テンポラリー通信

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2006年 03月 03日

徒労感と閉塞の狭間にーふかぶかとさっぽろ漂流(8)

2、3日ぼんやりすることが多かった。なにか緊張の糸が緩んだみたいだ。昨今の
お天気みたい。やはり3月、2月とは違う。3月1日千年鶴酒ミユージアムの高臣大
介展に顔を出す。キリリと眼を張った大介さんがいた。髪が伸びて横に束ね兵馬傭
に似ていた。秦の始皇帝のあれだ。試飲のお酒を昼から飲んで酔いが早い。つい
もう一杯今度は百円出して吟醸酒を頼む。これは溢れるようにお姉さんが注いでく
れたので思わず”3月3日みたいなお顔ですね”と言ったら笑っていた。白い台に透
明なガラスの作品が並び少し単調に見える。本人もそう思っていたと見えて、吊る
作品を増やすと言っていた。それからパラト街道斜め通りタマネギ倉庫ともう一軒
を見る。どちらも大き過ぎて私のイメージとは違う。ついでに同じ街道沿いにあるぷ
ー横丁で海鮮カレーを食べる。美味しかった。夜石田善彦さんと会う。田中綾さん
酒井博史さんも来て先日の石田宅のお返しである。高臣さんも誘ったが来なかっ
た。初日の晩いろいろあるのだろう。田中さん先に帰った後3人で小説家東直巳の
姉の店「小太郎」に行く。寿郎社の関係の人の誕生会とかで満員。でもなんとか入
れ石田さんからいつも聞いていた店に初めて腰を下ろした。ほどなくパーテイの人
が帰り3人だけになりママのマラソンの話(サロマ湖百キロマラソン参加)の96キロ
時点の最後の辛さと達成感が印象的だった。そういえば及川恒平さんも参加して
たなあ。南の沢まで酒井さんが石田さんを送って帰ったら3時過ぎていた。こういう
漂流はあまりねえ。ススキノは何年振りだろうか、でもやはりススキノはススキノ。
疲れたのが正直な感想。
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by kakiten | 2006-03-03 14:06 | Comments(0)
2006年 03月 01日

鉄橋のように生きるーふかぶかとさっぽろ漂流(7)

2月が過ぎた。地図を片手に意識的に幻の大河さっぽろ川を辿った。そこで
見えたのは中心部の市街地化がどんどん侵食している事だった。琴似は琴似
円山は円山山鼻は山鼻という場の固有性が界隈性を喪失して同一の空を頂き
つつある現実だった。地域のグローバル化ともいえる。以前琴似街道や茨戸街
道を歩いた時道とともに風景も変化があった。三角山のゾーンが円山に変り円
山のゾーンは藻岩山のゾーンへと変化していった。古い街道には等身大の軸が
あった。茨戸街道には石狩へと向かう海への低い目線が転じて反対側の山並み
を迫り上げていた。風景と場所がキヤッチボールしながら呼吸していた。その呼
吸が今喪失しつつある。その事実を嘆いているのではない。街がたった一つのチ
ヤンネルの風景になってそれが豊かさと錯覚して街を改造する事に邁進して一体
なにがいいんだという怒りを感じている自分がいるだけである。私は私の呼吸を
他者の呼吸で代行する事はできない。他者の呼吸を私の呼吸で代行する事も
勿論できない。そんな当り前の事が街の風景には起こっている。それを誰もおか
しいと思わず発展と錯覚しているならそれはもっとおかしい。それぞれの街角が
亜流のいじけた名称と建物で埋まっている。公共の場所も民間のビルもマンシヨン
も駅名もふざけたネーミングがまかり通っている。ダジャレにもならないぜ。
一ヶ月が過ぎ見えない川の漂流はある輪郭を結びつつある。それは琴似川水系
と伏篭川水系の選択である。あの鴨々川の入り口に始まる南ゾーンから東北部
へそして円山北町の琴似川から源流南西部と北大と桑園の北東ゾーンである。
このふたつのゾーンを囲むようにジグザグと歩き呼吸する街角を探している。
そして3月4月そう、<鉄橋のようにわたしは生きるのだ辛い3月4月を終えて>
ー福島泰樹
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by kakiten | 2006-03-01 12:51 | Comments(0)