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2015年 07月 12日

気温30度ー窓(4)

夏日続く。
南の海に発生した3っの台風の影響だそうだ。
帯広35度というから、空気の流れは台風で
大きく変わる。
台風は地球の内出血を引き起こすみたいだ。
左手甲の青黒く広がる痣を身ながら、ここ皮膚
下でも台風のように血が溢れて氾濫しているのだろう
と思った。

昨日から札幌彫刻美術館で谷口顕一郎「凹みスタディ
ー札幌」展が始まった。
オープニング招待もあったけど、火曜日山田さんと
一緒に行く約束もあったので失礼する。
多くの人がいる時は作品があまり良く見れない事もある。
午後早速展覧会を見てきたA氏が来る。
人が大勢来ていて谷口さんとは話出来なかったが、奥さん
の彩さんとは会場で話しできたよ、という。
作品は素晴らしく、映像の制作ドキュメントはゆっくり
と見れて、感銘を受けたと語る。
そこへオープニングセレモニーを終えたケン&アヤさん
が来た。
明日アヤさんはドイツへ帰国するという。
ヴィザの関係で期間が限定されるらしい。
谷口さんはアーテイストヴィザなので、扱いが違うという。
夫婦なのに面倒なものだと思った。
明日の準備もあるので、ふたりの為に急いでクリストとジ
ャンヌの古い録画を見せた。
以前見たいなあと言っていた事とこれから作品はふたりの
名前で発表するかなと言っていたからである。
ケン&アヤの凹みスタディ。
好いねえ、是非いつかそうして欲しい。
そんなエールを籠めて古い教育TVのヴィデオを流す。
クリストとジャンヌが二人で出演して自作と生い立ちを
語る番組だ。
ふたりが交互に若い色んな国からアメリカに来ている学生
たちの質問にも答えている。
東欧に生まれ若い時パリに脱出しアメリカへ来たクリストの
国境概念が作品の基本にある事が良く分かる。
それが生きる上でも、芸術と夫婦という区別をなくし、共に
作品と関わるという共同作業を生んでいる。
そう学生の質問に答えた時のジャンヌの表情が印象的だった。
時間が無くなり終わり少しを残してケン&アヤが帰った。
帰り際アヤさんが、見れて良かったわ、と笑顔で話してくれた。
それとお体くれぐれも気を付けて・・と真っ直ぐ見て心配して
くれたのが心に残った。
今度何時会えるか分からないけど、いつかケン&アヤのサイン
の作品を見れるのを楽しみにしている。

*瀬川葉子展「FILE」07月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時;月曜定休。
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-07-12 15:24 | Comments(0)
2015年 07月 11日

傷だらけの・・。ー窓(3)

動脈への注射針注入位置が違って何度もやり直す。
最後は手首に近い場所に固定し透析は終わったが、
この場所は血流が勢いあり、直ぐに血は止まらない。
内に滲み出た血が皮膚を腫らせ、翌日青タンのように
なって左掌甲の皮膚が黒ずんでいた。
左腕には失敗した注射の針跡を止血した絆創膏が五つ。
今迄で最高の数だ。
今朝の傷だらけの左腕・左掌の風景だ。
痛みは全然ないけど、内出血のような状態なのだろう。
ベテランの看護士さん3人でも見えない血脈に迷い間違
える事もある。
血管が立派過ぎて、と言い訳のように言っていた。
腎臓機能を代行する為に新たに縫合した動脈・静脈が
川の流れを変えるように、新しい血脈を生んでいる。
本流と支流のように交差して皮膚の下に流れているから、
本流を探し針を注入しなければ、支流では血の流れの勢い
が弱く途中で役に立たなくなるのだ。
血管が立派過ぎて、と言うのはその新たな血脈の事である。
まあ、逆にいえばそれだけまだ血管が若いという事だろうと
思い、黙って聴いていた。

水難・金難の昨日金曜日の通院日の話。
隣左右のベッドの患者は、通院20年と24年のヴェテラン
で、注射ミスは最高7回と言う。
ひとりは少し年配の女性で、もうひとりはダンデイーで長身
の30代後半の男性だ。
偶然ひとりは行きの電車で、ひとりは帰りの電車が同じで、
会えば軽く会釈をする。
まるで動脈と静脈のように、流れの行き帰りである。
終了時間はそれぞれが違う時もあるので、いつも会う訳では
ない。
4,50人もいる治療室で行きと帰りに両隣の束の間の隣人
と遭遇するのも何かの縁だ。
通院の両先輩にこれから色々傷だらけの人生の教示を仰ぐ事も
あるだろう。

+瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-07-11 14:31 | Comments(0)
2015年 07月 10日

吊り革の位置ー窓(2)

地下鉄や路面電車の吊り革の位置が変わったという。
当初は電車の進行方向に合わせていたのが、窓の方を
向くように位置変更されたらしい。
乗った人がみな窓の方を見て立つからという。
都市のインフラ構造と個のプライバシーという構造が
この吊り革の位置にも顕われている。
個人空間と都市の公共空間という構造の差異でもある。
路面電車はまだしも、地下鉄ですら、外界の消えた車窓
を向いて立つ人の心理はもう本能に近いものと思う。
トンネルの壁が続く地下空間で、今はスマホの掌の画面
が、窓外の代わりをしているのかも知れない。
スマホの存在は、心の内臓のように外と繋がる毛穴・皮膚
の役割を果たしている。
内臓を取り囲む筋肉や皮膚という境場を透過して、体外の
光や空気・水と触れ吸収し、内臓は外界と交感する。
動く箱に閉じ込められ運搬される人間も、窓を通して外界
を無意識の内に求めているのだ。
進化したケイタイはスマホという皮膚・毛穴のように外界を
繋ぐ存在となり、その内本物の外界は都市構造から消去され
、同じ方向を見る直線のインフラに侵食されていくのだろう。
それぞれがそれぞれの窓を保っているような、吊り革の位置
転換が変革の思想として生まれれば、世界はもう少し豊かな
ものに生まれ変わるかも知れない。
個々が流れる車窓の風景を呼吸し自由になる個の時間。
他の見知らぬ他者と共に立ちながら、ひとりの視線の自由に
いる窓口は、本来の人間の存在様式だと思われる。
目は心の窓。
皮膚・毛穴は身体の窓。
五体五感は五臓六腑の内臓の窓口なのだ。
都市のインフラ構造と人の個の構造は時に相反して、多数統御
と個別性自立の相克・対峙ともなる。
たかだか吊り革の位置だけの事だが、そこには文化と政治・経済
の宿命的な磁極の対峙もあるのだ。
そしてその対峙が時代のエネルギー・磁場として時代の文化を生む。
同じ窓口に見えても、窓はいつでも個々に向かって開いている。
個々の窓が開いて初めて、人は外界と他者に優しく自由になれる。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-07-10 13:21 | Comments(0)
2015年 07月 09日

空澄んでー窓(1)

気温が上がり青空広がる。
昨日までの爽秋のような空とは違う。
初夏の陽射しである。
東京・下北沢で文月悠光さんとの対談を終えた山田航
さんが来る。
この日の夕刊に掲載されたモノローグ紀行東屯田通り
を歩く、を持って来てくれる。
活字職人酒井博史さんの案内による探訪記だ。
この町の皮膚の隅々まで知り尽くす名案内人だ。
映画館、市場、喫茶店と緩い坂道の通りに昭和の生活
の匂いが漂っている。
それら町のコアとなった市場も映画館も、もう今は姿を
消して、バブル期に建てられた高層マンションや空き地
も点在する閑散とした裏通りだ。
<住>という生活の根が細くなり、食や娯楽も町のコア
としての存在を喪失してきたからだ。
住む人の顔が見える町から、住の切り身パックのような
高層ビル住宅へ時代は変わり家の屋根も消える。
店先からそこに生活している住民の顔が笑顔とともに消えて、
、屋根の見えない壁の直線が辺りを見下ろす。
多分住む人も寝泊りする以外の生活の顔は見えないのだ。
住む人の顔が家並みや物と有機的に繋がって、人と物が緩や
かに町を形成していた記憶が、界隈を束の間甦らせる。
活字職人として、印刷や印鑑を通じて町と深く関わってきた
酒井君の語りには、滋味がある。
今40歳前の彼の青少年期に刻まれた町・通りへの愛借である。
坂の少ない札幌中心部で、微かな傾斜の続くこの通りを坂下
と呼んだ住人の皮膚感覚は、住んでいた人間のリアルな触感
が生んだ表現だ。
僅か何百メートルしか離れていない場所で生まれ育った私に
はない、通り・町への触感である。
大きな寺院や神社に映画館、そして市場に商店街が通りのコア
としてそれぞれの場処(町)に在ったが、今はタワー系の巨大
建造物が高層へと吸引し、その前の広場がプラザと化して囲い
込む構造へと変質している。
通りから人の顔と家屋の屋根が消えて、地下の内壁と表の外壁
が通りを遮断し、プラザとタワーが消費を主として人を囲い込
むX番街に取って代わって来た。
私は駅前通に生まれたが、駅というコアはJRタワーとなって
もう駅前という通りは無くなりつつあり、国道36号線という
車道の呼び名そのものになりつつある。
商品と店舗のブランド名が溢れる通称チカホー地下歩行空間に
地下街が発達し、人の多くは住を郊外やマンションに変え、
人の住み生活する00通りは東屯田通りが中心部最後の通りだ
ったのかもしれない。

屋根が見えその屋根の下に住む人の顔が見える町に、通りは
活きていた。
そして家屋もまた人と共生し歳月を重ねた。
そうした自然の家屋を今は古民家と呼び、和洋問わずロマンの
対象ともなっている。
昔私が初めてアメリカを訪れた時、摩天楼を脱出しショッピング
モールへと歩く店舗街の復活を目指した思想の底流が日本にも
やっと始まりつつあるという感じもある。
それはアメリカと違い、郷愁の情感を帯びた昭和浪漫・大正浪漫
への憧れでもあるだろう。
この去り行く時代への感傷とも見える感性が、ある劇的でラデイ
カルな思想を形作っていくなら、高層ビルの立ち並ぶ摩天楼を
捨てヒューマンスケールの2階までの高さを求めショッピング
モールを創ったもうひとつのアメリカの思想が生まれるかも
知れない。
日本は日本ならではの遣り方で、門前町や寺前町、停車場通りに
00通りを今に再生すれば良いのだ。
その場合かっての寺社や仏閣・駅に代わりうるコアを生む事が
出来るかどうかが、ポイントだ。
多民族移住者国家であるアメリカは、アメリカンドリーム・富
即ち物質主義が夢であったからショッピングモールのような
摩天楼脱出のヒューマンスケールの思想がコアとなり得ただろう。
日本には伝統的なモールが長年存在し、急な変化ーアメリカ化
摩天楼化・ショッピングセンター化に対し以前の町の郷愁に耽る
感傷の今がある。
今は未だそうした時で、酒井君のような感性が真にラディカルな
思想となって顕在化した時、街は再び変わる事だろう。
そしてその思想の根幹は、政治・経済・文化・芸術の根本に関わ
る我々共通の人間的課題だと思う。
浪漫で感傷に耽っている時ではない。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時;月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-07-09 15:01 | Comments(0)
2015年 07月 08日

風吹いて晴れー屋根(32)

少し冷たい風吹いて、青空。
清涼な光降る日。
20度前後だろうか、湿度の低い札幌独特の夏だ。
テンポラリースペースの家屋は毬藻のように緑に
包まれている。
今は尾道に住む彫刻家の野上裕之君とみんなで
刻んだTEMPORARY SPACEの木の看板
が蔦に覆われてPAしか見えない。
8年前は細い蔓しか這ってなかった蔦が伸び伸び
と成長し家屋全体を覆っている。
人と共生する植物の力だ。

佐佐木方斎さんが来る。
絵を描く切っ掛けとなった最初に描いた色彩だけ
の作品が今も未発表で家にあるという。
これを最近久し振りに出して改めて美術の世界に
飛び込んだ自分を見つめ直した。
これを来年と言わず今年もう一度展示できないかと
言う。
長年放置していたので、ひび割れや剥落もあるが、
それはそれなりに残すものと修復するものに分け
出来るだけ在るがままで、展示してみたいと言う。
数学を選び北大に入学した方斎が、美術の世界を
志した最初の作品群である。
今この時期これらの作品を見直すのは、自分自身
の原点を彼自身が見直し発見している途上にある
からだろう。
昨年一昨年とかって発表された初期作品「自由群」
「格子群」を色彩だけで再構成する新作をここで
発表してきたが、さらにそれ以前の色彩と関わった
原点ともなる作品群があるというのだ。
長年の引越しや移動に耐えて、捨てられずに残った
20点程の作品は、それだけ作者にも愛着が濃い
ものだったのだろう。
それらを最低限の修復で、在るがまま見たいという
のは、今の彼には切実で心底な現在と思われた。
どんどん原点回帰を芯化させているな、と私は思った。
彼の代表作「格子群」「自由群」「余剰群」はともに
彼の理学系な感性が構成した作品である。
しかし絵画への本当の出発点は、色彩への関心・憧れ
がそこにあったからだ。
その時期描き溜めた作品群は未発表のまま今日まで
収蔵されていたのだ。
今その作品たちを陽の目を与えたいという気持ちは
私なりに理解できて、私自身も一度纏めてみてみたい
と思えた。
この場所の蔦の記憶とともに始まった佐佐木方斎との
付き合いも、とうとうこの最初にして最後の原点との
付き合いまできたと、ある感慨を禁じ得ない気がする。

蔦が最も紅く染まる晩秋にその時期を設定した。
これも蔦と同じ運命かも知れない。
そう思ったからだ。

+瀬川葉子店「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時;月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-07-08 14:57 | Comments(0)
2015年 07月 07日

雨降る日ー屋根(31)

朝いつもより早く目が覚めて、テンポラリーへ。
朝のラッシュ時で地下鉄車内は満員。
下車に備えてだろうか、出入り口のドアーを向いて
スマホ片手に覗き込む横列が立ち並んでいる。
地下の見えない車窓をスマホの掌窓が代行している。
まるでお守り札のように前に掲げている。
世界はそこにしかないかのように。
物流と消費の都市の時空構造が、人を電波の枝道・仲通り
へと誘うのか、掌の画面の中に漂い自涜している。
スマホの掌窓に映る外の世界と自分という私世界。
本当の目の前の人はウザイ存在で意識からシカトし、ここ
は出る駅口を待つ仮の居場所に過ぎない。
新幹線やリニアモーターカーはトンネルが多いというから、
この地下鉄の人の在り様はきっとそれに近いものになる。
自分以外の外界は遮断された向こうの存在となり、より早く
目的駅に着く為の捨象の存在になる。
そして運搬車両を出れば、高速車両と同じような速度重視の
飛脚のような早足速行でエスカレーターを駆け抜ける。
好むと好まざるに関わらず、都市のリズム速度が人のリズム
速度となっている。
だから停まっている時間は、スマホの電波の窓を覗き指先ひとつ
で窓外をくるくる変えるのだ。
自分以外の遮断された人・物・風景は、ここで情報として指先
でスムースに選別・捨象が進む。
物流のエネルギー速度増幅・拡大で、人はより速くより遠くへ
世界は広がっているかのようだが、人そのものの五体五感は逆に
過疎化し三体三感以下に縮小しつつあるかのように見える。

出口のドアーに向かいお守り札を翳し一列横隊に並ぶスマホ群団
を見ながらふっと思った今朝の光景だ。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-07-07 11:56 | Comments(0)
2015年 07月 05日

俯瞰する(Ⅱ)ー屋根(30)

空からの広い俯瞰に触れて、やはり内なる俯瞰を思った。
以前から気になっている身体宇宙である。
身体全体を表わす言葉ー五臓六腑・五体五感。
内部五臓六腑と外部の五体五感。
五体とは、頭・頸・胸・手・足。時に両手・両足・頭。
五感とは、視・聴・嗅・味・触。
五臓とは、肝・心・脾・肺・腎の各臓器。
六腑とは、大腸・小腸・胆・胃・三焦・膀胱。
因みに三焦とはリンパ腺の事をいう。
五体五感は外部世界へと開かれ接触し、五臓六腑は
内部世界を繋ぎ司る。
そしてそれらは相互に交感し連係を保っている。
外部からの情報や外部への働きかけを五体五感が担い、
そのエネルギーの源を五臓六腑が担っている。
内・外が密接に繋がっていて、そこに内・外の国境は
有機的には無い。
対する外界が回路としては相互不可欠なものとして
共有されている。
多くは生命の元となる空気・光・水そして食物である。
ここで私が気になったのは、脳の存在だった。
何故脳が臓器としてないのか、という疑問だった。
そこで五臓という言葉に気付いた。
六が無い。
そして第六感という言葉に思い当たった。
第六臓器は脳ではないか。
すると全体が第六感を入れて六で揃う為には、第六体が必要だ。
では第六体とは何かと考え、脳や第六感という創造力が生む第六
の身体・創造力が生むものを思ったのだ。
人間のファインな能力が生む作品ー芸術・文化の創造物だ。
これが揃って、六臓六腑・六体六感の総体は十二の宇宙となって
時間という見えない世界を顕在化していくように思う。
接する世界が内・外であれ、そこに分断するような境の線引き
は希薄である。
深い回路が内外を回流して、その境は豊かな密度に満たされ
ている。
相互不可侵の天と地、海と空のような関係なのだ。
時に稲妻がインスピレーションのように海を活性化し、海は
水蒸気となって空へ雲として立ち上る。
そこに空気という界(さかい)が、海・空を媒介してゆく。
界という世界は、断絶の境ではなく繋がる回路としての界(さかい)
なのだ。
身体もまた、そうした有機的な構造で出来ている。
皮膚を透して光・空気・水を透過し、内・外を繋ぐ。
五臓六腑・五体五感もまた然りである。
その五臓六腑・五体五感にファインな六の倍数・十二の時空を
俯瞰-する力こそが、人間の体内から生まれるもうひとつの宇宙
なのだろう。



*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時;月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-07-05 15:17 | Comments(0)
2015年 07月 04日

俯瞰するー屋根(29)

谷口顕一郎さんがふらりと来る。
11日からの札幌彫刻美術館での個展を前に少し
時間が取れたという。
ひょうひょうとして変わらないが、話していてある
成長に気づく。
札幌と同時進行の宇部市の芸術展出品の作品制作に
話が及び、その制作動機を聞いた時だ。
宇部市の航空写真を見て、その郊外の緑と都市の
境目を拡大してトレースし作品の原型にしたという。
道路や壁の亀裂だけでなく、都市と自然の境を素材に
したという俯瞰する視線・視座が面白かった。
自然の野生と人間が共生する境目が、俯瞰した航空写
真で凹み・亀裂と捉え、作品の素材とした点が、従来
にない成長と思ったのだ。
人間と自然の間に生まれる自然と共生する世界。
荒々しい野生ではなく、人と共に生きる優しい自然の
ゾーン。
その境界を美しい、面白いと感じたからこそ、作品の
素材となったのだろう。
その点が成長と感じたのだ。
現代は科学技術の進化で、その境はもっと直線的に
鋭く分断し自然を切り開くだろう。
だがかっての村造り、町造りは、もっと自然に寄り添い
畏れながら人間の住む領域を形成していたと思う。
宇部市の航空写真に顕れた緑の山・森との境は、きっと
そうした自然と人間の共生する美しい界(さかい)の
形象だったに相違ないのだ。

私はふっと大倉山ジャンプ台から写した札幌の写真を
思い出していた。
林立する無機質なビル群の中に、緑の線のように南北に
伸びるゾーンが写っている。
緑の運河エルムゾーンである。
伊藤邸高層ビル化反対運動を提唱した頃見つけた写真で
この俯瞰した写真に地上を足で歩いて感じたものが、一
目で判ると感心したのだ。
そこに昨日の報道では札幌駅よりさらに西300mの処に
新幹線の新駅を造ると報じられていた。
正にこのエルムゾーンの伊藤邸ー偕楽園緑地跡ー清華亭
の連なる緑の運河の線上に当たるのだ。
この近辺に某有名菓子メーカーの札幌本店も近々開店と
いうから、その筋ではもうすでに新幹線効果を予測した
再開発が計画されているに違いない。
札幌駅から僅か数百メートルの近さに広がるかっての
湧水と川・森の記憶。
植物園から北大構内に繋がる緑の運河エルムゾーンと近代
を代表する建築物のゾーンを最終的に分断する新幹線駅口。
谷口さんが宇部市の航空写真で感応した美しい境の在り様
とは逆の直線の分断は、共生する界(さかい)とは正反対の
質のものである。
何故そんなに性急に速度を上げ途中を消去し直線化するのか。
豊かで優しい共生する境界がどんどん喪われて逝く。

広大なかっての自然を残す伊藤邸は高層ビルとなり、新幹線駅
前プラザとなって、植物園や偕楽園緑地・清華亭ー北大構内と
広がる自然の起伏に満ちた地形は分断され平坦化されるのか。
消費の量と速度が支配するプラザとタワーの構造都市は、通りを
消去し屋根と空を消去し、速度だけを増加していく。
優しい界(さかい)が剥ぎ取られ、剥き出しの烈しい際(キワ)が
露わになって、人を険しく攻撃的な歩行へと導く。
きっと自然もいつか荒々しい剥き出しの野生に還り、人間に襲い掛
かってくるだろう。
そんな気がする。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

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by kakiten | 2015-07-04 15:25 | Comments(0)
2015年 07月 02日

内臓妄想ー屋根(28)

最近五臓六腑に手・足・頭という感覚気管が外に生じ
動いている妄想が湧く。
内臓の外との接触気管が外形を造っていると。
時々その考えを人に当て嵌めて、あいつは直腸系とか
胃腸系とか思ったりする。
身体の奥深く内蔵された臓器たちの外との回路に、手
足頭部が港として開いている。
そのアンテナの航路の港は五体五感である。
五臓六腑の12番目六臓が脳であるとすれば、五感の
次の第六感がそれにあたるのだろう。
脳波のインスピレーションだ。

背中の肩の辺りが父親似だねとか、耳の形がねとか、
外形の部分が親族と似てると指摘される事がある。
顔は勿論だが、外に露出している肉体は内なる臓器
ともっと繋がって在るに違いない。
現象ー実体ー本質の三段階理論に拠れば、実体と本質
は、即目に見えるものではない。
内臓と生命もまた然りである。
即は見えないけれど、本質に繋がる実体として現象化
する見え方がある。
それが肩の形とか耳の形とかいう言い方になると思う。

身体の在り様の構造は、生きた哲学のようだ。
世界との関わりを最も精緻に具現化し、内蔵された臓器
たちは、五体五感のアンテナを外へ張り出している。
そして第六感という目に見えない感覚は、創造物という
第六の形体を人に与えているのかもしれない。
第六感・第六体は文化という人間固有の創造でもあるだろう。
六臓六腑・六体六感。
内・外十二の神将は、生命という釈迦を守って生きている。

内臓妄想は神話のようになってきた・・・な。

あっ、久し振りに訪ねてきた岩内のO君が、大腸のように
見えてきたぜ。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
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by kakiten | 2015-07-02 15:01 | Comments(0)