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2015年 09月 18日

ふたつの津波ー花(12)

家に帰りTVを点けると、国会の乱闘場面が人の津波の
ように雪崩れて写し出された。
緑の服の女性議員が前の人の頭越しにダイビング。
無数の手が議長に向かって指を伸ばし何かを掴もうと
氾濫している。
これで議決。

しばらくして一般のニュースの時間。
今度はチリ沖のマグニチュード8を超える地震の
ニュースで、太平洋を越えて日本にも津波来襲の警戒
報道が伝えられる。
今朝はその津波到着の各地の水位情報が延々と続く。

院内の一室を震源とする日本の将来に関わる賛成・反対
の人の津波。
地球の反対側チリ沖を震源として、太平洋を越えて届く
水の津波。
一国内の自衛を超え、他国他衛拡大の憲法解釈変更の地震。
自然という地球の有機的な波及・津波。
一夜にして広い太平洋を越えて届く巨大なエネルギーに
人はどう自衛するか、という人類的課題にもっと向き合う
方が第一ではないのか。
議事堂の一室の地震と地球の反対側から届く地震。
その為の自衛を巡る論争は、明らかに大きな隔たりがある。
国家という人間が線引きした世界と、地球規模でひとつの
有機的な自然界と、どちらを自衛の基礎に置くかを、自然
災害を基準線にもっと謙虚に線引きを考慮すべきだ。
一国家の安全などを持ち出さなくても、多くの自然被災・
戦争被災の難民を率先して救助に自衛隊が働けば、言葉では
なく感謝の心の国際平和に貢献するだろう。
勿論自国の難民からもだ。
そうした自然災害、原発事故、核被災の可能性は、今後も
益々増加し続ける可能性が今は大きいのである。
それこそが国境を越える、真の自衛というものだと思う。
緑の衣装の跳躍よりも、太平洋を越える緑の波頭の跳躍の方
が、より私達に伝える真の自衛の警告と思える。

*佐佐木方斎展「Housai’s Early Works」-10月
 6日(火)-18日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-18 14:33 | Comments(0)
2015年 09月 17日

青空ー花(11)

秋晴れが続く。
しかし地上では、台風・豪雨・河川の氾濫・安保法制の
政局等荒ぶる報道が多い。
海外では中東などの難民のニュースも連日だ。
何かが地球的にも社会的にも、構造が揺籃している。
自然は徐々に変化し、ある時気付けば大きな変動を見せる。
水と火と空気の変動である。
異常気象が異常でなくなり、豪雨・噴火地震・台風の頻度
が増えてくる。
普段穏やかで人に恩恵を与えてくれる透明な存在。
水・光・空気。
それらが開いた恩恵の掌を閉じた怒りの拳に変えて
襲ってくるようだ。
人間はそんな巨大な力の前で、ただただ畏れ避難する。
災害難民だ。
また国家という社会構造の中でも戦争という嵐が避難する
民衆を生んでいる。
国家難民だ。

共通するのは国という故郷、町や村という故郷。
故郷喪失という事だ。
自然災害や戦争という特別な状況だけが強調されるけど、
その元を見詰めれば、光ー電気ー原発に繋がる我々の生活の
根と深く結びついている事が多い。
異常気象の原因とされる地球温暖化も人が多く関わっている。
原子力発電は人間と自然エネルギーの最たる接点そのものである。
戦争や風水害は局地的に特化されているが、その根の触手は
我々の日常と深く触れている。

難民とは心の難民として、胞子のように我々の日常にも沢山
浮遊している。
問えばいい。
あなたの故郷は何処ですか。
変わりなく存在してますか。
変わらず、と答えれる人は何割いるのだろうか。
絶え間なく<移る>行為に追われて、飛脚のような早足で
歩く都会人のほとんどが故郷喪失の難民のように思える。
御札のようにスマホを手に翳し、移るー写る世界だけが目前に
有って、お尻の尾骶骨の下に広がる根を喪失して人間は生き
ている。
移動ー移住ー移民は人間の本性だが、今は動・住・民を希薄に
した<移>だけを拡大し増幅し、やがて<難>がそこに取って
代わる気がする。
難動(動く事が難しい)・難住(住むのが難しい)・難民(
故郷・国を喪失する)。
動と住と民を根とする移るには、それぞれに根が在った。
個人に置き換えれば、それは結婚のようなものである。
愛を得て人の心が動き行動し、一緒に住み、家庭を創る。
家庭は民の基礎である。
民が民族を生み、国も創る。
しかし難は、それらの消去である。
私達の多くは今、緩やかにソフトに難民の潮流にいる。
自然と同様、変化は最初緩やかに始まりある日急速に現実となる。
難民の時代はもう始まっていて、他人事ではなくなるのだ。

+佐佐木方斎展「Housai’s Early Works」-10月6日
 (火)-18日(日)am11時ーpm7時;月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-17 14:21 | Comments(0)
2015年 09月 14日

訪問者ー花(10)

京都からK君の細君Mさんが谷口顕一郎さんと来る。
K君は10年程前札幌を出て京都へ移住した。
5年程前谷口氏の個展が大阪であり、そこへK君が
何度も顔を見せた。
私もちょうど見に行っていたので、会場で会っている。
そしてその時画廊に勤めていたMさんにも会っていた。
帰札後後からK君がその後何度も会場に来ていたと谷口
氏から聞いた。
大学同期のKと谷口、その友情ゆえだろうと感心していた。
ところがその後MさんとK君の結婚の知らせが届き、吃驚
もし、成るほどと納得もした。
昨夜もその話でしばらくからかう。
谷口さんも一緒になってからかっていたが、ふっと思い出す
事があった。
谷口さんの札幌時代、よく某家具店に行くので、不思議に
思い聞いた事がある。
その家具店、なにか美術の展示でもあるの?
後に分かったのは、そこに今の奥さんが勤めていた事だ。
K君の事からかえないしょ!
そう混ぜ返すと、谷口君は大いに照れ笑いし、Mさんも大笑いした。
札幌出立前、個展を開き立って行ったK君。
今も勤務しながら続けている画業。
是非また札幌で見せて欲しい。
それが昨夕のMさんも含めた3人の結論だった。
僕から送る言葉・・・何時までも在ると思うな 親とテンポラリー
です。

東京在住のFさんが一週間程帰郷すると連絡がある。
今展示が無いようなので、行っても良いか心配しての事だ。
水・金曜日は午後3時半以降通院で留守します、水難・金難と
思って下さい、と伝えた。
それ以外はブログ打ちに、郵便物他なんだかんだ用事があるので
毎日来てます。
さらに月曜日は通常定休日なのと通院で居ません。
但し今日のように通院前に在廊する事もあります。
でも基本的に月曜は不在ですとも伝えた。
月曜日は水難・金難に続く女難ですとはジョーナンなので
伝えなかった。
Fさんには見せたいもの、伝えたい事が沢山ある。
Fさんの第二の実家は情報満載なのです。
折角だから、ドイツから帰国中の谷口さんにも会わせたいなあ
と思っている。

*佐佐木方斎展[Housai’s Early time works」
 -10月6日(火)-18日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-14 14:14 | Comments(0)
2015年 09月 13日

珠玉の時間ー花(9)

定刻通り午後3時から始まった加藤玖仁子さんの講座
「対話の試み・私達と芸術」
告知がほとんど行われなかったにも拘らず、用意した
椅子は満席。
伝説の公開自主講座を知る人も何人か来ている。
顔ぶれを見ると全員創作者・作家達だ。
彫刻家、美術家、陶芸家、織物作家、写真家、建築家
等々である。
年齢も性別も職種も様々で、加藤さんの幅広いファン層
の存在が伺える。
普通から言うと少し高額な参加料にも拘らず、加藤さん
の話を聞きたい人が多くいる。
それも全員が現役のクリエーターばかりである。
加藤さんの話は参加者の短い自己紹介の要請から始まった。
加藤さんに初めて会う人、互いに初対面同士の参加者も多く
いたからだ。
「対話の試み・私達と芸術」は、こうして来た人を参加させ
自らの体験を語る形で進んでいった。
講座という1対多数の形で話す加藤さんを見るのは初めて
だった。
1対1の時とはまた違う優雅で柔らかな気品は、さすがと感じる。
加藤さんが貫いてきた生き方・信念の強靭さが、優雅な口調
の奥に凛としてあって、それが芸術・文化を語る生き方と相ま
って心地良いのだった。
何年振りか、いや何十年振りかの、自ら発言して臨んだ公開
講座に最初はやはり緊張と気持ちの高揚がふっと言葉を詰まら
せる場面もあったが、講座は参加者を魅了し、渓流のように
引き締まった流れとなって時は過ぎていった。

私には珠玉のような時間だった。
と同時にこの場への深い愛を感じ、心より感謝である。

*佐佐木方斎展「Housai’s Early times」
 9月6日(月)-18日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-13 13:10 | Comments(0)
2015年 09月 10日

何時だって第一線ー花(8)

瀬川葉子さんの個展の時作品を見終わった後、加藤玖仁子さんが
思いかけず口にした講座の話。
それがこうして本当に実現するとは、短期間だった所為
もあるがまだ地に足がついてない気がする。
先ずは第一歩である。

来月第一週から始まる「Housai’s Early Times」
未発表の色彩だけの若き方斎の最初の絵画作品展。
そして20年の沈黙を経て復活した瀬川葉子さんの見事な掌の中の作品。
この佐佐木方斎、瀬川(旧姓・角森)葉子さんに呼応するように
加藤さんもこの場に加わってくれたのだ。
吉増剛造さんも亡くなった大野一雄さんもそうだが、第一線の人
というのは年齢ではなく、現場への熱い情熱である。
その情熱の見えない有名無名な作家も多い。
有名無名年齢を問わず、現場の最前線に立っているかどうかが、
ジャンルを問わぬクリエイティブな作品価値・魅力に繋がるよう
に思える。

ひとつの渾身の展覧会の始めと終わりに立会い、週三日4,5時間
の通院治療を交え時間的にも余裕無く広報も整えられなかった悔や
みはあるものの、とりあえずの第一歩を踏み出す。
札幌彫刻美術館個展中で帰国滞在中の谷口顕一郎さんも参加してくれ
るようで、世代の違う彼にも加藤さんの豊富な海外経験を吸収して
欲しいと嬉しかった。
そして伝説の加藤玖仁子自主公開講座の記憶ある美術家のTさん、Kさん、
瀬川さんも来て下さるようで心強い。
きっとそれぞれが今を踏まえて、座談のような雰囲気で和やかに講座は
進んでいくだろう。
こうして作家達が多く集まり、真の批評家の長年に亘る研ぎ澄まされた
感性に直接触れる稀有な機会になるに違いない。

*加藤玖仁子講座「対話の試み・私達と美術」-9月12日(土)
 午後3時~参加料3000円。
*佐佐木方斎展「Housai’s Earlytimes」
10月6日(火)ー19日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-10 16:02 | Comments(0)
2015年 09月 09日

加藤玖仁子講座ー窓(7)

世界を股に活動した美術評論家加藤玖仁子さんの講座が
今週末テンポラリースペースで開かれる。
12日土曜日の午後3時から。
タイトルは「対話の試み・私達と美術」。
参加料三千円。

今は伝説ともなった1980年代90年代の自主講座。
道外からに限らず海外からも聴講に駆けつけた講座である。
海外で開かれた時には何百人も集まったと聞く。
故郷札幌に戻りこれまでの活動の資料を静かに整理する
毎日と聞くが、佐佐木方斎の復活、瀬川葉子さんの復活に
刺激されたかのように、今回の講座復活の申し出があった。
個人的には私の円山北町から現在地への移転を、公私に
渡って応援支援してくれ、その母のような優しさには心底
感謝しても及ばぬ程だ。
クリスト初め、アヴァカノビッチ、ダニーキャラバン等の
現代美術を代表する作家たちとの深い交流。
そして現代日本のジャンルを問わぬ優れた鑑識眼からの
批評・発言は、札幌の隠された真の宝のひとつと思える。
今回初めてテンポラリースペースで公開講座を開いて頂く
事は、場としてこの上ない喜びと感受している。
些少で微力なこれまでの継続を、力強く応援して下さる
お気持ちと思いお受けした次第だ。
この公開講座がどこまで継続されるかどうかは、参加する方
と私の今後の自主的努力にかかっている。
加藤玖仁子さんという宝を、今後さらに磨くも磨からずも
参加するわれわれの今を問う姿勢ひとつに委ねられている、
と思っている次第だ。

多くの人の先ずは第一回への参加を呼びかけます。

*加藤玖仁子公開講座「対話の試み・私達と美術」-9月12日(土)
 午後3時~参加料3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-09 11:50 | Comments(0)
2015年 09月 08日

水の旅ー花(6)

空から雨となって地上に落ち、時に地中深く沁みいって
見えない旅を何年も続け、時を経て地表に溢れ出る。
泉となり、川となり、すべての水の母体・海へと帰る。
そしていつか再び熱い光の力で蒸気となり空へ。
水の移動・移住・移民。
ヌプサムメム(野傍の泉池)を見た幻は、長い水の旅の
束の間の幻景と同じものだったのかも知れない。
人の創り出す幻実世界。
それを芸術・美術と呼び、人間の第六の感覚・霊感の為
せる第六の身体・創造作品と思う。

人も水もすべての有機的な生物は、移動・移住・移民を
続け、その過程で風景を造りだす。
生命の縦軸・横軸が交叉して、森・丘・野そして山。
人間は結婚し家族を作り、時に移動し移住し新たな家庭
という移民となる。
遠い昔アフリカ大陸で誕生したという人類の祖先は、移動
と移住を重ね多くの地域に散らばり移民の国を作った。
しかし現代はどこかでその歯車がずれて来ている。
動・住・民の根が細くなり、移る事が増幅された難民の
世紀となっている。
中東で日々起きている難民の状況は、私達の日常にももっと
柔らかい構造で同じ質の状況があるのだ。
野傍の泉池と呼ばれた清華亭・偕楽園緑地一帯。
その泉と緑のエルムゾーンは、泉も枯れ森も川も消えて
かって鮭が遡上したという面影は喪われた。
そしてその近くに新幹線の新しい駅が移動してくる話も浮上
している。
ヌプサムメム(野傍の泉池)は何時か難民となって、住と動
を喪い地中深く何処かに消えてしまったのだ。
水も人も本来は、移動・移住・移民のプロセスの中で、美しい
風景を創り出す存在だ。
個としていえば、人間個々の愛の風景であり、水は泉・川の
風景である。
その移動・移住は決して難民とは違う移動であるからだ。
泉が池となり、時に湖となるように、それはまた美しい移民と
いえる水の移住なのだ。
人もまた同じである。
しかし<住>と<民>を喪った水は、難水となって風景を破壊
してゆくだろう。
一見穏やかな私達の社会風景も、その内側で心の難民風景が
加速化しつつ進んでいるように思える。
それは僅か百年にも満たない間に、野が泉が消失している事と
無縁ではない筈だ。
子供が乗り物の窓の外に喜ぶように、移動にも固有の風景がある。
移住にもそこに住む事で生み出される固有の風景がある。
移民には個的には家庭の風景があり、民族としては固有の文化
の風景が生まれる。
難民・難水は、非常時の混乱した風景しか生まない。
私達の日常は、混乱前の困乱を押し隠した同じ表情の画一化の
流れにあるかに思える。
水の流れが直線にショートカットされれば、水の表情は一見穏やか
だが同一方向に直線で流され、そこに固有の風景は喪われて画一化
された均一の風景が広がる。
移る事を主にして、根の動・住を失った水は、その川独特の風景
を育む水の<民>を喪失して、ただの大地の危険な亀裂直線でし
かなくなるだろう。

「Water Falー花とガラス」展が表出した風景は、かって
存在したこの地の野傍の泉池の風景であると私は思う。
その幻は、かってそこをテーマに表現の原点を感受したガラス作家
高臣大介の思いと、かってその一帯近くに住み青春を送った花人
村上仁美の見えない力が加わって顕在化したものだったと思う。
それぞれの移動・移住・移民の心の風景が見えない野の泉を生んだ
のだ。

私達は梯子を上り腰掛けて、足下の野の水・泉を見るように見詰めた。
まるで幼子が車窓の動き消え去る窓外の風景を見るように、心躍らせて。

+加藤玖仁子美術講座「対話の試み・私達と芸術」-9月12日(土)
午後3時~受講料3000円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-08 14:20 | Comments(2)
2015年 09月 07日

消えた泉池ー花(5)

搬出日の午後テンポラリーへ来ると、すでにガラスの
搬出は終わって、植物素材のみが揺れていた。
ヌプサムメムー野傍の泉池は消えていた。
2012年2月清華亭とテンポラリースペース。
阿部守氏とのふたり展で初めて試みられた高臣さんの
「あふれでる」シリーズ。
水滴のような波頭のような透明なガラスの房。
その深化した作品が今回花人村上さんの花の根が加わる事
で、野の泉・流れを空間に現出させたのだ。
水の根、花の根が創りだした地中の世界。
そして埋められ消えた野の泉が再び現実に戻って会場がある。
あの水の根・花の根が幻出した空間はやはり幻だったのか・・。

そんな気持ちで片付けられた場に立っている。
これもふたりの展示の続き・・・。
見えない風景こそが幻実だ。

今日はこれから透析治療。
私は私の体内地中の見えない泉を守らねばならぬ。

水の根ガラスの高臣大介さん、花の根花人村上仁美さん
有難うございました。

*加藤玖仁子講座「対話の試み・私達と芸術」ー9月12日(土)
 午後3時~受講料3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-07 14:35 | Comments(0)
2015年 09月 06日

「Water  Fall」展最終日ー花(4)

村上仁美・高臣大介展「Water Fall-花とガラス」
も今日で終わり。
多分ふたりの作家は創りあげた空間に達成感を保ったと思う。
見る人はどうであったか。
それは分からないが、多分ふたつに分かれる事だろう。
それはひとつには、ふたりの生業との関係がある。
お花屋さんとガラス屋さんである。
そこから用としてのガラスの器、用としての綺麗な花を見よう
とする人は不満のようだった。
もうひとつはふたりのガラスと花が創りあげた空間を純粋に
ひとつの作品世界として感じる人である。
その作品空間をひとつのものとして、ガラス・花として分離
せず見る人は満ち足りた表情をみせる。
従って今回の展示は、花とガラスによるインスタレーション
でもある。
終われば作品世界は、ただの素材としてバラバラになり、この
場の空間世界は何も見えなくなる。
見る人には、この世界を上から下から逍遥した経験だけが心に
残る。
本来作品経験とはそうしたものではないだろうか。
普段見えないものが見え、感じる経験。
見る人だけではない。
作家自身も普段見えない自らの根の世界を表象したのだ。
花の根、水の根、そして光の根。
その回路がそれぞれの花でありガラスであって、ふたりが見る
主題への素材だった。
ふたりが2×1=2というテーマを1とする二人展をした所以
である。
その目的は充分達せられたと私は思う。

知人友人として個々の思いから会場に足を運ぶ気持ちは別にして
、一つの世界・ひとつの希有な空間として立ち会えないなら、それ
は寂しい事だと思える。

*村上仁美・高臣大介展「Water Fall-花とガラス」
 9月8日(日)pm7時まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-06 19:18 | Comments(0)
2015年 09月 05日

立つという事ー花(3)

人間は動物と植物の両性類なのかもしれない。
植物は主としてその場に根を下ろし空へ立つ。
動物はゾーンとして横に縄張りを保ち移動する。
軸で言えば植物は縦軸で、動物は横軸である。
人間はその両方の行動性を持っている。
そして現代社会は動物的横軸のスピードが主たる世界だ。
横を縦にしただけの高層ビル群もまた同様の構造だ。
長い人類の歴史を見ても、それは移動と移住・移民の
歴史でもある。
現代は特に災害や戦争の難民という望まぬ悲惨な
移動も多い。
しかしそれだけではない。
都市社会の中では、情報も日常も横軸のスピードに
流されている。
街の風景も郊外の長閑だった風景もあっという間に
変わり、時として以前そこに何があったか戸惑う程だ。
その場所に根を降ろした風景が消えている。

今回の「Water Fall-花とガラス」展の隠されたテーマ
は、<根>の顕現という事だろうと、私は思っている。
根という字は語源が踵(かかと)からくるという。
身体の立つ根が、踵なのだろう。
そうしたフイジカルな<根>の他に、もうひとつ心の根
というものもあるのが人間だ。
それは移るという横軸だけではなく、動くを根とした移動
であり、住むを根とする移住であり、民を根とする移民
という横軸と縦軸の交叉する人類独特の世界観だ。
移る現象が今は主流となり、根の<動・住・民>が希薄に
なって世界は息苦しい隘路の途上にいる。
その地に根を張った生き方、その地に根を下ろした風景。
それらを追求し守るのがもうひとつの心の踵(かかと)根
としての人間的行為であるだろう。
その意味で人間の動物的側面ではなく、心の踵を精神と
して問うという事は今非常に大切な一歩の行為だ。
その鏡となるのは、自然という水・光・空気に根を降ろす
世界である。
今展示でそれは、植物の根であり、水の根ともいえる泉
でもあるだろう。
ガラスはあたかも水と光と風のように存在し、花は多くが
蔦・枝・蔓となって<根>の世界を表現している。
「滝」ではなくあえて「Water Fall」をタイトルとした真意
は、表に顕在化した花や泉の根の世界を表現する意思
がFallという見えない世界への触手の言葉としてあるか
らだと私は思う。
地中を流れる伏流水。
地中でその水を求めて伸びる根の先。
それらが泉となり川となり花となって地上に顕在化する。
目に見え移りゆく美しい<移>の現生を継承する。
しかしそれらは地の世界で、<動>があり、<住>があり、
そして類としての<民=集中>がある。
水にもそれぞれの源流となる山があり、そこに咲く花の
原生地がある筈だ。
水と花の根の原点。
風景の原点、風景の根の世界。
その世界をふたりの表現者はそれぞれの手段・表現で
創り上げようとしている。
従って今回の二人展は、村上and高臣の並列な二人展で
はなく、2×1の1が創り上げたひとつの空間世界なのだ。
それぞれが生業をガラスと花の世界にに身を置きつつ
その華やかな表の流通世界とは違う陰の根の世界を表現
として顕在化した。

花の根、水の根、人の根、場の根。
それらが一体となって見飽きない美しい風景を創造している。
花とガラスで心の踵(かかと)・風景の根を創ったね・・。

*村上仁美・高臣大介展「Water Fall-花とガラス」-9月6日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-05 12:32 | Comments(0)