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2011年 03月 17日

小さな火・大きな火ーland・fall(20)

昨夜スーパーで買い物をしていると、声が掛かった。
美術家のSくんだった。
彼は昨年テンポラリースペースで個展をしている。
出身地が福島県だった事を思い出して先日電話をしたのだ。
しばらく立ち話で被災地の実家の様子を聞いた。
電話の時よりも原発の様子が深刻で、心配している様子が見て取れる。
祖父の家は海岸沿いで、津波に流されたという。
ただみんな無事で、その点では安心したようだが、今進行中の原発の様子
が気に懸かると不安そうだった。
そして来週あらためてゆっくり伺います、と言うSと別れた。
今朝のTVでは自衛隊のヘリコプターが原発上空から散水をしている様子が
実況されていた。
この巨大な熱エネルギーの火の装置と被災地の被害者が待つ
寒さをしのぐ為の小さな火。
この火の保つ大きな落差に等身大と非等身大のふたつの最前線の
落差を感じた。
辛うじて支給された毛布に包まり、身を寄せ合い暖気を確保し健気にも
時に明るい表情をみせる第一線の現場。
活劇さながらの原発の大掛かりな水と火の戦いの現場。
小さな火を求める現場と大きな火を消す為の現場。
この同時進行のふたつの火の在り様に現代社会の構造的矛盾が見える
気がする。
この小さな人間的火の為に大きな火は本来分配装置としてあった事である。
小さな火は個々の灯かりとして暖房として生活の基底を支える。
生活基盤の最低部分が露出した被災地では、その灯かり・温もりが本当に
人間的な火として顕われている。
一方の原発消火現場では、この個の灯かり、温もりの火の姿が見えない。
原発の大きな火の現場には個の姿が消えて、別次元の火となった姿が
垣間見えるのだ。
本来政治も経済も産業も文化も個から発し個へ還元される本質を有する。
その個から類へという普遍性を人はいつの間にか量数の多寡という位相へ
と偏向して、等身大の火の位相を置き忘れて今があるのではないか。
量数を基本とするインフラパック・カプセル化の産業構造都市が綻び、
そこに見事に顕われたのは、市井の無名な勇気ある凛々しい被災者の
個々の姿であり、その事実のみが我々の心を撃つ真の第一線現場の姿
でもある。
芸術・文化の第一線現場とは本来その最も純粋な個の現場領域から
発して表現として成立するものであって、決してカプセル・パック化した
構造の中からぬくぬくとアート、アート化する類のものではない事を
今こそ肝に銘ずるべき時なのだ。

*テンポラリースペースアーカイブス「記憶と現在」展
 ー3月15日(火)-25日(日)am11時ーpm7時;月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみその2」
 3月27日(日)午後4時~予約2500円・当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-03-17 13:40 | Comments(0)
2011年 03月 16日

去る人・帰る人ーland・fall(19)

東京在住の脚本家にして俳優の沼田康弘さんから留守録がある。
避難して札幌ですという。
夕張出身の沼田さんが、東京脱出して札幌に今いるようだ。
近々伺いますと電話は終っていた。
脱出というほど東京が酷いとは思えないが、気持は分からないでもない。
生活物資の買占め、品不足、原発の放射能汚染の風評、相次ぐ余震と
停電と心が荒む情報ばかりが流れてくる。
巨大インフラカプセル内の都市機能が至る所で綻びを見せているからだ。
衛生・安全の都市神話は、この巨大電力・石油力を元にしたカプセル内に
あり、ここもあそこも紙一重の現在にある。
地球の地層生理がほんの少しさらにズレ、十勝沖、東海沖へと移動すれば
同じ惨状が他の地域のカプセルを直撃するからである。
もう地球自体が大きなカプセル内にあり、その成層圏も含めた大きなカプセル
維持装置が人為・自然を問わずぶれる危険性を真摯に思うのである。
人は人の力を超えた自然力に今改めて畏れと自らの非力を痛感する位置に
いる。
TV画面に映る被災者の解脱したような澄んだ表情を見ると、都会のカプセル内
にいる人間の表情との濁り無さの相違を感じるのだ。
大きな困難の前に立った時、人は余剰なるものを拭い去り凛々しく美しい。
その様子が少年少女、年老いた人に多く見られるような気がしている。
困難の中非力を真正面から受け止め、祈る気持と出来得る範囲で全力を傾注
する覚悟のようなものが澄んだその表情にはあるからだ。
人力を超えた神とも悪魔とも大自然とも呼ぶものの前で、人は素直に敬虔に
自らの非力の中で何かを求め祈る。
純粋なその表情が唯一、この惨状の中で見られる救いのように感じている。
もう縄文の時代に我々は戻る事が出来る訳ではない。
今我々が出来得ることは、シテイー(都市)としての人間の環境を如何に
再生し得るかという自然と生活との根っ子の部分の哲学・原理が問われて
いる事である。
文化・芸術の位相は今回のような被災現実に対処方法としてあるのではなく、
都市の根本の在り様を個々の生の現場に垂鉛を深く降ろし、類としての普遍性
の可能性を井戸を掘るかのように続けるしかないと思われる。
消費と利便に満ち満ちた都会機能(タウン)から、人間の生活環境としての
都市(シテイー)再生へとReーpublicする文化・芸術の位置が根本的に問われ
ている。

*テンポラリースペースアーカイブス展ー3月15日(火)-25日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみその2」-3月27日(日)
 午後4時~予約2500円・当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-03-16 13:06 | Comments(0)
2011年 03月 15日

電気力と石油力のカプセルーland・fall(18)

地震(土地)と大津波(海)という土と水の叛乱によって、人間社会の
インフラカプセル維持装置原子力発電所発電所が瀕死の状況にある。
ここでも水が関係している。
巨大な熱エネルギー量を馴致する為の水が思うように作動していないのだ。
パンドラの箱のように原子力発電所の4基が危ういカプセル破砕の淵にある。
その結果都市というインフラカプセルもまた、自然災害に連動して人為災害
の破綻の様相をみせつつある。
石油と電気によって巨大な増幅エネルギーを手にした人間は、その両方の
源から大きく揺さぶられ、自らの等身大そのものが晒されている。
ぬくぬくと透明で巨大なカプセル内にいた安全・衛生・利便の膜が綻び、
剥き出しの生(なま)の現実が襲いかかっている。
そして状況は、次第にマクロな大状況からミクロな個々の生き様が見える
ように報道されてきている。
今如何に個として、人間の価値があるのかが見えてくる。
巨大組織に生きる人間が個として如何に主体性がなく、被災し自力で
人を思う人間の個として如何に優れて心を打つ行為を為しているかが、
如実に分かれて見えてくるのだ。
組織という社会カプセルの中の個人と、被災し何も無くなった人間の行為と
に、大きな差異のある事を映像は如実に活写する。
原子力発電所に関係する役人・東京電力等の組織人の怜悧で実味のない
言動の数々と被災地の被害者の裸の言動との差異は驚くほど対照的である。
これは個々の資質というより、カプセル内と外の差異なのだ。
裸で向き合う人間の実感と何事も経由して増幅装置内にいる人間の差異
なのだ。
地震や津波が与えた教訓は、この虚構と実体の差異の事実にある。

この裸の個から立つ視座を忘れて、虚構の増幅インフラの衣をいつまでも
纏い続けてはならない。
それが政治・文化の力の真の源泉である。
札幌よ、
大規模地下通路パックにアートなんかと、じゃれている場合か。
もっと外へ出て、破壊されつつある大地・川・と向き会え。
勇気ある被災者の如く、裸で個としてインフラカプセルから抜け出せ。
非日常とは大災害によってのみ生まれるものではない。
ぬくぬくとした日常の増幅カプセル内にこそ潜んでいる。

*テンポラリースペースアーカイブス展ー3月15日(火)-25日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみその2」-3月27日(日)
 午後4時~予約2500円・当日3000円。

 テンポラリースペ-ス札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-03-15 13:37 | Comments(0)
2011年 03月 13日

ただ祈るのみーland・fall(17)

大自然の圧倒的力の前に、人間の築いた都市・集落は脆くも崩れ
ただただその非力を感じるのみである。
さらに人為的なものの象徴とも言える原子力発電所の危機は、
その事実に追い討ちをかける。
大地震・大津波・原発の瓦解の危機。
大地が揺れ、海が盛り上がり、空中に放射能の塵が舞う。
水も土も空気もすべてが襲ってくる。
普通に乗り物に乗り、歩き、食べ、TVを見ている事が、稀有な虚構の
ようにさえ思える。
そんな地獄絵のような被害地の映像を終日見ながら、今何が出来得るのか
茫然としながら、アーカイブス展の展示を終えた。
故一原有徳さんの「鏡面ステンレス+アセチレン焼+フォートエッチング」
故村上善男さんの「常盤村紙円の繰り」
安斎重男さんの「掌のジャコメッテイー」
故佐々木徹さんの「コラージュ」
坂口登さんの「精神と野草」
上野憲男さんの「水原にて」
岡部昌生さんの「touch on bikkky’s」の7点である。
一原さんの鏡面ステンレス作品は、都市の虚構性を象徴し、
村上さんの作品は伝統文化のしたたかな優美さをモダーンに顕し、
坂口さんの作品は文明と自然の対比を障壁画のように象嵌し、
安斎さんの撮影した掌のジャコメッテイーは、人間の孤独と暖かさを
表わしている。
さらに佐々木さんのゴムに描かれたコラージュは、文明社会の刺青の
ような印字感覚を落ちた風の皮膚のように表わし、
上野さんの作品は、水原への青いロマンに満ち、
岡部さんの作品は、触れる喜びを率直に伝えている。
これらはみな今回の被災者たちへの祈りを軸心にして展示した。
特に佐々木徹さんのゴム布に描かれたコラージュ作品は、床に直接置く事
で都市の柔らかい脆さを象徴させた。
まだ何点かの展示したい作品もあるのだが、この構成が現在の祈りを
表意する収蔵品展としてはベストかと思う。

ふと思い出し仙台在住の作家椎名勇仁さんに電話する。
今西宮にいると言う。
悪運強いからと笑っている。
元気そうで良かった。
続いて青森の作家首藤晃さんにも電話する。
こちらも大丈夫なようだった。
網走佐々木恒雄さんも大丈夫という。
とりあえず元気な声を聞いてほっとした。

*テンポラリースペースアーカイブス展ー3月15日(火)-25日(金)。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみその2」
 3月27日(日)午後4時~予約2500円・当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-03-13 14:52 | Comments(0)
2011年 03月 12日

3・11自然同時多発テロ・岩見沢へーland・fall(16)

3・11自然同時多発テロとでもいうべき地震・大津波が日本列島を襲う。
TVは昨日午後地震発生時から、被害状況のニュースを一日中休み無く
流している。
民放はCMもなく、ニュースの連続である。
そんな中以前から約束していた岩見沢の「居間」展を見に、
Yくんと駅で待ち合わせて行く。
2年ほど前一度訪れた石倉のある空間は駅を降りてすぐにある。
幸い展示者の森本さん、秋元さん、太田さんもいて会場を見る。
この古い石造りの蔵に3人の展示が活きていた。
1月札幌市資料館同じメンバーのそれぞれの個室展示よりも、
一体感が出ている。
民間の古い蔵が保つ有機的な空間は、資料館の旧裁判所の固い空間よりも
よりテーマを融合させている。
吹き抜けの中央に光る紙片を籠に盛り上から花吹雪のように散らす森本さん、
吹き抜けから糸を垂らし見えない川に竿を下ろす秋元さん、そして1階壁に
自分の顔をデョコレートで塗りこめた記念写真の太田さんと、会場のバランス
が活きている。
太田さんの社会的関係性を主題とする都市性と、故郷の川と故郷の火山を
主題とする他のふたりの自然主題の展示とが会場に合体して、初めて三位
一体の展示となった。
それは、この石蔵の保つ空間が3人の展示を抱擁し、引き立てているからだ。
昨年紀伊国屋ギヤラリーに始まり、テンポラリースペースの「空・地・指」展、
札幌市資料館と積み重ねてきた3人のそれぞれの個的テーマが、ここで一応
の完結をみせた気がする。
しかも3・11とでもいうべき大自然の同時多発テロの翌日にこの展示を見て、
都市と地相の不思議な符合を思うのだ。
森本さんの作品は前回の札幌軟石と布団の組み合せを止め、鮮やかな
金銀赤の紙片で支笏火山を象徴した事も、3人の一体感を生んだ要因と
思える。
只今回も思った事だが、北海道教育大学岩見沢校として、何故岩見沢駅前
の空間全体を使わないのだろうか。
わざわざ札幌のT画廊や資料館などを使い分散化せずとも、美術部全体で
何故駅舎も含めて駅前通り空き店舗、蔵をもっと総合的に利用しないのか。
昭和の香りするクラシカルな喫茶店、今は札幌駅前に見られないライフ
ラインのお店、アーケイド等がみなそのまま活きるではないか。
新築されたグッドデザイン賞の最先端デザインの駅舎の本当に目の前の
昭和の商店街が活かされていないのである。
ピンポイントで今回の展示だけを見て帰るのでは勿体無い話である。
テークアウトできる美味しいお焼屋さんも点在している。
木造の豪華な料亭もある。豪壮な寺院もある。
岩見沢は本州・内地浪漫に満ちた町である。
札幌にはない固有の魅力があるのだ。
この岩見沢駅前すべてを上手く使えば、美術部の専攻別に空き店舗、
喫茶店、アーケード、喫茶店等が素晴らしい近代ワンダーランドになる。
美術館やギヤラリーにない、ゾーンとしての岩見沢ワールドが出来る。
この商店の裏に隠された石蔵もそうしてこそ真に活きるのだ。
たた一点ピンポイントのように奥の蔵ギヤラリーを訪ね帰る空しさに、
何の為に美術学部が岩見沢にあるのかと問いたくなった。
札幌中央志向のマイナー岩見沢意識である。

3・11自然同時多発テロを経て、都会(タウン)志向の産業系座軸を主軸とする
文化力(アート)はもうその限界を知るべきである。
美術=美術館という権威志向も含めて足下から耕し、止揚すべき時期が来ている。

*テンポラリースペースアーカイブス展ー3月15日(火)-25日(金)
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみその2」-3月27日(日)
 午後4時~予約2500円・当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-03-12 18:07 | Comments(0)
2011年 03月 10日

多念・一念ーland・fall(15)

銀白の世界が戻って来た。寒気とともに。
白一色の世界は、時に新鮮である。
多色で猥雑な街景は姿を消し、世界は一瞬その内側の多様性に満ちた
有機的な美しい姿を顕す。
銀白の一色が逆に世界を多様にするのだ。

川俣正の今回の「北海道インプログレス」の試みを、
現代の親鸞のように地域への還相と感じて、久し振りに吉本隆明の
「最後の親鸞」を読み返した。
その中に「多念と一念」という言葉があった。
折りしも昨日の新聞に「札幌ビエンナーレ来月プレ企画第一弾」の紹介記事
がある。
「美術館が消える9日間」アニメ、パフォーマンス、メデイアアート、ネイテイブ
アート、ダンスにライブ演奏、トークショー、シンポジュムと盛り沢山な企画を
伝えている内容記事だ。
さらにーこの札幌ビエンアーレの考え方の一つ「芸術はビジネス」をテーマに
、ロシアや中国など国内外の経済人によるフォーラムも開催するーと記載され
ている。
多色な街景そのもののような<多念>なる企画景色である。
アートやエコという形容詞的流行語めいたものが付着すると、世界は雑炊の
ように賑やかになる。
<一念>は消え<多念>の色になる。
今朝の銀白一色の世界は、この記事を読み一瞬にして街景の看板・ネオンの
ように多色となる。
タイトルの「美術館が消える9日間」とは、美術(館)が消える日とも読み替えら
れる。
考えられる限りの表現ジャンルを寄せ集め、アートを多念化する試み。
そこに表現者の一念は見えない。
見えるのは「芸術はビジネス」という札幌ビエンナーレの考え方、ショッピング
センターのような店舗の多様・多念性である。
海の漁師が荒廃した海の漁場を再生する為、遠い山の源流の森に木を植える。
そうした領域を超える試みは、ひとえに自らの海の為という<一念>の所為で
ある。決してマルチな多ジャンルへの欲の所為ではない。
漁師が猟師になる訳ではない。
一念を忘却して多念に走る表現群団とは一体何なのか。
それが百貨店の催事場の文化展示というのなら、それはそれでいい。
客寄せの古典的手法だからである。
公共美術館が百貨店の催事場と化して、なにがプレビエンナーレなのだ。
文化遺産の公共的保存・展示。そうした民間には出来得ない地味で貴重な
役割が公的美術館の基本的使命である。
アートはビジネスというのなら、それに相応しい場所が自ずからある。
現代資本主義の最前線中国とロシアの経済人まで招請してフォーラム開催
とまでするのなら、もっと他の場を選ぶべきである。
この場所の選定には美術館というある権威を縁取りした思惑が透けて見える。
個々の作家についてとやかく言う積りもないが、この企画自体が既成の権威
と商業主義をすり合わせた百貨店9階催事場的な、アート物産展にしか思え
ないのは、ひとえに私の偏見によるものだけなのだろうか。
芸術・文化の活性化を望むに急なあまり、それが美術館の催事場化とは
何たる節操の無さと思えるのである。

*テンポラリースペースアーカイブス展ー3月15日(火)-25日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
+及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみその2」-3月27日(日)
 午後4時~予約2500円・当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

 

by kakiten | 2011-03-10 14:26 | Comments(0)
2011年 03月 09日

再生の夢ーland・fall(14)

佐々木恒雄さんを送り、一夜が明ける。
会期中来訪した東京の写真家Rさんのブログに、
佐々木さんの印象が記されていた。

 「流れる血液の音がきこえてきそうな、きれいな人だった。」(rーnote)

女性らしいシンプルで感覚的な表現に、感心する。
エルムゾーン清華亭近くに実家のあるRさんの里帰り。
この人もまた、再上陸して故郷を見詰めていたのかも知れない。

3月4日の道新夕刊文化面トップに先日来廊した美術家川俣正の一文が
掲載されていた。
「北海道インプログレスー地域再生の夢に挑む」と題して先日行なわれた
ワークショップ・レクチャー・シンポジュムを振り返っている。
川俣正は1953年三笠市に生まれ、東京芸大を経て欧米で活躍し
現在はパリ国立高等学校教授の日本を代表する国際的現代美術家である。
28年前に円山北町でテトラハウスプロジェクトを共にし、先月久し振りに
ここを訪れた。
その際「札幌・緑の運河エルムゾーンを守る会」の話をし、共鳴してくれた。
その事実がこの一文の中心に据えられ語られている。

 ・・・今回の収獲は、地味だが骨太な地域の歴史的文化的なものの保存、
 再生の意志を持った人たちがいるということを知ったことだった。
 札幌の市街地にあるエルム(ハルニレ)を守ろうと、昨年夏から署名活動を
 行なう市民有志の「札幌・緑の運河エルムゾーンを守る会」。
 札幌の昔からの景観保存、そして新たな再生の提案として同会が考える
 これからの札幌、北海道に唯一、今回の来道で共感するものがあった。

三笠の生まれで、石炭産業の衰退を見てきた川俣正が、九州筑豊地区で
「コールマイン田川」のプロジェクトを10年近くこつこつと続けていた事は
周知の事実である。
彼の世界的に知られたインスタレーシヨンは、材木を使って都市建造物を
梱包するものだが、その梱包の深い所には炭住生活者の濃いコンミューン
のネットワークが存在していると私は感じていた。
2年前目黒美術館「’文化’資源としての<炭鉱>展で、目黒区美術館区民
ギヤラリーすべてを使って展示された川俣正コールマイン・プロジェクトでは
架空の炭住街を再現し、鳥瞰する筑豊、空知、ドイツのルール地方の町の
眺めが再生されていた。
この時私が感じた川俣正の転位は、炭住生活者の横軸のコンミューンから、
鳥瞰する縦軸・ランドへの転位と思えるものだった。
自らが生まれ育った街を鳥の眼で俯瞰し、まるごと包観する視座への転位
である。
この視座の転位にこそ、彼の長い闘いの総括の道がある。
そしてこの道程の先にこそ、彼の今試みようとしている北の<ランド>への
再上陸の試みがあるのだ。
佐々木恒雄のオホーツク再上陸、私のエルムゾーン再上陸、そして川俣正
のコールマイン再上陸。
それらはそれぞれが<ランド>としての里であり、国であり、
その再生の夢である。

 ・・・歴史が進歩発展によって夢あるものを生み出すばかりではなく、消えて
 行く歴史を生み出すものであるということ。
 そしてその結果、均一な、どこにでもある町並みが生まれ、積み重ねられた
 歴史がものの見事になくなっていく。
                        (川俣正・同上記事)

川俣正のコールマインプロジェクトは、彼の故郷三笠を母胎とする空知の夢
でもあり、彼のランド再上陸の夢でもあるだろう。
それぞれの地域に埋もれた夢の再発掘を通して、北海道島のランド再生を
21世紀の壮大な実験として進行中というのが、川俣正の今回の「北海道
インプログレス」の試みと思えるのだった。

 これからの21世紀に、そして北海道に、はたして夢はあるのだろうかー
 そんなことを思いながらも、まだ夢を捨てずにこの「北海道インプログレス」
 をこの地で少しずつでも進めてみようと思っている。

                         (同上・川俣正)

昨日から鉄の街室蘭で13日まで毎日川俣正のワークショップが行なわれる。
彼の北海道各地での今回の行脚は、夢の発掘行脚でもある。
地域を包括する大きな<ランド再生>行脚でもある。
この川俣の現代の親鸞のような往相から還相の行為に、北海道はランドとして
真に応え得るのか。
それぞれの地における真摯な生き方が問われているのだ。
<均一などこにでもある>タウンではなくランドとして、
さらには見えざる夢の都市(シテイー)として、
それぞれの地域の<消え行く歴史>が問われるのである。

*テンポラリスペースアーカイブス展ー3月15日(火)-25日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみその2」ー3月27日(日)
 午後4時~予約2500円・当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

     

by kakiten | 2011-03-09 15:02 | Comments(0)
2011年 03月 07日

佐々木恒雄展最終日ーland・fall(13)

オホーツクの青を星のように内臓する作品が仕上がり、展示構成を変える。
1階正面中央にそれを据え、左右に出航の朝の碧の海とライブハウスの
室内の絵を配した。
ふたつのほぼ同じ時刻の都会の室内とオホーツクの海に挟まれて、
上半身縁取りの胸に咲く青いオホーツクの絵がある。
その人体の縁取られた肩外側横一文字左右に、茶の直線が地平線のように
横切っている。
左手に置かれた海の奥に見える地平線とその線が続くように、
繋がって見えた。
このふたつの線のタッチするものが、今回佐々木恒雄の獲得した
landfall(陸地の発見)の地平線である。
折から午後の陽射しが射し込み、3点の作品が美しい光となって
彩りを放つ。
故郷網走へ帰りオホーツクに再上陸し、再び札幌にも再上陸した作家の
2年間が凝縮した2週間の最終日であった。
最後の作品を描き終え展示構成を決め、放心したような時間が来た。
そして人が絶え間なく訪れ、閉廊時間後会場撮影を頼んだ久住さんが
来る。
その時ちょうど沖縄から来札中の具志堅さんが来た。
マイミクではあったが、初対面の具志堅さんは以前来た同じ沖縄の
さとまんさんとは対照的な派手なオーラ漂う偉丈夫である。
本人は私の所とは知らず、佐々木恒雄展を見に来たらしく、それと分かって
から声を上げる。
オー!マイミクのkakitenさん!学者だねえ~と言う。(なんのこっちゃ?)
大声で賑やかな沖縄人の明るく強い面丸出しだ。
佐々木さんの朝の海を見て、これは沖縄の海だという。
さらに2週間前の流氷の海の写真を見せると、目を丸くして同じ海か
と驚いていた。
佐々木さんの出航の朝の海は、南の沖縄の海のように暖かく青い。
これは彼の再上陸した故郷の新鮮なオホーツクなのだ。
この色彩の海が生まれて、彼の個展の2週間は始まったのである。
沖縄から来た濃い南の人が、その佐々木恒雄の再発見したオホーツク
をまるで南の海の輝きのようだと驚きの声を発したのである。
この絵を非買品にした佐々木さんは、きっと網走へ帰ってからも家の
一角に飾り今後の心の糧にする事だろう。
掛け替えのない再発見した彼のオホ-ツクである。
不意に訪れた具志堅さんの明るく強いオーラが、佐々木さんの内なる
オホーツクに強い光を与えて、最終日の最後の時間が輝く。
みんな帰って撮影も終えた久住さんと作品を片付ける佐々木さんの為に、
私はMの名曲「撓む指は羽根」を流した。
有山睦さんたちの演奏するジャズ演奏バージヨンである。
久住さんもまたMと親しかったひとりであり、具志堅さんとの縁も
Mが介在している。
Mの遺稿集の装画は佐々木さんであり、最終日にその原画を出版社の
かりん舎のふたりが持参してくれたのだった。
そして朝の船上に立つ「ハヤスケ」という漁具を持った男を描いた作品を
購入してくれたのだ。
最後の夜の最後の音楽は・・、もうMよ。
君の「撓む指は羽根」、これしかない。
横で聞く久住さんの指先が震えて泳ぐ様子が、眼の端に映る。
夜拙宅の一室に泊まった佐々木さんが、ポツリと言った。
あの時あの曲を作品を片付けながら聞いて、胸がいっぱいだったな・・。
それぞれのそれぞれの生きる現場で、それぞれの胸の中に、
<撓む指は羽根>がある。
オホーツクで撓(たわ)む指、札幌で撓(たわ)む指、沖縄で撓(たわ)む指。
そしてその心の指は、間違いなくいつか羽根となってはばたきlandfallするのだ。
その純粋結晶を作品という。
見えない時代の夢の陸地、その再上陸の可能性にタッチして
佐々木恒雄展は見事に終ったのだ。

*テンポラリースペース・アーカイブス展ー3月11日(金)-25日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平ライブ「まだあたたかい悲しみⅡ」-3月27日(日)午後4時~
 予約2500円・当日3000円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-03-07 13:03 | Comments(0)
2011年 03月 05日

ステップする時ーland・fall(12)

2年前佐々木恒雄さんが網走へ帰ると決めた時、同時に沖縄へ
行くと決めたチQさんと2人展をテンポラリースペースでした。
南と北へ旅立つふたり展のその時のタイトルは、「ランド!ホップする時」。
チQさんはその後事情あって今札幌に戻っている。
佐々木さんの今回の2年ぶりの個展を見ていると、ホップからステップへ
確実に今会期中に歩を進めている事が実感される。
昨日新たに2点の作品が生まれ、その色彩は実に柔らかである。
そして今最後の作品に取り掛かっている。
これは北極星のようにオホ-ツクブルーが画面中央に描かれた作品で、
この濃く盛り上がるように描かれた主題は網走で描かれ、札幌まで持参して
きたものである。
今その青い花のような星のような濃い青が、上半身の人体に心臓のよう
に置かれている。
ここからこの身体化したオホ-ツクブルーをどのように定着するか。
都市の風俗(タウン)と、オホーツク海の風土(ランド)を同時進行で並列して
2点描いてきた佐々木さんが、今札幌滞在最後の作品でそのふたつの要素
を凝縮した作品に挑んでいる。
これは彼の明らかな進化、ステップを示すものである。
「ランド゙!ホップする時」から2年。
網走という風土(ランド)を内包しつつ、青春に経験してきたニューヨーク、札幌を
風俗(タウン)として対自化し、単なる故郷回帰ではなく新たな自分のランド(故里)
を表現として再生しようとしていると思える。
それが青い花のような、青い星のような心臓の位置に置かれた主題なのだ。
そして今朝早くから会場に来て絵筆を進めていた佐々木さんが声を出す。
”出来た!”完成である。
冬のライオンが去り春の陽射し射す会場に、シンプルにして抽象性の高い
青い心臓が脈打っている。
「ランド!ステップする時」だ。
オホーツクの心音が響いている。
上陸(landfall)したぜ!
佐々木恒雄の身体(ランド)タッチ!


*佐々木恒雄展ー3月6日(日)まで。am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-03-05 12:15 | Comments(0)
2011年 03月 04日

元気をもらうーland・fall(11)

今日も白いライオンが荒れ狂う。
吹雪の朝。
隙間には雪の白いペインテイングが走る。
ガラスの窓枠にも、白い縁取り。
元気を貰うわ、と昨日何人かの展覧会を見た人が言った。
札幌郊外の山裾で子供を産んだばかりの人。
お父さんが心筋梗塞で倒れた人。
友人の紹介で初めて来た人。
白いライオンが来た桃の節句。
この北の地は梅・桃の季節から程遠く、まだ冬の只中。
佐々木恒雄さんの描く色彩が冴えている。
雪の一日。昨日は集中して作品制作に打ち込む。
歌人の賀村順治さんが久し振りに見え、若い歌人の山田航さんと
話し込む。
時を隔て、賀村さんの処女歌集「狼の歌」が今若い山田さんの心を
捉えている。
賀村さんの長歌を山田さんがある処で朗読し、会場の人の心を打った
のだ。

 ひっそりと立っていた若者は、進み出ると、現代長歌を朗読し始めた。
 思いがけない激しさに会場の温度が少し上がった。昨年末、札幌で
 開かれた朗読会「札幌サイファー」での一こまだ。

        (道新夕刊2011年2月4日「テイータイム創」から)

初めて会うふたりは、ぼそりぼそりと歌の話をしている。
世代の違うふたりを結ぶものは、同時代の保つ怒り・祈りである。
雪の降りしきる一日、ふたりの話は半日も続いた。
帰り際賀村さんが佐々木さんに声をかける。

 漁師、頑張れよ!

山田さんと同じ年齢の若い漁師が応えた。

 おー!ハイ、頑張ります!

それから水を汲んで届けてくれたMさんが来て、会場をゆっくり見て
帰り際に呟いた。”元気をもらえたわ・・”
この後一時室蘭の実家へ帰る佐々木さんの奥さんと最後の札幌の夜
を過ごす為、4人で佐々木さんに縁(えにし)あった居酒屋「ゆかり」へ
向かう。
店主の宇田川洋さんは常呂へ出張中で留守だったが、佐々木さんの
後輩のお母さん千鶴さんがいて、喜んでくれる。
千鶴さんのダシマキ卵は相変わらず絶妙の味だ。

*佐々木恒雄展ー3月6日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-03-04 12:43 | Comments(0)