人気ブログランキング |

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 02月 ( 16 )   > この月の画像一覧


2014年 02月 17日

「ひびきあう」展示ー一角獣・如月(6)

高臣大介ガラス展「ひびきあう」展示始まる。
朝9時に洞爺から来廊との連絡ある。
それでいつもより早く出勤する。
朝の地下鉄ラッシュ時にぶつかり、車内はぎゅうぎゅう詰め。
身動きも出来ない。
そして一気に大通り駅で乗り換えのホームへ。
矢印のように黒い足の列が流れる。
この足のリズムが、地上に出てからも続く。
ラッシュ時に地下鉄に乗ったのは久しぶりで、いつもの
時間帯とは違う人の多さ速さにうんざりする。

雪で到着が遅れて11時近くなって高臣さん一行到着。
展示始まる。
美術館が休みのF氏も展示の手伝いに来てくれて展示が
順調に進む。
「ひびきあう」の作品が吊られ、澄んだ音が会場に響く。

*高臣大介ガラス展「ひびきあう」-2月18日(火)-23日(日)
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2014-02-17 12:39 | Comments(0)
2014年 02月 14日

移動・移住・移民ー一角獣・如月(5)

近くにあった鬱蒼とした屋敷が無くなった。
古い木造のアパートと並んで建つビルにはさまれた大きな家だった。
その一帯がいつのまにか青空駐車場に変わっていた。
街中ではよく出会う光景ではある。
あっという間にあったものが消えて、空き地や別の建物になる。
そして喪われた建物を思い出す事が出来るのは、余程その建物が
印象に残っているからだ。
それはその建物がそこに住む人の<住>を深く感じさせるからと
思える。
そして同時にその建物が保つその土地の匂いを感じさせたから、と
思う。
古い屋敷と隣接して建っていた古いアパートは民家の持ち主と同じ
名前の付いたアパートだった。
きっとこの土地の地主さんだったのだろう。

現代は移動する変化の時代である。
すべてが急速に移動してゆく。
情報も交通も人間も足早に移動してゆく。
地に根を下ろした<住>は、マンシヨンやハウスといったパック構造
に収まり、大量移動のインフラ設備が都市機能を増幅させる。
移動が主体となって、移<住>や移<民>といった根の部分が希薄
になっている。
そんなに遠くないある時代まで、人の移動は移住であり時に他国
からの移民でもあっただろう。
この場合の他国とは都会でもあり、もっといえばある時代までの
東京ともいえたのである。
北海道へ渡って来た移民の時代から、<移動>とは<住>を背負い
自分を育てた県<民>を背負った移動だった。
そうした<移動>は、大学進学や就職で東京へ出ても、同様の
故郷という<民>を背負い<住>を求めて都会へ移動していったのだ。
移動と移住と移民とはその根において、現象・実体・本質のように
三段階に深く関係してあったと思う。
移るという行為の内に住・民という根があったように思える。
移動・移住・移民から「移」だけが残り動・住・民が喪失したのが
現代だとすれば、<移る>事が主役の現代が見えてくるような気がする。
移動に<住>と<民>を取り戻す闘いをどこかで用意しなければならぬ。

*高臣大介ガラス展「ひびきあう」-2月18日(火)-23日(日)
 am11時ーpm7時。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2014-02-14 16:21 | Comments(0)
2014年 02月 11日

雪の梱包ー一角獣・如月(4)

Wさんが訪ねてくれた日、写真家のY氏も来てくれたという。
閉まっているので車の中でしばらく待っていると、教育大生の
S君が来たのでふたりでしばらく話し待っていたという。
その時もう一台車が止まっていて、こちらも誰かが待っていた
ようだという。
この車は多分Wさんだったかもしれないと今思う。
沈没したこういう日に限ってこういう事がある。
S君は卒論を書き上げそれを見せにきてくれたと翌日Y氏から
聞いた。
みんなに迷惑をかけた翌日Y氏とともに円山某カフエで展示中
のシーズン・ラオさんの写真展を見に行く。
マカオで生まれたこの青年写真家とは以前一度お会いしている。
そんな一度の出会いだったがわざわざ今回の個展前にお酒を持っ
て挨拶に来てくれたのだ。
それで同じ写真の道を志しているY氏にも見てもらいたいと思い
一緒に行く。
手漉きの和紙にプリントされた北海道各地の雪景色が淡いセピア
色の中に浮かんでいる。
雪が白い包帯のように街を梱包している。
この柔らかで優しい雪の包帯は、マカオに生まれ育ったラオさんの
心が映しこまれた雪景色なのだろうか。
上海と同じように植民地の傷跡をもつ南のマカオという街から来た
青年に、この白い雪の風土は傷痕を癒す自然の白い包帯のように
柔らかく優しく存在しているかに見えるのだ。
「凛ーspirit of snow」と題されたこの写真展には
そんなラオさんの生まれた街に遠い記憶が潜んでいるようだった。
手漉きの和紙を選んだ理由も、この彼の撮った雪の柔らかさと重なる
ものがあるのだろう。
水道を凍結させ、気力を萎えさせる厳冬の白ではない雪の白がここに
は在る。
同じ雪の北海道を撮ったマイケル・ケンナの写真集と比べると、そ
の違いはよりはっきりとする。
雪の存在感がラオさんの方がより優しく柔らかで風景を抱擁している。
マイケルの雪は水墨画の濃淡のようにシャープな印影を保っている。
雪は柔らかで優しい抱擁ではなく、人間の痕跡を残す構造物や防風林の
方にその眼差しの重力がある。
それに比しラオさんの撮る写真は、構造物より雪に優しさの比重がある。
この違いは大きくは西洋人と東洋人の相違でもあり、さらには植民地
マカオに生まれた者の傷痕の深さの相違ともいえる気がする。
まだ20代の若い青年であるラオさんが、故郷のマカオを撮った写真
集も併せて見せてもらったが、この写真のもつディテールはこの街が
もつ深い傷跡そのものが白日に晒され蠢いているような気がした。
そこには白く抱擁する包帯のような柔らかい白はどこにもない。
それはかって廃墟のように見捨てられた閉山時の夕張を訪れた時の記
憶を私に思い出させて、それを見ていた。
この廃墟のような傷痕の記憶こそが、白い雪の梱包を包帯のように
優しく感受させるなにかである。
同じ雪でも見る人間の心の位相によって見える見方は大きく違う。
雪の寒さだけに負けてばかりもいられないと思うのだ。

ラオさん、ありがとう。

*高臣大介ガラス展「ひびきあう」-2月18日(火)-23日(日)
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2014-02-11 14:15 | Comments(0)
2014年 02月 09日

どぼ~んと沈没ー一角獣・如月(3)

体調・気力ともに落ち込んで、歯磨きのように毎日書いて
いたハミガキブログが、イエ~!という勢いを失っている。
この仇名を命名してくれたのは、東京目黒のM氏だった。
たまにテンポラリー通信を開くと、毎日の通信がどっと載っ
ていて読むのが大変だったよと言われて、日記だから歯を磨
くように毎日書くのだよ答えたら、そうか、これはハミガキ
ブログだなあ、と名付けられたのだ。
それから私はこの命名が気に入って冗談で”ハミガキロック
、イエ~!”などと言ってきた。
自宅にパソコンはないので、休廊の月曜日は休むがそれ以外の
日は大体毎日日々の事を文字通り日記のように打ち込んできた。
それがこのところ抜ける日が多くなってハミガキブロッグでは
なくなっている。
ギヤラリー活動を窓口にして、世界へ回路を繋げる行為がこの
ハミガキブロック、イエ~!なのだから、これを止める事は
私の中の拠点喪失を意味するのである。
そんな危機感を保って、改めてこの落ち込んだ気持ちを奮い
起している。

今年は寒気が続き半日部屋を暖めて、やつと水が出る。
画廊が稼動していない日は、電気・暖房費だけが嵩む。
交通費に灯油・電気代もバカにならない。
寒さも後押しして休む事が多くなる。
そんな事でハミガキブロッグも滞り勝ちになっている。
心配して訪ねてくれたWさんには申し訳ない事をした。
その日は自宅に沈没していたから・・。

東京も雪という。
飛行機も欠航が続き、札幌雪祭りの観光客も減少しているよう
な気がする。
新宿伊勢丹で展示中の高臣大介さんが帰って来て、ここで個展
「ひびきあう」が始まるまでに気力を回復せねばならぬ。

*高臣大介ガラス展「ひびきあう」-2月18日(火)-23日(日)(
 am11時ーpm7時。
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2014-02-09 13:18 | Comments(0)
2014年 02月 07日

寒気は続くー一角獣・如月(2)

今年の寒気は相当に堪えている。
まして空白の画廊に、毎朝の毎日の白い時間が
身も心も冷え込ませる。
今までこんな事はあまり無かった気がする。
流氷の海から来た男の熱い個展が終わった後だけ
に一層寒気が凍みる。
もうひとりの熱い男の個展との間が開いて、その狭間
に震えているようだ。
千葉から洞爺湖湖畔に移住してきたガラス作家高臣大介
は、オホーツクの画家佐々木恒雄とは対照的な無色で
透明なガラスの作家である。
しかしその氷のような澄んだガラスには、熱い迸る思念
が象嵌されている。
流氷の海の赤い情念とは対照的な本州千葉から北へと燃え
る透明な情念がある。
この故郷と正反対の志向性は、移動する人間の本質
的な夢とどこか関わりがあるのだろうか。
意識的なものではなく、深く本質的な浪漫なのかも
知れない。
かって網走へ帰ると決めた佐々木さんと沖縄へ移住する
と決断したチQくんとの2人展があった時、北へ帰る
佐々木さんのここでの滞在新作は赤で構成された「朱雀」
という作品となり、チQくんの新作は「玄武」と名付けら
れた黒い縁取りの作品となった事がある。
これはどちらも意識してそうなった訳ではない。
自然と滞在製作中に出来た作品がそうなっていたのである。
ある真摯な志向を保った生き方を選び行為しようとする時
自然と古代の4原色が浮上してくるのであろうか。
オホーツクの海へ出立の決意の時に朱が顕われ、南の島へ
移住しようと決断した時、玄(クロ)が顕われる。
高臣大介の場合はそれが透明な白という容で顕われる。
これらはすべてある移住を決断した作家達の出立の色彩である。
志向する処と去る場との対照的な色彩が決意の色彩として立ち
顕れる。
移住という行為の決断が、夢と断念を握り締めるようにして現在
という時の色彩を創っている。
それがオホーツクへ向かう朱であり、南の島へ向かう玄(クロ)
であり、北へ向かう白でもあったように思える。
きっといつの日か私は青を勝負色とする作家と出会うのかもしれない。
その時遅まきながら私は、青春・朱夏・白秋・玄冬の一年を自分の
季節のように一生として送る事が可能となるのだろうか・・と、この
寒気の中夢想のように思うのである。

*高臣大介ガラス展「ひびきあう」-2月18日(火)-23日(日)
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2014-02-07 13:45 | Comments(0)
2014年 02月 04日

出立と断念ー一角獣・如月(1)

最近歩行と地下鉄通勤の両方を通して、その差異を感じる。
時間にして3分の1の差異があるだけではなく、世界も
違うからだ。
そしてふっと明治の時代北海道に移住してきた祖父を想った。
福井県からの移動はこんな差異どころではなかっただろうと
・・・。
故郷と当時未知の北海道へ渡る間には水杯の別れのような
断念と他国へと旅立つ夢とがその移動の背後にぴったりと
張り付いていたに違いないからだ。
今移動する事にそんな濃厚な断念も夢も薄れている。
移民という言葉さえ単なる移動でしか無いのかも知れない。
もし近代と現代の構造的差異があるとすれば、この出立の
断念と夢の濃さの差異がひとつの目安になるのかも知れない
と思う。
この断念と夢の構造は、ごく最近まで精神的な構造として
存在したのではないか、と思うのだ。
学生運動の最中、恋と革命の理想に傷つき自死した岸上
大作の遺した歌。
 
 断絶を知りてしまいしわたくしにもはやしゅったつはつげられている

あるいはその後の時代の同じ学生運動の最中に自死した奥浩平が
遺した言葉。
  
 「さようならと総括」

これら1960年から70年の時代にも、ある深い断念が出立である
構造を精神の深い処で保たれている事が感じられるのだ。
それが共に死という悲しい結末を孕んだにせよ、共通しているのは
出立という行為への熱い願望が色濃く潜んでいる事である。
そしてそれは同時に現実への深い断念がその背後に秘めている事だ。
この断念を深く経ずして安易に移動が行為されるのが、現代の病で
はないだろうか。
離れるー移動するー移民するといった人間の深い行為が、ある断念を
背後にして為される本質的な行為である事を喪って只の物理的移動と
なって故郷も他国という夢も薄弱な存在となる。
そんな時代を生きているような気がするのである。
移動は漂流となり、未知の他国は消え故郷も喪失する。
ある断念から他国へと移動した行為には、他国から顧みられた故郷
という国がある。
断念した場が夢として再生するからである。
それを人は故里と呼んだのだ。
ある深い断念が出立を支え、その断念が夢を産む。
近代においてアメリカという新大陸の国造りの原点にもかってそう
した断念の移民たちがこの国を造っていったのだと彼の地を訪れて
感じた事があった。
アメリカンドリームとは新たなランドの創造であり同時に棄民の
断念の出立のランドでもあったからだ。
小さなアメリカともいえるこの北海道においても他県からの移民
が多くあった訳で、それは今個の領域において再び問われている
気がするのである。
真に断絶を経験して行為しているのか。
単なる移動の日常に溺れていないか。
真の絶望と真の希望は裏腹の関係性にある。

*高臣大介ガラス展「ひびきあう」-2月18日(火)-23日(日)
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2014-02-04 14:13 | Comments(0)