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テンポラリー通信

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2010年 05月 07日

石油色の空ー青き繁みに(6)

生暖かく曇天。石油色の空。
海底油田が爆発して、石油の流出が止まらないとニュースが伝えている。
オバマ大統領も現地へ緊急視察という。
海の底から石油が溢れて、魚も鳥も人も海も油まみれ。
部屋の灯油が漏れても大変なのに、この規模で地球の一室も油まみれ。
内に向いていた視線が、海辺の黒い波にシンクロする。
神社の祈りの参道を分断し、永遠の眠りの墓地を分断する。
この暴力的な直線路には、石油エネルギーの車両が疾走る。
天を突く高層直線物、地を裂く幅広直線路。
この日常の積み重ねの究極には、地球のリンパ液を吸い取るような、
人間の業の風景がある。
利便性を追いかけ暗転すると、そこは油まみれの荒涼たる光景が広がる。
今日の空のように、石油色の生温い空気に、どんよりした液体と粘膜を侵す
臭気がきっと汚染した海岸には広がっているに違いない。

友人のK氏が来てくれた。
ふたりでストーブを買いに行く。
もうどこもストーブは置いてなく、やっと一軒一台だけあるというので、
買いに行く。
一日窓と戸を開けっ放しの日常は、やはり夜寒さが身に沁みる。
昨日から天気も下り坂で、暖気が欲しい。
ストーブを担いで帰り道、ぼそぼそとK氏と話す。
なにか生活の変化を促がす前兆かも、と言う。
自分も奥さんと別れた後そんな事があった。
なにか日常の整理・整頓のきっかけが、部屋の様子を変えるとか、
ちょっとした事で起きる事がある。
また父の遺骨をいつまでも家に置いてあったのを先日お墓に納骨したら、
弟さんの困難な訴訟問題が、少し好転しそうな気配が出てきた。
小さな些細な日常の行為が、生活の変化を生む。
そんな話だった。
心が内向きに閉じていたものが、ふっと転位するようにも感じた。

久し振りに部屋を暖かくして、眠る。
夢を見たが、もうその内容は思い出せない。
良くも悪くもない後味。
だがなにか篭るものは残る。

*「交差線」4人展-5月18日(火)-23日(日)
*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月25日(火)-30日(日)
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-05-07 13:01 | Comments(0)
2010年 05月 06日

茫々たる室内ー青き繁みに(5)

灯油がすべて漏れて、床の絨毯もめくり上げ、定位置のTVも移動して
室内は茫々たる荒野である。
ヴェランダの戸も開けっ放しにして、臭いを抜く。
この風景は、なにか自分の内部風景のように見えてくる。
夜はさすがに冷気が迫り、少しぞくぞくする。
首にタオルを巻き、体温を保つ。
消臭剤を購入してきて、片隅に置いたが効能の程は分らない、
今日から天気は下り坂。
油の沁みた新聞紙ゴミ袋3個になる。
今朝は大分臭いも消えた。
石油漬けの日常に、暗転して荒野が広がる。
温風暖房、灯油ストーブの快適な室温は、茫々たる荒野を隠していた。
女房のいつも座っていた座椅子も油に濡れて、愛用の辞書も黒く。
食事をする気にもならず、何故かファミレスへ行く。
ファミレスにひとりは二度目。
和食を頼み、値段の割りに貧相なお盆の中を見つめた。
もう来たくはない。
私には北の大学界隈の食堂が似合う。
量も質も値段も適しているから。

朝方夢を見る。
詩人のTが死んで、若い詩人のFに告げている夢だ。
公私にわたって陰に陽に励まし支えてくれた掛け替えのない友人である。
迷惑ばかり掛けてきた。
遠い出立つのズレを、自分なりに戻して来た回り道。
その間の迷惑を黙って理解して応えてくれたと思う。
あるいは彼もまた同じ回り道。同じ出立つを抱えていたのかも知れない。
そんな確認をきっと夢の中でしていたのだろう。
Tの夢は自己確認の夢。Fさん立ち会ってくれありがとう。
夢の中の話ですが。

十勝の梅田マサノリさん体調回復して中止予定だった個展再開のメールが届く。
災難、病は不意にやって来る。
それはしかし、必ずしも負荷だけではない。
じっと自らを省みる垂直な時間でもある。
梅田さんの個展はその証でもあり、私の連休中の室内もまた同じである。
罪のように、自らの生き方の出立を見詰めていた。

 夢こそひと時青き繁みに
 燃えなん我胸想いを載せて

何故か早稲田の歌は浮かばず、北大寮歌が浮かぶ。

*「交差線」4人展-5月18日(火)-23日(日)
*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」ー5月25日(火)ー30日(日)
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-05-06 11:35 | Comments(0)
2010年 05月 05日

灯油漏れー青き繁みに(4)

ツンと鼻を突く異臭がする。
石油の臭いだ、
床を見ると絨毯が黒く濡れている。
室内にある灯油備蓄タンクから、漏れているらしい。
まだ三分のニ程残っている。
どこから漏れているのか分らない。
とりあえず新聞紙を敷くと、見る見る内に黒く濡れる。
ヴェランダの戸を開け、空気を入れ替え、何度も新聞紙を
取り替える。臭いがきつい。
とにかくタンク内部の石油を抜かなければと、ストーブを点ける。
沁み出す灯油は止まらず、一日対応に追われる。
幸い天気が良く戸を開けっ放しにして風を通し、乾きを促進させる。
ただ臭いは消えず、喉が痛くなる。
翌日も快晴、ポカポカ陽気。
ヴェランダと窓を開け放し、約束のトレッキングに出かける。
「交差線」展4人を案内して、円山公園駅から出発。
北一条表参道のタワーマンシヨン脇の小路を起点に歩き出す。
ここは旧鬼窪邸のあった場所である。
田上義也の名建築のひとつでもあるこの洋館は、もうその跡形すら
残っていない。
そこから小さな小路を抜け、界川遊歩道へと歩く。
さらに円山クラスという名のショッピング施設を抜け、遊歩道に沿って
交叉する円山墓地に続く墓参道に入る。
そこから墓地を縦断する環状線を渡り、円山原始林へと足を踏み入れた。
空気が変わり一瞬にして大木とキバナノアマナの黄色が緑に輝く。
これが時空のタイムスリップと説明する。
もう30分程で、現代から近代を超え、原生林の森に入って来た。
さらに山裾を流れる円山川沿いに歩き、途中桂の巨木を何本か見ながら
源流域へと進んだ。
不動明王の祀られた不動の滝を越え、旭山公園に抜け、さらに
山裾の道を伏見稲荷の石段を下って歩く。
真駒内アイスアリーナと大倉山ジャンプ台を強引に結ぶ輸送路の道
と本来の山裾の道の差異を実感してもらう。
伏見稲荷の朱の鳥居前と山裾から上る石段は、この道路によって
鳥居前でふたつに分断されているからだ
墓地を縦断し、神社も分断する。
これが現代のインフラ公共事業である。
山裾の本来の道は穏やかで、かってその山際を流れていただろう
沢水の音さえ聞こえてきそうな気配がある。
この山裾の道は、界川神社へと繋がり、再びマンシヨンの駐車場の
中を抜け界川遊歩道へと繋がってゆく。
マンシヨンの駐車場に入る前、4人に最後のタイムスリップと声をかけ
突き抜けていく。
あらっ、と声があがる。
出発地点に戻り、ふと思い立ち再び北一条表参道のタワーマンシヨン脇の
K氏宅へ向かう。おり良くK氏は在宅中で中に上がり休ませてもらう。
古い木造の一軒家で、4年前現在地に落ち着く3カ月ここの2階が
テンポラリーの仮事務所だったのだ。
2日前のと言いながら、K氏が鍋のおでんを温めてくれる。
おでんなのかおつゆなのか分らない味だったが、歩いた後なので
美味しく頂き寛いだ。
亡くなった斉藤紗貴子さんの愛猫コボンスキーが、2階から降りてきて
じっと私の顔を見詰めた。覚えているのだろうか。
久し振りの対面である。
ケーナを演奏しているA氏がたまたまその後来て、演奏を聞かせてくれる。
以前お会いした事があったようだが、記憶には無かった。
ひょうひょうとした初老の方だったが、ポニョの歌を吹いてくれるその表情が
演奏曲とぴったり合って、音だけではなく生き方も楽器と共鳴してると感じ
られる。
さらにここから琴似川沿いに下って、「交差線」4人の住む北24条まで
歩く予定だったが、思わずK氏宅に長居したので中止し、ここで4人と別れた。
士別、恵庭、美唄、当麻出身の4人は、札幌の自然身体と都会の挾間で
何かを感じてくれただろうか。
私は油の臭いの部屋から脱出して、暫しいい空気の郊外で蘇生したのである。
灯油漏れの日常は、油漬けの日常を象徴するかのようだった。
日々分別ゴミに仕分けする度プラステイック製品が多いのを実感していた
からである。
そしてあの細い山裾の道と、幅広なアスフアルとの道路を分けるのも
鬼窪邸とタワーマンシヨンを分けるのも、石油エネルギーの存在なのだ。
さすればこの部屋に充満する石油の臭いは日常そのもの。
消えそうにもないはずだ。

*「交差線」-5月18日(火)-23日(日)
*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」ー5月25日(火)-30日(日)
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-05-05 13:29 | Comments(0)
2010年 05月 02日

「触れるー空・地・指」展の打ち上げー青き繁みに(3)

夕刻それぞれが飲み物食べ物を持ち寄り、集る。
昨日「触れるー空・地・指」展の打ち上げ。
最終日前夜ソロライブをしてくれた今村しずかさん、ライブを企画した有山睦さん
、そして展示の3人が集る。
今村さんがお母さまの素晴らしい手作り竹の子ご飯を用意してきた。
そして、シューマイ、漬物、サラダ等々。
一斉に歓声が上がる。
岩見沢から来た秋元、太田、森本さんたちは、ビール、揚げたての
かま栄の蒲鉾等を多量に持参。
有山さんは、ボルドーとドイツのワインをと、もう見ているだけでわくわく。
私は奥から、濁り酒を出す。
しばし無言でビールから始った宴は、やがて一息つき有山さんが録音した
当日のCDを聞くことになった。
一瞬にして一ヵ月前のライブの夜が甦る。
最初は緊張の為か、固い語りの今村さんが中盤から後半にかけ
次第に緊張が解け唄の深みを増していくのがよく分る。
7年程前、前のスペースで演奏した時頂いたクロバーというトリオ名の
今村さんたちのCDがある。
そのCDを保管していたので、恥ずかしがる今村さんに無理を言って
流す事にした。
いずれも彼女のオリジナル曲で、イントロの曲の入りがすっと直截で、
気持ちの良い曲だ。
今と変わらず演奏も上手いなあ、と有山さんが感心する。
本人も最初のテレが消え、次第に落ち着いて聞き込んでいる。
今日、今村さんのソロCDを出そうと提案したんだ、と有山さんが言う。
それはいい。今しかないよ。と私がけしかけた。
こうして以前の曲を今聞けるのも、この時の録音がこうして残っているからだ。
今年初めに森本めぐみさんの絵に触発され新曲を作り、かつ初のソロもこなし、
さらに3人展で披露しと、1、2、3のリズムがある。
ホップ、ステップ、ジャンプだよと追い討ちをかける。
「触れる・・」の3人が来年卒業制作展で、再び3人が揃って展示する時が
タイムリミットだね。CDのデザインも3人に頼んだら良いとさらに畳み込んだ。
私はただ単に面白半分でアジッた訳ではない、
本当にそう思っていたのだ。
今村さん自身もそう滅多にある機会ではない。
また今年大学4年となる3人にも同じようにいい機会なのだ。
ずっと今村さんのかっての曲を流しながら、話は3人それぞれの制作動機
の話になる。
秋元さなえさんは、何故トンビに惹かれたのか。
太田理美さんは、何故みみずの造型になったのか。
森本めぐみさんは、何故ピーナッツの殻と指を素描したのか。
ここで3人が3様でありながら、共通して日常生活から外界へと触れる
切っ掛けの心情が吐露される。
この話は、歌を唄い曲を創る今村さんとドラム奏者の有山さんの心を
深く捉えた様である。
物を創る切っ掛けの真摯な心情に、ジャンルの相違は関係なく、同時代の
共感のみがこの時流れていた。
今日は本当に来て良かったわ、と太田さんが帰り際呟く。
多分K書店ギヤライりーに続き、2度にわたるこの展覧会で、一番
心の出入りが激しかった彼女である。
この日もどこか引っ込み思案で、心は来るまで出たり入ったりを、
土のみみずのように繰り返していたに違いないのだ。
みみずの造型を創る動機も、外と内の世界に対して同じだったからである。
こうしてある時間を経て、それぞれが作品に対し送り手から受け手となって
語り合えた事は、参加したみんなが新鮮な自分の発見と同時に、他者にも
出会っていた時間でもあったからである。
会期中にもそうした時間は多々あったのだが、さらに時間を置いて
こうして純粋に参加したものだけで飲食を共にしながら語り合えた時間は
それぞれに貴重な時だったと思う。
とりわけ互いの作品を通しての新たな旅立ちの可能性、その瞬間に
ひよっとして我々は立ち会う事になるかも知れないからである。


*「交差線」-5月18日(火)-23日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目108斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-05-02 16:37 | Comments(0)
2010年 05月 01日

「撓む指は羽根」の再生ー青き繁みに(2)

5月最初の訪問者は、長崎からの声の訪問だった。
声の主は、昨年2月沖縄で初めて出会った岡部ケンジくん。
その後昨年12月目黒美術館「’文化’資源としての<炭鉱>」展で再会。
その時見た長崎の軍艦島の見える丘の上にいると言う。
ふらりと長崎に来て、偶然知り合った娘さんに、案内されたという。
そこでふと私を思い出したのだろうか。
沖縄ー目黒ー軍艦島と繋ぎ、心は北へと跳んだのか。
案内してくれた娘さんに淡い恋心を抱いたと、ちらりと話す。
新婚旅行で札幌へ来いよと、茶々を入れる。
彼は昨年春H製作所に就職。沖縄に卒業旅行で友人と訪れ、
偶然出会った私に美術家豊平ヨシオさんの作品を吹聴され、
翌日豊平さんのアトリエを訪れ、作品に感動し涙を流した。
それからの友人である。

先日、貸したムラギシ曲「撓む指は羽根」の有山睦さんたちの演奏CDを
返却に、かりん舎のふたりが訪れる。
今アメリカにいるムラギシのお兄さんにも聞いてもらいたく、送ったという。
そのお兄さんからの喜びの返事、メールコピーも添えてあった。

昨日中嶋幸治さんのブログに、先日某ライブハウスで演奏された有山さん
たちの動画が載っていた。
映像の切れも良く、なかなかの傑作と思う。
自宅のあるマンシヨンから空と路上を交互に挟みながら、演奏シーンが
フラッシュバックする。
中嶋さんの新たな表現領域が開拓されたように感じ、電話する。
するとこのライブ映像の演奏曲は、ムラギシの「撓む指は羽根」だという。
私のパソコンは旧式で、音が出ない。
そうか、と吃驚した。
実に良い演奏だった、それで初めて録画し編集してみたのだと言う。
有山さん自身が、この曲を通して変化してきている。
もうこの曲はムラギシを離れて、有山さん自身の曲になっている。
そんな感じがしたという。
私もそれは感じていたが、こうも生前の村岸宏昭を知らない人たちが、
彼の楽譜から立ち上がり、作品としてムラギシ化しているのは、
もう事実といえるものだ。
かりん舎という出版社の坪井さん、高橋さんのふたりも、ジャズのドラム奏者
有山さんも生前生身の村岸宏昭には会っていないのである。
作品だけが、純粋に村岸宏昭をムラギシたらしめている。
有山さんたちの演奏を動画に構成した中嶋さんもまた、生前の村岸を
知らないのだ。
遺された作品が、こうして人を繋いで生きている。
今夜その有山さんたちと先回の「空・地・指」展の打ち上げがある。
今年1月、ここで制作された森本めぐみさんの大作から、今村しずかさん
の新しい曲が生まれた。その初のソロ公演に尽力したのは有山さんである。
その流れは、「空・地・指」3人展にも今村しずかライブとして繋がったのだ。
これらの動きは、様々に人が作品を媒介に交錯しながら、時にジャンルを
超え、感性のキャッチボールしている所以なのだ。
そこには死者も生者も、作品が仲立ちして影響を与えている。
そしてその渦はまた次なる渦に連鎖する。
このところ連休中も含めここの展示は無いのだが、休みに関係なく
人と人の小さな渦は磁場となって、今日以降も続く。

*「交差線」-5月18日(火)-23日(日)
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)
*西牧浩一展ー6月18日(金)-20日(日)
*「三角写場(仮称)」-6月22日(火)ー7月4日(日)
*イシマルアキコ展ー7月6日(火)-11日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-05-01 13:17 | Comments(1)