テンポラリー通信

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2019年 02月 15日

寒気深く、ともにー時代というランド(18)

零度以下の気温が続く毎日。
高臣さんが育てた氷柱と吊った透明なガラスが重なり合い、成長し
ている。
入口ガラス戸前、門のようになってきた。
来週から始まる透明なガラスと氷柱の競演は、廊内のガラスと響き
あい、溜まり、揺れる光のシンフォニーとなるのだろう。
氷柱の雪の苗床に暇さえあれば、水を加えている大介さん。
長く伸びた氷柱の一本は、間もなく地面に届きそうだ。

ゆったり、ふっくらしたガラスの器は光を溜めて、室内で
刻々移り変わる陽射しを受け、花人村上仁美さんの活けた
枯れ枝と美しいリズムを奏でている。
吹きガラスの有機的な呼気の曲線が内部空間の膨らみを生み、光
を溜め、固定しない光の小宇宙を浮き上がらせている。
氷柱とガラスの光の呼吸。
そして時と共に揺れる光空間。
日々、刻々、二度と来ない呼吸する光の時空。
廊内自体が光の身体となって、透明な光の万華鏡となっている。

用という器、無用という器、ともに光を溜める人間のみが為し得る
自然・光とのフアインアートと思える。

*高臣大介ガラス「重ねあう」-前期・器を主にー17日〈日)まで。
 後期・インスタレーションー24日(日)まで。
 am11時ーpm7時;月曜定休。」

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


# by kakiten | 2019-02-15 12:24 | Comments(0)
2019年 02月 13日

重ねあうー時代というランド(17)

氷点下の気温が続いている。
血流が悪いのか、右手の指先が腫れている。
トイレの貯水タンクへの送水管が氷結で亀裂し水が溢れる。
水も火も風も厳冬は、自然の野生を露わにして人を襲う。
そうした自然野生を人は調節し、恵みに変えて生きる世界を
創ってきた。
文明とは本来そうした自然との調整インフラの発展と思える。
そして自然野生との調和ゾーンを、故里・故郷とも呼んだのだろう。

そうした先人たちの営々とした長い努力の文明・文化、いわば
地球の大気圏のような緩衝地帯・界(さかい)の世界が擦り減り
つつある現在が進行しつつあるような気がする。
自然と人間社会の界(さかい)が創り出した風土という文化。
その自然と人間が相渉る界(さかい)空間を現代は喪失しつつ、
科学技術の進歩・発展インフラに酔い傲慢化しているのではない
だろうか。

高臣大介と出会って2,3年後だっただろうか、彼が窓外の氷柱を
見て言った言葉を思い出す。
”あの氷柱と勝負してみたい”
無色透明な吹きガラスで作品を創っている千葉県生まれのガラス
作家は、この時初めて北の大地に垂れ下がる透明な氷柱にある
共感とある種の挑発を感じていたに違いない。
その挑戦が今回の展示で現実化しつつある。
吊る透明な硝子作品の上部に雪の苗床を造り、自然の氷柱が育ち
重なっていく。
この行為は風土というものの最もプリミテイブでラディカルな行為
ではないのか。
彼は氷柱の天地に、創造というカルチャー(耕土)の鍬を振り下ろ
している。

氷柱は今週末まで育ち続け、来週から始まるインスタレーション展示で
ガラスを媒介とした氷柱との競演は、正に<重ねあう>彼自身の人生、
生きる行為の精髄として表現される事だろう。

*高臣大介ガラス展「重ねあう」-前期・「器を主に」2月17日まで。
 後期・インスタレーション 2月19日ー2月24日まで。
*豊平ヨシオ展ー3月5日ー17日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




# by kakiten | 2019-02-13 13:10 | Comments(0)
2019年 02月 12日

「重ねあう」高臣大介展始まるー時代というランド(16)

前期・器とペンダントライトを主に、後期・氷柱とガラスのインスタ
レーション。
2週に渡る高臣大介ガラス展が始まった。
人の出入りの合間を縫って、正面ガラス戸上部鉄枠に氷柱の苗床作り
に余念の無い高臣大介だ。
昨年展示時氷柱ばかり作る事に専念し氷柱が大きくならない事に気付く。
土壌となる雪に気付いた彼は今年は吊ったガラスの上部に雪を土のよう
に、苗床のように固めているのだ。
ガラス作家は、カルチャー(耕土)している。

この事に象徴されるように今回の展示は、作品ひとつづつがどこか豊饒
な気がする。
そしてタイトルは「重ねあう」。
個々の作品が、時間を空間を、掌とともに抱擁する力に満ちている。
15年程前千葉県より移住してきた高臣大介の、作品上における精神的
にも北の地に根を下ろした記憶に残る展示と予感される。
<重ねあう>とは、彼自身が洞爺に苗床を設け、光を受け咲く、人生の
吹きガラスを、凍てつく風土と重ね抱擁し、創り出している事実を指す。
そこに私は、今回の展示のトニカ(基調低音)を感じている。

*高臣大介ガラス展「重ねあう」-2月12日ー17日ー器を中心に
 2月19日ー24日ーインスタレーション
 am11時ーpm7時月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


# by kakiten | 2019-02-12 18:12 | Comments(0)
2019年 02月 10日

35年目の深井克美展ー時代というランド(15)

現在北海道立近代美術館で催されている深井克美展に行く。
企画したのは、35年前この夭折した画家深井克美を発掘した
美術館学芸員正木基氏だ。
同氏によって同じ場所で35年ぶりに深井克美展が再現した
事になる。
企画者正木氏のその情熱と、深井克美の作品の保つ新たな生命力、
このふたつの時を超えた新鮮さに感動を覚えた。

深井克美の作品は私にとっても35年ぶりの再会だったが、そこに
新旧の時間差はなく、むしろ新たな現在性、彼の身体言語を通した
再生の表現を見出したようで新鮮だった。
描く事を通して絶筆の「ランナー」(未完)に至るまでの道程が
身体再生の闘いの生命のドキュメントとして感じられたのだった。
観念ではなく、自らの身体の病を内臓ごと見詰め再生・復活させる
心身一如表現として全体が見えたのだ。
病んだ自らの心身を、現実として絵に描き、そしてその心と身を
癒し復活再生へと願い治癒した苦闘の道程。
そうした心の内臓言語のような、絵画として新たな再生が絶筆「ラ
ンナー」(未完)の疾走する全身像に顕れた気がするのである。 
3歳にして父を亡くし、妹とともに母子家庭で育ち、自ら身体に疾患
を保つ現実を、内臓言語として究極的に絵画化した。
そして自死する直前に夢のように描いた全身像が、未完の「ランナー」
という絶筆、最後の作品だった気がする。
20歳時ベトナム反戦運動に参加と記録に残るが、彼の反戦運動は、
そうした社会的行動よりも自らの内なる精神的身体現実との戦いに
こそリアルテイを見詰めていたのではないだろうか。

その意味で、未完の「ランナー」という遺作は深井克美の生涯を駆けた
身と心の明星のような伝言の作品である。
風が立つように、身体は内なる現実から解き放たれ、全身で立っていた。
彼は全身を復元し、生きたのである。

深井克美の人生30年の歳月を超えた41年後、発掘者正木基氏の
若々しい情熱とともに、作品は新たに今を生きている・・・。

*高臣大介ガラス展「重ねあう」-2月12日〈火)-24日(日)
 前期12日ー17日・ガラス展。後期19日―24日インスタレーション。
*豊平ヨシオ展ー3月5日ー17日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503





# by kakiten | 2019-02-10 16:57 | Comments(0)
2019年 01月 30日

父の記憶ー時代というランド(14)

最近ふっと父の事を想い出す。
生前親孝行だった記憶はない。
しかし今は、ふたつ心に深く光るように懐かしくなる記憶が残っている。
ひとつは私が小学校に入学した時の思い出。
父が私の勉強机と椅子を木を組み汗を流して造ってくれた。
”ボウ、どうだ、出来たぞ”、そんな会話があったような記憶がある。
嬉しそうな父の笑顔が重なる。
その場に近所の同じ年のIがいた。
翌日朝礼でみんなが並んでいる校庭で、Iがみんなに昨日の父の
椅子・机手造り制作を大きな声で馬鹿にするように語っていた。
私は怒りを覚え彼の顔に一発パンチを加えた。
Iは郵便局長の息子で、学習机も椅子も店で購入し用意されていたのだろう。
その差異を馬鹿にしてクラスのみんなに伝えてみたかったのだろう。
しかし私には幼いなりに父の子を思う手造りの気持ちが素直に響いていた。

もうひとつは父の葬儀。
北海道いけばな連盟第一回連盟葬だった事。
店の奥の談話室にいつも誰か彼かがたむろし、お酒を飲んでいた。
男女を問わないこの人たちが、客でもあり父の葬儀を出してくれた当事者だ。
華道の流派を超えた集まり、その夢が連盟となって現実化した。
夜な夜なの酒席と見えた集まりはそうした同志たちの、活け花を個々の表現
領域として自立させる熱い想いの集まりでもあったのだ。
ひとつの専門店がサロンとなり、新たな時代の拠点となって、客と店という
関係を超えた関係が築かれていた。
東京の大学4年だった私はその事実に気付き初めて父の生き方に感動した。
父のそうした生き方に気付かず、物心ついてから離れた存在だった父を心の
深い処で感じていたからである。
私は大学を4年で中退し故郷へ戻った。

父と祖父が生涯を駆けた場所は、時代と共に大きな社会構造的変化の中にあった。
家業の家・土地は資産となり、大きなビルとなって市街地再開発の道路拡幅の的
となっていった。
生業(なりわい)は、ビル上部の一隅でテナントのようになり、住む場所でも
一軒の独立した店舗でもなくなった。
そしてその頃から店主ではなく、オーナーと呼ばれる事が多くなった。
明治に祖父が土台を築き、父が美術志望を断念し夢を架けた表現としての華道への
夢もテナント主体のビル街には息づく処は無い。

最近パソコンを開くと冒頭に現れる文字にその当時の事を思い出す。
<オーナー ようこそ>
家業が土地家屋資産のビル街となりオーナー化し、生業が分離してテナント化する。
一個の店という文化構造は衰退し痩せ細り、人という主(あるじ)はテナントを客と
する不動産の権利者と化する。
お金は動くが、心は痩せる街となる。
スーパーでも”オーナーズカードはお持ちですか”と、客もオーナーと呼ばれるのだ。

かって金銭交流する世界にも、人間が主役で志(こころざし)の交流が在った。
千秋庵というお菓子屋さんにも、富貴堂という文房具屋さんにも固有の客の
サロンのような店の根があった。
そして、それらの集合体が街だった。
今はオーナーとテナントのタワービル・プラザの集合体である。

遠い父の思い出がそんな事をリアルに感じさせてくれる。

*高臣大介ガラス展「重ねあう」-2月12日ー24日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




# by kakiten | 2019-01-30 14:19 | Comments(0)
2019年 01月 24日

霜焼け・アカギレ・鼻水-時代というラウンド(13)

最近寒気が応える。
体力低下、運動不足なのか、手に霜焼け。
透析治療中足の指に火照りや痛みを覚え、皮膚科に行く。
医師は見るなり、霜焼けですね,と言う。
先日転んだ打撲が、折りに鈍痛だったり、寒さと共に
ガタ・ピシオである。

爽やかに二羽の雄の白鳥が網走へ帰った後、風のように映像作家の
大き裕之さんが来る。
その前日に来た元東大出版会で今北大出版を指導している竹中英俊
さんと同様濃い友人だ。
竹中氏はいつものように、今は貴重な古書を持参。
今回は表装が竹の皮でできた珍本である。
彼の見せてくれる本はどれも掌に心地良い質感・重さがある。
本が本来保っていた書物という心地よい存在感が伝わる。
人が触る事でその手の脂が紙を丈夫にし、書物に風格と落ち着きを与える。
和紙の保つ優れた特性が、書物の中身と共に書物体験を味合わせてくれるのだ。
大き裕之氏は映像の書物を創るような人である。
長い年月を費やし映像を撮り続けている。
それも同時に撮り続けていて、15年を超える「松前君」「メイ」等の未完の
大作がある。
一瞬一瞬を文字を綴るように、映像を撮る。
そして時間の脂が作品に存在感を与え続けていく。

生きる心の脂が時間とともに、人格という人間書物・人物となっていくような
ふたりに逢う事が続いて、私の脂気の欠しい霜焼け、アカギレ、鼻水の日常は
網走の二羽の白鳥と共に、重厚な書物のようなふたりにも、<生>の脂を注入
された気がした。

*高臣大介ガラス展ー2月12日ー24日
*豊平ヨシオ展ー3月5日ー17日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




# by kakiten | 2019-01-24 16:16 | Comments(0)
2019年 01月 20日

最終日・絵が故郷に還るー時代というランド(12)

会場で滞在製作した大きな絵画が、同じ漁業仲間の友人に売れる。
絵は網走の車道に古くからある白鳥と海の絵だ。
誰が描いたか不明の道路曲がり角沿い壁一面に描かれた絵。
佐々木恒雄はこの絵の写真を元に二羽を拡大し背後の青を
丹念に波に描き直し、二羽の白鳥を太い縁取りで力強く描き
直した。
この辺は佐々木のデザイン的才能が活きている。
そして原画より二羽だけ抽出し背後の波をダイナミックに
描き直した構成力色彩力は彼の優れた絵画力であるだろう。
この無名の路上の絵画は新たな命を得て活き返ったようだ。
この絵を見た同世代の漁師仲間の友人が感動して、二年後に予定
している新築の家に飾りたいと購入を決断した。
併せて今回展示したふたつの波の絵と共に欲しいという。
海上で仕事をする漁師にしか解らぬ波と海の状態。
会場一階正面に並んだ3枚の波の絵を見ながら、その時の海の
状態を楽しそうに話すふたりだ。
そんなふたりが、陸の車路の壁に大きく描かれた飛ぶ白鳥と海面
の絵画をひとりはその絵を再構成し、ひとりは新築する家の吹き抜け
に飾りたいと言う。
海の上を飛ぶ二羽の白鳥は、まるで海を仕事場とし陸で暮らす
ふたりではないのか、・・・。
そんな気が私にはした。
陸で生活し、海で働くふたりの心意気が力強く縁取りされた二羽の
白鳥と波の形象に響きあっている。
そして、それがふたりの網走なのだ。
札幌で描かれ完成したこの絵は、ふたりの共有する故郷・網走を経て、
故郷に還るのだ。
ふたりが掴んだ新たな故郷・網走と共に。
そして、これらの絵が並び飾られる時私もその前に立ち会いたいと、
私はふたりに申し入れたのだ。

*佐々木恒雄展「sign」-1月20日午後7時まで。
*高臣大介ガラス展ー2月12日―24日
*豊平ヨシオ展ー3月5日ー17日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




# by kakiten | 2019-01-20 16:40 | Comments(0)
2019年 01月 19日

離れて見ているふたりの海ー時代というランド(11)

今冬初の滑り・転倒。
一昨年オホーツク月夜の海に一艘の小舟と漁師を描いた佐々木の
絵画を購入してくれた札幌円山北歯科のS先生と佐々木恒雄と近く
の居酒屋で飲んだ後帰り道での事だ。
この日マイナス11度の路上はツルツル。
両足踵が滑り、肩と後頭部を直撃した。
背中に圧痛を少し残るが、他は大丈夫のようだ。

それはそれとしてふたりとの酒席は楽しいものだった。
網走の網元の息子さんで成人し家を離れ米国で歯科医の資格を得て
札幌の円山に診療所を開き40年。
その先生に私は診察台の正面に佐々木恒雄のオホーツクブルーの
細波が画面半分を占めるこの絵を配置して欲しいとお願いしたのだ。
治療後の患者さんにも評判が良いと、S先生が佐々木に言う。
そして静かに盛り上がるふたりの網走話。
S先生が購入してくれたあの夜のオホーツク海の小波が、今回4点の
波だけの作品に発展したと言う。
今まで波だけを見詰める事はなかった。
朝・昼・夕、同じ波は二度とない。
一度は故郷を離れ、父の仕事漁師を継いだ佐々木恒雄。
故郷網走を離れ、自分の志、歯科医の道を40年近く続け、ふっと
思い起こす網走・オホーツクの海。
診療台という自分の仕事場にその青い海が佇んでいる。
口腔の海を治療・検査という櫓を操作しながら、航海を終え患者と
共に見るオホーツク・故郷の海の色。
世代も生きる環境も違うふたりがまるで旧知の仲のように嬉しそうに
語り合っていた。
ふたりの間には、故郷の海が美しい細波を立てていた気がする。

私の今冬最初の転倒は、氷の海の細波の所為かも知れない。

*佐々木恒雄展「sign」-1月20日まで。
 am11時ーpm7時
*高臣大介ガラス展ー2月12日ー24日
+豊平ヨシオ展ー3月5日ー17日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



# by kakiten | 2019-01-19 13:34 | Comments(0)
2019年 01月 17日

佐々木恒雄展3日目ー時代というランド(10)

近くのシェアーハウスに宿泊し、佐々木恒雄は会場で3点の作品製作
を続けてもいる。
曇り日、雪の日、晴れの日、変わる雪の光の中で今までにない
何かが生まれようとしている。
今週月曜日佐々木恒雄が画廊に到着した日、網走には流氷が着岸したと
翌日の新聞が伝えていた。
”すれ違いだなあ~”と佐々木恒雄は呟いた。
この時期漁はなく、今は純粋に作品展示と作品製作に時間を注いでいる。

流氷で漁もできない厳しい北の海。
そしてそこで生まれた時間を自分自身を取り巻く社会と自然を見詰め、
深化させ休暇時描く。
新たな軍事基地建設で国が海を埋め立て、土砂がサンゴ礁を覆う沖縄。
豊かなサンゴ礁が育つ美しい南の海。
そこに日本の7割近くの米軍基地が国家安全の名の下、軍事基地に陸を
、海を埋め立てている厳しい時代社会。
そこで青い画面に亀裂だけが入った作品を20余年製作し続けている豊平
ヨシオがいる。
青は沖縄の海と空の色。
亀裂は基地と観光の現実。
北の海を埋める流氷群、防衛の名の下、辺野古の海の大量土砂投入。
このふたつの海の現実を南と北に据えて私たちの時代がある。
言い換えれば、自然の保つ地球環境と人間社会の保つ時代環境との対峙だ。
その今を私はどうしても佐々木恒雄と豊平ヨシオの作品に感じてしまう。
そこに答えはない。

佐々木恒雄の制作中の作品には、働く海と彼が見詰めた深化する自然の
海がある。
豊平ヨシオの青には、島を囲繞する天地が包含されている。
そして画面中央を切り裂く亀裂には、時代社会の厳しい沖縄の現実がある。
このふたつの対自然・対社会との対峙に、私たちの基底的な現実の根があると思う。

佐々木恒雄が制作中の作品の深化を日々見詰めながら、想いはふたつの海、人間を、
取り巻く基層の社会・自然を思うのだ。

*佐々木恒雄展「sign」-1月20日(日)まで。
*高臣大介ガラス展ー2月12日ー24日
*豊平ヨシオ展ー3月5日ー17日。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




# by kakiten | 2019-01-17 14:11 | Comments(0)
2019年 01月 15日

佐々木恒雄展始まるー時代というランド(9)

五年ぶりのテンポラリースペース個展。
父上の稼業を継ぐと決意して、故郷網走へ。
その時の初々しい朝の番屋風景、朝日浴びる出漁の絵は今も鮮明に思い出す。
今回は働く仲間や船上の風景ではなく、仕事を取り巻く海を見詰めている
絵が印象的である。
波の無心な動きと光の交叉が丹念に描かれているからだ。
同時に札幌時代のラップ仲間、22歳で夭折した友人村岸宏昭の自転車姿等の
佐々木の青春時代、都会で交流した都市感覚の絵も同時に出品されている。
海を職場とする漁師の自然環境、青春時代を送った都会の時代環境。
このふたつの大きな人間を取り巻く状況が、ここには素直に表現されていて、
普段我々都会人が忘れがちな自然という、社会環境を超えた目線が同時に
共存して絵画化されている。
都市化が進めば進む程日常から離れていく自然。
佐々木恒雄には、職業としてそれは日常に分かち難く存在している。
海の波を丹念に描いた青や赤の作品には、彼の日常の呼気吸気が息づいている。

私はこれらの絵を見ながら、ふっと沖縄に生きる豊平ヨシオの画業を思い出す。
沖縄の社会的環境も自然環境もより凝縮されて、あの青と亀裂の絵画があった。
基地と観光という社会的与件と自然。
サンゴ礁に囲まれさらに遠く広がる青と藍色の海。
そして日本全体の7割を占める米軍基地。
社会環境の基地と美しく時として荒々しい海という自然が間近に併存している
南の島。
北の海と南の海を取り巻く社会と自然。
そのふたつの海を、何時の間にか問う自分がいたのだ。
そして日常生活を社会的インフラに囲い込まれ、異常気象の天災時にしか自然
を意識化しないで日常を過ごしている多くの我々。
オホーツクの荒々しい海に生きる佐々木恒雄と沖縄の厳しい社会環境に生きる
豊平ヨシオの保つふたりの海に、私たちが日々喪いつつある自然と時代・社会
に囲繞された人間の海の在り場所を問い、ふたりの画業を見続けていきたいと思う。

*佐々木恒雄展「sign」-1月20日まで。
 AM11時ーPM7時
*‘高臣大介ガラス展ー2月12日ー24日
*豊平ヨシオ展ー3月17日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503 



# by kakiten | 2019-01-15 15:47 | Comments(0)