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2009年 04月 18日

最終日の訪問者ー歩行の縦軸(16)

佐佐木方斎展最終日。横浜からTさんが到着。トラブルで一日遅れたそうだ。
千歳空港から直行で、手荷物抱えたまま眼がキラキラ。
じっくり、ゆっくり見る。資料として置いてある「美術ノート」全10巻。「格子群」「余
剰群」「自由群」を熟見。特に「余剰群」の作品には声を上げている。
朝一番で来たババッチさんと昼食に出ていた方斎さんが戻り、Tさんを紹介する。
一昨年、昨年と展覧会を見ているTさんは、今回が一番良いと話す。
さらに「自由群」「余剰群」も製作過程を作家に説明を受け感激の様子だ。
そうこうしている内に花田和治さんが見える。体調崩し4ヵ月ほど入院していたと
言う。さらに後藤和子さんも見え、話が盛り上がる。
まもなく後藤さんが帰った後、加藤玖仁子さんが見える。
佐佐木、花田さんと揃っていたので、私も含めて3人の写真を撮るという。
加藤さんも体調崩していたらしいが、今日は本当に嬉しそうだ。
一昨年ここで最初の佐佐木方斎展を8月にした時、最も驚き、喜んでくれたのは
加藤さんである。それ以来佐佐木、花田、私の事を殊の外気を使い、励まして頂
いている。3人が揃ってこうして加藤さんに会うのも珍しい事なのだ。
佐佐木方斎展最終日。役者が揃っていい打ち上げの時間となる。
初めて会う人ばかりで、Tさんはすっかり戸惑いながらも、興奮しているようだ。
美術批評の大先輩の加藤さんに”私のライバルね、”と言われTさんは困惑。
アバカノヴィッチ、ダニーカラバン、クリストと世に名だたる美術家と懇意にして
自宅の夕食会に招くような国際的批評家である加藤さんの少女のような眼差しが
眩しい。何百人、何千人と人が来た訳ではないが、ひとりひとりの展覧会を見る深
度が濃い。こういう人たちがいる限り、さっぽろも捨てたもんでもないぜ。
午後6時で会場の撤去を終え、後は美味しいビールを飲みに出た。
7時と思ったSくんが、K嬢とのふたり展の案内状を持って来る。
死へ愛tooという場所でするという。大判のフライヤーである。このフライヤーだけ
でもう充分にその気持ちが読める。愛だなあ。

*熊谷榧展「北の山と人」-4月21日(火)-5月3日(日)
 am11時ーpm7時・月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-04-18 12:36 | Comments(0)
2009年 04月 17日

遠くから届く声ー歩行の縦軸(15)

方斎さんの古い友人たちがぽつりぽつりと来る。
つなぎの工事服を着たKさん、工事の路上で旗振りをしているというAさん、
小樽のMさん、Sさん。
世上に有名という地点にはいないが、胸の奥に今も美術への熱い想いを秘めて
いる人たちである。
こういう人たちと思い切り語り合うと、眼がキラキラとしてくるのがわかる。
世に斜めに構え、少し自己韜晦気味のこの人たちの胸の奥の炎に火を点ける。
それが愉快だった。
方斎さんも変わってきた。毎朝開廊と同時に来て閉廊までいる。
夜はふたりでめしを食う。今まであまり出歩き歩かなかったので、足に血豆が
できたという。やわな足だぜ。そうからかった。
遠い東豊線と南北線の乗り換えの地下道も慣れてきたという。
歩き、話し、自分の作品を毎日見て、明らかに何かが回復し変化しているのだ。
これで新作を一点でも今後製作できれば、私たちの同時代の時間はきっと礎石
として残るに違いない。それだけの実力、実績、力量を保った人間だからである。
昨年、一昨年は若い世代の人たちの反応がよかった。
今回三度目で方斎さんと同世代の人たちが、少数ではあるけれど寄るようにな
った。私の未知なこの人たちが、実は表現への熱い気持ちの持続を奥火のように
燃やしている事を知り、嬉しかったのだ。

吉増剛造さんから手紙が来る。私の2月沖縄報告の応えである。
美しい便箋に3枚。フランス、アイルランド訪問中で返事の遅れた事を詫びつつ
<青の、亀裂(裂断)の深いヴィジヨンを手にすることができました。>と書かれて
いた。プール平の青、沖縄の青、南極の氷海の青、オホーツクと青の深度が、
吉増さんの心に届いた事が嬉しい。

*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-17日(金)午後6時まで。
*熊谷榧展「北の山と人」-4月21日(火)-5月3日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-04-17 13:21 | Comments(0)
2009年 04月 16日

行きつ、戻りつー歩行の縦軸(14)

寒の戻りだろうか、冷たい風が吹く。
友人の街路樹もどこかツンとして微笑まない。
それでもGさんのブログには、エゾエンゴサクの青い花が踊っていた。
春の野の青い星空。エゾエンゴサクの群落が見たい。
横浜のTさんがさっぽろに来ると、ミクシイに今朝書いていた。
佐佐木方斎展を見に来るのだ。
一昨年の夏最初の佐佐木展「格子群」も見てくれている。
うれしいなあ。
Yさんの美術ブログの美しい写真と文が、きっとTさんの心を決意させたのだろう。
見たい見たいと以前にも書いてから。
’80年代以降の生れの人が、こうして遠く横浜からわざわざ来てくれる。
近い札幌にいる多くの佐佐木さんと同世代の人たちのこの冷淡さは、何なのだ。
去ってしまった’80年代、喪失した’90年代。今をときめく’00年代。
時間もまた、掛け捨て、投げ捨て、廃棄物の現在を象徴する。
打ち捨てられたような汚れた残雪の大地。
そこに自然は青い星空のような花を再生し、小さなjoy(喜・黄)の花を咲かせる。
人間社会のランドフイルの冷淡さは再生など見向きもしない。
そんな埋め立てる現実も、また現在である。
物だけではない。人間もまた廃棄物のように見捨てられ、消去される。
今、虚としてのゼロは、豊かなゼロと対峙する。
河口や源流域の豊かなゼロ地帯を、産業経済社会はゴミタメの虚のゼロに貶めて
きたのだ。人に対しても今同じ意識構造の切り捨て、投げ捨ての消去がある。
汚れた冬の野にエゾエンゴサクの星空、福寿草の小さな黄(joy)を再生する自然
の豊かなゼロに比べ、都市の横暴・傲慢のゼロは、人間のそれでもある。
グランドゼロと呼ばれたニューヨークのど真ん中の惨劇。
テロの是非は論外としても、その巨大なゼロは、現代の虚そのものでもある。
海抜ゼロ。高さも深さもゼロの場処に虚はない。川と海の境を生と死が往還し、
真っ赤な太陽が純粋赤のゼロを輝かすからだ。
個としては死を目指し、類としては新たな生の為魚たちは遡上していくのだ。
そして、新たに産まれた生は海を目指していく。
かって大野一雄さんが踊った石狩河口。
先生の人生の往還もまたそこで表現された。
戦後喪われていた<父>の再生を、そこに孕んでいたからだ。
腐蝕しない石油化学質のゴミたちは、
原色のまま川辺に埋もれ虚の姿を晒し続けていた。
流木や動物の死骸や石ころのほうが、この時どんなに愛しく存在した事だろう。
死もまた変化し再生していく。
真に死ねない虚のゴミたちの恐ろしい逆襲こそが、現代の一方の磁極である。
グランドゼロが都市に真に顕在化するのは、その事を意味する。
亀裂や凹み、廃棄された素材、ゴミ処理場。その都市の視界の陰にある存在に
表現者の優れた視線が触れ、美に形象化する行為を軽んじてはならない。
Reー命革(あらた)める。命再生の行為が芸術なのだ。
区別・差別・分別・分断の境から、開かれた美しい命の境を奪取しなければならな
い。

*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-17日(金)まで。
 am11時ーpm7時。
*熊谷榧展ー「北の山、北の人」-4月21日(火)-5月3日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-04-16 11:42 | Comments(0)
2009年 04月 15日

伝説の人ー歩行の縦軸(13)

美術の展示を驚くべきマメさで日々紹介しているYさんが、昨日見え早速に佐佐
木展を紹介してくれた。
’90年代から美術評を始めた氏には、佐佐木方斎はすでに”伝説の人”だったと
いう。確かにこの’80年代の旗手はすでに沈黙の内にあり、表舞台から消えたか
に見えたのだ。スキヤンダラスな行状のみが伝わり、表現者としては消えた存在
だったのかもしれない。
私が3年前訪れた時の方斎さんは、床に臥したままのような存在だつた。
豆乳と煙草の新生を頼まれ、同行してくれた花田和治さんと私は買いに出た。
しかしその時部屋の本棚に無造作に積んであった「美術ノート」全巻や「格子群」
ほかの作品を見て、この人の只ならぬ全力疾走の痕跡を改めて深く感受したのだ
。さらに沈黙といわれた’90年代に自宅をカフエとギヤラリーに改装し、かつ当時
まだ数少ないコンピユーターを2台操り、寝る間もなく数千人と交信していた事も
知った。その際作品もまた創られていたのである。それが「メタ」と冠された一連の
作品群である。「メタ絵画」シリーズは、白色を30層に塗り込めた絵画群である。
また今回初めて展示された「メタレリーフ」シリーズは、新建材の一種天井板の石
膏ボードを素材として研磨し着色して創られた作品群である。
’80年代”天馬の如く”飛翔した純粋抽象の一連の作品から、白を何層にも塗りこ
め、また廃棄された新建材を滲みこむような色彩と削りで仕上げた作品を、彼は創
っていたのである。この表舞台から隠された’90年代を私は見過ごす訳にはいか
ない。
<私>という弱い存在を世間という<公>は、無視し退ける。
しかし、個的存在は類的存在としての回路を遮断などしてはいない。
作品がそう語るのである。
弱い<私>は世間という<公>に擦り寄り、認められ、その代償としてなにがし
かの位置を持つかもしれないが、それは個から類へ至る透徹した真の時代性に
拠るものではない。
佐佐木方斎の真摯さは、時代の根の部分に可能な限り真っ当に対峙していた事
である。彼の一連の作品群と行為を見て思うのである。
某電気機器の店内の如く、時間の保水力を喪った速乾性の物の交代速度の速さ
は、人も文化もたちまちにして新旧の谷底へと放り投げられる宿命にある。
ランドフイル(最終ゴミ処理場)の時代である。
豊かさの強欲が生むランドという都市。その豊かさの急速な新陳代謝の果て。
そこにランドとランドフイルの正と負の磁極がある。
佐佐木方斎の’80年代と’90年代は、正にそのプラスとマイナスの磁極を往還す
る振幅にある。あの「格子群」を最初とする三部作から、産業廃棄物を素材とする
メタシリーズへの振幅にその真摯な軌跡を見るのだ。
時代の時間の速乾性は、すでにもうたかが10年、20年すら伝説の神話ヴェール
を纏うのである。
新品の短い命、その後の旧品の長い公害。絶えず繰り返されるそのサイクル。
死ねない廃棄物たちの沈黙の逆襲。保水力の無い物たちの恐ろしいまでの逆存
在。無造作に捨てられ、浮遊する逆保水力。その廃棄物の夢の島的存在こそが
現在の一方の極である。
佐佐木方斎の’90年代は、この時代の本質に触れていたと私は感じている。
チェルノブイリ以降、電力・電気機器、石油燃料・石油化学製品は巨大なエネル
ーギーの豊かさとその排泄物の埋め立てに両端の極を存在させる。
豊かさと廃棄の両端に時代の位相がある。
個的表現が類的表現に至る径庭に、この正と負の現実もまた避け難くあるはずな
のだ。 

*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月17日(金)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-04-15 11:57 | Comments(0)
2009年 04月 14日

冷と暖ー歩行の縦軸(12)

10度くらい違うかしら。昨日と今日。風強く冷たい。
自転車が押し戻され、ギアを変え踏ん張る。
昨日ラララ~と走ったのが嘘のよう。
山裾にはまだ残雪がこびりつき、フキノトウが眩しかった。
日向と日陰の色が違う。
昨日は日向、今日は日陰。
しぶとく冬の名残が絡んでいる。
冬の果て。
日曜日夕、網走へ旅立つ直前の佐々木恒雄さん来廊。
これから奥さんの実家室蘭に寄り、そこから網走へ向かうと言う。
頂いたカセットデッキの説明書出てきたと、届けてくれる。
佐々木さんと佐佐木さんご対面。そういえばふたりとも道東の出身だ。
方斎さんは上渚滑(北見国)、恒雄さんは網走である。
この両ササキさんは世代の相違もあるが、ある共通性もある。
サッポロという都市への視線を、格子状の構成で捉えた事だ。
若い佐々木さんは、オホーツクへの視軸を獲得し、その格子を質的に転換したが
方斎さんは、今だ格子の中で格闘中と思える。
それはふたりの生活への視軸の相違そのままにある。
どちらがいいとか今決める問題ではない。
ただ私にはどちらもが優れてこの時代を真摯に生き、向き合っているという確信
のようなものがある。
’80年代都市の只中で格子を抜き出んとした方斎さんの純粋抽象作業と、
’80年代に生まれ、都市から抜けオホーツクの漁業に生きなんとする生活行為
を選択した恒雄さんが、いつか表現の喫水線で出会う可能性を信じるのだ。
都市の形象を媒介にしたふたりの道東人の格闘の在り様は、世代の相違を超え
て、時代を照射する何かである。
ふたりの時代の温度差、ふたりの表現の生活差は、あたかも昨日今日の冬と春
の交錯のようにある。
サッポロを媒介とした都市へのふたつの視軸は、その交点を凝縮せず今だ冬の
残雪のように横たわっているが、その現在を見詰めずしていかなるリアルもまた
ないと思える。

*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月17日(金)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-04-14 12:20 | Comments(0)
2009年 04月 12日

イカロスの翼ー歩行の縦軸(11)

<やはり美術は、青黒い沼地に沈んで他の何かに隷属しているより、青空を疾駆
 する天馬のような世界であってほしいと願う。>(「美術ノート」№5編集室)
と、佐佐木方斎は1985年5月後記に記している。
’70年安保闘争を経て’80年代後半にかけて、世の中はバブルの時代にある。
熱い世界への視点は喪われ、豊かな経済成長が地上げや億万長者を生み、今
日のエコといわれる概念など考えてもいない時代でもある。
物は大量に作られ、どんどん消費され、その猛烈な成長がいつまでも続くかのよ
うに回転していた時代である。しかしその一方で、個は孤立し満腹飢餓の精神の
時代でもあったと思う。象徴的な事は、海鳥がプラスチックの粒をなにかの卵と思
い飲み込んで消化出来ず、満腹のまま餓死するという報道があった事だ。
石油化学製品が、その利便性からあらゆる分野で加工され使われる。生活の全
般にシック症候群が現れ、アトピー、新建材の弊害、ゴミ処理場と繁栄する都市の
根底では今日的弊害状況の基礎が進行しつつあったのだ。
勿論その状況の根は、’80年代にすべてがある訳ではなく水俣病、光化学スモッ
グと時代を遡り一連の連続性のうちにある。
しかし空前のバブル景気がその事を増幅させたことも紛れもない事実であると思う
。バブルの凋落とともに、加熱した土地マネーゲームは終焉するが、自然環境の
悪化がそこで停止する訳ではない。自然というのは即効性にその性質はなく、じわ
りと時間をかけて表に顕われるものだからだ。
’90年代以降今日に至り、エコだ、消エネだと声高に語る事があたかも主流、流行
のような状況だが、その経緯を抜きに今はない。
数学的分析に基づく純粋抽象三部作「格子群」「自由群」「余剰群」の’80年代を経
て、佐佐木方斎が、利便性の象徴ともい得る新建材の廃棄物、シーリングボード(
天井床材)を素材に’90年代の後半に製作した作品は、もうひとつの格子群と思え
るものだ。’80年代イカロスのように天空へ飛翔した理念の翼は、墜落してゴミ捨て
場の折れた廃棄物のようにある。
即効性を至上とする規格品の建材。新品でのみ通用し、旧品は即廃棄され埋め立
てて処理される。その石膏ボード系の廃棄物を使い、再生しようとした時、その方形
の吸音構造の形は、’90年代の格子群に見えるのだ。
青空を疾駆する天馬の翼は、あたかもイカロスの翼の如く墜落し、地に打ち捨てら
れている。その現実から如何に再生し得るか。
今回初めて公開された「メタレリーフ」展は、その困難を如何に同時代として感受
し得るかも問われるものと思う。

*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月7日(火)-17日(日)am11時ーpm7時
 月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-04-12 14:49 | Comments(0)
2009年 04月 11日

青の極ー歩行の縦軸(10)

早川禎治「南半球舟行」を読み終えて、2月の鮮烈な沖縄行とどうしても重ねて
いる自分がいた。そこにあるのは青の深度である。
珊瑚礁の千瀬(コーラル・リーフ)、その内海の青と、外海の青の相違。
その青の極に、南極の青があるという想念である。
<いまこうして氷河の断面の青をながめている。すでに、この白は海をまえにし
 て青に変貌していることに気づく。・・・ここでは白は赤をへずして、いきなり青と
 なる。・・・それにしても、ひとつわからない。この海の色だ。いままでへてきたど
 の大洋も青かった。海はかならず紺碧の空をうつしてあおく光輝にみちていたと
 おもう。>
古代の日本人は、色の呼称が青、赤、白、黒の四色しかなかったという。
沖縄でも近年まで同様だったという。私たちが知る四季を表わし、方位を表わす
言葉にその四色が付いている。早川禎治が南極の海で見た青は、白と黒の支配
する青である。
<・・海の色のこわさをどう表現していいかわからない。太陽が光かがやいてい
  たにもかかわらず海は陰惨な色にしずんでいたのだ。>
黒に収斂される青の終極。そうした青を想うのだ。
そしてそれは、あの透明な青い函のような島沖縄で感じたものと、どこか通底する
なにかである。
青春・朱夏・白秋・玄冬と四季を顕す四色に、色彩の濃い磁場を感じるのだ。
そういえば人の年齢層も青年という。さしづめ早川さんは白年もしくは玄年だろう
が、その心はいまだ青・朱年である。
この青から玄まで往還し螺旋する生の精神構造は、段階を固定して捉えることの
出来ないものと想える。この往還に生きる事の強力な磁場もまた存在すると思え
るからだ。
沖縄の美術家豊平ヨシオさんの声の招請から、18年ぶりの再会を2月に果たし
その鮮烈な沖縄・青の体験を経て、今こうして早川禎治さんの南極行を読み、青
の不思議な連続性を思うのである。
朝快晴の青空。その下を走りながら一日にも四色のリズムがあると思った。
薄暮、闇は白と玄。朝昼は青と朱。身体もそのリズム、色彩の諧調がある。
個として身体が刻む四色の時間。そして大きな地球の色彩・諧調。
この身体に刻まれる諧調の磁場を開き、顕在化しなければならない。
命、革めるとは、身体に眠る磁場の再生と思える。

*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月7日(火)-17日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊

 テンポラアリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-04-11 11:59 | Comments(0)
2009年 04月 10日

青の磁界ー歩行の縦軸(9)

<青色とは、いったいなにものか。>と、南極海を航行していた早川禎治は自問
する。昨年3月14日「南半球舟行」の日誌の一行である。
<空間はきらめく氷河と岩が海を補完してみごとな造型となっているものの、この
海だけをみるとどうしようもない暗さでおおわれている。>
光みなぎる青空、若者たちが半裸になって甲板にたむろしている。しかしこの海の
青の<こわさ>をどう表現していいかわからないと記す。
<・・岩場をつつみこむ氷河の純白そのものが発光体であり、それがまた岩場を黒
 ぐろときわだたせる。・・・ここでは白は赤をへずして、いきなり青色となる。それは
 すでにこの地が人間が介在すべきでない空間であることを意味しないか。>
「青」の字の上部は生の略形で草木の芽が地上に出ること。、下部は丹の字。丹は
赤で、太陽の色。青は丹を生じる意。と漢和辞書にある。
太陽を生じる東方の空の澄んだ色。それが青だという。
早川さんが直感した南極海の青は、丹(あか)を経ずして氷河の白からいきなり青
になる青である。草木を介さない死の世界でもあるからだ。-人間が介在すべき
でない空間ーという言葉はその事から出ている。
この個所を読みながら、2月訪れた沖縄の青を思っていた。
珊瑚礁の内海が織り成す青、コラール・リーフと呼ばれる碧玉色の青と、青黒い外
海の青。この結界に沖縄の人は他界を見、明るい冥府を見た。従って青の世界に
死を見たのである。陽光きらめく透明な世界に、対極のように死がある。
南極の氷の海で早川さんが直感した青は、正に亜熱帯の極として顕われた青であ
ったと思う。2月沖縄から帰って、私が佐々木恒雄さんの描いたオホーツクブルー
に感じたものは、この青のふたつの極でもあったと思う。
青という色彩が保つふたつの極、生と死の色。その地軸の両端。そこに開かれる
磁界、磁場。物質主義のランドーランドフイルという夢の両端と比し、この両端の
磁界にははるかに豊かな振幅がある。
私たちが再生しなければいけない磁場とは、物質主義の両端の極ではなく、より
根源的な磁場の創生であると思うのだ。
Repubulic of May-5月の革生、草木の甦る季節を前にひとしきり思う事はそ
の事である。
佐佐木方斎展初日。訪れたふたりの極。
1939年生の少年、1991年生の熟女(?)。優れた振幅を内在したふたりの内面
の極を思い出しながら、人間もまた地球と同じ精神の両極の磁場を保つと、ひそか
に勇気づけられた自分がいるのだ。

*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月7日(火)-17日(金)
 am11時ーpm7時・月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-04-10 12:52 | Comments(0)
2009年 04月 09日

光の小雪ー歩行の縦軸(8)

60×30cmの天井板材が横4列縦4列床に置かれ、上部一列が壁に立てかけ
られている。吸盤のような突起は削られ、着色されて朝の光に浮かんでいる。
ふっと中原中也の<汚れつちまった悲しみに、今日も小雪の降りかかる>の
詩行を思い出していた。
新建材の一部であろうこの捨てられた規格建材を、丹念に研磨し、色を塗る。
同じサイズのこれら16枚、そして10枚は床から壁に立てかけられている。
さらに南窓際に4枚、少し小さめの正方形のものともう一枚は壁に展示している。
合計30枚の展示である。
ゴミ捨て場に放置されていたこの建材に惹かれ製作した’90年代後半の佐佐木
方斎もまた、この消耗材のようにボロボロの人生の時であったと聞く。
そこから長い閉塞した生活が続く。’80年代の輝けるトップランナーは、その後
世間から姿を消すように遠い記憶の彼方に埋もれていたのだ。
この時期の彼の人生そのものが、この消耗品の建材のように見捨てられた時期
だったのかも知れない。
時の保水力を喪った時間の流れ。過ぎ去る速度のみが進歩・発展のように目まぐ
るしく疾走る。早く、新しく、いつもピカピカの街。遅れること、古いことはすぐ捨てら
れる対象でしかない。そして、今もそのリズムは変わらない。
スピードとニューの象徴がこの新建材という廃棄物である。
豊かさの王国・ランドの代償、それがランドフイル(埋め立て式ゴミ廃棄場)の元を
産む。その処理場を皮肉にも、かって夢の島といったのだ。
死体もまた葬儀を終えれば、一種廃棄物である。同じゾーンにそれがある。
死体の焼却場、犬猫(ペット)の焼却炉、そしてランドフイル。さらに近くのO海水浴
場は、いつのまにかドリームビーチと名付けられている。
この廃棄物3点セットが、物質の豊かさを追い求めた王国・ランドの周囲に散在し
ている。アメリカンドリーム、その物の豊かさへの旺盛な欲望は、排泄物の山を
ランドフイルとして正に’90年代以降の我々の都市生活の内に築いてきたのだ。
ドリーム(夢)といい、ランド(王国)といい、正にこの言葉の真逆の磁場のように、
我々の現在を<汚れちまった悲しみ>として形成している。
佐佐木方斎が’80年代の炎のランナーとして、企画し、出版し、製作した数々の行
為・作品とは対照的な、捨てられ埋め立てられるだけの運命のこの素材を、’90年
代の素材に自らの生き様も含めて表現しようと選択した事を決して軽んじてはなら
ないと私は思う。
貧困の内に見上げた豊かさへの夢(ドリーム)の結果は、現在アメリカ的世界(ラン
ド)の凋落とももにラデイカルな我々の現実でもあるからだ。
このランドとランドフイルの汚れちまった哀しい磁場に、私たちの避けがたい東西と
いう世界の広がりもまた存するのだ。
この一点を基点として見詰めない、いかなるリアルもまた存しない事は自明の現実
と思える。そして東西、トーザイと野放図に広がった物質主義グロバリゼーシヨンの
凋落・限界もまた自明の事と思える。
美術家の眼は、消耗品たる一素材に同時代の軸心を託して表現の礎石を込めたと
、私は今思う。
’70、80年代の純粋抽象「格子群」と同じ構成による配置が、このメタレリーフ展に
はあって、前者の美しい純粋抽象と後者の都市の汚れた廃棄物との対比・相違に
作家の真摯な’90年代以降の生き方を、同時に感じるのは私の思い込みだけであ
ろうか。

*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月7日(火)-17日(金)
 am11時ーpm7時・月曜定休・休廊

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by kakiten | 2009-04-09 13:05 | Comments(0)
2009年 04月 08日

佐佐木方斎展初日ー歩行の縦軸(7)

最初に芳名帖に名を記したのは、早川禎治さんだった。
怪人である。登山家にして歩行者。2000年に出版された「手稲山紀行ー傷つ
いた自然の側から」は私の座右の書のひとつである。
当時百名山ブームで、北海道の百名山という本も山積されていた中、ぽつりと
一冊の上記背表紙の本を見つけた。百名山の真逆を行く一山百行の本だった。
手稲山をありとあらゆるルートから登り、その破壊と悲惨を検証した一冊であっ
た。北大の寮歌にも歌われたこの千メートル足らずの名山をここまで検証した
本は、稀であり、眼から鱗の思いがした。その後「カイラス巡礼」「アイヌモシリ
紀行」と自らの足で記した紀行文を精力的に出版し、その鋭い文明批評は今も
変わらず続いている。一年ぶりだろうか、ふらりと現れ手造りの本「南半球舟行」
を持参してくれた。昨年1月から四ヶ月南半球を舟で回った紀行文である。
2年かけて松浦武四郎の百年余前の地図を徒歩で歩き記した「アイヌモシリ紀
行」を完成した後、南極に出かけた南半球舟紀行文集と、驚くべき70歳である。
声も大きく佐佐木方斎さんの北大の先輩でもあったので、語りは止まる事がな
かった。はるかに若い佐佐木さんの方が圧倒されていた感がある。
その後現在の佐佐木さんの病院関係の人たちがぽつりぽつりと訪れたが、早川
さんのエネルギーに匹敵する人は皆無だった。
午後可愛い靴を履いた女の子が来る。高校生のFさんだった。熱心に展示を見、
資料として置いてある「美術ノート」「格子群」「余剰群」「自由群」等を見る。
’90年代以降の生れの人と、70歳の人が一番深く展示に見入っていた。
今年高校3年生になったFさんは、最上級生となりすこし老けたという。
そういえば大人びてきて、年増高校生の感がする。
少年70歳と年増高校生のなんとも不思議な感性が、今回の初日のベストコンビ
であった。
捨てられた天井板材を削り、着色したメタレリーフ作品群は、現代の新建材、消耗
品文明の象徴ともいえる素材である。Fさん曰く”おばあちゃんの家のお風呂のタ
イルみたい”。インスタント消耗投げ捨て文明が、あたかも豊かさであるかのような
時代を我々は生きている。この言わばアメリカ式の合理主義は、もう破綻している
のが現在の状況である。’90年代後半に製作され未発表だった今回の佐佐木作
品は、私たちの’90年代を象徴して現在に繋がるものである。
かって私が訪れたアメリカのショッピングセンターの一隅で見た室内調度品に
背表紙だけの蛇腹になった百科事典がある。本棚にそのままセットすると立派な
百科事典全集の調度品となるのだ。勿論中はがらんどうである。
この何ともドライな感覚に吃驚した事がある。これがアメリカだなと思った。
日本なら例え読む事がなくとも本物の全集を棚に置くだろう。
この本の中味の欠如した立派な金文字の背表紙だけを、インテリアとして割り切る
ドライさにアメリカの物質主義のシンプルさを見たのだ。
このあと夕張を訪れた時、夕張の産業遺構物、優れた建物にとんがり帽子に赤い
屋根をテンプラ塗装し、石炭ガラス館などとした建物を見た時に同じ事を感じた。
こうした感覚は都市造り、町興しとして現在もパブリックな形で蔓延している。
芸術文化の世界にも、アート宅配便とかレンタルとかいって運動体のように企む
アートデベロッパーもいる。調度品アート、背表紙アート。この割り切り方は、アメ
リカ式物質至上文明の残影である。豊かさへの単純素朴な憧れが、生活の重みを
喪失してゴミを生む。豊かさの憧憬の王国・ランドの真逆ランドフイルの誕生である
。現在のハリウッドで行われているゴミ撲滅大作戦は、そのランドとランドフイルの
象徴的な出来事であり、地球上今や何処にも共通する問題である。
ゴミの保つコンテンポラリーな性格、ビニール袋一枚の日常性が保つ国境なき同時
代性をアメリカ式の文化・文明の止揚を抜きに今という時代を考える事は出来ない。
佐佐木方斎さんが、炎のような’80年代を経て、この消耗文化の象徴たる天井板
材を素材にこうした作品表現を試みていた事は、現在の時点でももっと評価されて
然るべきなのだ。
今世間的に主導的足る多くの作家たちが佐佐木方斎を無視している中、齢70歳
の少年と、平成生れの老けた高校生が一番初日の昨日心込めて会場にいた事実
は、真ん中世代不在の皮肉な現実であるのかも知れない。
なにか背表紙だけのあの全集のような現象である。
ただ決定的に相違することは、ふたりは優れて中味あるふたりであるということだ。

*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月7日(火)-17日(金)
 am11時ーpm7時・月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-04-08 12:43 | Comments(0)