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2011年 10月 18日

「裸のメモ」ー秋冷秋水(3)

吉増剛造さんの新詩集「裸のメモ」(書肆山田)が送られて来る。
東日本大震災以降に書かれた4篇が半分を占めている。
昨年出版された木浦通信に収録されたfieldnote 1939~2010・「裸
のメモ」と同名の巻頭の詩は、昨年5月「三田文學」春季号発表のもの
だが、この詩の音韻に、ふっと1994年の「石狩シーツ」と重なるものを
感じていた。
今年末予定の「石狩川に坐ル・ふたたび・・・」展の示唆は、昨年暮の事だ
ったから、この時期のトニカにどこか「石狩シーツ」が、潜んでいたに違い
ないとも思われる。
しかしながら、3.11以降の詩篇にはそのトニカは消えて、もっと辛く深い
河原の石ころのような、ゴロゴロとしたパソコンのお化け文字のような、
文字原が広がっている。
小文字の呟きのような小石原の間に、大文字の漢字の石塊がごろごろと
音韻を轟かしている。
この詩集が初出で最後に置かれた「、、、石を一つづつ、あるいは一つ
かみづつ」という表題詩篇が、その意味で象徴的であると思う。
音韻の響きと漢字の象形文字が、息せき切ってひしめき合っている。
声に出して、声を詰まらせて、たどたどしく読む。
そうして染み入るなにかを、今批評する事など私にはできない。
<耳を澄ます>、そして<目を澄ます>詩人吉増剛造渾身の一冊だ。

休日の昨日旭ケ丘のM邸画廊伽井丹弥人形展を見に行く。
豪邸のあらゆる空間をもれなく使い、等身大の今と思しき人体像も含めて
これまでの集大成とも思える渾身の個展である。
女性の肉体幻化の執念は凄ましい。
文字は声の響きを潜めて表象化し、人形(ひとがた)は肉の香りを表象化
する。
一冊の詩集、ひとつの個展。
これに勝るものはない。
群れて主題の曖昧な多人数展は、自慰にすぎない閉じた世界である。

*森本めぐみ展「ものもつ子のこと」-10月12日(水)-30日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-10-18 12:41 | Comments(0)
2011年 10月 15日

大野一雄「美と力」ー秋冷秋水(2)

フクシマの刈り取られた向日葵の事を重い気持でブログに書いていた。
すると声がして、友人の山内慶氏が訪ねて来た。
NHKの大野一雄ドキュメントDVD「美と力」(2001年制作)を持って
来てくれたのだ。
先日メールで見た事あるか、と訊ねられたのである。
見ていないと返事したら、この日持参してくれたのである。
昨年百三歳で亡くなられた舞踏家大野一雄の1906年の生い立ちから、
2000年の「花」の舞台までのドキュメント映像記録である。
先生の懐かしい澄んだ瞳の、熱い語り口が甦る。
魂に肉体が随行してゆく、想いは現実、現実は想い。
そう語る、大野先生の生涯を貫いた記録がさまざまな映像を通して
溢れていた。
その中の一場面、ただ黙って立っているだけのシーンが心に響く。
それは正にあの向日葵のように私には感じられたからだ。
想いという魂の太陽に向かって、ただひたすらに立つ向日葵。
大野一雄の手、足、頭、それはすっとただ立っているだけの立ち姿だった
が、その多分数分間の、ただそれだけのシーンが、心に沁みたのである。
ニューギニアの過酷な戦争体験を経た、死の黒い記憶がその足下には
横たわっている。
水母や鰈の踊りもそうだが、その舞いの背後にはやはり深い死の翳が
潜んでいる。
そして生きる事が、舞いとなって魂のように踊られるのだ。
フクシマの向日葵の後に、大野さんが訪ねて来てくれた。
そんな気がしていたのだ。山内慶氏の体を借りて。
見終わった後、山内氏に「石狩・みちゆき・大野一雄」の映像は見たか、
と聞いた。まだ見ていない、というので、石狩河口公演の映像をしばらく
振りに見る事にした。
そして、ふっと気付いたのである。
このヴィデオ映像をDVDに焼き直してくれたのが、フクシマの川村龍俊
さんとの縁の始まりだったのだ。
福島で明工社という会社をしておられる川村さんに、もう大分劣化しつつ
あった石狩河口公演「石狩・みちゆき・大野一雄」ヴィデオテープをお預けし、
DVDにして頂いたのである。
横浜の友人野木京子さんの紹介でこの時初めてご縁ができたのである。
石狩河口の風と夕陽の中、美しい川波と飛ぶ鳥に祝福されるように
最後のアルヘンチーナの衣装のままアンコールに応える大野一雄。
その二度にわたるアンコールの後、マイクを握り観客に向かって話された
お礼の挨拶は何度聞いても嬉しく、感動的である。
NHK大野一雄生涯の映像の、ある意味エッセンスがすべてこの野外舞台
には詰まっている感じがした。
先生の舞踏の三大主題である、お母さん・戦友・アルヘンチーナ。
この野外公演の後6年を経て初めて、父の主題が秘めた閉じた身体の奥底
から、浮上してくる。
多分この時、先生の身体に直接触れた河口岸辺の光と風が、先生の身体の
奥深く固く閉じていた父の位相を解放した、と私には思える。
スペインの舞姫アルヘンチーナの舞踏を見て衝撃を受け、舞踏を志した青年
大野一雄の夢を閉ざしたのは、当時の国家社会体制である。
その国家の内部に父は囲繞され、解放されぬままの戦後があったと思う。
生涯大野先生は、息子の慶人さんにも自らを父と呼ばせることはなかったと
聞く。
石狩河口の風と波と光は、そうした頑くなな心の暗室を日本海へと続く川の力、
夕陽の輝きによって、函館からカムチャッカまで遠洋漁業をしていたお父さん
の背中を垣間見せてくれたのではないか。
そう思えるのである。
父の再生。
そうした個人的な時代の深い傷痕を秘めて、先生の向日葵の立ち姿は
あったような気がする。
フクシマーオオノカズオ。
そんな先生の声を聞いた気がする時間だった。

*森本めぐみ滞在制作展「ものもつ子のこと」-10月12日(水)-30日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*吉増剛造展前期ー「1994年石狩シーツ誕生」11月8日(火)-20日(日)
*吉増剛造展後期ー「石狩川に坐ル・ふたたび・・・」12月1日(木)-31日(土)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-10-15 14:25 | Comments(0)
2011年 10月 14日

秋日和ー秋冷秋水(1)

福島県須賀川市の川村龍俊さんから、9月の通信が来る。
6月に植えたヒマワリを刈り取り被爆線量を計ると、
7ミリシーベルト/時だった。
刈った7トンのヒマワリはドラムカンにコンクリート詰にし、
土中に埋めたという。
それからもう恒例の高圧洗浄の実施状況、そして低量内部被爆の
将来の発症の可能性を語っていた。
さらにまた先月台風襲来時の洪水の様子などが、綴られている。
目に見える災害、そして目に見えない放射能の災害。
こうした赤裸々な日々の記録を読むと、今日の澄んだ秋日和もにわかに
秋冷の刃にも見えてくる。
同じ空の下で、同じ日本列島の上で、弓なりに堪えている場所がある。
日々洗浄・廃棄・不安と向き合い、太陽に向かって咲く向日葵が、地中の
黒い死の太陽を吸込んで埋葬される。
そんな見えない明暗を画する世界が、同時進行でこの秋を深めているのだ。
もうこれで5回目となるフクシマ通信。
今年初めひょんな事からお知り会いになり、お顔もまだ知らずメールだけ
のお付き合いだった。
その為封書や葉書のように住所を書く事もなく、ただメールアドレスだけで、
展覧会通知などを送っていた。
その後あの大震災があり、住所不在のメールから一転して宛名が付いた
お手紙と共に初めて、<フクシマ県>が大きく意識されたのであった。
それからこうして時にお手紙、時にメールの返信としてフクシマ通信を
頂いている。
それから最初の今年の春は深く反転し、夏も秋も弓なりに反ってその姿を顕す。
そしてこれから来る冬は、あの3・11の一年までどんな雪を纏うのだろうか。

*森本めぐみ滞在制作展「ものもつ子のこと」-10月12日(水)-30日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*予告:11月吉増剛造展「1994年・石狩シーツ誕生まで」。
*予告:12月吉増剛造展「石狩川に坐ル・ふたたび・・・」。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西6丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503   

by kakiten | 2011-10-14 14:53 | Comments(0)
2011年 10月 13日

時間という新鮮な糸ー点と線(20)

先日エルムゾーンを散策の時不意に湧き上がった、
今村しずかさん初CDの装丁デザインをドイツの谷口顕一郎さんに
依頼の発想。
その依頼に、谷口さんから快諾のメールが昨日届く。
早速その旨を今村さん、有山さんに伝えた。
出会いの小さな細い糸が織られて、太い糸となり友情の布となってゆく。
その後どんな織物に仕上がっていくのか。
同時にハンブルグのMさんから、界(さかい)を主題とする企画展の推進
の再度の依頼が届く。以前からのお誘いである。
早くドイツに来て欲しいと、コメントがある。
以前私が谷口顕一郎展カタログテキストに書いた論が引き金と思われるが、
今は新たな気持で、前の焼き直しで発想したくはない。
12月に始る吉増剛造展「石狩川に坐ル・ふたたび、・・・」を構築していく中で
それこそ、<ふたたび>新鮮な気持で創りあげていきたく思うのだ。
その吉増さんからfaxが届く。
新詩集「裸のメモ」が、書肆山田から発刊されていたという。
出版社には以前の住所のまま贈呈本の記録があって、その為戻っていた。
そのお詫びと同時に改めて発送したという連絡だった。
吉増さんにはお礼と、今回の展示についての湧き上がる想いを返事にした。
1994年約4ヵ月に渡る石狩河口滞在制作を経て出来上がった名作「石狩
シーツ」。その時の起点は札幌・界川からであった。
17年の歳月を経て、「石狩川に坐ル・ふたたび、・・・」が始る訳だが、
今回の起点を私は、エルムの巨木の記憶から始めたいと思っている。
大野一雄石狩河口公演の会場下見の時の起点は、植物園の泉の記憶
からスタートし石狩河口へと歩を進めたのだが、そのルートに新たにエルム
の森の記憶を重ねて、<ふたたび・・・>石狩へと辿りたく思うのだ。
昨年から運動を重ね続けている「緑の運河エルムゾーン」のルートである。
大野一雄の「石狩・みちゆき・大野一雄」公演とも重なりつつ、吉増剛造の
「石狩シーツ」が新たな章を編み出す切っ掛けともなれば、これも細い糸が
幾重にも織り成され、新しいイシカリという織物が生まれるのである。
<ふたたび・・>というのは、同じ事の反復・復古ではない。
回路を変えた新たな再生であるのだ。
それは時間の糸と人の糸が紡ぎだす、作品という宇宙を包む衣装である。
この時時間差はあたかも時の縦糸横糸のように重なって、新たな縫い口を
縫いこんで新鮮な世界を開いてゆく。

昨日から始った森本めぐみ展もまた、2年の歳月を経て同じ場から新たな
切り口を縫い目に始っている。
この滞在制作もまた、反復・復古では決してない。
同じ場ではあるが、歩き深まる新鮮な回路なのだ。

*森本めぐみ滞在制作展「ものもつ子のこと」-10月12日(水)-30日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*予告・吉増剛造展前期「1994年石狩シーツ誕生」・後期「2011年石狩川に
 坐ル・ふたたび、・・・」。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-10-13 12:58 | Comments(0)
2011年 10月 12日

森本めぐみ滞在制作始るー点と線(19)

2年ぶりの森本めぐみ滞在制作展がスタートした。
前回同様白の薄いビニールの幔幕が張られて、直接製作現場は見えない。
メリハリの赤いテープがポイントになって幔幕に強弱をつけ、その内部は
人影がうっすらと見える程度である。
今日から月末まで、休日と仕事の合間を縫って制作が続く。
今回のテーマを象徴する火山と海を描いた2枚の絵が、奥入口と表入口脇
2ヵ所に貼られている。
火山は幻の支笏火山をイメージし、海はその火の大地と対峙する水の地平
であるだろう。
今住む故郷恵庭市はそのふたつ、火山と海から遠い内陸の地である。
今年初めの大学卒業制作展では、支笏火山の噴出物・軟石を素材とし表現
していた。通称札幌軟石といわれる支笏火山の産物である。
支笏火山の大噴火の後、その巨大な窪みに水が溜まり、現在の支笏湖と
なったという。
自らの生まれ育った大地の創生をそうした地質上の生成過程から捉え直し、
現在生きている場の位相を再構成しようとする作品、と考えてもいいと思う。
そう思って薄い皮膜のような幔幕とメリハリの赤いテープを見ると、そこは
まるで噴火前の溶岩の白熱した透明な殻のようにも見えてくる。
この装置自体が、ひとつのインスタレーシヨンとなっているのだ。
折りしも雷鳴が轟き、激しい雨が音立てて降り注いだ。
その後一瞬陽光が射し込んで、薄い皮膜は赤い縁取りとともに繭(まゆ)の
ようにも見え、銀色に輝く。
2年前はここから地平線を持ち上げる太陽のような少女像が生まれたが、
今回はいかなる火の像が生まれるのだろうか。
この後の展開が楽しみである。

*森本めぐみ滞在制作展「ものもつ子のこと」ー10月12日(水)-30日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*予告吉増剛造展11月前編「1994年石狩シーツ誕生」・
  12月後編「石狩川坐ルーふたたび・・・」

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-10-12 16:32 | Comments(0)
2011年 10月 11日

エルムゾーンを歩くー点と線(18)

森の桂の巨木をみたいという有山さんたちを案内予定していた昨日の休日、
その円山川ー界川ルート散策は、熊騒動の余波で中止する。
北海道神宮前や藻岩山山麓住宅街に熊出没という事は、コースが完全に
熊の道と重なるからである。
事実その導入部は立ち入り禁止となっていた。
おまけに月曜日は暗い雨模様で、熊日和(?)だった。
急遽平野部のハルニレに変更し、大通り公園のイサムノグチ・ブラックマン
トラから植物園ー伊藤邸ー偕楽園緑地ー清華亭ー北大構内ー第二農場
モデルバーンのエルムゾーンルートに変更する。
ほとんどが一度は訪れた事のある場所ばかりの為、同行した有山さんも
今村さんも少しがっかりかな、と感じていた。
しかしこのコースは部分点としては既知でも、線としては未知の筈である。
案の定歩き進む内に、ふたりの目の色が変わってきた。
雨中の植物園内は緑も濃くしっとりとして、さまざまな巨樹が美しい。
これらの大樹は、もともとここに生えていた原生林である。
そのエルムやイタヤカエデ、ミズナラの自然林の中を徘徊する。
そして点在する木造の洋館、さらに博物館内には棲息していた鳥や動物
たち。縄文遺跡の土器や先人研究者たちの記録が並ぶ。
それから外へ出て、伊藤邸の正面から庭の川跡、植物園と連なる巨樹を
フェンス越しに眺めてから、JR高架線をくぐり偕楽園緑地へ進む。
そこで祀られた水の神井頭龍神を横目で見て清華亭へ入る。
庭のエルムの大木に感嘆した後、裏手の道を抜け北大構内に入り、サクシ
コトニ川沿いに中央ローンを歩き、北大博物館の優雅にして豪壮な建物に
入り軽く展示物を見た後、北大第二農場モデルバーンに歩を進める。
「風と共に去りぬ」の映画の背景のような大きな木造の建物が、緑の芝生と
大樹に映える美しい処である。
建物の内部に保管されている様々な農具とともに、ある一棟には当時使われて
いた大きなエルムの鐘が展示されている。
打楽器奏者の有山さんは、すかさずその鐘を打つ。
澄んだ大きな音色が建物全体に鳴り響く。
昼夜色んな合図にかってこの鐘は使われていたのだろう。
モデルバーンの澄んだ空気を堪能した後、北大構内を出て居酒屋ゆかりへ
向かった。祭日で休みかと心配したが、店は開いていた。
中に入りほっとして、3人で小さなこの日の旅の終わりに乾杯した。
我々の坐ったテーブルには、ドイツの谷口顕一郎さんの大きな作品マップが
敷かれている。
話は自然と谷口さんの昨年の個展の話になり、作品に感銘した有山さん、
今村さんの感想が続いた。
そして今年録音予定の今村さんの初CD製作の話となり、そのCDジャケットを
谷口さんに頼もうかという展開となった。
今村さんのオリジナル曲で構成される初CDには、古館賢治さん、有山睦さん
も演奏者として参加する。
昨年の谷口顕一郎札幌個展の際、3人とも会場でライブをした人たちでもある。
沖縄のムラギシの友人さとまんさんが泣き、ケンとあや夫妻も泣いた名演奏で
あったのだ。
それからムラギシの話になり、音楽が繋いだ人の縁を思っていた。
するといつのまにかBGMの音楽は、ムラギシの遺作集のCDに変わっていた。
居酒屋店主たちの優しい配慮である。
ここのふたりは谷口展のライブの時も来てくれ、声を出して喜んでくれたのだ。

熊騒動から予定のコースがエルムゾーンのコースに変わり、その結果思いも
寄らぬ方向へこの日の流れは導かれていった。
一緒に歩いたふたりのミュージシアンは、最後はやはり音楽へと繋がっていった。
エルム(ハルニレ)に纏わるアイヌ神話では、エルムは創造神を産んだ姫である。
今村さんの初CDの話は、自然とそうしたエルムの創造神に導かれて生まれた
この日の結論なのかも知れない。

*森本めぐみ滞在制作展ー10月12日(水)-30日(日)。
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-10-11 14:15 | Comments(0)
2011年 10月 09日

春香山麓ー点と線(17)

青空が広がり暖かな土曜日。
アースワーク「ハルカヤマ藝術要塞2011」を見に行く。
前日までの雨でぬかるんだ道を辿り、作品を見て廻った。
山林の木の葉や草は少し色づき始め、途中海に開けた場所があった。
遠く対岸まで石狩湾が望め海の青が広がる。
展示場上にある廃墟となった建物の中に入った。
天井の高い暖炉のある大きな部屋が、忍び寄る時間と自然を内包して
大きな存在感を示している。
かってホテルだったという建物と建物は2棟あって、これらは今廃墟となって
自然へと還りつつある。
この人工構築物と自然との攻めぎ遭いが、期せずして一番大きなこの場の
時間と土地の存在感を示していた。
この場所が保つ近代の残像。
海を見下ろす春香山山麓の独特の地形を利用して、リゾートホテルとして
建てられたのであろうか。
アイヌの人が呼んだ、ハル(食料)が語源の春香山。
海抜ゼロからすぐに山裾が始り、海の幸山の幸・食料が豊富な場所という
意味から名付けられたといわれるこの場所に、観光産業の廃墟が埋もれて
いる。
そうした土地の歴史の保つ場の相克を最も表象するものが、このホテル
の廃墟と思える。

自然の中に美術作品を置くという時に、自然に勝る方途など有り得るのだろうか。
ホテルのような美術を目的としない構築物すら、廃墟となり自然化して風景の一部
となって在る時には、自然はそこに巧まざる美を用意している。
一草一木の山林の存在感に囲まれて、時として人間の作り物との対比は無惨な
までに惨めである。
今回展示全体を見て、この廃墟の自然を内側から取り込むように包含した作品を
見たかった気がする。
本来<アートの拠点「藝術要塞」>という起点コンセプトに無理がある。
自然そのもの中においては、その中で遊ぶ少年となるか、自然の生理に添って
廃墟の建物のように存在するか、のどちらかではないのか。
その意味では、ハルニレの大木の頭上に赤い鉄管の砦を作った作品と、
穴を掘り過去と未来を繋ぐ作品のふたつが、一番無邪気に少年的であったかと
思える。
場としては、青い石狩湾を見渡す俯瞰処とホテル等の内的構築物廃墟とが、この
の空間の最大の見せ場と思えたから、このふたつの俯瞰と内在空間に添うように、
捧げるように作品が構成されたなら、もっと集約的に散漫にならずになったのでは
ないかと思う。

帰路対岸の石狩川河口から見た夕陽は変わらず美しく、さらにその先の知津狩の
断崖上を飛ぶハングライダーの発進と飛翔の様子は見事で、楽しそうであった。
風に乗り空を飛ぶライダーの姿と夕陽の沈む海空は、刻々と変化し見飽きない。
こうして自然の流れと一体化してこそ、人の存在は生きる。
かって借景という庭の美学を生んだ日本人は、決して自然そのものと対峙して
作品を創ろうとしてはいなかったと思う。
室内空間にそっと外界の自然のエッセンスを凝縮する事はあっても、自然そのもの
にまで入り込み、自己主張する事はなかった筈である。
自然の中に入った時は、自然に添った位置の哲学を心得ていた筈だ。
従って<藝術要塞>概念ではなく、この場の自然を主役に位置付ければ、
あの廃墟という内的自然と海の見える俯瞰立地が主でなければならない。
人為の藝術を主役とする概念が、<藝術要塞・拠点>という主題を生んでいる。
haru(ハる:食料)という地名の豊かな山に謙虚な畏敬を持たずして、藝術を
主たる第一のものとした時、すでにもうもうひとつの<廃墟>化への傾斜が用意
されている。
<フクシマ>の教訓とは、化学を主役にした原発要塞の結果ではないのか。
まして藝術・文化においては、その事を今肝に銘じていかねばならぬ。

*森本めぐみ展ー10月12日(水)-30日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。
 :滞在制作展。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-10-09 14:05 | Comments(0)
2011年 10月 07日

木枯らし吹くー点と線(16)

雨混じり、木枯らしの吹く日。
藻岩山麓と円山麓に熊が目撃されたと、電話が来る。
昨日の夕方の事。
私の家が近いので、帰路を心配してくれたようだ。
こんなに中央区の住宅街の近くまで、熊が出没とは余りない事である。
それだけ餌不足の山中なのだろうか。
近々百余年の都市。
そこにはすぐ傍に縄文以来の原始林の面影が残る。
森と山は繋がり、南西の奥まで山並みは広がっている。
その自然環境の豊かさは、同時に野生も保つ役割をもっている。
その象徴が、森の王者熊である。
遠くスイスでは、とっくに絶滅した森の王者。
そのかっての名残が熊の木彫りとして、明治時代に北海道に伝わった。
今スイスのベルンという都市に住む磯田玲子さんが教えてくれた。
このベルンという街のシンボルが、熊である。
しかし森は伐採され、熊はもういない。
二百万近い人口の都市の住宅街に熊が出るという事は、それだけで
この札幌の保つ自然の豊かさの証しともいえる。
この時私たちはいつもあるジレンマに立つ。
野生への恐怖と豊穣のジレンマである。
野生への恐怖は排除の論理となり、野生への畏敬は自然保護の論理となる。
豊かな森が身近にある事でその美しさ豊穣さを楽しむ一方、熊に象徴される
野生への恐怖もまたあるのだ。
この二律背反の感情は、安全と秩序を原則とする都市生活者の宿命と思える。
熊を自動車と置き換えれば、その危険性の度合いは熊の比ではない。
車の方がもっと日常的な数多い危険である。
自動車という人間が作った機械という安心感と、熊という人間外の野生への
不安感の差異は、数字の危険比率以上に不安感を押し上げるのだ。
秩序・安全の管理原則が都市を支えるとすれば、野生の自然はその管理外の
力を保っているからだ。
不安の増幅の根拠には、衛生・安全・秩序の都市に対峙するものとして、
自然・野生・熊がある。
元々人間はそうした対自然との生活を原則として、生きてきた筈である。
その生活原則が、都市インフラの急速かつ膨大な発達によって喪失し
、その結果危険の質が変質して今が在る。
目にも見えず、音もなく、匂いもない、「沈黙の春」や「夢の島」のような、
公害という危険がそれである。
鮭の遡上する川は消え、計測器に白い防御服の人だけの無住の村や地域。
突如液状化し陥没する道路。
埋め立てられたかっての岸辺が揺れて倒壊する渚現象。
これらの風景の方が、熊の出没より余程恐ろしい光景ではないのか。
畏怖する野生もなく、一見変わらぬ風景が透明に病んでいるのだ。
振り返って省みれば、熊の出没に一喜一憂する街の方が、余程人間的で
豊かな世界と思えてくる。

とはいえ、帰路に熊さんにお会いしたくはありません。
くまっちゃうわ~。熊いません?

*森本めぐみ展ー10月12日(水)-30日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。
 :滞在制作展示。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1ー8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-10-07 15:08 | Comments(0)
2011年 10月 06日

空気・水ー点と線(15)

生きて、空気と水という地球の基底にある生存条件を
豊かに清浄にする生物圏。森そして海。
雲を生み、風を生み、水を再生し、空気を浄化する。
その大きな循環の中で、地球上の生き物の命の営為がある。
公共・パブリックという基底的概念は、この空気と水のように
命が共有するものとしてある。
秋鮭漁が駄目になった川、と福島県の川の報道が今日のY新聞に載っていた。
百年以上続いた鮭漁の廃絶が懸念されるという。
生きて、空気や水を清浄にしない生き物とは、人間だけではないのか。
自然界には絶妙なバランスで、天敵のような抑止力がある。
そのバランスを超えて暴走すると、闇が世界を覆う。
魚が消え、鳥が消え、森が枯れる。
海が汚れ、澱み、腐海が広がる。
放射能汚染も元はといえば、東電という一企業から発している。
かって公害といわれたものも、元はといえば一私企業の垂れ流しである。
一私企業が公共的な被害を与える事が、公害なのだ。
ひとつのエゴが共有の基底的条件を侵食し、破壊する。
国家の帝国主義的エゴ、大企業のインフラ帝国主義的エゴ。
エゴが企業的に、国家的に増幅し増殖した時、先ず最初に
地球の基底的公共が破壊される。
一本の樹が繁茂し大きな圏を作ったとしても、そこには多様な生き物が共存し
空気を浄化し水を生み、地球の基底を豊かにこそすれ、脅かす事はない。
森というランドは、多様な命の宇宙でもあるからだ。
海もまた多様な命の水のランドである。
人間だけが、ランドを無化するランドフイルを生む。
かって東京湾をゴミで埋め立てた土地を、夢の島といった。
この埋め立ては今、地震や台風時に液状化現象を起し元々の岸辺が氾濫する
渚現象の原因といわれている。
都市という欲望の消費帝国は、多量の塵芥と余剰廃棄物を生み、その処理場
をランドフイル(ゴミ最終処分場)とした。
夢の島とはそうしたランドフイルの別称でもあるのだ。
人間は豊かさを求めて、ランドを夢みる。
アメリカという新大陸は、そうした豊かさのドリームランドでもあった。
だからアメリカ大陸での成功を、アメリカンドリームともいう。
しかし皮肉な事に、この国は今世界で最もゴミを排出している国でもあるのだ。
夢のランドは今や、ランドフイルという夢の大国となった。
かって東京湾の埋立地を、夢の島と命名した人の巧まざる先見の明を
思うのである。
ランド→ランドフイル。
この回路を根本で断つ為には、何を為すべきなのか。
真の公共(パブリック)とは何かを、社会的基準だけではなく地球的規模で捉え、
森に海に教示を請わなければならない。
鮭の還れない川を生む人間という生き物は。

*森本めぐみ展ー10月12日(水)-30日(日)am11時ーpm7時。:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-10-06 14:47 | Comments(0)
2011年 10月 05日

活版工房ライブー点と線(14)

移動式の壁の棚には鈍い色の鉛の活字がぎっしりと並んでいた。
その前に、活版印刷機械の作業道具が何台か置かれている。
さらに印鑑陳列棚、ガラスケース、作業台、事務机。
それらが雑多に並ぶ狭い店内に、いつのまにか多くの人が集っていた。
昨晩の日章堂印房酒井博史ライブ。
奥の小さな四畳半の小上がりは満員で、あとは店内のあちこちに椅子を
持ち出し腰掛け、椅子のない人は立ったままで人が溢れていた。
そんな中いつもより張りがあると思える声で、酒井博史のライブが始った。
やはりホームライブだなあ、声の伸びがいつもと違うと隣にいた友人と話す。
それから休憩を挟んで熱唱2時間弱。
時に柔らかくナーバスに、時に激しく怒るように、最後は声が嗄れる寸前まで
熱唱は続いた。
西区24軒の現在地に引っ越して、初のホームタウンライブ。
昨年来場者ゼロだった失意のショックを、見事に跳ね返したこの日だった。
聞きながら、私は5年前の冬札幌漂流時に彼の唄う「夢よ 叫べ」にどれ程
励まされたかを、思い出していた。
そしてこの日最後に唄った中島みゆき作「ファイト」の絶唱に心打たれていた。
そう・・多分、私だけではない。
昨夜来た人たちの多くが、それぞれの内に同じような感慨を抱いていたと思う。
狭い店内の棚にぎっしりと並んだ鉛色の小さな活字たち。
その活字たち造りだす活版印刷のように、心に刷り上るものがあった。
声という活字が刷った、声の印刷物のように。
自らの職場で、このようなライブが出来得た事の幸せを思う。
腕一本、声一本。
どちらもが、酒井博史の両輪の人生なのだろう。
時に時代遅れの活版印刷屋として、世間の辛い辛酸を舐めながら、
その辛苦が唄の肥やしになっている。
生活と唄う事が一体の、本人の生きる感性の裏打ちとなって在る。
その事が、この工房ライブで本当に良く実感されたのだ。
だから聞き手の多くは、自らの生活の奥の深い実感の場処で、彼の唄声を
聞いている。
普通の生活現場から立ち上がる唄声とは、いわゆるプロ的歌手の範疇では
捉えられないものである。
その唄声は虹のように固定のできない、危うく脆い夢のようなものかも知れない。
発声・技術・音階と、声が嗄れるまで唄う事に是非もあるだろう。
しかし本当にファインなものとは、何時だって虹のようで夢のような幻のように、
束の間の一瞬の輝きなのかも知れないのだ。
本来、生活という圧倒的時間の厚さ・重さの中では・・。

活版職人・印鑑職人酒井博史は、声と腕の両輪を人生の心と生活の糧として、
今後もその両輪の感性を全開して生き、貫いて行くのだろう。

それこそ本物の超(ファイン)職人(アーテイスト)としてだね・・・。

*森本めぐみ展ー10月12日(水)-30日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-10-05 14:18 | Comments(0)