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<   2010年 07月 ( 27 )   > この月の画像一覧


2010年 07月 21日

展示作業始るー森の記憶(11)

唐牛幸史さんの展示作業が始る。
壁の補強、塗り替えと下準備。
大きく頑丈そうな額縁が今朝運び込まれる。
写真家の藤倉翼さん、竹本英樹さん、横谷惠ニさんが撮った
旧山下邸の写真も併せて展示されるらしい。
ここは土壁のある古民家だったから、その上にコンパネを張り
白く塗装をしている。
しかし、2階の壁はふかふかで重さに耐えられない。
4年目を迎え、この空間も唐牛さんの技術で
新たな空間に生まれ変わるだろう。
同じ古民家の山下邸を改装した唐牛さんの経験が活かされる。
今週はしばらく空間の変容に活気ある時間が続く。

今夜清華亭を中心議題とする集まりが、宇田川洋さんの所である。
札幌の緑の運河、エルムゾーンを守る会の立上げである。
資料を整え会議に望む準備をする。
オブザーバーとして、一市民の立場から清華亭関係の友人にも
出席をお願いした。
かって小樽運河全面保存を訴え敗れたある小樽人は、
真っ赤な運河の絵を遺したという。
港町小樽に運河があるなら、内陸の街札幌には緑の運河、エルムゾーン
がある。
泉と森の記憶を残す、道庁前庭ー植物園ー伊藤邸前庭ー清華亭ー北大
キャンパスと繋がる貴重な札幌原風景を後世に遺して伝えなければ
ならない。そう思うのだ。
この小さな声が何処まで届くのかは未知である。
しかし、なにか声を発して
<ただ少し長く居ると喉が乾くような、何か物足りなさを感じる>(山田秀三)
この街を、固有の自然風景の保つ街として再生しなければならない。
その為にもこの緑の運河、エルムゾ-ンは貴重な札幌の文化遺産なのだ。
それらは守るだけではなく、真の公共空間として開放され活かされなければ
ならない。
これもまた、<ReーPublic>である。
真の<公共>とは与えられるものではなく、自ら守り育てるものと思う。
真っ赤な運河ならぬ、まっかなエルムの森とならぬように
声をあげ闘わねばならない。

*唐牛幸史展「REPUBLIC」-7月27日(火)-8月15日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*西田卓司展ー8月24日(火)-9月5日(日)
*谷口顕一郎展ー9月21日~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011^737-5503

by kakiten | 2010-07-21 11:45 | Comments(2)
2010年 07月 20日

大野一雄展最終日ー森の記憶(10)

32度を超える蒸し暑い日。
大野一雄展最終日、最初に来たのは珍しい人。
’89アートイヴェント界川游行を2時間番組として撮ってくれた
内村俊介さんと奥さんだった。
当時彼はJCOMの前身SCATにいて、自社番組として映像記録を
制作してくれたのである。
その2年後の大野一雄石狩河口公演も見に来てくれている。
奥様はここが初めてである。以前と変わらず少女のような眼差しで、
興味深く家全体を探索してくれる。
ここいいわね、と言ってくれ、私と内村さんのツーショットをカメラに収めた。
相変わらずいい男とお世辞もちょっぴり。
なにかこの日初めて純粋でしっかり者の奥さんに認知されたような気がした。
最初お会いした頃私は背広ネクタイが基本服装で、多くの仕事を背負い
込んでいたから、あまり信用されていなかった印象があるのだ。
再会の記念に当時の界川游行のポスターを進呈する。

次なる訪問者は、お花屋さんのM上さんだった。
西牧浩一さんの個展初日朝に訪れ、黒い版画を最初に評価してくれた人
である。その後少女期清華亭界隈で過ごしていたとコメントを寄せてくれた。
仕事休みを利用して来てくれ、あれ以来初めてゆっくりと話す。
清華亭で繋がったのも不思議だったが、さらに妹さんが慶応大学勤務で、
吉増剛造さんの写真集とも関わりがあるという。
吉増さんの出たばかりの写真集が妹さんから送られてきて、私のブログを
読みまた吃驚したという。
西牧さんの個展の前に、阿部守さんの作品の事で清華亭の事が載り、
今度は吉増さんの事がブログに載っていたからだ。
北大構内や清華亭界隈で少女期を過ごしたM上さんは、
その頃の風景が忘れられない原風景という。
それから古着市で着物を衝動買いしたという宍戸優香莉さんが来て、
自作の搬出にきた森本めぐみさんが来る。
そこへKギヤラリーのグル-プ展を展示を終え、十勝に帰る人形作家
伽井丹弥さんが見える。
ふと思いついて折角着物を買ったのだから、伽井さんに着付けを教わったら
と提案し、宍戸さんの臨時着付け教室が始った。
青いハンニャの帯がなかなかである。

伽井さんたちが帰って久野志乃さんが来る。
彼女には大野一雄展とヴィデオを是非見て欲しかったのだ。
水の主題を顕在化した2年前のここでの個展以降、新たな展開の為にも
そう思っていたのである。
<太陽は水であり、水は火にほかならぬことを、この時ほど強く体験させら
れた時はない。>(菱川善夫)と評された映像を見て欲しかったのである。
あっと間に時間が過ぎた。
目頭を熱くして、声を詰まらせた久野さんがいた。
M上さんもうまく声にはならないようだった。
北大中央ローンのサクシコトニ川に飛び込んで遊んだことを思い出した
と言う。
この人はほんとうにエルムの森の住人、その記憶から発想する人だ。

追悼・大野一雄展最終日は、エルムの森の人、浦河の海で生まれた水の人、
青いハンニャの帯の人、大作「なみなみとして、もつ」を描いた太陽の火の人
と大野先生の展示に相応しい美しい人たちに囲まれて終る。
帰り際にパソコンを見ると、先日の吉増剛造ー大野慶人対話の見聞のメール
が、文月悠光さんから届いていた。
やはり大野先生もこちらにそっと、来て頂いていたのかもしれない。
そんな気持ちのする文章だった。
テンポラリースペースで追悼展をしていますと伝えると、
大野慶人さんは嬉しそうでしたと、文月さんがメールの最後に
書いていたからだ。

*唐牛幸史展「REPUBLIC」-7月27日(火)-8月15日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。7月20日ー25日まで展示設営。
*西田卓司展ー8月24日(火)-9月5日(日)

 テンポラりースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-07-20 14:36 | Comments(2)
2010年 07月 18日

湿度高くー森の記憶(9)

<カムチャッカ・みちゆき>追悼・大野一雄展もあと一日。
昨日は釧路から来たというAさんと話し込む。
1990年生まれという。
展示を見、話を聞いて何かを感じたのか、閉廊過ぎまで話していた。
途中K氏が来て、話に加わる。
3連休を利用して静狩湿原を訪ねると言う。
長万部に高校時代の恩師薩川益明先生がいるので、
案内してもらったらと提案。
K氏も先生の事を知っていて是非にと言う。
以前K氏と飲んでいた時、湿原の話になったら涙ぐんでいた。
湿原は彼にとって、特別な思いがあるようである。
薩川先生は、静狩湿原を以前から詳しく調べ、案内もしていた記憶がある。
札幌西高校から長万部に転勤され、彼の地でアイヌ語地名を研究され
詩人として今も詩作も続けている。
お生まれは札幌中島公園傍で、実は生粋の札幌っ子である。
化学の教師で、俳優のチャールトン・ヘストンのような風貌である。
10年程前札幌を一緒に探険し、先生の経験と私の知識をぶつけ合った。
茨戸街道、琴似街道、界川・円山川源流域、奥三角・盤渓の山中、
江別・石狩川を結ぶ大々過去の石狩川流域、若生・知津狩・望来の古道、
と随分一緒に歩き回った。
毎回その為に長万部から札幌に来て頂き、一方私は未だに長万部には
行っていない。
今回K氏の訪問が切っ掛けとなって、いつか私も行きたいと思う。
胆振地方の事は何も知らないからだ。
来週白老に引っ越すという二条千河さんが来る。
北大大学院を卒業し、しばらくさっぽろを離れてみたいと言う。
登別から虎杖浜、白老と鯨岩(フンペ)やアフンルパル(冥界の入口)等が
濃い場所である。
なぜか釧路出身のAさんまで、長万部、白老と太平洋側に至る声が届く日だ。


*追悼・大野一雄展ー7月18日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*唐牛幸史展「REPUBLIC」-7月20日(火)~会場設営。
 7月27日(火)-8月15日(日)本番展示。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-07-18 12:30 | Comments(0)
2010年 07月 17日

木洩れ日ー森の記憶(8)

自転車がパンクする。
後輪が重いと思ったら、ズリズリ、ペチャと音がした。
強引にペダルを漕ぎ、なんとか円山近くまで行く。
後は降りて自転車を押して帰る。
翌朝自転車屋さんに行き、修理を頼む。
タイヤとチューブも交換。
クラインのモスグリーンの愛車。
修理完了時お金を払う時に”大事に使ってくれてありがとう”、
と自転車屋さんのおじさん。
この一言が自転車を通して人の心を結ぶ。
韋駄天の荒い運転を責めるのでもない。
自転車を愛する気持ちが人を暖かく包む。

gla_glaの高臣大介さんが、定番の「燃える男はロック!」と命名した
グラスを今大量に作っているとブログに書いていた。
同じ物を作っているのだが、飽きないという。
彼の初期のヒット商品である。
掌に溢れるような、透明で重いロックグラス。
これと同じ頃できたショットグラスは、飛んでる男はショット!。
命名もいいのだが、このどっしりとした掌に入るショットグラスもいい。
このふたつは、彼の定番中の定番。
私も法事のお返しにセットにして使わせて頂いた。
定番とは、歩き深めるいい道のようなものである。
何度歩いても新たな発見がある。
それは音楽にも、今展示中の大野一雄の石狩河口公演も同じである。
歩き染め、歩き深まる道に似ている。
自転車屋さんの親父さんの一言も、それに近いものがある。
”大事に使ってくれて、ありがとう”。
クラインの自転車を使っている気持ちに応えてくれたのだ。
物を通して人は、純粋に心を伝える。
この時物は、物神崇拝の対象ではない。
グラスも自転車も、心の純粋抽象になる。
純粋抽象とは、人と人の心に還って来るモノである。
人から発して、人に還る。
その道程に作品が、純粋濾過装置のようにある。
芸術至上主義者には、この往相・還相の過程が抜け落ちる。
フエテシズムとは、物質主義に堕したある種の至上主義なのだ。
還相が抜ける。
そこには本質的な意味で定番は育たない。

追悼・大野一雄展もあと二日。
<カムチャッカ・みちゆき・大野一雄>、
ここ発の追悼主題は、遠く深い波動となって人に届いているだろうか。
これは地産<地消>などと、お仲間的な地表に吸い取られるものでも、
大野一雄至上主義にあるものでもない。

*追悼・大野一雄展ー7月18日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*唐牛幸史展「REPUBLIC」-7月20日(火)~会場設営。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-07-17 12:22 | Comments(0)
2010年 07月 16日

木蔭ー森の記憶(7)

夏日。緑が濃い。
蝉と郭公の声が聞きたい。
どちらも最近この辺りでは聞く事がない。
増えたのはカラス。
大雨が集中的に続き、各地で被害が拡大とTVが伝える。
トラックが10台も流され、橋桁に引っかかっている映像。
深層崩れという底雪崩のような土石流もある。
メキシコ湾では今だ海底油田の流出は止まず、オバマ大統領は4回も
現地視察に訪れたという。
地球が親爺なら、いい加減人類の脛かじりも度が過ぎて、青筋立てて
怒り出したというところか。
雷親爺のちゃぶ台ひっくり返すような恕天気象。
被災地の困難を思えば、今日の暑さに文句は言えぬ。

追悼・大野一雄展、静かな毎日。
私の思いだけを、来る人に少しづつだが伝える。
三角展で知りあったMさんが昨日来て、話を聞いて分るという。
展示だけを見ても、そういう人がいたんだとしか思わなかったが、
より身近な心の闘いを秘めていた事が共感できるような気がするという。
映像を今度是非見たいと言った。
ヴィデオテープなので、常時流す訳にもいかない。
そろそろ劣化が進んでいる。
前々回展示の西牧浩一さんが来て、じっくりと見てくれる。

大野一雄が一本の巨木であるならば、その周りには有機的な世界が
広がる。別の樹も育つ。
そして、精神の森のようなものが広がる。
人間は時代という土壌に根を張り、心の梢を空に伸ばす。
その見えない森の存在を信じて、小さな縁(へり)のようなこの場所で
精一杯発信する。
そう思い今日も来た人に大野さんの話を続けるのだ。

*追悼・大野一雄展ー7月18日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*唐牛幸史展「REPUBLIC」-7月20日(火)~展示設営。
 8月3日(火)-15日(日)本展示。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-07-16 12:41 | Comments(0)
2010年 07月 15日

仰ぎ見るー森の記憶(6)

昨日銀座の吉増剛造展で、大野慶人さんと吉増さんのパフォーマンスがあり、
「石狩の鼻曲がり」のDVDをバックに慶人さんが、大野さんの人形を操り
映像の中の大野一雄と共演したという。
今日の大塚くんのミクシイが伝えている。
ここで見た映像と違うと、文月さんがコメントを寄せている。
元の映像は同じ物の筈だが、編集とヴィデオをDVDに変えた機械差と思える。
あの時は某有名映像作家と呼ばれる人に撮影をお願いしていたのだが、
当日近く自分はドキュメントは撮りませんとドタキャンされ、結局観客の何人かが
撮影した素人ヴィデオを後に繋ぎ編集したのである。
その為色んな人の視線が入って、定番はない。
元々はすべてヴィデオの映像で、当時DVDはなかったのだ。
その為夕陽を直接浴びて、ハレーシヨンを起す場面もあり、それはそれで
意外な効果をもたらしている。
昨夜銀座の画廊で、大野先生の石狩河口の映像が流れていたと思うと、
何か不思議な気持ちになる。
あの日あの会場にいた吉増さん、そして川面に迫り出した舞台と水の中を
踊り走っていた大野慶人さんが、大野先生とともに銀座にいたのである。
17日にはお別れの会が催されるようだが、この時は世界の大野として
多くの人々が集う事だろう。
樹に例えれば、巨樹大野一雄の枝、幹、梢は堂々と世界に聳え立つ。
私がここで追悼する大野一雄とは、いわば目に見えない根の世界。
枝・梢と同じように広がりながらも普段は見えない、時代の土中深く
生命の水脈に触れる部分である。
国家に拉致された<父>という根を求めて、遠く父祖の海を渡り、
カムチャッカへと志した大野一雄の<みちゆき>を悼むものである。
ここに位置する父の位相とは、戦後多くの分野の根の部分で喪失し
続けてきた<父>の位相である。
”元気で留守が良い”と揶揄されるインフラ・パパの戦後の父とは
違う父像なのだ。
大野一雄がカムチャッカで踊りたかったヒグマの踊りとは、
このインフラ・パパの対極にある父の踊りである。
そんなパパのような父ばかりではないよと、人は云うかも知れない。
確かに個別の父とはそうではないのかも知れない。
しかしここでいう<父>とは、時代の地中深く在る本質的な<父>の事
である。
大野一雄が亡くなった日に前後して、日本の首相も僅か8ヵ月で辞任した。
その原因のひとつが、巨額な援助金の母の存在であった。
ここにも父なる志(こころざし)の気配は薄いのである。
インフラとしての母なる戦後が垣間見える気がするのだ。
大野一雄にとっての父とは、封印された時代の後遺症のように
これまで触れられていなかった存在である。
この封印された<父>を取り戻し、再生する事。
この事は一個人の問題のようでいて、実は時代の土壌の奥深く潜む
時代の根の問題であると私は思う。
その次元で大野一雄は、私とって同時代の人なのだ。
<カムチャッカ・みちゆき・大野一雄>とは、<石狩・みちゆき>を
ともに果たした深い友情が発する声でもある。
この一点だけで、私はこの場で大野先生を悼む。
吉増剛造は銀座で、如何に<みちゆき>を表わしたのか。
興味あるところではある。

*追悼・大野一雄展ー7月18日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-07-15 12:41 | Comments(0)
2010年 07月 14日

振り返るー森の記憶(5)

あの日、川に迫り出すステージ設営の為に
一緒に汗を流した平川勝洋さんが来た。
当然あの日の大野一雄と慶人さんの話になる。
「カムチャッカ・みちゆき・大野一雄」が、隠された追悼展の主題だよと
話すと、展示してある当日のポスターの文章を指さし、もうこの時予見
していたじゃないかと言う。
カムチャッカは出ていないが、そう思えるのが不思議だった。

  いづれが舟か
  いづれが川か
  死生のからみあい
  胎児は流れの中
  母に
  母は流れの中
  胎児にしがみつく (「石狩の鼻曲がり」-大野一雄)

  ・・・・・・
  今回、川が海へと還って行く水の境界、鮭たちの死と誕生の入口、
  大地が海に触れ、沈み、陽が落日となって赤く火柱となる所、
  石狩河口来札で大野一雄石狩公演がおこなわれる。
  ここは古くからアイヌの人たちが、若生(わッカオイ=水の湧き出る所)
  、来札(らイサツ=乾いた死)と呼び、また近代明治には伊達藩が上陸
  し、八幡と呼んだ所である。
  この自然と歴史の天地で踊られる「石狩の鼻曲がり」は、あたかも
  大野一雄自身の大いなる回帰行のようであり、またたった一人の
  北の天地への道行きでもあるだろう。
  そして今私たちは、ここに住む地霊たちとともに彼の魂の風景を
  目撃し、深い鎮魂の涙を、ともに流すに違いない。

  天と地が未だ分かれなかった 太古の姿の様、
  死と生が一つの様な歩み (「魂の風景」-大野一雄)

平川さんが指摘したのは、この文中の<大いなる回帰行>という
部分である。
ここに既に、父祖の海への回帰が示唆されているというのだ。
そう言われればそんな気もするのだ。
この時点では、先生の<カムチャッカ・みちゆき>は明確ではないが、
公演前に書かれた私の文にはそんな予感がすでに漂っているのである。
青春時代、アルヘンチーナの舞踏に接し舞踏に憧れた大野一雄の志
を断ったのは、戦争の時代の父なる世代である。
その父なるものは戦後も絶えて浮上する事はなく、胸の奥に閉じた
ままであった。
海に近い河口の、川面の上に迫り出した夕陽と風と波の舞台で、
身体に封印されていたこの<父なるもの>は、体の奥底から沁み出る
ように大野一雄は、この6年後にカムチャッカ行きを語りだすのである。
父の踊りをしたい。ヒグマの踊りです。
カムチャッカのガイド本には、真っ赤な紅鮭の群れが河口に群がり、
さらにその鮭を口に咥(くわ)えている羆と、2葉の写真が載っている。
身体を賭けて働く父の姿が、この羆と重なるのである。
命の連鎖、命の源泉。
大野一雄が常々口にしていた世界である。
この時不幸な時代の圧制的な父像は消えて、父の姿を子として
再奪取し、再発見して大野一雄はあったのではないかと思う。

 父が窓から見たヒグマというのは、猟師たちにとって内輪といいますか
 人間同士と同じように親しい関係なのです。(大野一雄)

 先生の中からヒグマが出てくるとは思わなかったなあ(笑い)
 驚いたなあ。(吉増剛造)
 
 (帽子をとりだして)ヒグマを演ろうとして、これを私がつくったの。
 ・・・・                               
 なんとなくできてしまった。 (大野一雄)
 
 すごいなあ(笑)
           (吉増剛造)

                かりん舎刊「大野一雄 石狩の鼻曲がり」所収

この後大野一雄は倒れて車椅子の生活となり、このカムチャッカへの夢は
ついに実現する事はなかった。
ただ現実はそうした経過を経たにもかかわらず、この時熱く嬉しそうに語った
ヒグマの夢は、きっと死の間際まで、「思いは現実、現実は思い」として、
先生の心の中に活き活きと息づいていたに違いない。
その思いを共有でき得れば、<カムチャッカ・みちゆき・大野一雄>は
私が今出来得る最善の大野一雄追悼ともなるのである。

*追悼・大野一雄展ー7月18日(日)まで。am11時ーpm7時。
*唐牛幸史展「REPUBLIC」-7月20日~会場設営。
 8月3日(火)ー15日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-07-14 12:53 | Comments(0)
2010年 07月 13日

囲むー森の記憶(4)

藤谷康晴さんの大阪・AD&Aギヤラリー個展映像を見る会を催す。
かりん舎のおふたりが、カレーライスと野菜を持ち込んでくれる。
偶然来た岩見沢教育大1年生の瀬戸くん、歌人の山田航さん、
写真家のアキタヒデキさん、藤谷さんたちと見る。
映像自体は、会場風景をざっと撮影しただけのものだったが、
現場で描いたという床の作品が気になった。
青い描線だけで描かれたもので、もっとアップで見たかった。
初の関西個展は、本人にとって大きな収獲があったようで、
従来にない青の描線の多さが、作家の変化を示唆している。
その後折角大野一雄展をしているので、まだ一度も見ていないという
瀬戸くんの為にもと思い、大野一雄の石狩河口公演の映像を流す。
ヴィデオの映像の色が時々濃くなる。
そろそろDVDに代えておかなければ、劣化が進む。
最後まで見終わって、かりん舎の坪井圭子さんが、ぽつりと呟く。
何度見てもいいわ。
自分もそう思う。
何度見ても新たな発見と感動が深まる。
流れが先に分っていても、その度に深まるものがある。
この公演の後、いつも稽古場でプレスリーの「好きにならずにはいられない」を
流していたという大野先生の心が、私にはさらに響くものがある。
あれは、あの曲は、まさに<みちゆき>の歌ではないのか。

 Like a river flows surely to the sea
 Darling so it goes some things are meant to be
 Take my hand、take my whole life too
 For I can’t help falling in love with you

かりん舎のおふたりの作ってくれた美味しいカレーと
朝畑から採ったばかりという野菜をたくさん食べて、身も心も満たされた
時間であった。
追悼と新たな出発を見詰めるいい一夜を持ったとみんなに感謝する。
今月14日、東京では大野慶人さんと吉増剛造さんの対話がある。
私は行けないけれども、今は札幌で私なりの心を送るのだ。
文月悠光さん、大塚くん。
代わりに立ち会って下さいね。

*追悼・大野一雄展ー7月9日(火)-18日(日):am11時ーpm7時。
*唐牛幸史展「REPUBLIC」-7月20日(火)~随時展示作業。
 8月3日(火)-15日(日)展示。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-07-13 12:38 | Comments(0)
2010年 07月 11日

歩き深めるー森の記憶(4)

展示して、初めて実感する事もある。
これまでも何回か、大野一雄の展示は試みてきた。
時にそれが石狩がテーマだったり、大野一雄頌が主題だったりした。
しかし今回くっきりと見えてきたものは、<思いは現実、現実は思い>
という大野先生の言葉に象徴される<思い>の共有、その<みちゆき>
の意識だった。
あの時私はひとつの大きな仕事「界川游行」という暗渠の川を再生する
仕事を終え、さらにその先の石狩へという思いに囚われていた。
札幌を流れる川の海へと注ぐ処(ところ)、石狩の海へと心は向いていた。
そういう時に大野一雄と会ったのだ。
吉増剛造展のグストとして、「午後七時の会話」に来場され
その会話と踊りに激しく触発されるものがあった。
私は日頃の思いをぶつけるように、大野先生に提案した。
”先生、一緒に石狩へ行きましょう”
即座に返事が返ってきた。
”行きましょう”
2月冬の石狩。強風の白い世界に風と踊る先生がいた。
雪が消え、さらなる場の設定の為もう一度来て頂く為の相談。
5月、初めて横浜のご自宅を訪問する。
まだ奥様もご健在で、貝柱の炊き込み御飯をご馳走になる。
7月、場所下見の為来札され、朝植物園から茨戸街道を経て石狩河口に
案内した。
植物園ではその森の風景にいたく感動され、こんな植物園は
世界中を見てもそう例のないものだと話される。
河口に行く前に、源泉のある場所から川が流れるように海へと案内を
意図したのだ。
石狩で私が考えていた場所は、旧船着場の跡地だったが、先生は一目
見るなり、もっと水と土の接する場所がいいと言う。
それではと、さらに河口に近い来札(ライサツ)という地名の場所まで
下った。
その場所を見るなり先生は、ご持参のデッサン帖を広げて我々に見せた
のだ。
その描かれた風景こそ、まさにこの場所を初めから知っていたのかと
思えるほど、酷似したものであった。
その時の写真が今に残っている。
巨大な流木に寄りかかり、遠くを見詰めるように思いに耽っている姿である。
札幌の都市化された暗渠の川を辿り、再びその姿を顕した川の末。
母なる海に近く、遠い内奥の多くの源流の記憶をすべて包含して、小さな
湾のようなライサツの岸辺を、水は無心に叩いていた。
もうそこは海の影響が強く、表面の流れは上流へと波立っている。
陸と海の本当の界(さかい)。
美しい岸辺であった。
今もこの時の記憶は鮮明である。
私の石狩へという思いが、先生と共に遠く深く合致した時である。
原題「石狩の鼻曲がり」を、敢えて「石狩・みちゆき・大野一雄」と名付けた
のもまったく私の個人的とも思える、そうした気持ちからである。
その事を大野一雄は、黙ってすべてを理解して許してくれた。

今回「追悼・大野一雄」を展示して初めて気付いたのは、
この<みちゆき>の意識が鮮明に感じられる事である。
今度は私が大野先生のカムチャッカについてゆく事だ。
石狩公演後初めて語られた先生の<父・祖父の地>カムチャッカ。
その地への思いに私は付いて行きたかった。
今回隠され顕在化した主題とは、「カムチャッカ・みちゆき・大野一雄」である。
この未完の大野一雄の思いに殉じる事が、今ここで私のでき得る最善の
大野一雄への追悼であると思える。

*追悼・大野一雄展ー7月9日(金)-18日(日)am11時ーpm7時
 月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-07-11 12:58 | Comments(0)
2010年 07月 10日

佇むー森の記憶(3)

写真家の藤倉翼さんが来る。
文月悠光さんを撮った写真を頂く。
コダックのもう発売中止となった印画紙だそうだ。
東京へ行く前の不安と期待がその表情に出ている気がする。
艶消しの画面に、新緑が美しく若い女性の心が映える。
その後雑談に興じて、心の毒が抜ける。

午後森本めぐみさんが来る。
「なみなみとして、もつ」を2階吹き抜け正面に展示する。
その吹き抜けの1階真下には、大野一雄の「石狩の鼻曲がり」の
デッサンが譜面台に置いてある。
あの時の夕陽の写真も添えた。
1階正面壁は、ラ・アルヘンチーナ頌の舞台ポスターが並ぶ。
艶やかなアルヘンチーナの笑顔に、大野先生が小さく胎児のように踊っている。
さらに南窓際には、多くの資料ファイルとともに、そっとカムチャッカの案内本を
置いた。頁は開いて、羆と紅鮭の写真が拡がる。
北側の壁には大野慶人さんとの共演ポスター「睡蓮」外を展示。
題名の文字が、中川幸夫、郡司正勝、緒方拳と多彩で力強い。
その前に石狩河口公演時の先生直筆の舞台スケッチを広げる。
赤と緑のマジックインクが、生々しく艶っぽい。
2月と同じ資料だが、今回は展示構成を変え、さらにはやはりもう先生がいない
という喪失感が、見え方を別のものにしている気がする。
この展示は、私なりの「カムチャッカ・みちゆき・大野一雄」への、
この場における追悼である。
これは世界広しといえども、此処でしか出来ない展示なのだ。
入口すぐ右手の小部屋には、かりん舎発行の記録集を積む。
11年後に出版された貴重な労作である。
その周りに公演当時使ったポスターを張り巡らした。
岡部昌生のデザインで、あの時の夕陽の色、光3原色で構成されている。
さらに本を置いた高台下に、当時の正規の入場券と半券を添える。

もうこれからそんなに、こんな展示をする事はないかも知れない。
再度作品を展示させて頂いた森本めぐみさんに、深く感謝したい。
時空を超えて、大野一雄の石狩は甦ったのである。
時に佇み、世界は染入る。

*追悼・大野一雄展ー7月9日(金)-18日(日):am11時ーpm7時
 月曜定休・休廊。
*唐牛幸史展「REPUBLIC」-7月20日~展示準備作業。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-07-10 12:12 | Comments(2)