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2015年 05月 16日

二つのうたー斜道(30)

夕刻通院前のひと時、及川さんとのライブを明日にひかえた
山田さんが来る。
明日のライブの歌原稿を見せてくれる。
及川さんの詩、山田さんの詩だ。
これらがどんなメロディーとなって声を発っするのだろう。
滔々と流れる石狩川のように人と時と場所の流れが、そこに
立つ二本のポプラの垂直な縦軸と交わり、ジャンル・年齢・
性別の横軸を超え交差する。
移動・移住・移民の<移>ばかりが増幅増殖して、現代は
難動・難住・難民と、<難>という<×>が<移>を侵食
している。
難を逃れる為に<移>には<動・住・民>という主体を孕ん
でいたはずだが、その根の軸を枯らして移は難に変わる現象
が浮き出ている。
都会漂流、限界集落、故郷喪失、国家崩壊難民増加。
移るが漂流となって、動・住・民という主体性の根が細くな
っている。

茨戸に立つ二本のポプラを主題とする事は、この世界の根を
見つめ直すという事だ。
遠い中東の難民だけが難民なのではない。
地震・津波・台風のような天変地異だけに留まらず、私達も
心の漂流・難民の現実を時に柔らかく抱えて生きている。
その現実と如何に向き合い闘うか。
その一点に現代の動・住、そして民という国・族の意識の
ランドへの意識化がある。
移り変わるという現象は何も今更始まった事ではない。
古来移り変わるものは移ろう浮世として意識されてきたのだ。
ただ現代はそれが過速度で急速である。
浮世と達観できるような緩い蛇行の感慨をもつ余裕も無い。
すべてにおいてショートカットされ直線化が優先される。
川も道も建物も都市構造そのものも。

物流の利便性に集中される現代のショートカットの直線性と
生命の有機的な流れは同じ速度では有り得ない。
その象徴があの二本のポプラの立つ風景なのだ。
私はそう思って二つの歌を聴く。

+及川恒平・山田航ライブ「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円。
*佐佐木方斎展「Primary Painting」-6月2日
 (火)-14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-05-16 13:55 | Comments(0)
2015年 05月 15日

心・交差点ー斜道(29)

色んな人たちから、暖かい誕生日のメツセージを頂く。
こんな老骨に有難く感謝する。
山田航さんが来て道新連載の最新モノローグ紀行を持参
してくれる。
今回は月形樺戸監獄博物館と北斬寺訪問のエッセイとそこ
で読んだ歌である。

 罪が傷のように癒えればいいのにな剥がすのが早すぎた
 かさぶた

このお寺に寺宝として保存されている熊坂長庵の弁天図。
長庵は冤罪の疑いがあつた人らしい。
ひたすら獄中で絵を描いていたという。
その長庵を悼み歌った一首。
前後の文脈を繋ぐ<な>の一文字が過去と今を繋ぐ、きらり
とした秀作と思える。
時を結ぶ裏打ちのような<な>だ。

鈴木余位さんから送られてきた今月末まで開催中の横浜美術館
石田尚志展トークショウのヴィデオを、山田さんと見る。
吉増剛造さんと石田さんにもうひとりのゲストが加わり
石田・吉増の映像も交えたトークだ。
ふたりの長い交渉史が今に繋がる稀有な対談の感がある。
出会いから始まり、吉増さんの進行中の傑作大草稿「怪物君」
と、石田さんの映像作品への向き合い方。
その中でフイルムの裏から表への視座が、ふたりの共通視座と
して何度も語られた。
内臓言語だなあ、と興味深く見入っていた。
その時電話が鳴り、出るとなんと石田さんからではないか・・。
一瞬画面の奥裏から生の声が届いている感じがした。
驚いてその事を話すと、石田さんも一驚していた。
4,5日前私自身の裏の声のように、恥を忍んでお頼みした
事の返事だった。
何故石田さんに頼んだのか、正確な理由はない。
ふっとその時頭に浮かんだのである。

何が裏で、何が表か分からない。
病と闘い日々の生活さえやっとな私と、この日の石田さん
やTさんのように、また拙い人生の誕生日に暖かいメッセージ
を頂く私とは、どちらが表で裏なのか。
裏が表になったり、表が裏になったりする。
山田航さんの一首に倣えば、

 表が傷のように癒えればいいのにな剥がすのが早すぎた裏

その後も類稀な石田ー吉増のトーク映像を見ながら、そんな事
を思っていた。
石田さん、Tさん、そして暖かいメッセージを送って下さった
皆さん、ありがとう。

*及川恒平・山田航ライブ「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円。
*佐佐木方斎展「Primary Painting」
 6月2日(火)-14日(日)am11時ーpm7時月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel.fax011-737-5503、

by kakiten | 2015-05-15 14:17 | Comments(0)
2015年 05月 14日

黒に銀のポプラー斜道(28)

秋元さなさんが茨戸の二本ポプラを尋ねる及川さんと山田さん
のスケッチを大きく、黒く長い紙に白で描きあげる。
黒い紙に白い線が銀色に浮き出て、人とポプラの微妙な描線が
風のように美しい。
現場で描かれたスケッチ画6枚とともに会場に展示される。
明後日ライブ予定の「二本のポプラをめぐる二つのうた」及川恒平
×山田航ライブの為の会場準備ができた。
岡崎文吉が川の蛇行を基本として自然工法の護岸を施設した石狩
河口の茨戸(パラ・ト)
その河口から内陸寄りにある、かって外輪船が行き交い夕張鉄道・
国鉄が石炭などを荷降ろしした港・江別。
この川と人を結ぶふたつの場所に立つ二本のポプラを、この地に
縁のある3人が絵と歌とソングで結ばれて、作品が生まれる。
本籍を江別飛鳥山にもつフォークソングの歌手及川恒平さん。
遠く両親の実家を茨戸、当別にもつ歌人山田航さん。そして江別
飛鳥山で生まれ育った美術の秋元さなえさん、
この3人の不思議な出会いが、とうとう明治時代初期に輸入された
ポプラの木を主題に、それぞれの移住のルーツを見つめるように、
自耕・カルチヴェート回路に入っている。
百年の時と今という時、風景と時代が交差して、3人の内界・外界
の宇宙が重なる。
自然が風景を通して、人と回路を保つ。
見捨てられたように立っていた二本のポプラも、きっと喜んでいる
に違いない。
こんなに見詰められたのは、明治の岡崎文吉さん以来だなあ~、と。

 ・・・普通耕作区域の境界線には「ポプラー」を挿植し、順当に其生育
 を遂げつつあるを以って、他日大いに面目を一新するに至るへきを信ず。
 是れ即ち、一旦新墾盗伐の為に滅儘せられたる河岸原生林に代わるへき
 ものなり。ー岡崎文吉

      (1915年「石狩川下流に於ける河岸原生林に就いて」)

*及川恒平・山田航ライブ「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円。
*佐佐木方斎展「Primary Painting」-6月2日
 (火)-14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-14 14:50 | Comments(0)
2015年 05月 12日

道半ばー斜道(27)

まるでUターンするように人は螺旋の渦の中心の位置に戻ってくる。
それが故郷の風景だったり、表現の方法だったり、訪れた場所の
風景と会った人だったりする。
何故そうするのか、自分がそう思っているだけなのか、定かではない。
それらは記憶に刻まれたされた心の内臓の一部なのかも知れない。
同じであって同じものではない。
トニカ(基調低音)である事を確認しつつ、それを新鮮に大事に見てい
る現在があるのは確かなのだ。

佐佐木方斎の今回のタイトルと赤い「格子群」の十字架のような
作品のDMを見ながら、そう思っていた。
大学で数学を志していた方斎らしい直線だけのシンプルな構図。
そしてそのさまざまな形象の格子群に、各色彩はぞれぞれひとつ。
この各画面一色の色彩構成こそが、画家を志した意志の一色でもある
のだろう。

<Primary Painting>ー最初の、本来の・・・絵を描く事。

画家を志した時の色に、今方斎は立ち戻っている。
作品構成に見られる数学的な明解さ。
そこにpaintingされる色。
この色にこそ画家としての情熱・欲情の原点がある。
放逸で無頼とも思えてた滾る青春の原点だ。
その色をもう一度彼は再構成するのだろう。
そしてその色とはこれまでの長い人生の自分自身に裏打ちされた
色彩であるに違いない。
新たな「格子群」は、方斎の人生そのものが横糸縦糸となって織ら
れた生を彩るものである。

方斎よ、今君は君自身の人生の明解な数学者・構成者となって、
深い色の<彩り>を発せよ。

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月18日(土)午後5時~予約2500円。
*佐佐木方斎展[Primary Painting」
 6月2日(火)-14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-05-12 13:02 | Comments(0)
2015年 05月 11日

還ってきた佐佐木方斎ー斜道(26)

佐佐木方斎さんが来る。
来月2日からの個展のDMが出来たのだ。
見て、おっと思う。
代表作「格子群」のひとつがカラーで印刷されている。
ここ何年かでこの明るい強い色は初めてである。
昨年はこの代表三部作のもうひとつ「自由群」がテーマだった。
1980年代の初期代表作が原点として新たに蘇ってきている。
病床より再起してここ数年個展を毎年続け、遂に原点が蘇ってきた。
タイトルも「primary painting」ー第一の、根本のー絵を描くこと・画法 ー。
作家の力を信じ、鼓舞しつつ続けてきて良かったなあと思う。
一度は臥した作家が原点を見詰め、今新たな作品を生み出す。
今回のDMがなによりもそれを物語っている。
見る前から期待が高まる。
方斎の疾走する’80年代を代表する3部作。
「余剰群」「自由群」そして「格子群」。
30年近い歳月を経て、その最原点である「格子群」にどう
立ち向かうのか、
見る前から興味は尽きないのだ。

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円。
*佐佐木方斎展「primary painting」
 6月2日(火)-14日(日)am11時ーpm7時
 月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-11 14:31 | Comments(0)
2015年 05月 10日

ホップ、ステップ・・・ー斜道(25)

夕方A氏が来る。
お貸ししたジョン・ルイスのCDを返してくれる。
バッハの平均律とゴールドベルクの演奏だ。
モダーンジャズのピアニストで黒人のジョンルイスが終生
憧れ尊敬したバッハの曲を演奏した晩年の名盤である。
奥さんとふたりで演奏したゴールドベルク変奏曲そして
クインテットで演奏した平均律クラヴィーア曲集。
モダーンジャズのドラムを叩いているA氏が、ここで聞いて
気に入りお貸ししたのだ。
お礼に富樫雅彦のCDコピーを2枚頂く。
富樫雅彦はフリージャズのドラマーで吉増剛造さんが
「怪物君」制作中、いつもバックに流している演奏家である。
早速聞いてみる。
音が静かに流れ出し、とうとう終りまで聴き入ってしまう。
ドラムに深い遠近感がある。
何故か雪舟の破墨山水図のイメージを思いだしていた。
墨の濃淡が醸しだす空気の遠近感が、ドラムの響きに重なる
ようなのだ。
西洋のドラムにはない日本の音と感じさせる打刻。
静寂の中の偲び込むような激しさ、そして緩やかな静寂。
自然が保つ律動が揺れている。
吉増さんが草稿に描画中に聞きながら集中する訳が、この
音を聞いて分かる気がした。
心の髄の律動を自然に委ねれる優しい強さがあるからである。
ジョンルイスのお礼にとても良いものを頂いた。
感謝である。

A氏が帰ってすぐアキタ君が来た。
個展を終えて初めてである。
A氏も二度ほど訪れて作品一点購入したという話を聞いた
ばかりだったから、行き違いは残念だった。
アキタ君は今回の展示を終え、次に近々ここで個展をしたい
という。
以前からその意向は聞いてはいたが、こんなにも早く先の展示
を終えたばかりに今日切り出されるとは、と一瞬驚く。
しかし彼の顔は本気である。
私は嬉しく感じながら、その気持ちを自分なりに理解した。
彼は間違いなく今、スタートラインに立っている。
今までの試行錯誤を抜け、ある方向性に向け走り出すポイン
トにいる。
その1が先の展示で、2はもう直ぐに来ているのだ。
スタートは、1,2の~3である。
ホップ・ステップ、ジャンプの1、2は連続して一気である。
3は1,2の後に息を呑み込み一拍置いて飛び出すのだ。
1,2の・・・3である。
2が速くなるのはそうしたスタートのリズムなのだ。
1、2,3が等間隔では、次もだらだらと4、5、6と流れて
いく。
アキタ君熟しているなあと私は感じ、OKを即答した。

斜め通りの裏道の古い民家を改装した小さな小屋で、直向に
文化の耕地を耕さんと志している貧しいスペースには、色々
な魂が触れて流れる。
昨日までは、ロジャーアックリングの魂が、そして今日は富樫
雅彦のドラムの音が、アキタヒデキの明日への足音が・・。
ふっと秋を思い起こさせるような冷たい風の吹く青空。
そんな今日、これらの魂たちは暖かい春風を送ってくれる。

応えてまた明日から、あしたのジョーの闘う毎日に
がんばろう・・と思う。

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-10 15:44 | Comments(0)
2015年 05月 09日

風土という国(ランド)-斜道(24)

不意の一本の電話から13年前の4月の記憶が蘇って来た。
ロジャー・アックリング、シルヴィア夫妻の事。
そして作品を取り巻く当時のふたつの環境の差異。

4月7日から15日まで滞在制作とアーテイストトークの日程
を終え帰国したロジャーは、9月個展と滞在ドキュメント図録
の為全作品を完成させ送ってくる。
この時期北海道出身の某作家の個展が美術館で開催されようと
していた。
欧州で活躍し著名となった大理石の彫刻家である。
多くのモニュメントが市内だけでなく道内にもある作家だ。
画廊ではロジャー・アックリング展が始まり、美術館の学芸員
も見にきてくれた。
その中で個人的な意見だったが、これら全作品を美術館で
収蔵したいという話も囁かれたのだ。
私は当然とも思い、そして嬉しく期待した。
バラバラよりも一括して収蔵されるのが理想だったからである。
滞在記録と全作品図録も出版され、全作品も揃っている。
これらは純粋にこの地で生まれ、作家の並々ならぬ好意によって
展示されたものだ。
全作品が公的な美術館で収蔵されれば、これに勝る居場所はない。

そんな期待も終に遂げられずに終わった。
理由は予算不足で、この時開催の某作家の海外からの大理石作品
等の郵送費が予算を超えて大幅に計上され無理だというのだ。
故郷に錦を飾るではないが、すでにあちこちに飾られている作品
以外に海外からも多くの作品を運び込み展示する為である。
ボランテイアの市民団体も組織され資金集めに動いていた。
この作家の作品をどうこう言う積もりは毛頭ないが、作品を取り
巻くロジャーとこの作家の差異には、今も悔しい気持ちが甦る。
作品の本籍は作家の本籍ではない。
作品の国籍は作家の国籍ではない。
この主語の位置が逆転して、肯定になったのである。
それはロジャー・アックリングの望来滞在制作全作品よりも、
海外で活躍する北海道生まれの作家を誉れに見る位相の差異だ。

新幹線延伸、札幌国際芸術祭、札幌冬季五輪招致を提唱した前
市長が退任し、新たな市長が生まれた。
この3大公約は変わらず継承されるようだが、内よりも外を見る
文化目線はどうにも居心地が悪い。
新幹線もオリンピックも国際芸術祭も、みんな外を見た視座だ。
科学技術と芸術とスポーツとそれぞれの根は相違する筈だ。
それらを一緒くたにして文化というのは粗雑である。
あるのはご当地という、実は狭い郷土意識である。
あれもこれもでは、本来の土壌無視の只の花壇になってしまう。
移植行為だけ、花の咲いている時だけの綺麗事に終わるしかない。

ロジャー・アックリングの作品が一点もこの地に残らずに終わった
事はさびしい事だが、あの時全作品がこの地に残りいつも見られる
という夢を抱いた事もまた事実である。
今もその思いに変わりは無く、今もその思いに後悔は無い。
それは成し得なかった夢だけれど、作品が創造される過程で作家と
我々の土壌とも言うべき友情の関係性は、13年経た今も変わらず
熱く心に蘇るのも事実である。
それは場というランドが、郷土という<お国>ではなく作家と作品
を孕み育んだもうひとつの風土という名の国(ランド)を、共有した
からだと思うのだ。

ロジャー・アックリングが好んで引用した谷崎潤一郎の言葉

 電灯は暗闇を葬り去るが、ろうそくの明かりは暗闇を照らし出す

今蘇るロジャーへの友情はこの蝋燭の明かりのように、この地を照ら
し出している気がする。
決してそれは・・・葬り去る光ではなく、てだ。


*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-09 14:46 | Comments(0)
2015年 05月 08日

界(さかい)という世ー斜道(23)

初めて電話で話し、熱くなって故ロジャー・アックリング
の事を話した。
それがインタビュー記事となり早くも今日メールで送られ
て来る。
優秀だなあ、過不足なくあの1時間に満たない話の内容が
纏められている。
ロジャーが降臨して笑顔を見せてくれているようだ。
資料を取りだすと展示に関する直筆の二通の手紙もあつた。
その他に滅多に製作中は人を寄せないと聞くロジャーがレンズ
を手に流木に太陽光を当てているポジもあった。
滞在製作中ドキュメント制作の写真担当の中川潤氏の撮影の
ものだ。
彼はロジャーを現地に案内する時からずっと一緒で、この石狩
を一番良く知る人間である。
そうした彼の人間性にロジャーはきっと心許していたに違いない。
それでなければ製作中の姿を撮る事など有得ないからだ。
ドキュメント本所収の望来滞在中の他の写真もすべて彼の撮影し
たものである。
ご夫婦ふたりが海岸を歩いている写真もそうだ。
表紙の海岸を崖上から俯瞰した写真も見事である。
こうした色んな人たちへの友情・信頼が展示前後の手紙の隅々に
溢れているのが、今読み返すと感じるのだ。

時間や国家を超えて今広がるこの思いは何なんだろう。
僅か小一時間にも満たない電話の応答で、今こうして文章化され
ロジャー・アックリングが甦る。
まるで、肩を叩き、おい、頑張れとでも言いそうな近さで
居るのだ。
この世とあの世、遠い国の違いに、ロジャー夫妻滞在2002年
4月という13年の時間差。
これらの間を越えて、今正に同じ4月の出来事がこの間という
世界を、身近な界(さかい)というこの世にしている。
そんな不思議な気がする。

もう一度あの作品に会いたいなあ・・。

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-08 13:40 | Comments(0)
2015年 05月 07日

ランドという国ー斜道(22)

ロジャーの事を思い出しながら、場という作家に
インスピレーションを与えるランドとしての場処
を考えていた。
内面の臓器言語が外界と相渉る筋肉となるような
空間・土地(ランド)。
詩人吉増剛造が長編詩「石狩シーツ」を書き上げ、
陶芸家鯉江良二が野焼きでアルミのモニュメントを
制作し、彫刻家阿部守が何度も滞在した場処。
さらにはもう少し河口寄りの来札で舞踏家大野一雄が
川に入り踊った場所もある。
ここ来札も流木の多い場処だ。
来札は<らイ>ではなく<なイ>という説がある。
直訳すれば<死(らイ)・乾いた(さツ)>が、川(なイ)
乾いた(さツ)と意味が少し変わる。
ロジャー夫妻の滞在した望来は、今はもう無い山本旅館
の存在も大きかったが、何より望来(モ・らイ)と呼ば
れる土地の保つ魅力がある。
アイヌ語で直訳すれば、モー静かな・らイー死。
こちらも一説では<らイ>ではなく<なイ>ではないか
という説もあるから、その時は<モー静かな・なイー川>
と言う事になる。
どちらにしても様々な漂流物が流れ着く美しい海岸である。
不思議な事に漂流物にも住み分けがあるのか、海藻類が多い
場所と流木の多い処、瑪瑙や石・ガラス片などの多い処と
漂着物の相違がある。
ロジャーの奥さんは、波に揉まれ磨り減って円く角が取れた
木製の下駄類が好きだった。
サンダルや下駄と思える紐穴の残る流木を集中して拾って
いた。
あのコレクションはきっと今も家のどこかに日本を訪れた
大切な記憶として大切に保存されているのに違いない。
流木の中に木製の下駄類があるのは日本だけだろうから・。

この海からの贈り物が集まる場所は同時に多くの石狩ゾーン
を流れる川の終着地点、扇の要の位置のような河口ゾーンで
もある。
人もまた百余年前にここから内陸へと移住してきた入り口の
場所でもある。
さらに遠い昔アイヌの人たちもまた南か北からか、ここを上
って内陸へ入ったとも思われる。
何故なら古いアイヌは河口を入り口と考え、川は下るものでは
なく、山奥へ遡るものと考えていたからである。

波の静かな澄んだ夕暮れ、光三原色が直線で現れる。
そんな石狩の光・水・空気の、それぞれに激しく濃くなる場所で
ロジャー・アックリング夫妻は充実して制作し作品を残した。
これらの作品は純粋にこの場処で生まれたものである。
ロジャーが英国国籍の英国生まれという問題ではない。
作品自体がここをランドとして生まれた望来発なのだ。
これらの作品群がこの地に所蔵されなかった事を、今更に
悔しい思いが残っている。
作家の戸籍に拘るあまり、私達のロジャー・アックリング展は、
公的に認められずに終わったのだ。

あの海岸はきっとロジャーランドとして、今も様々な贈り物を
受け止め、発信しているだろう。
政治・経済の区分ではない地球という光と水と大気のランドと
いう国が在る事をロジャーは知っていたに違いない。
極東の小さな島国のさらに小さな北海道島の片隅の海岸にすら
存在する事として・・・。


*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-07 15:22 | Comments(0)
2015年 05月 06日

ロジャーアックリングの思い出ー斜道(21)

二日連続で谷口顕一郎・彩子さんと山田航さんが来る。
凹みの探索に今日は円山川源流沿いの不動の滝を
尋ねたという。
ちょうど咲いたばかりのシラネアオイに彩さんが感動し
ていた。
7月個展に向けて順調に琴似川の支流域でも新たな凹み
を採取しているようだ。
古いヴィデオ録画「札幌水物語」を見せている内に秋元
さんがスケッチブックを携えて来る。
先日茨戸の二本ポプラを見に及川・山田さんと同行し
描いたスケッチである。
先輩である谷口さんに見られる事に照れながら、お披露目
する。
前を歩く及川・山田の向こうに二本のポプラが見える。
そしてポプラの傍のふたり。
それがあるストーリー性をもって5枚ほど描かれていて、
なかなか良い感じである。
これをライブ会場の壁に展示しよう、という事になった。

谷口夫妻・山田さんが帰って電話が鳴る。
昨日留守録にあったイギリス在住のフリーランサーの女性だ。
先年亡くなったイギリスの美術家ロジャーアックリングの追悼
本の日本担当面の編集者で、以前石狩・望来でロジャーが
レジデンス制作し発表した頃の事を取材したいという事だった。
ロジャーとしては異例の夫婦での一週間に渡る滞在制作。
そのドキュメント記録誌発行とテンポラリーでの作品展示。
その頃の空気が話している内に、次々と蘇ってくる。
話は尽きず、相手の方もどんどん興奮して閃いてきたようだ。
30分以上話してまた改めてという事で電話を切る。

初めて会ったロジャー・アックリングが心を開いてくれた理由は
場という事に尽きると今思う。
故郷の英国にあるドーバー海峡を想い起こさせる望来の崖壁。
レンズに太陽光の光を集め、拾い集めた流木にその光で彫刻
を刻んでゆく制作行為。
光と水と空気が純粋に濃くなる望来海岸。
そこにはロジャーの作品製作の全ての環境が揃っていた。
さらに当時滞在した山本旅館の娘さんは、英国滞在の経験があり
、ロジャー夫妻の為に毎朝パンケーキを作ってくれたという。
後日ロジャーが嬉しそうに語っていた。
故郷の海岸に似た白い崖の風景、そして作品製作に欠かせない
太陽光と素材の流木が日々流れ着く海岸。
幸せな滞在の一週間だったに違いない。
その結果が異例のテンポラリーで全作品展示とドキュメント制作を
両方可能にしたのだ。
私は私の生きている場から石狩の海への道を回路として探ってきた。
その流れの中で今は亡きプラハプロジェクトの大橋氏とともに、
ロジャーレジデンスの企画に関わり場を提案し実行したのだ。
高名な美術家として名前と作品制作の特徴は知ってはいたが、
会うのは初めてだった。
しかし彼は非常に自然に対し素直で激しい感性を保っていたので、
私達が案内した石狩望来への全ての道にすぐ共感し反応してくれた。
この土地という場が友情の架け橋になってくれた事は間違いない。

その事を今懐かしく深く、追悼の気持ちとともに思い出していた。

その後石狩で長年待望の八つ目鰻を食べたという熊谷氏が来る。
江別在住の秋元さんと暫し話が盛り上がる。
これも石狩河口ー江別港の場が繋ぐ心の端だなあ。
そして帰り際、瀬戸君が来て、中嶋君が来る。
ふたりも熊谷氏も谷口さんに、しきりに会いたがっていた。

人の心の往来激しい一日。



*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-05-06 13:56 | Comments(0)