人気ブログランキング |

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 04月 ( 23 )   > この月の画像一覧


2012年 04月 18日

ポスター届くー光陰・4月(13)

芸術の森美術館で1999年に開催されたふたり展のポスターが届いた。
早速入り口右コーナーに展示する。
札幌市資料館のアンチークな螺旋階段に佇むふたりの姿が良い。
これで後はさらなる作品の種類が増えれば良い。
今度の追悼展はきっと最終日が完成である。
それまでに少しづつ各自それぞれの故人の記憶が集まってくる。

今日も暗く寒い日である。
冬がまだ蹲っている。
開き始めた蕾も、再び固く身を閉じているかのようだ。
先週明るい春の気配に、福寿草とフキノトウの便りが届いたのに
寒の戻り。

静かな二日目。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月17日(火)-29日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-18 15:56 | Comments(0)
2012年 04月 17日

雨のスタートー光陰・4月(12)

お願いした芸術の森美術館での1999年開催の八木保次・伸子展の
ポスターと資料を今日送ったとの連絡が、学芸員のY氏からある。
おふたりの生前の二人展としては最大規模の展覧会で、この時のポスタ
ーが今も深く印象に残っていた。
ふたりの追悼展には欠かせないものと思ったのだ。
私の持っていたものは、6年前の引越しの際紛失していたからである。
それがY氏の好意で快く送られてくる。
嬉しい事である。
こうして徐々に資料と作品が集まって追悼展が始る。
とりあえずの初日スタートは冷たい雨である。

K氏の作品はまだ到着していないが、友人の中ではK氏が一番の
八木作品コレクターである。
多分K氏だけでコレクシヨン展ができるだけの数があるに違いない。
K氏はかってやり手の書店経営者で、一時は郊外店を3店も経営し
本店ではギヤラリーコーナーも設営して八木さんご夫妻の作品を展示
した事もある。古本と新本の両方の本屋さんを設け、自分の夢を突っ走っ
た時期があったのだ。そうした時と八木さんの絵の収集の時期は高揚した
時として重なるのである。
某清掃用品の会社を経営するH氏は、同じようにある時期念願の自宅兼
演劇アトリエを郊外の春香山麓に建てた事があった。
ふたりとも長年の夢を実現した時期である。
今はそのふたりの夢の場所は無くなってしまったが、この時期間違いもなく
ふたりの夢を実現させた時だったのだ。
そういう時と八木さんの作品が購入されている時期が重なる。
ふたりがこの時何を目指し、何を実現させようとしたか。
その夢とこの時手に入れた八木作品は、心の昂揚部分において純粋に
重なった在る。
現実は移ろい変容し、消えていくけれど、作品は変わらずより凝縮して
存在感を増す。
K氏やH氏は大学以来の親友であり、ふたりの人生上に存在する八木さんの
作品はその心の光と影の境を彩る存在と思う。
もうひとりのN氏は、登山家として名を成した人だがこの時期アイヌ学への
実践者としてそれまでの行き方を変えつつあった時期である。
山登りのノウハウから、自然そのものに沿った生き方を模索しアイヌの人
の考え方に生きる方向性を見出していた時期であった。
某ベストセラーの登山ガイド本の筆者を降りて登山界から抜けた時期である。
そんな時に八木さんの描く色彩と出会っているのだ。
従って今回の作品提供者はそれぞれに人生上のある転換時期に交流が深まり、
八木作品がその線上に存在して今にあるのである。
かく言う自分自身も今を生きる札幌人生の入口に八木作品は存する。
そしてかつ八木さんを含めたこの3人との交流もまた、ある時期ひとつの時代の
ように存するのである。
そんな色々な思いを込めて「それぞれの八木保次・伸子」展が始る。
その各々の作品の彩(いろ)は、どんな彩となって再び発ち顕れるのだろうか。

*「追悼・それぞれの八木保次・伸子」展ー4月17日(火)-29日(日)
 am11時^pm7時・月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-17 13:23 | Comments(0)
2012年 04月 15日

作品搬入ー光陰・4月(11)

H氏所有の八木保次作品来る。
一気にまた春が増えたような気がする。
私の持つフキノトウのような油絵とはまた違う、グワッシュの黄色と赤の
絵画である。
これにK氏の所有作品、N氏の所有作品が揃えば、あの時代、ある時期
の友人たちの八木さんを囲む時間が甦る。
それぞれ年齢も仕事も違った友人たちが、あの時期なぜかみな八木さん
と知り合い作品を手に入れていたのだ。
時は過ぎて、それぞれの環境も変わり、八木さん夫妻も故人となった。
しかし作品は変わらず今ここにあって、その熱い時間をそこに満たしている。
その満たされた時間は、過ぎ去った分だけ逆に濃く純粋に存在する。
作品の良し悪しを言うのではない。
そこで出会った時間が煮詰まって存在するのである。
H氏が踊り、K氏が踊り、八木さんが踊った。N氏はひたすら笑い、酒を
口に運んでいた。
そんな破天荒で無礼講な時が存した。
H氏は仕事を独立させ職場を新たにし、K氏もそうだった。
N氏は新たな分野への転換を見せていた。
そんな人生上の転機の時にそれぞれが八木さんの絵画を手に入れた。
その精神的に純粋な動機が、今作品に凝縮して存する。
作品批評としての良し悪しを言うのではない。
購入の動機に、購入者のその時の人生上の純粋な選択があるのだ。
その選択したものに再び出会うのである。
そしてそこに、それぞれの八木保次・伸子がいる。
さらにいえば、八木保次・伸子という作品を借りた自分と出会うのである。
そしてその自分が、われわれのそれぞれの八木保次であり八木伸子なのだ。
追悼とは、誰の事でもない。
純粋な自分自身の化身ともう一度出会う事でもある。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月17日(火)-30日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-15 17:20 | Comments(0)
2012年 04月 14日

風光るー光陰・4月(10)

快晴である。
風が光って、甘い。
ペタルと足の裏が一体となって、快走する。
山内自転車奉行の整備が効いている。
人馬一体というが、これは人車一体.
乾いたアスファルトにまだ葉の伸びない街路樹の裸枝が、
静脈のように映っている。
その有機的な翳の形象が美しい。
八木保次さんの黒一色の線のグアッシュの作品を昨日作品庫から見つける。
その線の生命感が、この裸枝の黒い翳とシンクロする。
もう大分痛んでいるけれど、この作品を前の画廊で展示した時の事を思い
出す。たしか会場で即興的に制作したような記憶がある。
瞬と彩。
この閃きのような、光のような集中が、八木さんの目指した境地であった
ような気がする。
自然界の光彩の一瞬を切り取る。
その一瞬を色で彩(いろ)と、時々言葉にして見せた。
だから時として作品は一瞬の煌きを見せて、瞬時に消されてしまう事も
多かった。
しっかり画布に美を塗りこめる伸子さんとは正反対で、いつも伸子さんは
折角良いのに・・と嘆いていた事を思い出す。
汚れ痛んでいるけれど、この一筆画のような黒の線画は一気に描かれて
いて迷いがない。

H氏、K氏ほかの作品の揃うのが待ち遠しい。

*追悼・八木保次・伸子展ー4月中旬以降予定。

 テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-14 12:32 | Comments(0)
2012年 04月 13日

風渡るー光陰・4月(9)

いつでも会えると思っていた人がふっといなくなって、その喪失感が
じわっと深まってくる。
ここのところそんな気がする。
思えば現在地に引っ越してから一度も会ってはいない。
さらに振り返れば、もう10年近くも会っていないのかも知れない。
それでもそう思えないのは、一緒に走り回った札幌の野山の記憶が
深く濃いからである。
八木保次・伸子さんの追悼展の準備を進めながら、自分の持つ作品だけ
ではなく、あの時一緒に出会った友人たちにも声をかけている。
保次さんの死去をいち早く教えてくれたK氏、その親友のH氏、芸術の森で
1999年に八木保次・伸子展が開かれた時の資料を記憶していたY氏。
そうした個々の故人への追悼の実感が、少しづつ形になって集まってくる。
それらがひとつの記憶として、私たちの故人への追悼展となれば、良いと思う。
大きく俯瞰するような追悼展ではなく、個々の実感が作品や資料となって集ま
れば良い。
それも八木保次・伸子さんの私たちの内なる時間に生きた証拠であると思う。
それぞれの心の交流が、それぞれが持つおふたりの作品という形で顕れる。
それらの作品たちが一堂に会する時、おふたりが生きていた時間もまた再び
我々の今に共有されるのだ。
従ってこの追悼展は、静かにひっそりと作品や資料が持ち寄られ、最終日に
完結を見るそんな展覧会となると思う。

作品庫の中からふたりの作品を久し振りに表に出す。
2点である。
並べて置くと、まるで前からそうであったようにぴたりと決まる。
伸子さんの「ふたつの花束」と保次さんの「風物」。
ともに黄色味がかった緑が印象的な作品である。
保次さんの緑は燃えて、今の時期のフキノトウのように見える。
伸子さんの花は、背後の黄色の色彩が深く燃えて清楚である。
この黄色はもう具象ではなく、描き込まれた抽象のようである。
その背景の彩が、手前の花瓶の花をさらに引き立てている。
こうして見ると、保次さんの抽象が具象に見え、伸子さんの具象が抽象に見える。
従って2点が並ぶと、そこに何の違和感もなくふっと春の匂いが漂う。
良い時に、良い季節に、ふたり、ふたつ並んでいる。
こんな風にふたり並んで見えたのは、初めてである。

この作品は、かってあった私の宮の森の自宅応接間に飾られていたものである。
その時もこの絵は勿論好きだったが、どちらかといえば調度品のように飾られて
、そっちに見る主体があったように思う。
今こうして見るのとは違う。
これから他の人たちのふたりの作品が集まって、それぞれの作品はきっとまた違う
表情を見せるに違いないのだ。

*追悼・八木保次・伸子展ー4月中旬予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-13 12:45 | Comments(0)
2012年 04月 12日

お別れ会ー光陰・4月(8)

八木保次・伸子さんのお別れ会に出る。
会場のホテルには多勢の人たちが集まっていた。
黙祷や献花等のセレモニーの後、宮の森のアトリエでご夫妻が語る映像
が大画面に映し出された。
何度もかって訪れたあの場所の記憶が甦る。
山の上の光溢れる部屋だ。
その後、それぞれの想い出を語るひと言リレーが行なわれた。
当たった人が次の人を指名するというリレーである。
そうはいっても途中から司会の人が然るべきお偉い方、遠方からわざわざ
見えた方へと配慮して指名をし、全部はリレーとならない。
そこでそれぞれのお話を聞いていて、故人への想いの実感に差異を感じた
のである。
総じて然るべき人やお偉い人の話程、実感が薄いのである。
実感という点では未知の人や教え子さんたちの話の方が、より故人を彷彿と
させ心打たれる所が多かった。
故人との交流の深さが、言葉となって心に沁みるのである。
この実感の差は、不思議と社会的立場と反比例してその濃淡の差異として
顕れた。
追悼の会に出席するだけで充分に弔意を表している訳だから、もうそれ以上
語らなくても良い場合もある。
何人かの偉い人たちは、そういう感じの内容だった。
それに引き換え、身近に故人を見詰め語ることの出来た人たちの話は、じんと
心撃つ話が多かったのである。
追悼とは、最終的に実感の事ではないのか。

長く生きてこられたおふたりの人生である。
いろんな合縁機縁のしがらみがあって当然である。
従ってすべてが実感だけで、お別れ会が行なわれるものでもない。
ただ今回の会は葬式ではない。
儀式を排した分、より本音の実感をが主役であった筈である。
もっとたくさんの実感が、あの多勢の参列者の胸の内にはあった気がする。

*追悼・八木保次・伸子展ー4月中旬予定・

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-12 13:54 | Comments(0)
2012年 04月 11日

フランスパンと背広ー光陰・4月(7)

水道検査の人から水漏れでないか、と声が掛かる。
いつもより消費量が多いと言う。
水道管凍結の多かった3月、朝いつも熱湯で温めて水が出た。
近々検査をするという。
左手首骨折、首固まる、ギックリ腰そして今度は水道管と、まあ
あちこちでガタが来る年だ。
そんな時自転車のメンテに、山内慶さんが来てくれる。
水道管凍結時、パソコンマウスの破損時、自転車盗難時等々、なにかと
ちょうど困った時に現れるお奉行さまのような存在だ。
この日は一冬外に放置してあった自転車の調子を見てくれた。
油入れ、空気入れ、と細かくチェックしてくれる。
これからは彼の事を自転車奉行とでも呼ばなければならない。
時に水道管凍結奉行、時にパソコン奉行である。
ちょうどその後来た美術家の中橋修さんと3人でしばし談笑する。
中橋さんは昨年秋の春香山アートプロジェクトに参加し、今もそこに
作品を設置したまま記録を続けている。
野外の雪の中、雪融けと一年を通して自らの作品を記録している。
「芸術要塞」という多くの作家が参加したこのイヴェントで数少ない
非要塞派のひとりで、自然とともに少年のように活き活きと作品を創って
その場に根差す行為を続けていた。
会期後も作品を残し今もその記録を取り続けている。
後志国と石狩国の境に位置する春香山の山裾で、作品がその自然とともに
変容していく様子を一年を通して記録していくとても豊かな行為と思う。
先日見せて頂いた作品のスケッチは、とても気持の良いものだった。
中には高速道路から作品を俯瞰した一瞬を、スケッチしたものもあった。
そのどれもが自らの作品に対する深い愛情が感じられ、素直で綺麗だった。
イヴェントの会期中もそうだったが、この人は本当にこの場所と語らい触れて
作品と対話しようとしている。
その純粋な気持ちがイヴェント終了後もなお続いて、この場所との対話を
続けているのである。
この美しいスケッチも含めて、今年の初夏テンポラリーで展示をする事に
なった。昨日はその申し込みに来たのである。
山内さんも楽しみです、と言う。前祝に3人で山田航さんから台湾土産に頂い
たジョニーウオーカーの緑を飲んだ。
自転車奉行の顔がほころび、美術家の顔が少年のように赤くなった。

今日は八木さんおふたりの追悼会なので、ひさしぶりに背広姿にバーバリ
である。たまの背広ネクタイは、背筋が伸び気分的にピリッとする。
ちょうど朝食のフランスパンが切れたので、ドンクで買った。
いつものパン屋のお姉さんが目をパチクリしていた。
トックリセーターにボロ背広・帽子姿でなかったからだろうか・・。
私のフランスパンの朝食は、八木保次さんからの直伝である。
これも供養と、ふと思った。
あの山上のアトリエのストーブの上で炙って振舞ってくれたフランスパンの味は
忘れられない。

*追悼・八木保次・伸子展ー4月中旬予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-11 13:35 | Comments(0)
2012年 04月 10日

やっと春めいてー光陰・4月(6)

今年初めて自転車。
競馬場横一部とエルムトンネルの一部で両足下ろして走輪。
それ以外は雪融け進み問題なし。
風が甘く感じた。
休日の昨日は歩いて清華亭ヘ行く。
庭にはまだ雪が積っている。
北大へ抜ける横の小道から見ると、庭の阿部守作品は横に倒れて
いた。雪融けとともに倒れたようだった。
北大構内に入り途中で、撮影機材を担いだ写真家の藤倉翼さんと
すれ違う。
こちらは休日モードでぶらりぶらりだったが、翼さんは完全に仕事
モードの顔付きだった。あんな顔を見たのは初めて。
それからレストランエルムでクラークカレーを食べる。
このカレーは野菜がたくさんでとても美味しい。
そこから銀杏並木を抜けテンポラリーへ向かう。
休廊日のメールをチェックしてから、また歩いて帰る。
もうギックリ腰の影響は無い。
やはり歩いて治すのが一番良い。
そして今朝は初の自転車。
天気も暖かくやっと春である。
明日は八木保次さん伸子さんの追悼の夕べがある。
昨年の大野一雄、今年の吉本隆明、中川幸夫と相次いで巨星が落ちる。
私にとっては、八木保次さんの死も巨きな喪失感がある。
高齢ではあるが、この人たちに共通する自在で柔軟な感性は年齢を超えた
魅力があったと感じている。
自分もまたそうした年齢の積み重ね方を出来れば、と思う。
八木さんの追悼の会が終ってから、ここでのささやかな追悼展を
友人たちと作品を持ち寄り企画して展示する準備に入る。

*追悼・八木保次・伸子展ー4月中旬~。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-10 11:27 | Comments(0)
2012年 04月 08日

お裾分けー光陰・4月(5)

福島の川村龍俊氏から、はいじま のぶひこさんの絵本「きこえる?」
(2012年3月15日発行・福音館書店刊)が送られて来た。
切り絵のようにシンプルな色彩とフォルムだけで、さまざまな音が
響いて来るような絵本である。
そこには、「きこえる?」という問い掛けがトニカとなって流れている。
絵本で出来たレコードのように、耳を澄ましたくなる不思議な本である。
「はなの ひらく おと」「ほしの ひかる おと」「きこえる?いきを すう 
おと」「いきを はく おと」と、畳み掛けるように<きこえる?>を主調低音
にして、ほとんど単色をふたつ重ねただけのシンプルな画面が広がる。
作家はジョン・ケージを意識して、「音」なるものを主題に絵本にしたという。
しかし私には同時に、福島県の須賀川市で生活し昨年3月11日から
被災者手記を書き続けている川村さんのフクシマ体験が、この絵本の
音と絵の自然なトニカと重なって、「きこえる?」と問い掛けているように
感じたのだった。
「なみの よせる おと」「きこえる?」「きみの なまえを よぶ こえ」
「きこえる?」と、この絵本の最後は終るのである。

本が届いて間もなく、札幌に引っ越したばかりの瀬戸くんが来た。
今晩聞きたいライブがあると言う。
そのライブの歌手はギターの弾き語りで、ニューヨークの地下鉄で路上
ライブをしていて、Uチューブで見つけたという。
早速そのライブ映像をスマートフォーンで見せてくれた。
行き交う黒人や白人が聞き惚れて声をあげている。
地下鉄の雑踏音の中に澄んだ高い声が響き渡る。
ひた向きなニューヨークの尾崎豊という感じがした。
この人のライブが今夜札幌であるという。
まだ20代後半のこの歌い手は、瀬戸くんだけではなく私も思わず聞き
惚れてしまった。
そこへ家族で台湾旅行を終えたばかりの山田航さんがふらりと来た。
お土産と言って、ジョニーウオ―カーのグリーンラベルウイスキー、高級
お茶、マンゴーのドライフルーツを持って来た。
凄いなあ、と思わず呟いた。
ジョニ赤、ジョニ黒は知っているが、ジョニーウオーカーの緑は知らなか
った。滅多に無いよ、と言う。
先日瀬戸くんが、山田さんのお土産は台湾バナナかなあ、と言っていたの
を思い出してそう言うと、山田さんが生真面目な顔のまま、台湾バナナは
日本で購入できます、と言ったので思わず失笑した。
早速みんなで希少なジョニーウオ―カーの緑ラベルを開けて飲む。
つまみに同じお土産のマンゴーを食べようかというと、瀬戸くんがこれは
先ずムラギシにお供えしよう、と言った。
そうか、沖縄の真っ赤に熟れたマンゴーが死んだムラギシの遺品にあった
のを瀬戸くんは憶えていたのである。
遺作集でムラギシを知る山田、瀬戸両君の、今も彼を思う気持がすっと
私にも伝わってきたのだ。
そして棚のムラギシの遺影の前にマンゴーを捧げて、3人でウイスキーを
飲んだ。良い時間だった。

<きこえる?><きみの なまえを よぶ こえ>

*追悼・八木保次・伸子展ー4月中旬~予定。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-08 14:00 | Comments(0)
2012年 04月 07日

中川幸夫の死ー光陰・4月(4)

ギックリ腰になる。
今年はこんな事ばかりが続く。
手首骨折に続いてギックリ腰である。
寒さで体が固くなっているのだろうか。
爆弾低気圧の身体版みたいなもので、上半身と下半身の間が
爆弾である。
2週間休みなしで齋藤玄輔展続いた後、搬出に2日間。
その後一日自宅にゴロゴロしていたら、腰にきた。
くの字になってよたよた。
動かずに体が固まる事が良くないので、ゆっくりと遠出して歩く。
歩いていると段々背筋が伸びてきて、大分正常になった。
その後横になって今日は九分回復。
しかしまだ階段の二段駆け上がりは、腰に負担を感じた。
体が固くてガタガタだよって言ったら、ガタピシオジンと揶揄された。
ガタガタと、ガタピシでは大分ニアンスが違う。
高臣大介さんの一本足下駄でも借りようかしら・・。
まあ彼なら似合う一本足下駄だが、私が履くとちょっと異常かも知れない。
ガタピシ天狗・・?

活け花の異才中川幸夫氏の逝去が報じられる。
1992年横浜赤レンガ倉庫で大野一雄舞踏公演の時、お会いした事があった。
あなたが、石狩河口の大野一雄公演をした方ですか・・と話し掛けられた。
柔和で優しい笑顔だった。
この時の大野先生の舞台を飾ったのが中川幸夫さんだった。
作品集「華」を故工藤昌伸先生に頂いて以来、私は中川さんのフアンだった。
この本の衝撃的な活け花は、従来の花に対する認識を決定的に変えたもの
であった。
花は綺麗なだけが花ではない。血も出し肉もある。
そんな痛烈な一撃を、この本は主張していた。
シンプルな素材に真摯な主張が、中川さんの活け花にはあった。
一度札幌で展示をして欲しかった。
その機会を逸したまま、時間が過ぎてしまった。
昨年大野一雄先生が亡くなり、今年中川幸夫さんも亡くなった。
私にとっては、先日の八木保次さんといい、優れた大先輩、大先達であった。
短い時間だったが、お会いした珠玉の時を忘れる事はない。

*追悼・八木保次・伸子展ー4月中旬予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-04-07 14:35 | Comments(2)