
そこで以前彼から聞いた実家のある新琴似の昔の逸話を
ふっと思い出していた。
この辺一帯はかって泥炭地で、寒さを防ぐ為みんなが燃料
に泥炭を掘り返し、至る処に穴がありそこに雨水が溜まり
池のようになって、時に子供が溺れ死んだりしたという話
だった。
何故この話を想い出したかというと、歌の中の<泥の温かみ
>という言葉が頭に引っ掛かっていたからである。
<胸の奥処の泥の温かみ>とは、彼が生まれ父・祖父が
生きた新琴似の土、その祖国(くに)の泥土ではないか。
<胸の奥処の泥の温かみその肉声の端緒の祖国(くに)>
に<帰れ>と叫んでいた賀村順治。
都心に産まれた私は私の知らない札幌を生きた賀村の人生
を思った。
2006年4月ひとりで初めて彼の家を訪ねた時、新琴似
駅から自宅まで彼の案内で歩きながら、途中新琴似神社の
ハルニレの巨木、そして周辺に残っていたハルニレの小さ
な森を指さしながら話した言葉がフラッシュバックする。
その時遠く近くに見えた手稲山連峰。
そして自慢した自宅庭の自生させていたキトピロ(アイヌ
ネギ)の小さな畑。
それらすべてが賀村の肉声・端緒の祖国なのだ。

声を発し、体が呼吸する処・・。
祖国とは何か。
故郷とは何か。
賀村には新琴似の原野、泥の温みとして在った気がする。

かって旧帝国大学北大寮歌として歌われた「都ぞ弥生」。
歌詞一番前半にある落差を、賀村順治は現代の札幌にも深い
処で感受していたに違いない。

 都ぞ弥生の雲紫に
 花の香漂う宴遊の筵
 尽きせぬ奢りに濃き紅や
 その春暮れては移ろう色の
 ・・・・。
この都は札幌ではない。
札幌で弥生・三月に、花の香は漂わない。
しかし2番以降の季節感・風土感は北の国のものだ。

 豊かに稔れる石狩の野に
 雁遥々沈みてゆけば
 羊群声なく牧舎に帰り
 手稲の頂き黄昏こめぬ
 雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢
 ・・・・。

この秋を歌った2番こそが私が賀村順治に案内された
新琴似風景だった気がする。
「都ぞ弥生」の<都>とは、江戸改め東京となった
近代日本の帝都・メガロポリス東京化した一元的都・
ミヤコであり、現在の札幌都市化とも対応するもの
である。
そこに賀村の故里・故郷、<肉声の端緒の祖国>はない。
日々大手代理店社長として戦場にいた賀村順治の背中に
あふれていた涙とは、彼の胸の奥処・泥の温みが生む涙
でもあったのだろう。

+鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日(火)ー3月11日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

 


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by kakiten | 2018-02-24 14:13 | Comments(0)
2018年 02月 20日

背中に涙あふれていたりー紡ぎあう(12)

ここ2,3日、賀村順治の「狼の歌」がいつも座右にある。
贈られた時に記された表紙裏の一首。
 
 戦場へ
  行く早鐘のランナーの
 背中に涙あふれていたり

この歌が賀村順治その人を語り、私に思い出させる。
繁茂に会っていた事はない。
しかし亡くなって今感じるのは、背中にじわっと
伝わる寂しさの寒気、存在そのものだ。

私は祖父・父と続いた百十余年の生業を閉じ、私自身
の一本道に岐路を定めた2006年。
賀村順治は黙ってその出発・漂流を見守ってくれた。
自宅の倉庫を提供し、数多の荷物を預かってくれた。
侠気の人である。

思い出せば、じわっと背中にくる暖かさ、寂しさがある。
想い出にも身体性があるなら、彼は正しく背中のような存在。
私は彼を背中で感じている。

 俺は帰れ胸の奥処の泥の温みその肉声の端緒の祖国へ

君は帰っていったのだ <・・・温みその肉声の端緒の
祖国(くに)へ>と

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日(火)
 -3月11日(日):月曜定休。
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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by kakiten | 2018-02-20 16:47 | Comments(0)
2018年 02月 18日

賀村順治の死ー紡ぎあう(11)

不意に友人賀村順治の訃報が届いた。
円山北町時代、ともに燃える街角を闘った同志。
学研グリム社を経営しつつ熱い思いを保ち続けた
男だった。
彼と、今は岐阜県にいる桑名正和。
桑名氏も学研系の代理店創文社を経営し、ともに
仕事を超えた志を保つ熱い男たちだった。
昨年賀村氏が体調悪いと知り、桑名さんが岐阜から
訪ねて来て久しぶりに3人で逢ったのが最後となった。

振り返ればこのふたりの熱い男が、1980年代
歌人福島泰樹の絶叫コンサート創出を北海道で支え
続けた。
それは私の「’89アートイヴェント界川遊行」にも
結集して大きな力にもなった。
そして現在の場所で続ける大きな力にもなっている。
その賀村順治の葬儀に今夕岐阜から桑名正和、東京から
福島泰樹が葬儀に参上するという。
私も行かねばならぬ。

生前たった一冊遺された賀村順治名歌集「狼の歌」を読み
返し、彼の心の奥の熱い炎を今思い返している。

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日ー3月11日
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-02-18 15:55 | Comments(0)
2018年 02月 13日

天地繋ぐ氷柱ー紡ぎあう(10)

高臣大介ガラス展最終日前夜、絶対音感の北大生K君
が来て、尺八を吹いてくれた。
ポップスからもののけ姫、伝統的な尺八曲まで、ガラス
の光の林の中を風のように尺八の音が流れた。
その間もせっせと外の氷柱に水を点す高臣大介だ。
そして翌日最終日、見事に玄関入口の氷柱は地上に
達した。
天地を繋いだ氷の柱。
千葉から移住した高臣大介十余年の命の根のようだ。
2週間の会期、最後の一日に彼の氷柱は地に届いた。

無色透明なガラス制作で勝負をしてきた彼には、この
北の地で鮮烈な印象を以って対峙するかのように存在
した氷柱は、きっと大きなガラス創作上のテーマ・目標
だっただろう。
今彼は彼の生き方全てを通して、この氷柱に匹敵する
自らの拠点を育てつつあると思える。
2012年泉に触発され創った透明なガラスの房「野傍
の泉池」は、今水を纏い、氷衣を着て、すくっと天地を
繋いで立っている。
自らの分身・身体ともいえる作品に氷柱を着せたのだ。
もう氷柱は対峙するものではない。
移住と移民とかは、ただ移る事ではない。
己の生き方という身体尺に風土を着こなす身体行動
でもあるのだ。
そのように数多くの先人たちも、さまざまな大地に生き
抜いて来たのだ。
自然と対峙し、開墾し、耕土し己の里・郷を創って来た。
高臣大介の今回の個展は、そうした真っ当な生き方、
創作の過程がtransーparent、函となり、
源となって透んであった。

最終日夜、私は透析治療で出られなかったが、酒井
博史さん恒例の歌声、大介さんとのデユエットと午前
2時まで盛り上がったという。
透明なガラスの光と影の林、そして触れて響く音。
流れる歌声、集った人の熱気。
もう融けない心の氷柱群。
北の地発、透明な函舟出港の夜であったのだろう。

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日
 -3月11日
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-02-13 12:07 | Comments(2)
2018年 02月 11日

生・死もまた光・影ー紡ぎあう(9)

昨日プラス4度まで上がり、玄関前に吊られたガラス房
「野傍の泉池」に合体した氷柱が溶け始めていた。
今日明るく白い雪の朝となり、画廊に着くと氷柱の芯の
ガラスが剥き出しになっている。
大介さんが来て、吊ってあるガラス房のテングス糸の上部
の雪の塊りを増やし始める。
それは彼が自然の氷柱から学んだ知恵、軒下の氷柱の元に
屋根の上の雪が在る事を学んだ事による。
それまではガラスにばかり霧吹きで水を吹きかけていた
けど氷はなかなか定着しなかった。
時折吹雪模様となり、午前の明るい光が地上からの反射光
を生み、会場内全体が浮き上がるような白い光に包まれる。
入ってすぐにあった円盤状のガラスをもうひとつの壁際の
同じ円盤状の作品に合わせ移動する。
代わりに鳴るガラス房に和音を聞き澄ましたある北大生の
絶対音感が選んだガラス房を3本吊る。
これで縦に吊られた「野傍の泉池」の林立する光の林が
すっきりと顕れれた。
その光の林を人が逍遥すると、時に触れて音の林ともなる。
このランダムに吊られた「野傍の泉池」に音の和音を聞き
澄ました北大生は、なんと12年前夏死んだ村岸宏昭君と
同じ大学。同じ年齢だった。
吊られた白樺の幹にその樹の立っていた風・川の音を
幹を抱いて聞く構成だったムラギシの最後の作品展が
今こうしてガラスの林となって甦っている気持ちがする。
2006年7月夏・森の白樺、川の音・風の音。
2018年2月冬・透明なガラスの見えない泉の音。
そして12年前ムラギシと共に2階吹き抜けで歌を唄って
いたダイスケ&ムラギシ。
そして横で伴奏ギターを弾いていた酒井博史。
明日最終日打ち上げでは、きっとヒロシ&ダイスケの歌声
が響くだろう
きっとその場に見えないムラギシも参加するだろう、
不意にそんな予感がした。
高臣大介の毎年の展示。
その積み重ね、精進の時間が一巡りして、彼の作品に
生と死、光と影の結晶をもたらしている。
場の歴史という透明な結晶を。

*‘高臣大介ガラス展「紡ぎあう」ー2月12日(祝)まで。
 am12時ーpm7時
*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日ー
 3月11日
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-02-11 14:12 | Comments(0)
2018年 02月 08日

fountain dream-紡ぎあう(8)

我々を包み本質的に存在している見えない風・空気、
光・彩。
人と物の間に界(さかい)という世(ゆー)が息づ
いている。
この見えない世(ゆー)を、高臣大介の透明な
ガラスが昼のひかり、夕の光、夜は灯の光を、受け
留め、溜めて、光・空気一体に白い壁に転位している。
空気の流れ、光の流れ、揺れ、触れて、音を発する。
光は溜まり転位して、吹きガラスの見えない起伏を
影と光の濃淡に換え、会場自体が転位する空気と光
の淵・函(ハコ)、空気と光のparent(源)
になっている。
そこは自然に転位する界(さかい)という世(ゆー)。

沖縄の人はある時代を世(ゆー)と表現した。
最初は琉球王朝が統治する独立国家「うちなあ世(ゆ)」
そして明治以降の「大和世」。
戦後は戦勝国アメリカ軍支配の「アメリカ世」。
そういう社会的時代の世(ゆー)に対し、自然の世(
ゆー)は柔らかく本質的で支配的ではない。
光と空気という見えない世界は、生命に不可欠な存在
でありながら、寄り添い本質的である。
高臣大介の今回の展示・作品は、そうした本質的存在を
過ぎ行く時の束の間の界(さかい)に可視化し、それ自
体が転位する源ーtransーparentとして顕在
化した稀有な淵・函となった。

消えたヌプサムメムー野傍の泉池は、この函の中に光と
影となって溢れ出たのだ。

*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-2月12日(祝日)まで。
 am12時ーpm7時。
*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花 傍らに」ー2月
 27日ー3月11日。
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-02-08 14:06 | Comments(0)
2018年 02月 06日

路傍の泉池ー紡ぎあう(7)

高臣大介ガラス展「紡ぎあう」後期スタート。
雪降る夜が明け、晴れ渡った朝。
入口軒下に吊るした二本の野傍の泉池(ヌプサムメム)
が一本になって、下にもう一本が突き刺さっている。
吹き付けた氷の重さに落ちたという。
天地上下、氷とガラスが鋭く立っている。
これはこれで良い。
会場は野傍の泉池のガラス房が幾つも上から束になっ
て林立し、揺れている。
そして幾つかの円盤状のガラス板が光を通して影の明
暗を壁に奏でている。
吹き抜け2階に上がると、階下のゆらゆら揺れる
「野傍の泉池」と上の「野傍の泉池」が暖気の風に
揺れて光と影が描く小さな泉のように感じる。

2012年サクシコトニ川源泉のヌプサムメム
(野傍の泉池)で挑戦した高臣大介のガラス作品が、
ここで再生された気がする。
泉の雫から泉の池へと。
都市の高層化とともに消えた琴似川の源泉のひとつ。
当時の地形と建物を今に残す旧偕楽園緑地跡清華亭。
その庭に立つ春楡(エルム)の巨木。
かって鮭が遡上し、明治期養殖場もあったという。
その水豊かな地質に立つハルニレ、エルムの森。
エルムの都と呼ばれた札幌。
そしてエルムの学園と呼ばれた北海道大学。
植物園ー伊藤邸ー清華亭ー北大構内と繋がる広大な
緑のゾーンは、大倉山ジャンプ台から見ると墓石の
ような高層ビル群の内にくっきりと緑の運河のよう
に確認できる。
その緑の運河エルムゾーン傍、小さなギャラリーに
ガラスの光と影の揺れる泉池が、今誕生している。

人は自然の猛威・野生と対峙し故里という共生する
自然を創って来た。
それは自然との戦い・対峙から、自然と共生する里・
郷の創造でもあったのだろう。
その共生が今喪われつつある。
この時人はひとりで、何が出来得るか。
ガラスを素材とするファインアート作家が6年かけて
出したひとつの夢の成果が今、野傍ならぬ路傍の泉池
としてここにある。

*高臣大介ガラス展後期「紡ぎあう」-2月6日(火)ー12日(月)
*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日ー3月11日
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

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by kakiten | 2018-02-06 13:57 | Comments(0)
2018年 02月 03日

大介の泉池ー紡ぎあう(6)

毎日せっせと水を降りかけている「野傍の泉池」
軒下の二本のガラス房。
とうとう氷がガラスを覆うようになった。
その間彼が学んだ事がある。
軒下の氷柱は屋根の雪が水源だ。
そこも創らなくては、という発想である。
野上裕之さんの創った鉛の看板にも雪の塊りを
くっ付け霧吹きで水を注ぐ。
すると寒気・暖気交互の日々の温度差でガラス
の房は氷で包まれるようになり、ガラスの房を
氷の房が抱きしめるように包んできた。
氷の水とガラスの抱擁である。
千葉から移住して来た当初、戸惑いとともに
見詰めていた氷柱。
透明なガラス制作を志し、自然の当たり前に
吊り下がる軒下の氷柱に感じたある当惑。
さらにガラスは夏のもので、冬には向かない
という先入感。
そこで冬の氷柱と勝負する気持ちで、敢えて
数百本冬場に制作し窓の氷柱と勝負した十数年
前の器のギャラリー中森。
さらにここでの札幌の原風景、清華亭庭春楡の大樹
脇の枯れた泉池傍で、「ヌプサムメムー野傍の泉池」
を制作し、地の底から湧き出る水の変わらぬ生命力
を自らの生きる力に重ねた経験。
それらが今、異郷の氷柱が対峙するものではなく
抱擁する愛力としてガラスの氷柱を抱擁し一体と
なって夕暮れの光に煌いている。
ガラス戸の内側に3年前制作の「野傍の泉池」
さらに内側には昨年フランスで制作した「野傍
の泉池」。
外に見える氷が衣装のように抱擁し刻々変化する
二本の「野傍の泉池」。
この3っの作品が時を超えて夕陽の光に煌くさまは、
本当に美しい時間である。
ヌプサムメム「野傍の泉池」-高臣大介の”泉池”
が湧き出ている。
人が風土・自然とともに生きるという事。
そこに小さなカルチャー(耕土)、小さなランド(耕野)
が生まれているような気がする。

*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-前期2月4日まで。
 後期2月6日ー12日(月)まで、
*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日
 -3月11日。
*秋元さなえ展ー3月20日ー25日

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by kakiten | 2018-02-03 17:26 | Comments(0)
2018年 02月 01日

氷点の花ー紡ぎあう(5)

今回の個展を象徴するように入口軒先にあるものがある。
二本の吊ったガラス作品。
ライフワーク「野傍の泉池」の二本。
そこに毎日霧吹きで水を吹きつけツララを発生させている。
氷柱と透明なガラスの合体行為だ。
千葉から北海道に移住し根を下ろした高臣大介の生き様を
象徴するような行為・作品である。
会場内の個々の作品にも底部にしっかりした厚さが印象的な
形態が目につく。
泉は季節に関わらず、常温で湧き出す。
環境の相違を超え、今の時今の場所を生きる、彼が感じ到達
した16年目の心根である。
一昨年の結婚。昨年初のフランス・アメリカ展示、そして知
り逢った仏人との友情・第一子誕生・仏人の急死。
広がり深まった世界と作品は、ある結晶を見せつつある。
次週後期<紡ぎあう>インスタレーションの予感とともに、
軒先の溶け氷結する「野傍の泉池」がその序奏を奏でている。

ひとりの表現者が制作し生きる場を求め根付く過程は、世界
の違いを意識し、同時に変わらぬものを自己認識する生きる
基底の耕土・創造でもある。
氷柱とガラスの氷結する合体行為は、150年の移住者の歴
史の透徹した結晶とも思える。
今回アメリカの黄み、フランスの青み、日本の白み。
三色の透明なガラスが宿る世界は、高臣大介の生きる野傍に
湧く泉の光彩の色とも見える。

*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-前期・2月4日(日)まで
 後期・インスタレーション・2月6日ー12日(祝日)まで。
 am12時ーpm7時:2月5日展示替え休廊。
*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月27日
 -3月11日。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2018-02-01 15:50 | Comments(0)