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2011年 07月 20日

荒と和の芯ー弓張月(2)

火と風と水には共通性がある。
それは穏やかな優しさと凶暴な荒々しさである。
この自然の両面を、私たち日本人は遠い昔から体験して生きてきた。
日本に固有の神道に、荒ぶるものと和するものとがあるのは、この自然
の両面の反映と思える。
かって札幌の一番古い街道茨戸街道を歩いた時、その感覚を神社の屋根と
仏寺の屋根の形に感じた事があった。
荒ぶる心は、神社の上に鋭く交差する屋根に。
和する心は、仏寺のなだらかに傾斜する屋根の形に。
神道とは、自然そのもののこの両義性の本質を内包するものかも知れないと、
その時思えた。
仏教が伝来した時、日本の神道は仏教を受け止める下地に荒魂ではなく和魂で
受容したように思うのだ。
それが仏寺の屋根の形に顕われている。
そして和とは俗世界にも通じて、その所為か仏寺は巷間に多く存在する。
札幌で言えば、歓楽街薄野は同時に寺町でもある。
言葉でいえば、生臭坊主、坊主丸儲けとか俗事を顕す事が多い。
反面神主には、そうした俗の形容が見当たらない。
神社のある場処も、町の中心から少し離れた静かな環境が多い。
何故こんな事を思い出していたかと言えば、先日10年ぶりに再会した
大阪生れの滋賀の陶芸家Tの陶芸展を見たからである。
陶芸家は火を使い作品を作る。
その火のもつ荒ぶる性格が、正に人間性にも顕われている気がしたからだ。
荒ぶる業と和する業がTの性格、作品そのものに具現して感じられた。
和する業は、極めて人間関係の濃いサロンを形成し、荒ぶる業は毒を湛えて
文化状況批判として発散されていた。
しかし台風の真ん中に眼があるように、火にもその芯には澄んだ炎がある。
その澄んだ静謐な芯がない時、火も風もただただメラメラ、ごうごうと荒ぶる
のみなのだ。
風邪がまだ治らず沈滞気味の私には、この再会は少しも楽しいものでは
なかった。その毒気にあてられ疲労が増した程である。
そして分かったことは、再会の10年の歳月がなにも豊かさをもたらしていない
という事である。
山の中腹に近く今を盛りの濃い緑。
その美しい環境の画廊で出会ったのは、この10年自らが招いた来歴の
ひとつ、芯の乏しい荒・和の貧しい結果でもあったか、と思う。

*西田卓司展ー次回予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-07-20 12:55 | Comments(0)
2011年 07月 19日

福島からー弓張月(1)

福島県須賀川市の川村龍俊さんから、詳細なその後のレポートが届く。
大地震の後、さらに原発放射性物質との日々の格闘が記されている。
茫然とその記述を目で追いながら、災厄と向き合う人のある種の明るさに
心を打たれていた。
しかしそんな甘い感想は、次のような記述に接して、すっと心の内部に
沈んだのだった。

 福島といえば、智惠子の台詞として(高村)光太郎が詩に書いた「本当の空」
 が観光の目玉ですが、震災以降、放射能による実害と風評被害によって
 その安達太良山には登れないままです。・・・・
 津波によって壊滅した海岸では遺体が荼毘に付され、まだ見つからない
 家族を探しあぐねて避難所へ戻る毎日を続ける人々が多勢います。
 そして津波で傷ついた遺体はまさに轢死体。
 過酷に非日常と日常が入れ替わりましたから、見る夢と言えば「元に戻り
 たい」しかないのです。でも震災以前に見ていた夢は、もう二度と見られ
 ないのです。あたらしく何かを創ることは、まだやりたくないし、泣くに泣け
 ない。・・・・・
 助けて欲しいけど、ほっといても欲しい。
 過剰な情報の中では、基準を見つけられないでいます。
 自分のそれまでの歴史以外には。

東京には空がないと智惠子が呟き、本当の空があると言った安達太良山。
そうか、あの山がある処か・・と思わず頷いていた。
きっと見た目は変わらず、今もその美しい山稜を見せているに違いない。
透明な空の下、その姿も空も非日常と化して禁断の山と空となっている。
海岸には累々と死者が横たわり、山と空は非日常の陰画紙。
信じれるものは、自分のそれまでの歴史。積み重ねた日常の記憶。
個人的な古いアルバムや写真を、大切な宝物のように除洗する人の姿と、
この<自分のそれまでの歴史>という言葉が重なって響いてきたのだ。
そしてこの<自分の歴史>が、<基準>という言葉と重ねて使われた時、
私たちは深い最もラデイカルな場所で、今日常と向かい合っている。
都市の安全神話のカプセル内で、ぬくぬくと過ごしている私たちの日常が
一瞬にして陰画の世界に転換し、あの安達太良山が札幌の藻岩山のように
見えてくる。
今囲繞する生の根源を、福島の日常が問うのである。

6月4日から発熱、強烈な頭痛、ついに震災後初めて会社を休んだ、と
川村さんはいう。

 なんでも風邪が流行っているとか?この時期になって風邪をひくとは、
 やはり私も人の子だったか(笑)。まあ、原因は疲労以外のなにものでも
 ありますまい。

こんな部分で私もほっと親近感を感じて、同様に(笑)を感じていたのだ。
状況は違いますが、私も人の子だったのでしょうね、川村さん・・・。
数日後

 どうやら風邪は通り過ぎていったらしく、気分良好であとは鼻声が徐々
 に元の美声に戻るのを待つだけでしょう (笑)。

ここでも小さく、私はあなたと(笑)を共有しました。
何もできませんが、私もまた私の日常現実の中で、<自分のそれまでの
歴史>を見詰め、<基準>を問うていきたいと思います。
力を頂きました。ありがとう。

*西田卓司展~7月末~
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅣ」
 8月21日(日)午後5時半~予約2500円当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503



 

by kakiten | 2011-07-19 12:38 | Comments(0)
2011年 07月 14日

夏風邪ー夏日幻想(26)

夏風邪が長引く。
寝汗、咳、だるさが続く。
昨日までの湿度の高さも、じとじとと気力・体力を奪う。
今朝は雨で涼しく、ぐっすりと眠れた。
七分程度まで回復した気がする。
しかしまだ、胃と腸の元気が無い。
こんな夏風邪はあまり記憶に無い。
汗の質が違う気がする。
じとじととかく汗で、爽快な夏の汗ではないからだ。
水分を補給しても胃と腸が冷えるだけのようで、吸収し発散する
手応えが感じられない。
元気出せ、胃さん、腸さん!
展示が途絶えた今、本格的に休養せよとの啓示なのかも知れない。

*西田卓司展ー7月末~
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅣ」
 -8月21日(日)午後5時半~予約2500円当日3000円。
*藤谷康晴展ー8月下旬~9月初旬

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax-11-737-5503

by kakiten | 2011-07-14 14:34 | Comments(0)
2011年 07月 13日

赦しの赤ー夏日幻想(25)

赤は宇宙の大火、すなわち太陽の色。
さらに転じて体内の大火、すなわち心であり、まごころ。
そして赤とは赤裸々、赤心、赤子。何も無い事。
この意味を有する赤が入った<赦す>は、認可・許可の<許す>とは
意味が違う。
杉山留美子さんの色彩には、その赤がある。
「HERE・NOW あるいは難思光」という一見難解な個展タイトルは、
そのまま、「ここで・今 難を思う光」を光彩として色彩化した絵画と思う。
そしてその光彩は、赦しの赤をトニカとしている。
困難をあるがまま見詰め受容する。
3・11以降の作家の現実と向き合う心が、この赤を基調とする絵画に
深く秘められている。
<スイーツ>で群れ、<ビギニング>で群れるこれら下心たっぷりの美術展
などに群れる者たちに比べれば、このたったひとりの個展の方がどれほど
真にラデイカルであるか。
杉山留美子さんのさらなる精進を心から願い、期待するものである。

湿度が高く、体調が優れない日が続く。
この程度でも疲れるのだから、被災地や本州各地の生活は如何ばかりかと
思う。腐敗した魚にハエが群がり、悪臭が立ち込め東北の港町の人たちは
今日も耐え生きている。
「HERE・NOW あるいは難思光」
困難を直視し、光の花を描いた杉山留美子さんに心からの敬意を表する。

*西田卓司展ー7月末日~予定。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅣ」
 8月21日(日)午後5時半~予約2500円当日3000円。
*藤谷康晴展^8月末日~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-07-13 13:35 | Comments(0)
2011年 07月 12日

「難思光」と「難路行」ー夏日幻想(24)

10日が最終日の杉山留美子展を見に行かねばと思っていた。
ちょうど来たM佐藤さんの車に便乗して東区のギヤラリーまで行く。
会場に入ってすぐ感じた事は、作品の柔らかさであった。
日の出前の空の淡いのように、感じられた。
光を色彩に、包み込むような光彩。
変わったなあ、と思った。
昔迷宮を主題とした暗鬱な色彩構造は影を潜め、淡い界(さかい)が
優しくしかし凛とした世界を創っている。
タイトルは「here・now あるいは難思光」。
3月11日以降の深い悲しみ、思いがこのタイトルにもよく顕われている。
この色彩の柔らかさ、優しさは、そうした深い眼差しから発するものだ。
私は「難思光」というタイトルの響きから、ある詩集のタイトルを思い出して
いた。それは鮎川信夫の最後の詩集のタイトルである。
「難路行」。
その中の一章。

 人が住んでいるかぎり
 家が倒れることはない
 人間のあぶらが
 柱に梁に天井に床に耐性を与え
 苦しみのベッドに血をにじませる
 人くさい息が充満しているうちは
 家の崩壊はないものと念じてきたのに
 うなだれた囚人の目尻には
 こらえきれない一雫が光っている

             (「廃屋」)

この<こらえきれない一雫>の<光>のように、杉山留美子の淡いの
光彩がある。
吉本隆明は、解説でこの詩集は<赦し>の詩集だと記している。
私はその<赦し>のようなものを杉山さんの絵画にも感じていた。
勿論鮎川信夫と杉山留美子は生きた時代に相違がある。
しかし作品としてある困難を作家が深く直視した時、その難<思・路>の向こうに
<光・行>の姿で、何かが<赦し>のような優しさの内に顕われている。
詩人が<こらえきれない一雫>と言葉で顕した<光>を、画家は光彩の色彩で
顕している。
そしてその前に先立つ<うなだれた囚人の目尻>とは、正に3・11以後の
杉山留美子の立ち位置・視座を象嵌してもいると思えるのである。
色彩は仄かな赤で、赤という文字の語源太陽の保つ薄明のように見える。
その光の前で闇は微かに開き、すべてを淡い光の内に受容している。
<赦し>いう字にある赤も、言葉を色彩に変えてあるようである。

*西田卓司展ー7月末予定
*及川恒平ライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅣ」-8月21日(日)
 午後5時半~予約2500円当日3000円。
*藤谷康晴展ー8月末日~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-07-12 12:39 | Comments(0)
2011年 07月 10日

ベーマー会打ち上げー夏日幻想(23)

金曜日の夕、ベーマー会誌3号発行打ち上げが居酒屋ゆかりである。
会長の加我稔氏、副会長の上野昌美氏が見えて楽しく飲んだ。
ゆかりの店主宇田川洋さんの自叙伝連載も明日から道新で連載が
始ると知り、この3人が誠に不思議な人たちと思える。
アラ還の鞍馬天狗に、水戸黄門のように見えてきたからだ。
それぞれが専門分野のれきっとした方々だが、ルイス・ベーマーや、お酒
の事となると、少年のように純である。
同世代的なブンドや革マルといった学生運動の話も飛び交い、果ては
キツツキとナマケモノの対極の在りようが、愚鈍であるかないかという
まあ、どうでもいい話で熱くなっていた。
キツツキは何故あんなに頭部を震動させるのか、脳震盪を起すので良くない。
あれはほとんどバカである。一方ナマケモノも対照的に愚鈍である。
そんな決め付けに、みんなが一斉に反論したのである。
あれは進化であり、特化である。教条主義的にバカと決め付けるのは
問題だ。言い出した上野氏は一歩も引かず、あれはおかしい。
あんなに頭部を振りつづけるのは、脳に異常を来たす、と譲らない。
キツツキは樹の中の虫を掘り出す為に、ああするのは必然性がある。
あんたが、ベーマー、ベーマーと掘り起こすのも、キツツキみたいな
ものだ、と他も譲らない。
少し遅れて来た介添え役のふたりのK氏も最初呆れながら、途中から他の席
の客も巻き込み、大いに盛り上がったのだ。
その所為かどうか、その夜やたらと咳が出て軽く風邪をひきかけていた。
寝汗が止まらず、布団を蹴ると寒気がした。
まるでキツツキとナマケモノが交互に襲って来たかのようだった。

ベーマー会は偉大なるアマチュアの集りである。
会長の加我氏は生まれ故郷の余市のリンゴのルーツを調べる中で
ルイス・ベーマーを発見する。
そして親友の上野氏とともに、調査を開始し会報を発行していく。
アイヌ語地名の山田秀三さんと同じように、いわば素人の道楽である。
しかしその視線は純粋で好奇心に満ち、フロンテイアのような新鮮な
眼差しに溢れている。
既成の回路ではなく、自分の回路で現実を切り拓いて行く。
その過程で、多くの未知の人と出会う。
その成果のひとつが、横浜と札幌の繋がりである。
ベーマーを通して、このふたつの都市は深い関係性で繋がりを今
見せている。
いわば現代の「赤い靴を履いた女の子」である。
赤い靴の女の子のルーツは札幌にもあり、そして異人さんに連れ
られてヨコハマの港に行くのだ。
同じ構図がベーマーを通して札幌と横浜にもある。
この近代とともに生まれた港と都のふたつの都市の構造は、さらなる
検証を現在に繋がる歴史的現在として、カルチヴェート(耕す)時を
示唆している。
ベーマー会誌1号2号でベーマー自身に即した調査研究を進め、
3号においてはベーマーの軌跡がもたらした波紋、ベーマー的なるもの
へと、その深度は深まりつつひとつの段階を終えたと思う。

キツツキとナマケモノとは、実はこの会の性格そのものでも
あるような気がしている。
集中する強烈な探究心と、いい意味での緩いアマチュアリズム。
それがキツツキとナマケモノにあれだけ熱く議論できた下地なの
かも知れない。
加我さん、上野さん、ありがとうございました。
お陰様で私は、翌日熱を出して、寝ていました。
これはきっと知恵熱というものでしょう・・ね。
(ふっふ・・。)

*西田卓司展ー7月末ー8月予定。
*及川恒平ライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅣ」-8月21日(日)
 午後5時半~予約2500円当日3000円。
*藤谷康晴展ー8月末~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-07-10 13:27 | Comments(0)
2011年 07月 08日

点・面・線ー夏日幻想(22)

ベーマー会誌2号に田山修三さんという文化財保護指導員の方が、「点」と「面」
と「線」について書いておられる。
札幌の時計台を例にあげて、これが「日本三大がっかり風景」のひとつである
のは、「点」(建物)だけなので、がっかりするのだという。
この時計台の周囲は、もともとは敷地も現在の10倍以上もあり「面」として存在し
ていた。周りにはホップ園もあり、北講堂、寄宿舎、図書館、化学講堂、天文台、
潅木園等があったという。
豊平館も同じで、ベーマーの設計による前庭が広がり、建物と一体となった
美しさに満ちていたという。
それが中島公園に移築され、庭園と切り離され「点」となって今存在している。
清華亭もまた同じように創建当時の偕楽園という様々な施設の集った大きな
「面」の中に存在していた。
ここにもベーマーの和洋折衷の庭園があり、、さらには現伊藤邸からの湧き水
によってできた川、サケ・マス孵化場、博物館、農業官園等が広大に広がる場所
であったという。
これらはみな現在、「点」(建物)として存在し、「面」としてのゾーンが消えている。
さらのこの「点」と「面」を結ぶ時間軸が「線」として捉えられ、歴史上の今に
繋がる。
この山で言えば裾野・中腹のような「面」、山稜のトータルな全容のような「線」。
これらがすべて消去されて、鉄塔のように頂きの「点」だけが保存されている。
この構造は見方を変えれば、まるで現在の都市構造そのものに似ている。
頂きへの短絡した直線という「面」を喪失した構造である。
高速道路、高速昇降機によって地下も地上も到達点に直結する構造だ。
街も面としての存在から、建物という点の集合体に変わり、その回路は
直線という線である。
例えばDデパートからTデパートへ行くであって、「面」としての界隈性は
薄くなる。そしてそのふたつの建物(点)を結ぶ線は、地下通路であったりする。
本来文化とは、この失われつつある「面」を母胎とするのではないか。
山がもし裾野・中腹を含めず頂上点だけとすれば、限り無くタワーのような
味気ない鉄塔風景となる。正にがっかり風景となるのだ。
文化財だけに限らず、この風景は今の日本の現実風景そのものと思える。
辛うじて残っている緑の運河エルムゾーンを正に「面」として再生し、この
地域の歴史文化の「面」「線」として後世に伝える事は急務の責務と、
あらためて思っていたのだ。

*西田卓司展ー予定。
*及川恒平ライブ「まだあたたかい悲しみーそのⅣ」-8月21日(日)
 午後5時半~予約2500円当日3000円。
*藤谷康晴展ー8月末日~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-07-08 16:46 | Comments(0)
2011年 07月 07日

cultivateなきcultureー夏日幻想(21)

大震災以後、第一次産業の人たちの精神的強さ、真摯さ誠実さが際立つ。
それも本職の農業・漁業の分野に留まらない、ある基底的な真摯さである。
一方都市型の日常生活において、社会的に偉い方々のなんとも優柔不断
で無責任な言動が、目に余る。
昨日も九州電力の原発公聴会のやらせメールが明らかになった。
国会の議員先生方、原発協力の学者先生と、普段は権威あるかに見える
都市の人たちの小ズルイような、自己保身ばかりが目に付く。
仕事の現場が自然と向き合っている人たちの方が、はるかに謙虚で真摯
である。
そういえば、今回の津波被害にあった漁師の中に牡蠣の養殖の為、山に
木を植えていた人がいた。
再び山の人たちと協力して、海と川の繋がりを回復し漁場の整備にあたって
いるという。
この行為こそが、contemporary(同時代)の行為である。
海と山というtemporaryな状況を超えて、conという同時代の眼差しを保つ。
それに比して、都会の人間の方が余程temporaryな個別状況に閉塞している。
それは組織内の縦割り社会の中にである。
写真家のM佐藤さんが感動していた被災地のイチゴ農家の方は、ひとりせっせ
と汚れた写真を洗浄し、復元しているという。
他者の貴重な思い出を、見知らぬ写真の持ち主の為その行為を続けている。
この人が作るイチゴは、どんな味がするのだろう、とM佐藤さんは語る。
こうした第一次産業の人たちに比し、文化を担う人たちは謙虚に真摯に
自然・風土と向き合っているのだろうか。
電気的操作技術の機械とばかり向き合って、目の前の囲繞する風土と
少しも向き合っていない気がする。
先日発刊されたベーマー会会報3号で、ルイス・ベーマーが勧めた農産物
の報告書が収録されていた。
アマ・アサに始まり、ジャガイモ・エンドウ・タマネギ・メロン・トマト・アスパラ
・スイートコーン・キャベツ等あらゆる農作物を移植し、改良していた事が
分かる。
最初に実験的に栽培されたセロリ・ブロッコリー・レタス・ホウレンソウなど
はもう当たり前に今の食卓にある。
これこそが真の文化ではないのか。
カルチヴェート(cultivate=自耕する)事無くして、カルチャー(culture=
文化)もない。
今第一次産業の人たちが際立つのは、こうした文化の基底を黙々と生きて
いるからである。
芸術家や音楽家、詩人や小説家、そうした文化人といわれる人たちが、
この第一産業者のように、自然という名の風土と向き合うことを忘却して
都市的インフラとばかり向き合っていないだろうか。
メガポリス・メトロポリスの都市という囲繞環境のカプセル内で、ある高み
に安住したまま、あたかも大衆啓蒙のような思い上がった位置に居座る。
そんな文化屋が、真の謙虚さも真摯さもなく、アートにうつつを抜かして
いる。ネイルアートという爪化粧の呼び名に象徴されるような化粧が
芸術=アートという頽廃に落ち込んでいる。
されば「スイーツ・アート」などという造語も当然罷り通る事になる。
こんなものに比し、ベーマーが栽培したスイートコーンの方が、はるかに
文化である。
自ら耕す(cultivate)事なき文化(culture)の事を、アートと呼ぶのか。
そんな気がするのである。

*西田卓司展ー予定

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by kakiten | 2011-07-07 12:56 | Comments(0)
2011年 07月 06日

不調な日ー夏日幻想(20)

昂揚するものと内に篭もるものとの落差がある。
疲れが溜まっている。
胃に不快感がある。
4年前の軽い胃潰瘍を思い出す。
捻挫、腰痛、そして胃。
なにかガタガタだなあ。
予定したNくんの個展が順延になって、気が抜けた所為もある。
その間に「織姫たちのスイーツ・アートー楽しい現代美術入門ー
とか、胃に来るような腹立たしい展覧会も苛つくものがある。
良い作家たちが、ほいほいとこうした小細工を効かせた企画に乗り、
今この時期、もっと深く本質を見詰め個展に結晶化して欲しいのになんだ。
そんな苛立ちもある。
なにか人が多数集まりそうな場所と金銭的優遇さえ整えば、スイーツ・アート
なぞというどうしようもない企画に、姫などと煽てられて、ほいほいと作品を
出すのか。
姫たちも姫たちなら、野郎たちも野郎たちである。
群れて、溜まって、個で勝負しない。
女衒屋みたいなアートブローカーが、テナント集めみたいに群れた
パック企画で穴埋めに暗躍する。
その美味しそうな企画に、ほいほいと乗り、数合わせで個の負担を軽減
して誤魔化す。
群れるなら理念を持て!
なかがわ・つかさが公募展の団体に噛み付いた時代と何も変わらない本質
が、まだまだ罷り通っている。
その時代よりさらに知能犯的に、小細工が発達している。
そうだろう、「織姫たちのスイーツ・アート」などという群れ方は。
理念もなければ、ハングリーもない。
大衆と資本への媚びだけではないか。

個々の作家が個々の作品として、例え何らかの放射能を発して評価されたと
しても、企画の棟屋自体が壊れているので、悪い放射能としてしか作用しない
事だけは言っておく。
楽しい現代美術入門などという、上から目線の煽てに乗るほど人は甘くない。
プロといわれる人たちと被災地の一般個人の賢さの落差が、今ほど際立つ時
もない事実に、何故気が付かないのか。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-07-06 14:24 | Comments(0)
2011年 07月 05日

ドイツからー夏日幻想(19)

ルイス・ベーマーは明治15年開拓使を辞し、その翌年横浜にベーマー商会を
設立し日本人園芸家を育て、後の横浜植木組合(現横浜植木KK)の礎を創る。
その間の事情を現横浜植木KKの造園部顧問の方が、詳しくベーマー会会報
3号に記されている。
ドイツ人ベーマーがアメリカに帰化したのは、24歳の時である。
生れはドイツ・ハンブルグ近郊、リューネブルク。
ここで不思議な符合をずっと感じていた。
美術批評家なかがわ・つかさが北海道に移住したのも24歳である。
ベーマー会報3号に書いた「夢の系譜ーthe republic of dreams」
は、このなかがわ・つかさが北海道移住に際し記した文を枕に展開した。
明治と昭和、ドイツと日本という時代と場所を隔てて、ふたりの24歳は
新天地へと向かったのだ。
この文を私が書いていた時、同時に依頼され書いていたのがドイツ・
ハンブルグのギヤラリーへの文章だった。
ルイス・ベーマーの生まれ故郷の近くに向けて、花心伝心というタイトルの
文章を書いていた。
そしてもうひとつ、ベーマー会報3号が刷り上り手にしていた時来たのが
横浜生れの大下裕司さんだった。
そしてふたりでサッポロとヨコハマについて初めて濃く語りあったのだ。
何故かここにもベーマーの不思議な翳を感じるのだ。
そして今日、ハンブルグの画廊から始った展覧会の反響が届いた。
大きくドイツ語に翻訳された私の文は、何人もの人から好評でコピーを
要求されたという。
汗顔の至りだが、翻訳された方の力が大きいと思えるが、それでも
嬉しかったのは事実だ。
北海道という近代に固有の大地を媒介に、ドイツ・日本・アメリカという
国を超えた何かが渦巻いている。
そしてそこには、港と都という近代の入口と中心が、ヨコハマとサッポロという
都市の形で蠢いて感じられるのだ。
深く降りて、深く世界と繋がる。
この垂直な軸心が、閉じようとする閉塞状況を木霊のように撃ち、心の扉を
開いてくれる気がした。
19世紀に人類が夢みた<United dreams of America>
その夢の系譜がこの北海道にも具現化し、近代の伏流水のように
ある事を感じている。
そして戦後すぐに熱く書かれ、発表後作者自身がすぐに封印した鮎川信夫の
名作長編詩「アメリカ」が、また脳裏に甦るのである。

 「アメリカ・・・」
 もっと荘重に、もっと全人類のために
 すべての人々の面前で語りたかった
 反コロンブスはアメリカを発見せず
 非ジェファーソンは独立宣言に署名しない
 われわれのアメリカはまだ発見されていないと
 ・・・・
 ・・・・
 そして至高の言葉を携えた使者が
 胸にかがやく太陽の紋章を示しながら
 宮殿や政府の階段をとびこえ
 おどりたつ群集をおしのけ
 僕らの家の戸口を大きな拳で敲く朝のことを・・・
 ああ いつの日からか
 熱烈に夢みている

*西田卓司展ー次回予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-07-05 12:27 | Comments(0)