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テンポラリー通信

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2014年 09月 17日

20年の伏流水ー境界・長月(10)

「水機ヲル日・・・」への妄想を打ち込み、日も暮れかけて
寒さが身にしみ留守録にして帰ろうとした時電話が鳴った。
もう外へ出ていたから、急ぎ受話器の傍へ戻るとfaxが入っ
ていた。
吉増さんからで、今回の展示への私からの連絡への感謝の
返信だった。

  ・・・「水機ヲル日、・・・」は「石狩シーツ」の大姉のような
  詩篇にならねばならず、そこまで育てなければならない、
  この師走から一月のテンポラリーが戸口となります。
  ありがとうございました。
 
1994年の名作「石狩シーツ」から20年の時を経て、その大姉の
ような作品が生まれる。
その決意のような一文を読みながら、色んな想いが湧き上がって
くるのが抑えられない気がした。
<水機(ハタ)ヲル日、・・>とは同時に時を織る日でもある。
伏流水のように長い時を織った言葉の泉。
どんな作品となってゆくのだろう。
折り返し私もお礼と感謝のfaxを送った。

その後直ぐまた電話が鳴る。
受話器を取ると来週から展示予定の中嶋君からで、これから
展示の準備に行っても良いかという問い合わせだった。
待つと間も無く車で展示の資材を持って現れる。
今日明日と泊り込みで会場造りをしたいと言う。
「風とは」を主題に5年ぶりの個展である。
気合が入っている。
冬に向かう寒気が増した日。
このふたりの電話から始まったこの場への熱い思いが、寒さ
に萎えた私の気持ちを奮い立たせてくれた。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)-10月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*メタ佐藤写真展「光景」-10月7日ー19日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日
*吉増剛造展「水機ヲル日、・・・」12月9日ー1月中旬予定

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2014-09-17 14:35 | Comments(0)
2014年 09月 16日

水機(ハタ)ヲル日ー境界・長月(9)

吉増デーモン閣下のこの次回個展タイトルが朝呪文のように
木魂して目覚める時がある。
凄いタイトルである。
今回作者が指名した大草稿のふたりの選者は姉妹で、仁美さん
と文さんだが、こちらも<ヲル>姫として存在感がある。
まあこれは私の勝手な妄想だが、仁美は読み方によっては<ニ
・ミ>でアイヌ語的にはniー木・樹に、miー着る。
文はhuーなまデアル(ニナル)あるいはhum,iで音、
断片と読める。
水を機織る人に木を着る姫に生で音を纏った姫のイメージが
何か凄いのだ。
3年前から「石狩河口座ル/ふたたび」で始まった吉増剛造の
作品製作はすでに原稿用紙500余葉を超えて描き続けられて
いる。
もうその原稿は文字というよりも、曼荼羅のような不可思議な
色彩と図柄に満ちて、特に最新の8葉は洪水か干潟のように
原稿用紙そのものが水の表面のように波打っているのだ。
<水機織る>という水・o・ruーそこの・跡・道である。
3.11以降書き続けられている詩人のライフワークが、この
アイヌ語の秘められた響きと重なって、朦朧とした朝の私の頭
の中を激しく駆け回っている。
妄想といえば妄想なのだが、なにか深い心の底で津波のように
押し寄せてくるものがあるのだ。
流水の科学者岡崎文吉の川の蛇行を基本とする護岸工法もまた
水を機織る仕事だったのではないのか。
そんな事とも重なって、この<水機ヲル・・・>という言葉が深い
処でふたりの織姫とも連なって過剰に反応しているのだ。

「ノート君」「怪物君」と呼んだ数千行の大作は、「水機ヲル日・・
」としてある完結を迎えようとしている。
そんな只ならぬ予兆に縁取られて年末の展示への道行きがある。


 中川さん、工藤さん、母、大野さんの俤もこめております。

吉増さんの書面最後の結びにあった文面にその決意のようなもの
が見て取れる。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)-10月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。9月27日(土)午後14時~
 古館賢治&本間洋佑ライブ無料。
*メタ佐藤写真展「光景」-10月7日ー19日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2014-09-16 12:54 | Comments(0)
2014年 09月 13日

寒気混じる青空ー境界・長月(8)

雨空去って寒気混じる青空。
もう長袖の季節だなあ。
秋というより夏の終わり、冬の寒気の予兆がする。
sak-pa(夏・年)、mataーpa(冬・年)と1年を
数えたという先住民の二季観が実感される。
春は夏の年の始まり、秋は夏の年の終わり。
いずれも夏の年の一部だ。
冬よりも夏に敏感なのだ。
それと反対なのが沖縄で聞いた言葉。
美術家の豊平ヨシオさんを初めて2月に沖縄に訪ねた時、今度
来る時は夏にしようかな、と言ったら10月か11月が良いよ
と答えた。
その頃が季節が一番良いよと言ったのだ。
夏が終わり冬への変わり目の時。
この時期の暑さの去る冬の気配に敏感なのだ。
寒気が主流の北海道では暖かさに敏感で、暑さが主流の沖縄で
は寒気に敏感なのだとその時納得した。
10月か11月が沖縄では一番良い季節なのである。
初めて行った2月でさえもう花が咲き汗ばむ程の気温だった。
8月などは来ても熱いだけだよ、10月か11月頃が一番良い
よ、と豊平さんは言った。
沖縄には北海道と真逆のsakーpa、mata-paがある
とその時感じたのだ。
北海道では逝く夏を惜しんで秋をsak-kes(夏の・末)と
呼び、冬の前兆とは捉えなかったのだろう。

今異常気象の続く今日、秋はもう夏の年に属すよりも冬の訪れを
予感させる寒気に満ちている。
沖縄では冬の涼しさよりも炎熱の夏の時間が蔓延し続けているの
だろうか。
暖かさを思い、涼しさを思う春秋の季節の界(さかい)が消えてゆく
とすれば寂しい事である。
自然までもが春秋という美しい緩衝ゾーンを喪失して、冬と夏の寒
気と暖気の剥き出しの鋭い谷間に地球が分断されるとしたら大変な
事だ。



*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)-10月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 古館賢治&本間洋祐ライブ・27日(土)14時ー15時・無料
*メタ佐藤写真展「光景」-10月7日ー19日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日
*吉増剛造展「水機オルヒ」-12月中旬~予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
 

by kakiten | 2014-09-13 14:22 | Comments(0)
2014年 09月 12日

局地的豪雨ー境界・長月(7)

先日深夜南区の方では集中豪雨で特別避難命令が出たらしい。
大事には至らなかったようだが、夜中に避難所へ移動した人も
いたという。
処、時を問わず深夜局地的に豪雨が襲う。
遠い本州の事と思っていたこんな天災が直ぐ身近な場所で発生
する不気味な時代である。
直ぐには消えない新しい雲の存在や場所を問わない局地的なゲリ
ラ豪雨といった地球温暖化の天地の相互作用による異常気象は
もう異常でもなんでもなく日常化しつつあるのだろうか。
人間と自然との境目が急速に先鋭化して原始時代の荒々しさを甦
らしているのかも知れない。
自然と直接向き合う事を避けて緩衝地帯を営々と創ってきた人類
の知恵そのものが、今本当に問われているのだ。
岡崎文吉の川の蛇行を本質とする自然工法の護岸思想。
それを主題とする会のあった日の夜にこの集中豪雨があったのも
不思議な因縁である。

今日吉増剛造さんから<水機(ミズハタ)オル日・・>の朱書き
の文字とお手紙・写真が送られて来る。
写真には最近の草稿8葉がまるで豪雨の後の逆巻く川面のように
文字と色彩が衣魚のように溢れて映っている。
これもまるで集中豪雨だなあ。
じっと見詰めていると様々な想念が浮かぶ。
今度の展示は岡崎式護岸方法で考えよう。
ふっとそんな思いがした。
水を織るー水を機のように織るー護岸する。
そして織姫ー村上姉妹ー手折ルーru・ルー回路。
この回路(ル)こそが自然と接する最も人間的なランドへの創造
の回路でもある筈だ。
山の斜面の石段という護岸、川の岸辺の単礁ブロックという護岸。
土石流や氾濫という脅威・自然に触れる境界の人の立つ位相である。
今回村上姉妹というふたりの女性を膨大な大草稿の選者に選んだ
吉増剛造の選択には、この触れる手の持ち主を女性性として、織
姫として選択した所為と感じている。
名作「石狩シーツ」の最終節の<女坑夫さん>と絹の織姫という
吉増さんの詩のひとつのキーワードが<水機オル>には深く潜ん
でいると思える。
3.11以降に書き始められたこの大草稿のひとつのクライマッ
クスが今回の展示には籠められている。

天才という人の魔物もまた集中豪雨を行う。
それを受け止め、織り込む。
それは新たな文化の故里という織物・知のランドだ。
吉増剛造という水の魔物に展示という護岸で立ち向かう事となる。

そんな年末個展の予感がする。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)-10月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*メタ佐藤写真展「光景」-10月7日ー19日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-09-12 14:12 | Comments(0)
2014年 09月 11日

上映と対話ー境界・長月(6)

昨夕市庁舎1階ロビーで岡崎文吉展の一環として、STV
40周年記念番組「生きていた百年の夢」上映と山田航氏
と私の対話の集まりがあった。
1999年に放映された映像を発掘した私は、今という時
代と「都市と自然」というてテーマの札幌国際芸術祭の期
間中とも重なって札幌市環境局主催の岡崎文吉展トークに
招かれたのだ。
そして今回の企画の中心になって動いたYさんが、この番組
の制作デイレクター氏と同じ大学の同期だった偶然もあり、
上映会とトークが実現した。
冒頭に番組制作氏の解説があり、上映が始まった。
しかしもう15年も経った所為か、最後のアメリカ・ミシシ
ッピー川で施設されている岡崎文吉のコンクリートマット
レスのクライマックスシーンが途絶えているのだ。
補助的なシーンで一応は繕ったが、最後の盛り上がりがなく
残念な上映会だった。
私の記録しているヴィデオの方がはるかに音声も画面も良い。
途中に入っているコマーシヤルも愛嬌というものである。

少し不満の残る上映会の後、山田さんと私のトークが始まった。
小1時間余り、それぞれの岡崎への回路を自らの川体験を交え
て話し出し、テーマは様々な分野へと波及しその本質に在る
岡崎の精神に触れた。
終了後Mさんにとても良かった、と語りかけられほっとする。
体調万全、意欲満々という訳ではなかったので、山田航さんに
大分助けられたのかもしれない。

先日宮崎駿の「風立ちぬ」を見る機会があり、飛行機という
空気の流体力学を追求した近代技術者の夢と岡崎文吉の水の
流体力学を追求した夢とが、どこか共通する同時代の生き方
と感じたのだ。
関東大震災そして日米戦争という同じ時代を生きたふたりの
理想とその挫折は空と川の違いこそあれ純粋な夢の在り様が
共通しているのだ。
宮崎駿に是非岡崎文吉の生涯を見てもらい、アニメ化して欲
しいと思った。
そんな話も対話の中でできて、私の1年近い岡崎文吉との付き
合いは昨夕ひとつの新たな局面を見たのである。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)-10月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-09-11 13:38 | Comments(3)
2014年 09月 10日

現代詩手帖9月号ー境界・長月(5)

東京在住の写真家吉原洋一氏より現代詩手帖9月号が
送られて来る。
その前日歌人の山田航氏からも同じ号を頂戴していた。
何故かというと小特集で吉増剛造のロンドン展、パリ展
が掲載されているからだ。
そして同時に詩人谷川俊太郎特集で吉原さんが谷川俊太郎
を撮影しているのである。
吉原さんは吉増さんの最初の大草稿展示「ノート君」の時
鈴木余位さんとともに写真で吉増展に参加した方である。
ふたりはこの時初めてここで出会い映像と写真で競演した
のだ。
今回そのふたりが同じ号で鈴木余位さんが吉増ロンドン展
とパリ展について書き、吉原さんは谷川俊太郎肖像写真を
撮っている。
その偶然が吉原さんにはとても嬉しく励まされる事だった
のだ。

 (昨年誕生した長男中心の生活の中)谷川氏撮影の依頼があり、
 その写真が掲載された号に、余位さんがいて、吉増さんがいて
 中森さんがいました。ドン、と背中を押された気がしました。
 これからも歩みを続ける自信となりました。
 とてもうれしいことです。

この号は他に真摯な労作の岡本小百合さんの吉増論も併載されて
いて、余位さんの文章とともに優れた吉増剛造の立ち姿が活写さ
れている。
さらに文月悠光さんも谷川俊太郎主題の鼎談に参加しており、
私個人の関係でいうと古い友人の笠井嗣夫の名も見える。
岡本さんの文中にK出版の村上文さんの名前も見えて、今年末の
吉増展までのキーパーソンが揃っているのだ。
岡本さんの吉増論中「怪物君」を<水鬼(Leviathan)>
と呼ぶ一節があり、これには深く共感するものがあった。
村上文さん経由で伝わった年末の吉増展のタイトルに、「水機
オルヒ(ト)>という情報もあって、織姫と女坑夫さん河口とが
響き合う水の存在を感じていたからだ。
<水機(ミズハタ)オル>とは真に美しい造語である。
正に水の鬼というモンスター、怪物君とは吉増さん自身かも知れ
ない。
難解な吉増詩を英文に翻訳し、映像化する岡本小百合と鈴木余位
ふたりの文章目線の向こうには、言葉を超えて伝わる稀代の天才
詩人吉増剛造の立ち姿が明白に浮かび上がる。
近い将来アメリカで出版されるという岡本訳の吉増剛造詩、そして
1年間の海外留学を経た鈴木氏の来年の帰国後の初個展と、吉原
氏ならずとも、大きな勇気を戴くこれからである。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)-10月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-09-10 16:58 | Comments(0)
2014年 09月 08日

消えない雲ー境界・長月(4)

雨となって消えない雲があるという。
最近の新たなデーターである。
雲を生む微粒子の量が多過ぎて滞留するらしい。
なにかネットの世界のクラウドという雲にも似て気持ち
悪い話である。
地球上の全ての現象が有機的に繋がって、水・空気・光の
透明な三元素が変に凝縮し滞留すると、澱みのようになって
世界のリズムが狂ってくる。
流れない川や動かない低気圧、そして消えない雲。
異常気象が少しづつ進んで、いつか爆発的に加速化したら
この地球はどうなるのか。
人間社会などひとかたまりも無い。
自然との境に添って生きた先人の知恵を今一度再考察すべき
時である。

京都の古い家屋に残る坪庭の知恵。
自然の光と風を取り入れ生活の中に活かす術。
岡崎文吉の自然工法の護岸と同じように、日常生活にも自然
と添った原則が活きていたのではないのか。
その自然との境を国土強靭化計画などといって力づくで遮断
しようとする。
なにか新たなショートカット富国強兵の臭いがするのである。
境を差別・区別・遮断の壁にせず、如何に開いた回路にするか。
雲の持つ空と地上の美しいベールのような境の衣を、オーバー
のような固い遮断の衣にしてはならないのだ。

雨となって消えない雲が出来ているという事は実に恐ろしい
世界である。
境が段々と固定化されつつある証拠であるからだ。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)-10月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-09-08 13:56 | Comments(0)
2014年 09月 06日

窓という眸ー境界・長月(3)

時計台の岡崎文吉展を企画した環境局Y課長と山田航氏と
打ち合わせをする。
来週岡崎文吉の映像とミニトークを市役所ロビー喫茶室で
する為だ。
Y課長はこの岡崎文吉の映像を撮った番組デレクターと同期
だった偶然もあり、今回の岡崎展の中心にいる方である。
キャリアウーマンとして実に真摯な方である。
上映会の段取りを打ち合わせて、それぞれの岡崎への思いを
語り合った。
私はY課長の今回の時計台2階ホールでの岡崎文吉展の感想
を率直に伝えた。
展示もさる事ながら2階の窓の美しさを話した。
窓が眸のようで、軒下という睫毛も屋根という眉毛も瞬くよ
うにある。
瞬きをしないビルの窓とは違う。
あの窓は建物の眸だと話した。
するとあの窓ガラスも一部昔のままの手づくりガラスが残され
ていると言う。
それが光をさらに柔らかく情感あるものにしているに違いない。
そう思った。

写真家のメタ佐藤氏から電話がある。
翌日待ち合わせて話を聞く。
新しい作品を見せてくれ、急だけど展示がしたいという。
自宅近くの丘陵を歩き撮り溜めた光のプリズムが煌めく作品だ。
今まで見た白黒の構造的に重厚な作風とは違う作品である。
しかもカラーで丘陵の森の木立に射し込む光のプリズムが主題
である。
単純なようで単純ではない光という透明な物質を色彩の彩として
見事に捉えている。
タイトルは文字通り「光景」という。

時計台の窓の光を思い出していた。
あの窓の眸の縁だなあ。
光が写真となって、彩となって訪ねて来てくれた。
岡崎文吉の川という透明な水のドラマに続いて光という透明な色彩
が訪ねて来たのだ。
そしてその前に中嶋幸治さんの「風とは」が展示される。
風という透明な空気に続き光という透明な彩が主題である。
岡崎文吉への思いが、水・空気・光と連鎖して繋がったのかも
知れない。
ふっとそんな気がしている。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)-10月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*メタ佐藤写真展「光景」-10月7日ー19日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-09-06 14:53 | Comments(0)
2014年 09月 04日

雨の日ー境界・長月(2)

夏の終わりのように雨が降る。
風も出て横なぶりに雨滴が舞う。
もう秋の空気だ。

札幌市の広報誌9月号に「絶対に見ておきたいアート作品
の数々」という札幌国際芸術祭の特集記事がある。
全部で7作品が紹介されている。
24台の電動ロボットによる壁絵、道路の凹み彫刻、器の
ひび音、くもの巣、大岩石、電磁波の画像・音声、インドの
鍋・皿を組み合わせたオブジェ等の7作品だ。
展示場所もチ・カ・ホ、アカプラ、モエレ・ゲイモリ・キンビ
500m美術館となっている。
チ・カ・ホとは地下歩行空間の略で、アカプラとは赤レンガプ
ラザの略称である。以下ゲイモリは芸術の森美術館、キンビは
道立近代美術館、モエレはモエレ沼公園ガラスのピラミッド、
500m美術館は地下通路の500m展示スペースである。
こうして書いているとこれらがすべて<and>で並んでいて
場所も愛称に縮められてなんとも軽いのだ。
これにコンサートホール・キタラやツドームも入れば、札幌の
公共文化施設駄洒落愛称勢揃いとなるだろう。
何をもって「絶対に見ておきたい」と決めるのか分からないが、
個々の作品というよりもお薦めメニューのandで羅列した素材
の多様さと場所の省略化した軽さしか伝わってこないのだ。
正に500m美術館と同じ構造の並列化<and>の連鎖である。

百年の時を経た時計台の窓が保っていた深い空。
そのような界路を垂直に経験してこそ作品の意義がある。
それは<and>で羅列されるものでは決してない。
今月末にこの芸術祭が終了した時本当の総括が問われる。
<and>ではない、個々の作品への真の評価が。

文化事業の広報としてではなく、作品が真に札幌という場に
棹差したかどうかという問いである。
その時個々の作品は初めてその真価を問われるだろう。

それは<and>祭を超えた垂直な軸心を、作品が穿っていた
かを問う事である。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)-10月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-09-04 12:47 | Comments(0)
2014年 09月 03日

発熱するー境界・長月(1)

時計台の2階の窓から見た外界が素敵だった。
同じ場所でも向かいの市庁舎の高層ビル内から見た空とは
違うのだ。
窓の外の庇や木々の緑が空を変えている。
この相違を<近代と現代>と<and>で並列的に客観視
はしたくない。
窓から入る光が室内を満たし、柔らかな時間を刻んで発熱
していたから。
<and>では繋げない境目の深い息を呑むような凝縮す
る世界があったから。
並列的に無責任に客観視出来得ないものが胸の奥に湧いて
いた。
<と>という並列ではなく、VSのような軸足の一方への
思いが濃くなって、もう一方を見据えている。
例えば<戦争と平和>とか<男と女>とか<都市と自然>とか
並列的に見るのではなく、一方に深く棹差して対象を見る事
との相違である。

日曜日久しぶりに街中を歩いて感じたのは、この<and>の
ような並列的無責任・非主体性が街を通巻している事だ。
高層ビルに赤煉瓦庁舎、地下歩行空間に北3条広場、時計台に
市庁舎、JRタワーに札幌駅と性格の違うふたつのものが並列
的に共存してある事だ。
二つの存在の相違の間に発熱する相克が見えない。
高層ビル群の摩天楼にはそこを非人間的空間と断じる過程が
あって、ヒューマンスケールを地上2階までとするショッピング
センターを新たに郊外に創る相克要因が在ったのだ。
それは<and>では結ばれぬ一方への断念・決意による展開
である。
その発熱する相克がなく、すべてを結果現象として<and>で
並列的に受け入れる一見客観的な現象は、本当は無責任な非主体
性の証しではないだろうか。
他の概念で<and>を考えてみれば、それが明らかとなる。
当事者の相克・葛藤が並列では消去されるからである。
一方に加担し思い入れて変化してゆく過程という通りが見えない。
<戦争と平和><男と女><都市と自然><摩天楼とプラザ>
これら個々の概念には本来発熱する境目があるからである。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日(火)ー10月5日(日)
 am11時ーpm7時;月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-09-03 13:13 | Comments(0)