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2013年 10月 18日

伏古へー楡の陰・神無月(16)

昨夕閉廊後熊の木彫り愛好家たちとともに、東区伏古の砂沢
ビッキコレクターの展示室を見に行く。
ビッキの札幌時代の動物をモチーフにした彫刻が蒐集され
ている。
音威子府に移住した後の巨大な作品とは違う工芸的な精緻な
作品である。
この展示は、蒐集家の個人的な趣味が生きた独特の世界を形成
して、見応えある展示だった。
途中元村街道の傍を通る。
旧札幌川が暗渠になり、川の上を公園とした道がある。
この暗渠の川は丘珠地区に繋がって、そこで川は再び姿を現し
古い札幌川、フシコ川となってやがて石狩川へと合流する。
フシコとはアイヌ語で古いを意味する言葉である。
古い札幌川がフシコサッポロ川で、それが略されて伏古川と
呼ばれるようになったのだ。
そのフシコ川に沿って陸路の元村街道がある。
汽車が小樽ー札幌を結ぶ前の一番古い街道である。
この陸路と旧札幌川の水路がかって内陸への重要な通路でもあった。
一緒にビッキの展示を見に行ったK氏はこの近辺の住まいで土地に
詳しく、今はこの川の上道がパープルロードと呼ばれていると教え
てくれた。
なんという命名だろうか・・・。
伏古公園の方が歴史が生きて実感できるのに、パープルロードと
は、何たる命名か。
都心のパルコ仲通をシャワー通りと名付け、旧石狩町の歴史地区
の通りにも同じようにシャワー通りと名付けた例がある。
この横文字化の命名に、逆に田舎臭い胡散臭さと貧困を感じるのだ。
札幌を拓いた歴史的な浪漫街道に沿った旧札幌川の記憶を消して、
その札幌側の斜め通りは、日本ハムファイターズ通りとなり、川の跡
はパープルロードとなる。
どこにも時間の蓄積、歴史の記憶の痕跡すらみえない。
これを近代化と呼ぶなら、近代とは軽薄以外の何物でもない。

スマホにチカホと何でも横文字的に省略化して手軽にする悪しき
習慣が、この命名の呼称にも反映しているようで、苦い思いがした。
元村街道(茨戸街道)を歩こう!と言った方が私にははるかに魅力的
な響きを保って聞こえるのだが・・。
パープルロードを歩こうとは、どうしても呼ぶ気にはならない。
ひょっとして国際化とは、こうした呼び方と等しい位相から発して
いるのかも知れない。
狸小路のポンポコシャンゼリゼなんていうのもあったなあ。

*佐佐木方斎展「自由群新作展」-10月27日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-10-18 13:28 | Comments(0)
2013年 10月 17日

台風去ってー楡の翳・神無月(15)

寒く荒れた一日。
訪れる人も少なく、美術家のB氏のみが朝から夕刻まで
方斎さんと話し合っていた。
古い友人らしく今回の展示に心打たれて付き合ったのだろう。
これも友情というものである。
ビールを飲みながらずっと喋り続けている活舌な方斎だった。

今朝画廊近くで今日も朝一番に出てきた方斎さんと出会う。
画廊のシャッターを開ける間、ずっと会場を見ている。
今朝は台風も去り晴れて日が射している。
その光に浮かぶ自分の作品を見ているのであった。
青の色彩が違うという。
暗い曇天の日が続いて、ライトの光で見ていた作品が自然光
で新鮮に見えたに違いない。
特に青系の色彩がそうなのだ。
じっと立ったまま見つめる鋭い目の光は、紛れも無く作家の
眼差しである。
復活せり、佐佐木方斎・・・。
この時もそんな感じを抱いたのだ。

僅かここ2,30年の歴史さえまともに位置づける事さえでき
ないで、なにが現代美術と言い得るのか。
1980年代の前世代に繋がる仕事を現在に正統に位置づける
線上に、佐佐木方斎の存在と復活を私は強く感じているのだ。
勿論それがすべてとは思わない。
しかし無視できぬ大きな時代を動かした存在であった事に疑問
の余地は無い。
そして何よりも今こうして展示されている作品の保つ瑞々しさ、
その溢れ出る色彩の豊かさに時を超えた作家の魂を感じるので
ある。

時に人は過剰になる事がある。
それは勇み足であり、思い込みなのかもしれない。
それはそれで良いのだ、と私は今思っている。
何故なら今ある作品がそうした思惑なぞどうでもよく、ただ
純粋に美しく存在しているからである。
今日の久しぶりの秋の美しい日差しに、作品の色彩たちが如何
なる新たな表情を見せてくれるか、その事だけでもう理屈はいらない。

*佐佐木方斎展「自由群新作展」-10月27日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-10-17 12:08 | Comments(0)
2013年 10月 16日

心のメム(泉)-楡の翳・神無月(14)

かって伏流水が至る所に湧いて、泉となっていたこの地。
それが植物園であり、伊藤邸庭であり偕楽園緑地であり、
清華邸庭であった訳だが、その伏流水に沿うように深く
根を降ろしてエルムの森が形成されていた。
そうした土地の記憶とともにこの地を生きようと試みながら、
ふっと人の心にもこの泉(メム)の記憶と同じように湧き上
る泉があると、今回の佐佐木方斎展を見て感じている。
2006年の春、花田和冶さんの案内で初めて佐佐木宅を訪れ
た時、方斎さんはベッドに寝たきりの身だった。
しかしそこで見た彼の1980年代の多くの仕事の痕跡は私の心
を捉え、それまでの彼への先入感を大きく訂正するものだった。
そしてこの年8月に最初の佐佐木方斎展「格子群」を展示する
のである。
同時に彼の編集出版した美術ノート全巻と、彼の企画した現代
作家展図録全巻も同時に展示し、疾風のように駆け抜けた’80
年代の軌跡をも併せて展示したのだった。
そこから始まった方斎さんとの7年に近い歳月を経て今回の新作
展がある。
これもまた人生の伏流水のような、深い生の流れの一点の湧く泉
のように感じる。

そうした再生の個展に相応しく、懐かしい人たちが初日に訪れる。
そしてそういう人たちがみな方斎さんの復活を喜び励まされ笑顔
を見せている。
作品というものにはそうした力がある。
作家本人にもそれは力を与える。
もうあのベッドに寝たきりの方斎はいない。

佐佐木方斎の復活は同時にこの場におけるこの私の仕事の再生と
重なって今がある。
我々もまたこの時代の伏流水に根ざした一本のエルムの樹。
その春楡の根と梢のように、光と水を求める存在なのかもしれない。

そんな友情を熱く感じながら初日が過ぎたのだ。

*佐佐木方斎展「自由群新作展」-10月27日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-10-16 13:44 | Comments(0)
2013年 10月 15日

溢れる彩・流れる季節ー楡の翳・神無月(13)

新作9点と習作5点の自由群展である。
新作はすべて油彩で、ペンテイングナイフで描いたという。
S-60号が2点、Sー50号が2点、S-20号が1点
P-10号が2点、サムホール2点が新作である。
2階の習作は、p-30号が2点で日本画の顔料で描かれ
S4号の2点もある。
圧巻なのは新作のS-60号とS50号の大作で、ここに
は「格子群」と「余剰群」が一体となって包含されている。
色彩は幾重にも塗り込められて、油彩独特の深みを保ち、
その色彩はあふれ出るように流れて水の流れのようでもあり、
豊かな時を感じさせる。
40年近い歳月を経て甦ったかのような新作の「自由群」である。
かって作家の出発点としてあった「自由群」は、「余剰群・格子群」
を今深部に胚胎して見事に再生を果たしている。
これは同時に作家佐佐木方斎の再生でもあるだろう。
その精神性は少しも瑞々しさを失わず、むしろさらにある種の
深みさえ増して豊かである。
溢れ出る彩と時の流れが、伏流水のように今湧き出て会場に流れ
出ている。
朱の深み、黒の深み、そして水の織物のような色彩の深み。
それら全てに生きてきた作家の精神の深みが、翳のように揺らい
でたゆたっている。
これまで版として制作された「自由群」「余剰群」「格子群」を見て
きたが、この油彩で新たに描かれた今回の「自由群」は、その色彩の
深み、流露性において版にはない油彩独特の永遠性を見事に獲得して
表現されてあると私は思う。
そしてこの事実は何よりも作家佐佐木方斎の復活として、嬉しく
心強い事実の証左でもある。
この場処がここでまたひとつ大きな軌跡を記した事を今誇りに
思うものだ。

*佐佐木方斎展「自由群新作展」-10月15日(火)-27日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-10-15 13:29 | Comments(0)
2013年 10月 13日

ある種道行きー楡の翳・神無月(12)

こうして毎日生まれも育ちも違うふたりが朝から一緒に居る
のも、不思議な縁と思わざるを得ない。
聞くともなしに昨日は帰りに晩飯をともにして、方斎さんの
生い立ちを聞いた。
聞けば聞くほど、知れば知るほど私とは対照的な生い立ちで
ある。
道東の山村に生まれ育ち、親の職業が変わる度に転居を繰り
返し逃れるように札幌へ北大へと辿り着いた。
そこから開かれた美術の世界。
他方私はといえば、札幌のど真ん中で生まれ育ち、W大へ
東京へ行き父の死と同時に帰郷し札幌オリンピックの経済
租界の渦中にいてやがてその渦から脱出して西の円山へと
移転する。
生まれた場所からの脱出に距離も地域も私とは大きな相違は
あるが、この辺の生き方の意志選択が意外と共通してあるの
かも知れない。
生まれた場所は違っても、その場所への決別・覚悟・志の展
開といった共通性である。
何はともあれ、方斎さんの滅多に聞けない生い立ち秘話の数
々を毎日聞かされて一日が過ぎる。
自身の美術活動の肥やしともなった数々のコレクシヨンの展示
に囲まれ、方斎さんにとってこの1週間は多分滅多に無い心和
む時だったと思われる。
その心の和みが繰り返し語られる昔話の中に含まれていて、それ
もまた彼の人生上の大いなる肥やしのように思える。

今夕このコレクシヨン展の作品は撤去し、「自由群」の新作を
展示する。
来週からは新たな佐佐木方斎展が始まるのである。

こんな時間は、そうそうあるものではない。
しばらくはふたりの晩秋男の道行きが続くのだ。

*佐佐木方斎展「自由群新作展」-10月15日(火)-27日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-10-13 13:26 | Comments(0)
2013年 10月 12日

札幌租界ー楡の翳・神無月(11)

またひとり国際芸術祭の応援スタッフが挨拶回りを兼ねて来る。
頭の良さそうな若い人が多い。
こうしてどんどん優秀な小文化デヴェロッパーが増えてくると、
ふっと市街地再開発事業で道路を拡幅しいくつものショッピング
ビル群が建てられた頃の札幌を思い出す。
この時も道外から優秀な人材が街造りプランに加わっていた。
都市改造の札幌租界の様相を呈していたのだ。
今回は国際芸術祭の文化租界のように勝手に感じつつある。

朝からアルコールの匂いがする。
方斎さんは元気だ。
今日も開廊と同時に顔を出し、積んであるビールを飲んで熊の
ように会場を歩き回っている。
暴れたり飲み過ぎてからんだりはせず、静かに徘徊している。
傍に行けば、血気盛んだった頃の話が満載である。
昨日焼肉弁当を差し入れして来てくれた山田航さんも、その話
に笑い転げていた。
1980~90年代のエピソードには事欠かない風雲児である。

明日で佐佐木方斎コレクシヨン展も終わる。
その後は待望の「自由群」の新作と未完の旧作を展示する。
油彩の大作が含まれているらしい。
約40年近く前の3部作シリーズ「格子群」「余剰群」の最初の
作品群が、この「自由群」なのだ。
元々は油彩で描かれた作品群だが、後に版で構成され出版されて
いて、その出版の順番が制作順とは逆だったので、私は「格子群」
を最初の作品と思っていた。
実際は「自由群」ー「余剰群」-「格子群」の順で、この錯覚は
より深いところで私と佐佐木さんの出自の相違とも感じたのだ。
道北の内陸の村から札幌に出て来た佐佐木さんには、最初から
山野という<自由群>があったのだ。
都会の札幌とは珍しい<格子群>の街並みであり、そこへ至るの
は数学を専攻した所為もあるのだろうが、ひとつの目標位相だった
と理解するのである。
私自身は碁盤の目の方形の格子状の街に生まれ育ち、自身の札幌
発見はその街角を捨てて、郊外へと移住してから札幌という土地の
余剰と自由を再発見していたからである。
また同時に幼い頃の記憶としては、格子状の大路では遊ばず仲通の
余剰路に自由な遊び場があった潜在的な経験も作用している。
従って私にはスタートは格子群であり、山村育ちの方斎さんにはス
タートが潜在意識的にも自由群だったようにも思えるのだ。
山村には格子状の街路はきっと無かったに違いないからである。

表現者の心の奥底には出自の場の記憶が大きな影響を与える。
それが文化の根幹にも在る。
場と場が個人の意識の中で渦巻き、新たな創造と発見が齎される。
それが真の国際(くにぎわ)という際立つ個性であり、インターロー
カルな国際性というものであるだろう。
札幌文化租界に陥らない為にも個々の移住者の覚悟と夢が、翻って
私たち自身の札幌が問われてもいる。

*佐佐木方斉展ー1期「コrクシヨン展」-10月13日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 2期「自由群新作展」-15日(火)-27日(日)まで。月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-10-12 12:46 | Comments(0)
2013年 10月 11日

際立つという国際ー楡の翳(10)

かって移住者には移住者のロマンがあった。
例えそれが衣食住の夢であっても、そこには捨てて来た
過去との決別という覚悟があったと思う。
かってアメリカンドリームと言われた夢とはそうした移住
者の夢を象徴する言葉である。
現代の移住者には、そんな覚悟も夢も希薄な感じがする。
もっと簡単な移動のように移住がある。
それはそれで進歩とも思える事実ではあるが、同時に根無
し草のように、さらなる移動が準備されてもいる状況が生
まれる。
移住行動に覚悟とロマンも希薄になって、そこに根を下ろ
す文化の根幹も希薄になる。
グローバル化という国際化と文化の固有性に根ざした国際化
とは、似て非なるものである。
明年開催されるという札幌国際芸術展にある種の危惧感を抱く
のは、インターローカルな国際(くにぎわ)の視座よりも、
グローカルな国際化を目指しているように感じるからである。
世界的に有名な・・という視点が、どこか感じられ、ここに
固有の夢の形が見えてこない。
知る限りの偏見に基づけば、主導する方々にも移住者が多く
この地に根を張っているというよりも、歴史や伝統を気にせず
好きな事が出来る場としてあるような気がするのである。

先日フクシマの小さな温泉町が放射能の影響はほとんど無いに
も関わらず、風評被害もあって客離れに悩み地元の青年たちが
アートで町の活性化の取り組んでいる姿をTVで見た。
空き家となった旅館や空き地、山間の特有の地形を美術家たち
が俯瞰したり仰ぎ見たりとこの地特有の美しさを作品に結晶さ
せようと奮闘していた。
企画する方も外から参加する方も一生懸命にこの地を考え、そ
の為に作品を創っていた。
一日に多くて何百人かの入場者数だったけれど、それでもこの
過疎の町には大きな人数のものだったのだ。
黙って風評被害の犠牲になって自滅してゆくよりも、はるかに
希望と覚悟に満ちた勇気ある行為として、このアートイヴェント
を私は感じていた。
資本も無く有名性も無くほとんど手弁当のようにみんなが協力
して、この地の良さを訴える。
そこに芸術。文化の力を結集する。
これが本当の文化の力ではないのか。
そして主役はこの土地の保つ独自な美しさそのものである。
決して有名でもなんでもなく、山間のインターローカルな固有
の風景が主役なのだ。
外部から来た芸術家にもそれ相応の覚悟が見てとれる。
なんとしてもこの地の良さを発掘し、自らの夢と重ね他者へと
アッピールしたいという覚悟である。
ひょっとしたらこの地で生きている人の命運をも左右する事に
なりかねないという危機感を保った覚悟である。

それに比べて道都意識の濃い大都市札幌で行われる国際芸術祭
とは、インターローカルな国際(くにぎわ)の視座ではなく、
グローカルな有名志向の覚悟の希薄なフェステイバルとなる感
がある。

*佐佐木方斎展ー1期「コレクシヨン展」-10月13日(日)まで。
 am11時ーpm7時
 2期「自由群新作展」-10月15日ー27日;月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-10-11 12:53 | Comments(0)
2013年 10月 10日

ほっとして疲れが出たー楡の翳・神無月(9)

自転車が帰還して何かほっとして疲れが出た。
方斎さんは元気で、毎朝開榔と同時に顔を出す。
それからは大体嬉しそうに昔話をして、ビールを飲む。
オープニングで沢山頂いたアルコールには事欠かないから
昼からでも飲んでいる。
昼食はとらず、アルコールが常食だ。
人が来れば嬉しそうにアルコールを勧めて笑顔である。
数年前ベッドに横たわっていたのは、夢のようである。

夜ひとりの青年が来る。
どこかで見たことがある顔だったが名前が浮かばない。
話してKと気づく。
横浜出身の人で、今年春「生息と制作」展を企画した人
である。
以前一度会った時よりも大分太っていたので気づかなか
ったのだ。
11月に札幌に移住してくると言う。
何故札幌なのかは分からない。
北海道なのか札幌そのものなのかも、不明である。
もしそれが札幌なのなら、横浜との近代の共通性をミナトと
ミヤコの関係性において深めて欲しいと思う。
北海道そのものへの興味にも話していて感じるものがあり、
アイヌ民族や狼への関心をもっている事にそれを感じた。
とすれば近代の問題ではなく、より自然に近いものへの興味
と思えたのだ。
「生息と制作」展のコンセプトにはこの場で多少なりとも
批判をした所為もあり、今ひとつ話が盛り上がらなかった。
問題は移住後の彼の生き方に札幌も北海道の他の地域も試さ
れる本質がある。
一度批判をしたからには、ぶれずに見守っていきたいと思う。

*佐佐木方斎展ー1期「コレクシヨン展」-10月13日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 2期「自由群新作展」-10月15日(火)-27日(日)まで。
 :月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-10-10 15:05 | Comments(0)
2013年 10月 09日

自転車の帰還ー楡の翳・神無月(8)

佐佐木方斎展初日多くの人が集まる。
古い友人が多い所為だろうか、佐佐木さんの周囲には
笑いが絶えない。
そっと見守りたくて、あえて輪には入らず2階に居る。
笑い声が廊内に響いている。
方斎の久しぶりの個展そして復活をみんな喜んでいるようだ。
そして自分はこの2日間の自転車の消失、そして帰還を思い
出していた。
日曜日にそれまでの展示を片付け、息切れしながら歯磨き
のようにほぼ毎日続けているブログをもう暗くなった夕方に
打ち込んでいた。
下の会場は電気を消し、外も暗く日曜日で隣も早めに閉じて
周囲は日も落ちて暗闇だった。
なんとかブログを打ち込み、さあ帰ろうとシャッターを閉め
外に出ると、あるはずの自転車が無い。
周りのどこにも見当たらない。
やられた~!と、一瞬青ざめる。
それからとぼとぼと歩いて帰る。
途中気が滅入り、人間不信に陥る。
翌日は午後から展示なので、歩いて画廊へ向かう。
2時間近くかかる。
途中自転車置き場を通る度に、思わず目が自分の愛車を探して
いる。
そういう自分に気づく度に、惨めな気持ちになる。
そして翌朝、画廊に着くと、なんといつもの場所に自転車が在る
ではないか・・・。
Y君が手配してくれたこの自転車には、防犯シールが登録されて
いる。
さらに住まいのマンシヨンの管理上のシールも貼ってある。
それらの防犯予防が、役に立ったのだろうか。
ともあれ、世界は少し開けて明るい感じがした。
以前にも盗難にあった事があるが、これは見つからず計画的な
窃盗だったと思う。
同じ界隈が軒並み盗られていたからだ。
今回は出来心だったのだろうか、とにかく戻ってきて感謝である。

そんな事もあって気持ち良く佐佐木方斎展初日を迎えたのである。
賑やかな笑い声の響く階下の喧騒を聞きながら、まずはそんな思い
に耽っていた。

*佐佐木方斎展ー1期「コレクシトン展」-10月13日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 2期「自由群新作展」-15日(火)-27日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax911-737-5503

by kakiten | 2013-10-09 12:32 | Comments(0)
2013年 10月 08日

佐佐木方斎展始まるー楡の翳・神無月(7)

第一期「コレクシヨン展」の展示が済む。
28人の作家作品が並ぶ。
現代作家展、美術ノート時代に交流のあったと思われる作家
たちの作品が、方斎さんの精神的土壌のようにある調和を見
せている。
顔ぶれも多彩で、藤田喬平からM・ババッチ、渡辺伊八郎等
の1階の12人、花田和治、後藤和子、最上慎一等の16人
とコレクシヨンならではの珍しいメンバーとなっている。
珍しい作品には、まだ本名の佐々木謙二の名前で発表された
方斎さんの初期のポロック風の作品もある事だ。
そして今はもう故人となった作家の多いのも目に付く。
ひとりの人間がその時々の縁なり、恣意的な好みで集めた
作品たちが、こうして一堂に並ぶとそこに集めた個人の志向性
が歴史のように立ち顕れてまたひとつの世界を創っている。
個々の作家の顔は消え、個々の作品が佐佐木方斎の内面的要素
として存在しているかに思える。
この展示を一週続けて、次に30年ぶりの新作「自由群」の展示
が始まる。
この30年ぶりの新作展の為にも、作家のカルチヴェートの風土
を確認する意味でこの展示は貴重な作家の自己史とも位置づけら
れるものとなるだろう。
1970~1990年代を駆け抜けたひとりの表現者の時代との
熱い接点がここにはあるからだ。

*佐佐木方斎展ー1期「コレクシヨン展」-10月13日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 2期「自由群新作展」-15日(日)-27日(日)まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-10-08 14:15 | Comments(0)