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テンポラリー通信

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2012年 11月 17日

ぬるい粉糠雨ー緋月・11月(14)

明日から寒気が入り雪という。
今日は朝から霧雨のように温い雨。
壁の蔦もすっかり裸になって、黒い実だけが目に付く。
その蔦の実にカラスが数羽貼り付いて騒がしい。
初冬というより晩秋が今年は長い。

季節は赤から黒へと玄冬に向かっている。
私の右眼の赤は何時黒に戻るのだろう。
今朝もまだ赤い眼のままである。

風もなく粉糠雨が降り続いている。
吉原洋一氏と鈴木余位氏に次回吉増剛造展の作品タイトル
問い合わせのメールを送る。
そろそろ吉増さんの作品と総タイトルが送られてくる頃である。
フライヤーの制作に着手しなければならない。
おふたりの吉増さんを撮った作品も競演する展示となる。
昨年暮の「石狩河口/坐ル ふたたび」展から始動した5千行
の現在進行中の大作詩を如何に展示するか。
一般的な美術作品展示とは一味違う見せ方となる。
写真展でも映像展でもなく、草稿を主体として吉増剛造という
稀有なひとりの詩人の生き方・詩表現と北の風土・3・11以降の
現在と過去といった諸々の今がテーマとなる。
1994年の最初の個展「石狩河口/坐ル」から18年伏流水のよう
に今に流れるこの場との関係性もまた隠された大きな主題である。
従って作品が送られて来て展示してOKというものではない。
展示も含めてこれから創りあげてゆく時空間が重要なのだ。
赤目にめげてばかりもいられない。

*収蔵品展ー11月25日(日)まで。am11時ーpm7時;月曜定休。
*吉増剛造展ー12月11日(火)-1月13日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-17 13:52 | Comments(0)
2012年 11月 16日

赤い目ー緋月・11月(13)

昨日夕方訪れたMさんがしばらくして私の顔を見ていう。
右目が赤いよ・・。
眼底出血じゃない?医者にすぐ行かなきゃあ。
え?視力には何の異常もない。
鏡を見ると本当に右目が真っ赤である。
この日はもう遅いので家に早めに帰り、今朝かかりつけの
H内科へ行く。
先生は目を見るなり、一週間もすれば治るよ・・、と軽く言う。
この時期はよくあるとも言う。
なんだかいろいろ悪い方に考えていたので、肩透かし。
血圧もまあまあで、腎臓の数値も少し改善されている。
診察が終ってみれば、それ程の事もなくほっとした。
それにしてもこの右目の赤は、何なのだろう。
寒気が増して体のどこかが緊張しているのかも知れない。
金欠症と赤字。
それに、岡部昌生の初期作品「人形六つ」の赤い空が眼に
貼り付いたのか。
今月は赤に縁ある月である。
片眼まで赤くなるなんて・・ね。
本気で心配してくれたMさんに早速連絡しなければならない。
朝顔を洗ってもあまり自分の顔を見ていないので、Mさんに
言われなければ、多分ずっと気付かずにいた事だろう。
大事に至らなかったにせよ、出血はなにかのサインと思う。
色んなストレスの合図と思う。

山には初雪が降ったようだが、平野部にはまだ雪はない。
今日も曇天の下、紅葉の落下が進んでいる。
壁の繁った蔦も葉が落ちて実が露わになっている。
その蔦の実に数羽のカラスが群がり音立て啄ばんでいる。
赤く枯れた蔦と葉、それに黒いカラスが交差して、ここだけは
赤と黒の森の野生のようだ。
森の赤目、黒目・・・!。

*収蔵品展ー11月25日(日)まで。am11時ーpm7時:月曜定休。
*吉増剛造展ー12月11日(火)-1月13日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-16 13:10 | Comments(0)
2012年 11月 15日

雪は見ずー緋月・11月(12)

まだ街に雪は見えない。
競馬場の長い壁はまだ燃えるような緋色である。
その壁に沿った道を自転車が走る。
濡れた路面にタイヤが吸い付いて快い。
落ち葉が舞い上がり、音を立てて左右に散る。
北大の構内に入り、エルムトンネルの森を抜ける。
巨木は緑と赤の葉を深く繁らせて、空を覆っている。
黄泉の国の門のようだ。
秋が深くなると、人はふっと死を想う。
死が近くなる。
朝、仏前に向かい祈りを捧げる故人の名が多くなった。
妻・母・父・祖父・伯父・師・友人たち・・。
いつの間にか毎朝祈る習慣が付いた。
無力な自分のせめてもの供養なのかも知れない。
両手を合わせ祈る形に、樹の立つ姿を感じる。
過去と未来を結ぶ両掌の内なる今。
現在(いま)とは、この両掌の内に息づく幹のような、
鼓動する何かである。
その事の確認の為に、祈るという行為があるようだ。
今朝は初めてYこと、Nの名前を頭に浮かべて祈る。
本来ならば、弔辞の一つも述べたかったのになあ。
昆虫や蝶の標本が沢山遺されていたという。
野山を駈けて蝶を追い、昆虫を取っていたという昔聞い
た話は本当だったのだ。
知っている積りでも知らない部分が、人には沢山ある。
人はどこで人と会い、どこで未知のまま別れるのか。
死は時にそうした事を、一気に総括して知らめてくれる。
そして人の一生を一瞬トータルな姿として浮き彫りさせ
てくれるような時がある。

死を通して、人は人ともう一度向き合う事がある。
昆虫少年よ、一度君は野山を見失ったけどけど
結局君は君らしく生きたよな。
今、そう思うよ。

それが、今朝の祈りの最後の言葉。

*収蔵品展ー11月25日(日)まで。am11時ーpm7時:月曜定休
*吉増剛造展ー12月11日(火)-1月13日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-15 13:30 | Comments(0)
2012年 11月 14日

風落ちてー緋月・11月(11)

今日明日初雪との予報。
水戸にいる妹から司法書士をしている旧友と連絡を
取りたいとの電話がある。
長く病床にあった主人を亡くし、相続等の相談をしたい
との事だった。
しばらく会っていない旧友の連絡先を伝えたが、今朝
その友人の喪中の葉書が届く。
吃驚してすぐ電話すると、入院して一日で急死したと言う。
家族にも知られず、ずっと大腸癌だったようだ。
我慢強い性格で、人知れず耐えていたのだろう。
それにしても入院一日で急逝とは、余程悪かったのだろう。
中学、大学と同窓で、大学卒業後私の従妹と縁あって入籍
し婿養子となり、その後従妹と共に家を出て独学で司法書
士になった男である。
この結婚には私の存在も大きく関わっていたので、その後
のふたりの運命の転換には、どこか自分自身の生き様と
深く繋がってあるような気がしている。
その事を死んだこのYと話す機会はもう永遠に来る事はない。

人は人の生き方にどこかで本人の意識に関わらず影響を
与えている事がある。
Yが私の従妹と養子にまでなって一緒になったのは、勿論
当人たちの意志で私の所為ではないのだけれども、その一
因に当時の私の生き様もどこか影響があったのではという
気持は拭い切れないものがある。
勤勉で真面目で優等生的な彼が人生の針路を変え、しかし
結局は司法書士という職業を自力で資格を取るという本来の
自分らしい生き方へと戻していったような気がするのだ。
養子先の家を出る際夫と共に家を出た私の従妹も純粋な女
性である。
葬儀の時葬儀委員長がふたりの出会いは、奥さんの従兄弟
の紹介によるものでした話したという。
その肝心の従兄弟が来ていないと後で話題になったと、未亡
人になった従妹がケラケラと明るい声で話す。
知らずとはいえ、ふたりには申し訳ない事をした気がする。

Yいや、入籍して姓を変えたNよ、
人生に悔いはなかったか?
事業家から司法書士へ、
君は君の本当の君らしさを見つけたのか。
その話をもう一度最後に、とことん話したかったな。
俺は俺自身の事も含めてだ・・。

*収蔵品展ー11月25日(日)まで。am11時ーpm7時:月曜定休。
*吉増剛造展ー12月中旬~
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-14 13:27 | Comments(0)
2012年 11月 13日

光の川ー緋月・11月(10)

紅葉が次第に黒ずんで、落葉となり路傍に重なっている。
赤から黒へ、黒というよりもっと複雑な深い色・玄。
玄冬の季節だ。
岡部昌生初期作品展に相応しい色の季節となった。
今朝は晴れて南の窓から光の帯が射し込んでいる。
この時間帯だけの美しい光だ。
光は数分かけて北から東壁へと静かに伝っていく。
光は川のように空間に濃淡の翳の岸辺をつくる。

次回企画の吉増剛造展に向けて東京の吉原洋一、鈴木余位
両氏から熱いメールが届いていた。
浮上してきた吉増展のキーワードは<光の川>。

 吉増展へ入るには<光の川を渡る>、というイメージです。

吉原さんの閃きのような言葉である。
その言葉に鈴木さんが反応して熱いメッセージ。
このふたりが吉増展に参加し<光の川>を創ってゆく熱い
メッセージだ。
まるでその事に呼応するかのように、今朝吉増さんからレター
パックが届く。
ART SPACE発行「INFANT」誌「特集命」16号とお便りが
入っている。
会期中同誌編集のK氏S氏も来札し、展示イヴェントに参加の
意向とある。
そして追記に<「大作」いよいよ今日あたり243~245あたりを
進行中・・>とある。
これは、詩の原稿用紙の枚数である。
最終的には250葉を超える5千行の作品となるようだ。
昨年暮の緑の運河エルムゾーンを歩いた後、石狩河口に再び
赴きこの作品の始動が始って、今も進行中の大作が今回の
展示のメインである。
それに昨年一年間吉増さんを撮り続けた吉原さんの写真が
展示され、同時に昨年末のここでの吉増展を8mm映像で
撮影した鈴木さんの映像が加わる。
会期中吉増さん自身のGOZO CINE新作も上映が予定され
銅巻とともに対話シンポジュームも予定されている。
その展示の主題ともなる言葉が、「光の川」である。
朝・昼・午後・夕・夜と光は、照る日、曇り日、雪の日と刻々と
変わるだろう。
それぞれの時間に流れる光の川がある。
その光の川に浮かぶ舟は吉増さんの大作詩であり、その舟から
棹さすように、吉原さん、鈴木さんの作品が光の川を漕いで行く。
そんなイメージが漠然とだが、浮かんでいる。

岡部展最終日の一昨日山田航さんが来る。
今朝の道新見た?と聞かれる。
見てない、と応えると、少し恥ずかしそうに今年の道新文学賞
短歌部門で受賞したと言う。
一面に受賞の告知、文化面一面に大きく顔写真とともにインタ
ビュー記事が掲載されている。
史上最年少で受賞という事だ。
ちょうど来た瀬戸君と3人でお祝いに酒を飲む。

吉増さん、山田さん、吉原さん、鈴木さんのこの力にインスパイヤ
ーされて、自分も今を生きている。
年齢や世代やジャンルではない。
有名・無名性でもない。
第一線で生きている、そのラデイカルな基底力である。

*吉増剛造展ー12月11日(火)-1月13日(日)予定。
:詳細は後日記載。11月中は収蔵品展を継続予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-11-13 12:44 | Comments(0)
2012年 11月 10日

赤い糸ー緋月・11月(9)

岡部昌生初期の幻の傑作油彩「人形六つ」の所有者
T氏が訪ねて来る。
氏はこの百号の油絵を若い時岡部氏から寄贈され、
ずっと飾れる場所もなく奥に仕舞いこんでいたという。
そして後年事務所兼住宅を建てた時初めてこの作品
の飾る場所を設け、岡部氏と私をお披露目に招いて
くれた。その折の写真が今も残っている。
フロッタージュの赤の原点を僕が持っているよ、とこの
頃T氏から聞かされた事を今も思い出す。
今も作品は事務所に飾ってあるというが、劣化が激しく
公的には展示できない状態だという。
昨年芸術の森美術館で開催されたなかがわ・つかさ展
の際にも貸し出しの要請があったというが、作品状態が
悪く展示はできなかったという。
もう半世紀近くも経過した作品は、それなりに劣化が進む。
しかしこの作品を大事に保管し飾り続けたT氏の心は少し
も劣化してはいない。
初めてこの作品に触れ、それを譲り受けた時の感動とそれを
飾る場所を設けるまでの時間は、T氏の一番大切な人生上の
原点ともなる時間だと私は感じていた。
当時の一般的な庶民の家には、百号の油絵を飾るような場所
など無いのが普通である。
これをいつか飾れるような家を持ちたい。
それがT氏のある時期の目標であり、生き甲斐だったと思える。
その意味ではこの一枚の絵が、ひとりの人生を創ってきたとも
いえる。
そんなT氏と久し振りに会い、この絵画に連なる岡部氏との友
情や彼の人生上のいろんな挿話を聞いた。
T氏と私は今必ずしも同じ立場にはいない、
むしろある局面では、対峙する場面にも多々ある。
しかしこのT氏所有の作品の前では、そんな対立的な要素は消
えて、ひたすら純粋に絵画への思いだけで熱く語り合ったのだ。
これは生きてきた時間とひとつの作品が結びついた稀有な時間
であったと、今思う。
作品はもう作家の手を離れて、固有な存在として今そこに在る。
時の経過とともに、画面は荒れ剥離が生じてもいるだろう。
しかし変わず、より濃く深くなるものがT氏の心の中にはあるのだ。
その触角のように敏感な心の奥底に在る魂の繊毛に、私はこの
時触れていた気がする。

紅葉の赤い季節に、一枚の赤い作品の記憶が遠い友人を招き寄せ
赤い糸に導かれるように人生を語った。
個々の人生が絵画の記憶とともに甦る。
これも今回の作品展のもたらした作品が保つひとつのドラマである。

*収蔵品展「岡部昌生初期作品を中心に」-11月11日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-10 12:58 | Comments(0)
2012年 11月 09日

緋の衣纏うー緋月・11月(8)

テンポラリースペースの壁が妖しいまでに緋色に
覆われている。
枯れて落ちてゆく葉とともに、天地が染まる。
灰色の濡れた空気に紅が滲む。
晴れて空気の乾いた時よりも綺麗だなあ。

この鮮やかな赤を見ていて、現在展示中の岡部昌生展
に置いてある初期の絵本の絵を思い出した。
1973年発行の絵本「きたきつね」である。
絵は岡部昌生によるもので、きたきつねの親と子ぎつね
の成長を北の大地の四季の風景に描いたものである。
その中に夏から秋へかけての何葉かに印象的な赤い花
の咲く緑の野の絵がある。
この緑野と赤い花の美しい色彩に、今年の岡部×港千尋
展のカタログ「色は憶えている」(2012年5月)の表紙写真
「全村避難の日の飯館村」が重なって見えたのだ。
この写真でもやはり赤い花が画面手前に咲き誇り、奥には
無人のビニールハウスが広がっている。
40年近い歳月を経て交錯するこの赤の色彩は何なのか。
あえてこのふたつを会場に並列して展示をしてみた。
一方は彼の故郷にある原風景のような遠い野と赤い花。
一方は昨年起きた原発事故後の無人のフクシマの村。
一方は描かれた絵画であり、一方は実際に撮られた写真
である。
にもかかわらず、この赤と緑の深い共通性は何なのか。
私はそれが岡部昌生の保っている赤という色彩の保つ力の
由縁と感じている。
この根室の原野に咲く描かれた花の赤さこそ、岡部が幼少期
空襲という被爆した赤い空を描いた初期の油彩「人形六つ」の
赤に通底する赤だったように思う。
40年近い歳月を経て、彼はその赤にフクシマで出会っている。
見えない放射能に犯され無人となった野に健気にも咲く赤い花。
キタキツネが子育てをし、無邪気に遊びやがて親離れ子離れを
してゆく道東の原野に咲く赤い花。
このふたつの赤い花の交差は、今こそ岡部自身の内側で問わ
れて意識化されるべき色彩である。
この作家の原点は、赤をトニカとする画家であると私は確信
するのである。

*収蔵品展「岡部昌生初期作品を中心に」-11月11日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-09 12:26 | Comments(0)
2012年 11月 08日

一本歯高足下駄で現るー緋月・11月(7)

来年早々の個展打ち合わせに一本歯高足下駄を履いて
洞爺のガラス作家高臣大介さんが来る。
今年2月の阿部守さんとのふたり展「野傍の泉池」以来で
ある。
あっという間に1年近くが経った。
次回展示の日程を決め、テーマについても話し合う。
千葉から洞爺湖・月浦に移住して10年。
全国を展示販売で飛び回っていた10年でもあるが、来年
からは洞爺の工房から基本的には動かず生活するという。
そして身の回りの森や野の花をテーマに取り入れ、制作を
どうやら考えている様子である。
ワイルドガーデンと自ら名付けている工房の周りの庭や、
裏の神社の森の話を聞いた。
独特の透明な吹きガラスを創る彼の脳裏には、植物の保つ
有機的な色彩・形状が透過する光とともに非常に魅力的な
存在なのだろう。
それも今住んでいる周りの洞爺の植物たちである。
彼の吹く透明なガラスは光を留める。
その光の中に自らの住む周囲の自然を抱きしめる。
燃える男のロックや飛んでる男のショットといったユニークな
命名のグラス類に始ったガラス制作が今、生活している周囲
の自然・植物へと眼が向けられてきた。
千葉から飛来して10年。
風は土へと馴染み、新たな風・土にならんとしている。
一昨年の隈研吾建築設計の依頼でガラスの壁を制作して
以来、なにかが彼の中で変化しつつある。
従来の器主体の制作から、光を留める住宅の壁のようなある
種非実用的な素材そのものの保つ特性を美として創る事に
目覚めたとでもいったら言い過ぎだろうか。
昨年のここでの作品の中にもそうした傾向の作品があった。
メム(泉)と名付けられた小さなグラスや跳ぶ波のような紡錘形
の吊りのオブジェ等である。
かって泉が湧きサクシコトニ川の源泉ともなった場所を主題と
したこの展覧会の、正に湧き水そのものが形象化された作品
だったと思う。
これらも美しい器という従来の容器の概念を超えた作品だった
と思う。
透明である事に彼の創る作品の最大の特色があるとするなら、
その透明さはただただ透き通るだけの透明さではない。
光を留めて転換してゆく、トランス(transー:別の場へ)と
転換する<透き通る:transparent>である。
彼自身に即して言えば、千葉から北の洞爺へ移住して今新た
な自分が生まれようとしている、trans-とも言い換えられるの
だ。
その意味では高臣大介自身の透明な生:transparentの時と
も思える今回の個展である。
来年1月が楽しみだ。

*収蔵品展「岡部昌生初期作品を中心に」-11月11日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-08 16:07 | Comments(0)
2012年 11月 07日

滲む日ー緋月・11月(6)

風はなく、細かい雨が降っている。
紅葉が赤く煙っている。
赤を秘めた黒の世界。
昨日書いた<玄(くろ)の世界>へ向かっているようだ。

先日見えた美術評論のKさんから「クリストとジャンヌ・クロード
による梱包された国会議事堂、ベルリン、1971-1995」の評
論コピーが送られてくる。
クリストご夫妻とも親交のあったkさんならではの、詳細な評論
である。
そしてそのファイルとともに、チョコレートや結び昆布、カロリ
ーメイトなどが添えられていた。
Kさんは時に母のような姉のような存在である。
どこかでこの不肖の自分の恩返しをしなければならない。

東京のY氏から出版されたばかりのブリングル詩集が送られ
てきた。添えられた手紙によるとY氏初めての装丁とある。
作者から直接依頼があり直感で引き受けたという。
それにしてもとても最初とは思えない見事な出来映えである。
年末の吉増剛造展では彼の写真を展示して頂く予定だが、この
装丁の見事さを見れば、展示の方でも多いにその力を発揮して
貰いたいと思った。

心こもった届け物が、ふっと心に沁みる。
今日の雨のように鮮やかに染み入る色彩がある。
黒を秘めた赤、赤を秘めた黒。
今日の雨のように、足もと深く沁み入る垂直なもの。

*収蔵品展「岡部昌生初期作品を中心に」-11月11日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-07 12:50 | Comments(0)
2012年 11月 06日

玄という赤ー緋月・11月(5)

岡部昌生の初期作品を並べてみると、やはり忘れられない
一作が頭に浮かぶ。
テンポラリースペース開廊時に展示した「人形六つ」という
油彩の百号の作品である。
この作品に初めて出会った時の印象を当時の図録に私は
次のように記した。

 空が暗く赤い、人形が父、母、子のように立ち上がり、あるものは
 逆吊りになり横たわっている。黒を秘めた赤、赤を内部にぎっしり
 と埋めた黒。岡部昌生のフロッタージュに印象的に表れる、赤と黒
 の原点のようにこの百号のタブローは存在したのである。

         (岡部昌生1989-1964展ー1989年11月図録)

今回の収蔵品展には展示されていないこの「人形六つ」という作品は、
岡部の原点ともいえる1964年制作の油彩である。
この作品について作者自身故郷の根室の記憶として次のように語って
いる。
 (絵を描くきっかけを確かめに根室の街を巡り、幼少時の)
 赤く燃えている根室の街のその光景が、一つの原風景のようにあっ
 たんです。      (「パルス創刊号」対談)

黒のストロークによって多く構成されているフロッタージュ作品の中で
時として赤だけのフロッタージュ作品もある。
ある時期はこの黒と赤が対のように発表される事もあった。
そのような作品は今回会場正面に2点飾られているが、他のフロッタ
ージュ作品はほとんど多くが黒が主である。
ただ時折り四隅を止める赤いテープにこの赤が印象的に使われてある
事がある。
しかし近年この赤は姿を潜め、ほとんど見る事はない。
今回あらためて初期作品を並べ見ていると、この消えてしまった赤が
本当はこの作家の一番原点に在る色という思いがするのだ。
そこで思い出したのが、<玄>という言葉である。
元々は糸という古字が変化して玄という言葉が生まれた。
糸を黒く染めるには赤や紫やいろいろの色を重ねて染め、最後に糸を
黒く染めた底に赤色がまだ残って見える、そんな状態を<玄>といっ
たという。
赤を深く秘めた黒ー玄。
岡部昌生の黒とは本当は赤を秘めた黒ではないのか。
岡部昌生の最近の作品からは、この赤はほとんど見る事が無い。
フロッタージュ以前の非常に時代に敏感な版による作品群「午後7時の
ニュース」「新聞+シルクスクリーン」等の流れは、ヒロシマや近年のフク
シマへ連なる黒のストロークの作品行為に繋がる。
赤の色彩は個人体験の深みに位置して、この黒の奥底に沈んでいる事に
もっともっと自覚的であるべきと私は思うのだ。
岡部昌生にとっての赤という色彩は、より本質的な体験の垂直軸に属する
原点の色彩であり、黒はより水平的な時代に敏感な触覚に近い色彩である
と私は思う。
しかししてこの黒のストロークすらも最近は喪われ、「土の記憶ー事後のイ
メージ(フクシマ)」等に見られる鯉江良ニの「泥ーイング」の焼き直し的な
作品群には、3・11以降の時代に敏感なだけの黒の色彩すら喪った岡部
が漂流して見えるのである。
赤を深く秘めた<クロ=玄>の色彩を、岡部昌生は復権するべきである。
それが私の今回彼の初期作品を展示して得た所感である。

*収蔵品展「岡部昌生初期作品を中心に」-11月11日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-06 13:33 | Comments(0)