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テンポラリー通信

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2007年 11月 06日

晴天続くー冬の輪舞曲(11)

昨日夕方来た磯崎道佳さんの倶知安生活の話が面白かった。東京から結婚で
倶知安に引っ越してきて後志の山川を新鮮な眼で歩き回り昆虫学者や博物学
者と知り合い自然界の眼線に目覚めていった体験がそのまま文化論となって
活き活きと語られていたからだ。カヌーならぬカヤックに乗り川面の視線を獲得
した時の話、後志の山野に残る自然の原風景に触れ、友人となった昆虫学者や
博物学者から様々な知識を体験後に教示され動植物を風景と共に発見していく
話は聞いていてすっかりこちらも引き込まれたのだった。かって岩内場所といっ
て海上交通の要路だった後志地方の豊かな環境が彷彿として甦るような気がし
た。その豊かな山野に原発の為の水力発電所がヘリコプターを使ってダム建設
が為されているという現実は地元に住む人間でなければ分からない事実である。
石狩地方に隣接した後志地方の知られざる自然の豊かさとその逆の都市部へ
の泊原発を主とする開発の傷跡は札幌に安穏としてぬくぬくと暮す都市生活者
の視座をカヤックの眼線と同じくらいにその転換を迫るものだった。原自然と現
代の接点でせめぎあう境目の視点を東京生れで東京育ちの磯崎さんが美術家
として今体験しつつある事はある意味ですごい事であると思う。絶滅種に指定さ
れている日本ザリガニの宝庫のような自然の河川の話と同時に現代の最先端
の技術の塊である原発の環境があるのだ。その両方の環境を同時に語る事が
生活としてある事がすごいと私は思う。だから札幌にはあまり出たくないんです
よと磯崎さんが言った。そりゃそうだと頷きながらでもさっぽろでしかできない事
もここにはあるんです、と私は答えた。写真家の安斎重男さんの紹介でテンポ
ラリースペースで初の個展をしてからもう10年以上経つ。その後気鋭の新進作
家として着実に実績を重ねてきた彼が今生活の拠点を後志に置き、日々の生
活環境の中から多くのコンテンポラリーなテーマを掴み取っている事に深い共
感を感じたのだった。そして今朝映像作家の石田尚志さんからメールが届いた
。今イギリスのノーリッジという田舎町に来ているという。そこは今実験的な映像
作家が世界中から集まり映画祭が開かれているという。明日は彼の上映個展で
奥さんの由維子さんも画廊で個展(上映個展)中と書いてあった。漱石がロンドン
に滞在した1900年、昭和天皇が英国留学した1920年と僅か百年ちよっとしか
経っていない日本の近代化の原点ともいうべき国に来て谷口さんのドイツととも
にある感慨に打たれているという文章だった。イギリスードイツー倶知安とそれ
ぞれの作家の生活の現場から発するサインに私もまた同時代の根の在り処を
あらためてこのさっぽろで噛み締めているのだ。

*谷口顕一郎展「ペインテイングによる」-11月3日(土)-18日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)
*いずみなおこ展「森の記憶」-11月20日(火)-25日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り入り口
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2007-11-06 13:20 | Comments(0)
2007年 11月 05日

小春日和ー冬の輪舞曲(10)

変則的な会期の始まりで先週土曜日が谷口顕一郎展の初日だった為3日目の
今日ですぐに休廊日になる。ドイツから個展の打診があり会期を決める時「文化
の日」をスタートにしたいと谷口さんから申し出がありそうかいと簡単にOKしたが
土曜日のスタートは初めてだった。まあその性でここでの制作の時間もとれたし
今日の休みがさらに制作をする時間に充てれて結果オーライである。初日には
京都在住の作家橘内光則さんが休みを利用してわざわざ来てくれた。尾道の
彫刻家野上裕之さんも道立近代美術館の出展で来札中で久しぶりに教育大の
先輩後輩が顔を揃える。それぞれ札幌を離れながらも作品制作を続けている。
ケンがドイツから来るんだから京都からぐらいは当然と橘内さんは言っていた。
やはり友情である。私は早めに失礼したが彩さんが手造りの料理を沢山持って
来てくれその後大いに盛り上がったようだ。昼にはプラハプロジェクトの大橋拓
さんも珍しく顔を見せ話し込む。夜私が帰った後斎藤周さんも見えたようだった
。その他に武田浩志さん、瓜生裕樹さん仙庭さん等が見えケンちゃん人気であ
る。翌日いつもより少し遅れて開廊ぎりぎりに着くとすでにもう人が来て待って
いた。長万部に住んでいる高校時代の恩師薩川益明先生だった。お会いする
のは1年ぶりでここがオープンした時に一度訪ねて頂いて以来である。入院の
話を聞いて病院にお見舞いを予定していたがたまたま会った人にもう退院と聞
いてここまで来てくれたのだった。恐縮して何はともあれ中に入って頂き入院中
の話などをする。しばらくして谷口さんも昨夜遅くまで飲んでいた所為か二日酔
い気味の様子で現われた。以前の場所でふたりはもう顔を見知りなのでやあ、
やあという感じで挨拶を交わしていた。2日目の最初はこうして始まり夕方以降
は現在近美で野上さんと同じ会場に作品を出展している東京のガラス作家青木
美歌さんが野上さんの紹介で見える。アイヌ文化実践者の中川潤さんも来てお
酒が開き野上さん、ケンちゃん、彩さんと話が弾む。青木さんは札幌生まれだそ
うだが大学が武蔵野美術大でそれ以来ずーつと東京でガラスの修行は野幌の
柿崎均さんに師事したという。吹きガラスの手法ではなくガスバーナーで制作す
ると聞いた。美術館で展示中の作品を見るのが楽しみである。個展の1,2日は
訪れる人が多く切れ目なく続いた。休廊日の今日は2階吹き抜けの凹みの原版
のカットに入っている。小春日和の暖かい日だ。夕方昨夜の連絡で東京から倶
知安に移住してきた美術家の磯崎道佳さんが来る予定だ。

*谷口顕一郎展「ペインテイングによる」-11月3日(土)ー18日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)
*いずみなおこ展「森の記憶」-11月20日(火)-25日(日)
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り入り口
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2007-11-05 15:16 | Comments(0)
2007年 11月 04日

谷口顕一郎展初日ー冬の輪舞曲(9)

谷口顕一郎展が始まる。作品はまだ六分の展示で描きかけの変形百号は4点
の内3点目が未完である。南側窓を塞いだ壁に凹みの彫刻の写真が4点貼られ
ている。西側芳名帖の台の上にハンブルグの凹み採集マップが展示されている
。東と北の壁にはここで今週描かれた変形百号のペインテイングが2点ある。ク
ワガタのような黒の角をもった形象がベージュの地に大きく描かれ添えられた模
様がジャパンである。浮世絵の着物の柄のようだ。入り口正面の作品は羽を広げ
た甲虫の形態であり北面の壁の甲虫は角を振り立てている。この一見獰猛な感
じのする昆虫に壁や路上に凹みのかたちを求めてハンターとなる谷口さんの性格
が出ているのかも知れない。一見ジャパンと思える着物の柄のような模様は日本
を遠く離れた人間の持つ郷愁の所為だろうか。また描きかけの3点目の作品は2
階吹き抜けの上にあるがこちらは紅葉のような図柄である。さらに吹き抜け2階正
面にはドイツで製作中の凹みの原版が大きくフイルムの上にトレースされて展示
してある。この原版は会期中凹みのかたちに沿ってカットして原形として展示する
予定という。この一部はドイツですでに作品化され元の傷痕に嵌め込まれた写真
として展示されている。私はその内の一点で現実の壁に嵌め込まれた黄色のプラ
ステイックの作品に惹かれた。以前と比べて技術上の進歩も感じられかつ嵌め込
まれた作品が実際の傷痕から自立してより美しく見えるのだ。2年前は素材の傷痕
に出来上がった作品を<バンソウコウ>のように嵌め込んでみると作家自身が表
現していたがこの今回初めて見る作品はもうバンソウコウではなくそれ自体が凛と
して美しくその<かたち>を自立させているのだ。嵌め込まれながらもう嵌め込み
ではない。壁の傷痕採集部分以外の表情もこの嵌め込まれたかたちによってより
他の部分も輝きを増しているかに思えるからだ。壁の傷痕を一部をかたちとして採
取しその後時間が経って他の連動する傷跡が全体としてさらに見えてきたと言う。
部分が大きな全体としての<かたち>に見えてきた時何かが間違いなく開かれて
いるのだ。その経験が現実と作品を進化させ深めている。従ってそこに嵌め込ま
れた作品はバンソウコウではなくもっと伸び伸びとしたその場の全体性と関わって
より豊かに存在したのだろうと思う。今回のペインテイングの作品については会期
中の完成を見てから感想を述べたいと思う。作家自身の傷痕は今だ見えずある種
の自我の衣装性と自我の攻撃的性質の凸部に終始しているかに思えるからだ。
彼の本領は現実の何気ない壁や路上に存する<かたち>のハンターとしてこそ
発揮されているのかも知れない。<かたち>という形象の美の探究者はさらにそ
の<かたち>の保つ全体性へと視線が深化しつつあるのも事実だが自らの傷痕・
凹みへの探求は今回その逆の凸みの顕在化にあって自らの傷痕は今だ未明の
内にあると思える。

*谷口顕一郎展「ペインテイングによる」-11月3日(土)-18日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)
*いずみなおこ展「森の記憶」ー11月20日(火)-25日(日)

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by kakiten | 2007-11-04 14:07 | Comments(2)
2007年 11月 03日

初雪の日ー冬の輪舞曲(8)

気温が下がっているなあと思っていたら初雪が降っていた。室内にいて気が付か
なかったのだ。みぞれ交じりの雪だったようだ。まだ紅葉も緑葉も残っているから
ここで本格的な雪となると樹も大変である。いつか初雪が早く来てその日山に登
った事がある。紅葉の鮮やかな赤に白い雪が見事だった。風景としては美しい絵
となっていたが樹木たちにとっては命に関わる事態である。葉が落下する前に雪
が積もるとその重さで枝が折れてしまうのだ。美とは一面残酷さと隣り合わせに
ある。そのある種極限の厳しさを<美>と感受する能力は人間に特有のものなの
かもしれない。美とは違うものかもしれないが私が初めての入院生活で感じた手
とことばの暖かさもその類のもののように思う。身体のライフライン、生理の次元
まで生活が後退した時付き添う看護の人たちのなんの変哲もない日常の会話や
手の動きが病み傷ついた心身に暖かく優しく感じられたことである。病というある
極限状況でしかその普通のことばと手の暖かさは感受できないのかも知れない。
現実の残酷さを瞬時にある美しさに転換する人間の心の能力は文化の根本にあ
る力に関係するのかも知れない。芸術が保つ魅力もそこにあるように思う。従って
美の為の美というのはどこか胡散臭く本当の美は生きる生の残酷さと分ち難く存
在するように思うのだ。個々の生き様と分離してその作家の生む美は存在しない。
樹木が紅葉していくのは生きる為の知恵である。美の為に為している訳ではない。
命の営みであるのだ。そこに季節外れの災厄のように雪が降る。その時その一種
残酷な極限状況において美が生まれる。樹の命の営みを愛しみその過程を感じる
時さらなる不幸のコントラストが一層その紅葉の赤を際立たせるからだ。美とは一
面残酷なものである。誰も好んで病に落ちる訳ではない。しかしそういう状況だか
らこそ感じる事ができるものがある。手とことばの優しさは直接美とは云えないか
も知れないが広い意味でそれもまた美しい心の所作なのだ。人間が保つこの心
の転換力こそ人間だけが固有に保つ文化力と言えると思う。
今日から谷口顕一郎展が始まる。谷口さんの生き方がどう美と関わっているのか、
壁や路上の何の変哲のない傷跡を美としてかたちに昇化し続けてきた作家の初の
内面の傷跡の形象はいかなるものなのか注目したいと思う。

*谷口顕一郎展「ペインテイングによる」-11月3日(土)-18日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)
*いずみなおこ展「森の記憶」-11月20日(火)-25日(日)
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り入り口
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by kakiten | 2007-11-03 10:36 | Comments(0)
2007年 11月 02日

翳の濃い日ー冬の輪舞曲(7)

気温が下がり曇った空。翳が濃い。紅葉は最後の輝きを放っている。蔦の実が紫
色の脹らみをみせてびっしりと生っている。季節の峠、空気の感触はもう冬の気
配だろうか。病み上がりの私には今ひとつ開かれない鬱の日だ。谷口顕一郎さ
んが変形百号のキャンバスに向かってこの間制作に励んでいる。3作目に入っ
たところだ。初日を明日に控え集中している。外在する壁や路上の痕跡を<かた
ち>としてトレースしプラスチック板やステンレスで立体化し作品に仕上げていく
これまでの方法でなく内在する心の動きのままに<かたち>をキャンバスに描
いていく。今回のペインテイングによる作品はある意味で作家の原点に関わる仕
事となるだろう。壁や路上の痕跡を外界の事象の凹みとして捉えその<かたち>
の純粋形象化を作品の基底に据えていた。外在する<かたち>に囚われず内
からあふれるままの<かたち>を顕在化しようとする今回の作品はより内面から
発する作家の成熟と外在から内在へと視点を移動するバランス感覚の所為とも
考えられる。2年ぶりの故郷での個展、そこには一度さっぽろを離れ再びさっぽ
ろを見詰めるというそんな内省の時間も彼には訪れているのかも知れない。今、
季節の落葉が地に降るように彼の内面にもまた降り積もるものがあるのだ。春夏
の候には青空に伸び拡がる枝葉の時から秋冬の翳の幹に枝葉が濃くなる季節も
また人にはあるのだと思う。ひょうきんで実は剛直な谷口さんにも内省する翳の
季節が来ている。明日から始まる約2週間の会期中に作家と見者の感受性のキ
ャッチボールはどんなシーンを生み出すのだろうか。晩秋のテンポラリースペー
スは来るべき新たな冬の年に向かって今は沈黙の内にある。

*谷口顕一郎展「ペインテイングによる」-11月3日(土)-18日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)
*いずみなおこ展「森の記憶」-11月20日(火)-25日(日)

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by kakiten | 2007-11-02 12:43 | Comments(0)
2007年 11月 01日

雨に濡れて美しい道ー冬の輪舞曲(6)

秋雨が濃い色彩を生んでいる。木々が深い色彩の中にある。1年を夏の年と冬
の年と数えた古いアイヌの人の考え方からするともう冬の年の始まり、あるいは
夏の年の果てである。地球の温暖化で北海道もお米の生産が適地となり秋も長
くなっているのかも知れないが初めて東京で暮らした学生時代は春の長さに驚
いた。梅・桃・桜と順番に花が咲いてゆったりとした春の時間があったからである
。そして竹林や柿の木が珍しかった。秋もいつまでも長く実際はもう冬になってい
たのだが北海道生れの私には落ち葉のすんだ裸木だけの風景はまだ秋のように
しか感じられなかったのだ。春と秋の長さは四季だから等分で当り前なのだろうが
北国では春も秋も短く鮮烈な濃い時間なのだとその時気付いたのである。冬とい
う雪の真っ白な風景が無いこと、そしてその雪の重さに耐え残雪の間から一斉に
芽吹く植物の強い勢いとその激しさが春のスピードの鮮烈さを生む事に気付いた
のである。北の春はまだ冬の影響下にあり冬の果て、夏の始まりとして存する。
山の奥ではもっとその季節感が濃厚でかって毎週のように登った暑寒別岳では
6月が早春7月が春8月が夏9月が秋10月は冬とほぼ4ヶ月に四季が濃縮され
ていた。他の月は冬が支配している。7,8、9月の天国に一番近いような雨竜沼
湿原も10月に登った時は吹雪で地獄のようだった。湿雪に風と寒気が交じり吹
きさらしの広い高層湿原をただただひたすら通り抜け下山し山小屋へと走った。
下りの途中でまだ紅葉の残る山道をゆったりと傘を差しながら紅葉を鑑賞してい
る老夫婦と出会った。私は濡れた衣服を気にしてその脇を脱兎の如く走り抜けた
。後刻山小屋で一緒になったそのご夫婦に”昔あんたみたいに山を走っていた友
人がいたなあ、もう死んでしまったけれど韋駄天と言う仇名だった”と語りかけら
れた。冬の時期に入る山を甘く見ていた恥ずかしい話である。東京で初めての
夏を迎えた時も大きなカブト虫が枕元にいるので下宿で騒いだらみんなに笑わ
れた。ゴキブリだったのである。植物も動物も違うのだ。秋雨に濡れて美しい天
地の森を見ながらこんな風景は東京では味わわなかったとふっと振り返るように
想い出していた。

*谷口顕一郎展「ペインテイングによる」-11月3日(土)-18日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)
*いずみなおこ展「森の記憶」-11月20日(火)-26日(日)

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by kakiten | 2007-11-01 12:35 | Comments(0)