テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2018年 12月 16日

シャンソン訳詞家・高野圭吾の世界展ー時代というランド(1)

峰艶次郎さんの企画による「訳詞家高野圭吾の世界」展が始まる。
札幌生まれのシャンソン訳詞家にしてシャンソン歌手、そして武
蔵野美大出身の絵描き。
札幌の風土とフランスのシャンソンがどう紡ぎあって来たかを、
高野の訳詞を通して知りたいというのが、今企画の峰さんの
テーマだろうか。
昨年の初企画に続き、今回はそこで知り合った表現者5人にも
協賛出品を依頼している。
それぞれが高野の訳詞・歌を聴いて感じた事を自分の作品表現
で出品している。
伊藤也寸志は写真で札幌の下町東屯田通りの街並みを、パリの
下町を思わす写真で。
高臣大介はガラス作品で高野の好きな歌から半月形の透明な硝子
に電灯をセットした、光と影の作品を展示。
竹本英樹は、峰が気に入った街路と人の淡く佇む写真を、また花人
村上仁美は高野圭吾の写真の前に枝とバラ・草の造形を、そして
歌人山田航は高野圭吾の訳詞と歌声から十数首の短歌を発表している。
これらの作品参加により、シャンソンとサッポロという近代しかない
風土が、高野圭吾を通してポプラやリラのように、風土に根付く日本
の、札幌のシャンソンとして志向されている気がする。
各自がそれぞれの嗜好・足元から、近代日本に入って来た文化を見詰
め、見直し、かって漢字から平仮名・カタカナを生んだように文化
の耕地作業(カルチャー)を続ける事に深い共鳴を覚える。
高野の訳詞に時として閃くように感じられる札幌の風土感にハッと
しながら、5人の作品と高野圭吾の歌声・訳詞を見ているのも、何
か幸せなサッポロを感じるのだ。

*‘訳詞家・高野圭吾の世界ー12月16日、18日、19日
 am12時ーpm7時;月曜定休日。
*村上仁美オリジナル〆飾り展ー12月21日。23日ー25日
*野上裕之彫刻展「雲間」-12月27日ー1月5日。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

[PR]

# by kakiten | 2018-12-16 18:48 | Comments(0)
2018年 12月 11日

寒気濃くーみちゆき(18)

月曜休廊日。
明けて翌日、寒気の底のようだ。
水道は凍結で、ストーブを点け、溜めておいた水を沸かし
部屋を暖め、やっと水が出る。
一気に冬が来て、沖縄から来た豊平さんが薄着で平気だと
言っていたのが夢のようだ。
最近は暑さ、寒さが極端である。
プロセスというか中間というか溜めというものがない。
人間社会と自然野生の間に在った故里という中間地帯が希薄
になったのと同じように、界(さかい)という交流の磁場が
衰退化している気がする。
北極・南極も両端の間に生じる磁場が消えると、一極集中
の弊害が起きるだろう。
人間社会の色んな分野における兆候も同じ気がする。
本来多民族性を保つ国、アメリカや中国が一国中心国家主義
に偏り、難民問題を抱える欧州でも一国中心の排他的方向が
見えてきている。
地球自体が多くの多民族の人間集合体なのに、それぞれの民族
が一極集中を高めれば、もう争いしか生まれてこないのだ。
人間社会の中の一極傾向は、人間全体が自然や宇宙に対しても
畏怖や畏敬という界(さかい)の意識・磁場を擦り減らしつつ、
故里と同じように喪いつつあるのかも知れない。
そのしっぺ返しが、昨今の寒暖差の激化として、顕れている気
がする。

*訳詞家・高野圭吾の世界ー12月16(日)、18(火),19日(水)
 am12時ーpm7時;17日(月)定休日。
*村上仁美オリジナル締め飾り展ー12月22、23,24日予定
*野上裕之彫刻展「雲間にて」ー12月27日(木)ー1月5日(土)

*佐々木恒雄展ー1月15日ー22日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


[PR]

# by kakiten | 2018-12-11 15:09 | Comments(0)
2018年 12月 09日

パソコン故障して―みちゆき(17)

1ヵ月近くブログも打ち込めなかった。
藤倉翼作品展、沖縄の豊平ヨシオさんの来廊と書く事が詰まっていた。
まだ新しい機種に慣れていない。
先の地震で多くのファイルがパソコン上の棚から落下し従来の機種は
損傷していたようだ。
藤倉翼展については機会を見てあらためてきっちり記したい。
街の夜景を彩った手造りのネオン管の歴史を、近代と現代の境目
として深めた見事な作品行為だったと思っている。
またその作品の一点を沖縄の美術家豊平ヨシオさんが購入予約して
くれたのも感動した。
戦後アメリカ文化を象徴するようなネオンを直接素材とした作品
だからである。
それは沖縄の深処の哀しみを青と亀裂で20年以上ひたすら表現
している美術家の心に藤倉翼の作品が届いたという感動でもある。
私などが百の藤倉翼作品論を書くよりも、この一事を持ってすべて
が顕されている気がする。
そしてこれが縁で、藤倉翼が沖縄のLED以前のネオン管を撮影する
機会を得るなら、近代から現代への藤倉翼なりの固有の境表現となる
気がする。
クライアントの有名性から、土地、土地の無名な硝子職人の手業に
着目した写真の新たな地平を拓いている仕事だからである。
沖縄の最前列にして最後尾のラディカルな現実を是非切り取り再構成
して作品化して欲しいと願う。

*シャンソン訳詞家高野圭吾の世界展ー12月16、18、19日
 am12時ー19時;17日は休廊日。
*野上裕之彫刻展ー年末・年始。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

[PR]

# by kakiten | 2018-12-09 17:07 | Comments(0)
2018年 11月 15日

北の赤・南の青ーみちゆき(16)

沖縄で掌にモロッコ芭蕉の青い実を載せた写真を
見て、ふっと想い出した十数年前の登山。
その時撮った登山家Nの掌に載せた赤い野イチゴ。
ふたつの掌(てのひら)が、南の青と北の赤を
抱いている気がした。
指先ではなく、掌(てのひら・たなごころ)の
保つ世界力によって、赤と青、ふたつの実が輝い
て見えるのだ。

今週末沖縄から美術家豊平ヨシオさんが来る。
心の掌(たなごころ)で繋がった友人である。
”沖縄は、基地と観光だけです。作品はたくさん
あります・・・。ただ、ただ眺めています。見に
来て下さい・・・。”
この電話の声に促がされるように、初めての沖縄
へ二泊三日・正味一日の沖縄滞在に出かけたのは、
2009年2月の事だった。
それから10年。
今年4月末、沖縄美術館の吉増剛造展見学も兼ね
再度尋ねたのだ。
訪れた豊平さんのアトリエ。
そこには2009年2月と変わらぬ、青い地に縦に
亀裂の作品群が百余点、壁一面に掲げられていた。
私が頼み、尋ねてくれた映像作家石田尚志、詩人
吉増剛造、映像作家鈴木余位、花人村上仁美、それ
ぞれが声も無くただ、ただ黙って沈黙、立ち尽くした。
2009年には出来なかった私以外の人への回路。
それは今回の訪問で少しづつ開かれつつある。
そして百有余点全部は無理だが、札幌テンポラリー
スペースで、数点でも展示してみたいという夢を、
豊平さん自身が会場を下見して決める事となった。
雪の光の中で、あの青と亀裂の作品を抱きしめて
みたい。
その夢が今、あの掌(てのひら)の芭蕉の実の青の
ように輝いている。

来週から始まる藤倉翼のネオン写真作品展。
都市の闇に浮かぶネオンサインを、ひたすら撮り続け
ている写真家藤倉翼は、現在のLEDネオンではなく、
初期の職人手作りのネオン管の輝きに魅せられ、それを
真正面からひたすら各地の盛り場のネオンサインを熱写
してきた。
新しい作品は、ネオン管の部分に拘り、ネオン管その
ものが放つ作り手の掌のデテールに焦点を充てている
作品と思われる。
都会にも人の掌が生み出した都会の彩・哀がある。
南の島の美しい海の青と空の青をイメージした豊平ヨシオ
の深い青に亀裂の哀。
ネオンサインとは対極的な亀裂・哀。
滞在中案内する札幌ー石狩河口までの自然風景と都会
の彩・哀ネオンへの藤倉翼作品解釈を見、豊平ヨシオは
なにを感受してくれるだろうか・・・。
掌の彩・北の赤であれば、良いのだが・・・。

*藤倉翼写真展ー11月20日(火)ー12月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜休廊。
*峰艶二郎「遠いからお前が好きだ」ー12月16日(日)-19日(水)
*野上裕之個展ー12月下旬ー1月初旬
+佐々木恒雄展ー明年1月中旬。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




[PR]

# by kakiten | 2018-11-15 14:53 | Comments(0)
2018年 11月 10日

北米大陸先住民ーホピ族ーみちゆき(15)

約9千人程と聞く北米大陸の先住民族ホピ。
その民族が生み出す固有の図柄や人形に注目
したのは、美術家アンデイー・ウオフォール
やピカソという。
そして平和の民として、その基本にある世界観
も注目されている。
そんなホピ族の世界を、東京・根津でホピ専門
の店舗を構え、最近は「HOPI・ホピ」とい
う本まで著したホピの伝道者の天川彩さんが、
ホピ伝統のカチーナ人形を抱えて今年も札幌に
やって来た。
今回は土、日曜日に、本出版記念トークも予定
されている。
年に何度も、関西にでも行くような気軽さで、
アリゾナのホピ族の村を訪れるという天川彩さん。
知的で逞しく明るい女性である。
片腕の田中明子さんと共に、ホピ伝道の旅を日本
中に続けている。
地球という自然への畏怖と祈りを保つホピ族。
日本も他の民族も本来保っていたこの思想は、現代
という機械化学文明全盛の時代に、大きな警鐘を届
けるものだ。
土砂崩れの山野、溢れ出る川筋。
埋め立てた谷は割れて住宅地に顕在化し、埋め立てた川は
道路に亀裂を奔らせる。
そんな自然災害の多くを経験した我々の大地は、祈りの
護岸ー神社・仏寺へ上る石段の文化を捨て、強力な建設
機械で山裾を切り崩し、埋め立て、宅地としてきた。
そして、界(さかい)という自然と社会の緩衝地帯・故里
喪失の今が在る。
有機的な生命の身体エネルギーから遠ざかり、石炭・石油
・原子力を増幅エネルギーに換え、孫悟空の如意棒のよう
に操って、地球自然への畏怖感を喪失している。
怖~い、自然への畏怖を忘れて、一時の快適さを求める可
愛い~!文明に溺れて、政治・経済インフラ万能の今がある。
地球の地中に埋蔵されていた石炭・石油・原子力を増幅する
エネルギー源として掘り返し、その力を孫悟空の筋斗雲の
ように宙を飛び、如意棒のように力を増幅して、人の間ー
人間という単位よりも、国の間ー国家のという単位で力の
紛争を重ねている。
その結果地球の自然は荒れ、地球は自然の野生を露わにし
人の日常生活に及んでくる。
日本には、里山に象徴される、人と野生自然との長い時間
をかけた界(さかい)という緩衝地帯・故里構造を磨滅
させ、<兎追いし、かの山ー小鮒釣りし、かの川>は、
山崩れと泥流の里へと変貌させつつある。
原子力に至っては、破棄できぬ高濃度の廃棄物を溜め続け、
汚染された村は、町は、目に見えぬ汚染で一見変わらぬ風景
、しかし居住不能な明るい廃墟の途を辿っている。
人の絶えた明るい廃墟の故郷・故里。

天川彩さんの闘い、伝道する日常は、そうした人間の生命の
基本を問う旅なのだ。

*HOPIカチーナ展in札幌ー11月11日(日)午後5時まで。
 :11日午前11時~「ホピ」出版記念トーク。講師・天川彩。
 参加費1500円。
*藤倉翼作品展「NEON SIGN7」ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




[PR]

# by kakiten | 2018-11-10 15:06 | Comments(0)
2018年 11月 09日

物語のかけらーみちゆき(14)

昨日終了したCONTEXT-Sのふたり展
塩谷直美・中嶋幸治「物語のかけら」。
初めて見た塩谷さんの、光を溜め、放つ光の泉
のようなガラス作品と中嶋さんの山を毎日駆け足
登山しながら湧くように出て来たという色彩のフ
ァイルの二人展。
CONTEXT-Sの旧木造アパートを部屋の壁
を抜きオープンに改装した空間に、見事に息づい
て見応えがあった。
特に中嶋さんの両掌に収まる本のような容器に
収められた色彩が見事だった。
テンポラリースペースで何度か作品を見ているが、
このように色彩自体を主に発表したのは初めてと思う。
内から湧き出た色彩を包む装本のような造りも含めて
掌(てのひら)と、たなごころ(掌)の合掌のようだ。
津軽より札幌に移住して10年余。
中嶋幸治の繊細な魂が、ふっと、ほっと、安住の位置
を作品として顕れた気がする。
寡黙な無色の半透明な小さいガラスの保つ光の内包力
と併せて、この二人展は、木造アパートの木の保つ
呼吸空間に、それぞれが深い呼気・吸気を重ねていた。
場と作品の稀有なる共同(con)空間。
喪われた共同生活空間(アパート空間)が、conー
temporaryなゾーンを創って、場として共存していた。
かって色んな人たちが、それぞれの生活を壁一枚隔てて
住んでいた古い木造アパート。
未知の人が一時溜まり、共有された<物語のかけら>。
それがこの二人展の作品で空間も甦っている。
同時代(contemporary)とは、大げさな
仕掛けのものではない。
こうした小さな「物語のかけら」があっての集積なのだ。
人と人の間と書いて人間という。
集団・国家の間ではない。
ひとり、ひとりの小さな物語のかけらが、同時代そのもの
の基底にある。
人と人、その作品が顕す物語、そしてかって12人が住ん
でいたという木造アパート。
個と共同の近代の原点のような場に、ふたつの個性が
まるでそれぞれが保つ物語が創った小さなかけらのよう
に共存していた。
コンクリートで隔絶された高層マンションでは、決して
生まれない人間の場が、昨品の呼応というコンテンポラ
リーな場の時空を顕在化していた。

忘れぬ内に書き留めておこう。

*HOPIカチーナ展in札幌ー11月9日ー11日まで。
 am11時ーpm6時:11日最終日午後5時まで。
 ;HOPI出版記念お話会ー11月10日午後2時半~
  11日午前11時=著者・天川彩。参加費1500円。
*藤倉翼写真展ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503






[PR]

# by kakiten | 2018-11-09 13:20 | Comments(0)
2018年 11月 08日

カチーナたち来廊ーみちゆき(13)

夕刻天川彩さんたちが、着いた。
早速カチーナ人形を壁に飾り始める。
一点づつ白い壁に跳ばす。
その行為自体が、カチーナドールと一体になって、
精霊たちが飛んでいるようだ。
アメリカ大陸先住民族のひとつ、ホピ族の生き方
とその表現作品カチーナドールを、使命感を保っ
て紹介し続けている天川彩さんは最近「ホピ」(徳間
書店刊)という本も出版した。
昨年の展示時には、1994年吉増剛造さんにかっ
て戴いた小さなカチーナドールと同じ作者のものを
見つけて来てくれる。
24年間ひとりぽっちだったカチーナは嬉しそうだった。
少し大きめの札幌に残った二体のカチーナは、テンポ
ラリーの小さめなカチーナの両脇に立つと、まるで
両親を得たようだった。
一体は買い手に引き取られ、もう一体は今も隣に立って
並んでいる。
並ぶカチーナドールは雪の女で、砂漠の多い熱い地域
に遠く霞む高山の嶺に見える雪・女、幸せを祈る乙女
という。
ヨシマスさん、戴いた穴熊の病を癒す精霊は、雪の乙女
の伴侶を得ましたよ。
そうご報告して、吉増さんも喜んでくれた。

明日からまた晩秋の紅葉の残る澄んだ空気の中で、カチーナ
たちの跳ぶ空間が時を刻む。

*HOPIカチーナ展in札幌ー11月9、10,11日
 am11時ーpm6時:最終日午後5時まで。
 :HOPI出版記念トークー天川彩・10日午後二時半=
  11日午前11時~
*藤倉翼写真展ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

[PR]

# by kakiten | 2018-11-08 18:04 | Comments(0)
2018年 11月 06日

水道の一滴ーみちゆき(12)

トイレの貯水タンクに注ぐ水が止まらない。
内に在る止水装置が充分に働いていない。
細い水流が突き出た管から小さな音を響かす。
何度か排水・給水作業を繰り返し止まった。
貯水槽内部の浮き球が緩んでいるのか・・・。
一度水道元栓を締めて外出したが、そうすると
すべての水が止まり、炊事・洗濯日常全般に支障
が出る。
ちょろちょろと水が流れる音にも神経が鋭くなり、
気が滅入る。
人間は環境の動物と呼ばれるが、このインフラ(生活
環境基盤)となる電力・水・交通・通信等の社会環境
の元は同時に、自然環境からその元資を得ている。
インフラの整わなかった時代には、もっと自然資源
との直接的触れ合いが多かっただろう。
その分人は自然に対して怖れと敬意を保っていたと
思う。
僅かな水の漏れる音にも神経が磨り減る軟弱な現代人
とは大きな差異がある。
人工的なインフラ環境に慣れ、任す日常と自然そのもの
と向き合い生きる生活とは、きっといつの間にか大きな
差異が生じている。
人は四本足から二本足となって、その動く範囲の不足を、
風力・水力・火力をエネルギー源とし、さらには地中に
深く内蔵された石炭・石油・原子力をエネルギー源として
力を増幅し、新たな環境・社会基盤としてきた。
両手となったふたつの足は、第六の内臓・脳の文字通り
手足となぅて、立つ事で獲得した俯瞰する視座の知能が
その増幅する力の基となったのだ。
しかし地に着くふたつの足は、もうひとつの力を保っ
ている。
自由に地上を、時に宙を、動き廻る力だけではなく、
天地を貫く踵(かかと)軸の力。
垂直に生きる植物、特に樹木の生きる力だ。
両掌を垂直に逢わせれば自然に浮かぶ、祈りの形。
地深く水を求めて伸びる根。
空深く光を求めて伸びる枝。
一か所に立ち、世界に開かれている生だ。
人はそうした立ち姿も、祈るという精神で得ている。
四本足の動く物は、両掌の心の動く物となって、動物と
植物の狭間を、両掌・両足で深く生きねばならぬ。

水道管から漏れる小さな水音に、大きく囲繞する自然と
大きく増幅し囲繞するインフラ都市を想った。

*HOPIカチーナ展in札幌ー11月9日ーー10日
 am11時ーpm6時・最終日pm5時まで。
 :11月10日(土)午後2時半~、11日午前11時~
 HOPI出版記念お話会・講師ー著者天川彩
*藤倉翼写真展ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503 




[PR]

# by kakiten | 2018-11-06 16:39 | Comments(0)
2018年 11月 03日

秋の深味ーみちゆき(11)

「月光」56号賀村順治追悼集を読みながら、ふっと
両肩の辺りに晩秋の所為だけでない、忍び寄るような
寒気を感じていた。
2006年1月円山北町から数回の法廷闘争を経て、
砦となる場と建物を喪い、ひとり古地図を抱え札幌を
放浪した数カ月。
110年続いた家業と私自身の中で残すべき数多の資
料の数々。
その多大な荷物を、新琴似の自宅倉庫に黙って受けめて
くれたのが、賀村順治だった。
強制執行の当日朝、前夜から泊まって立ち会ってくれた
中川潤、高臣大介両君の熱い友情も忘れ得ぬが、現在ま
で残る多くの掛け替えのない資料には賀村順治の黙した
熱い協力が無ければ、私は只の放浪者・難民だったので
はないのだろうか。
そして約半年後、預けた荷物を引き取り、お礼に伺った
春の一日。
新琴似駅まで迎えに来てくれた賀村に、初めて新琴似の
風景の中を自宅まで案内してもらった。

 豊かに稔れる石狩の野に
 雁(かりがね)遥々沈みてゆけば
 羊群声なく牧舎に帰り
 手稲の嶺(いただき)黄昏こめぬ
 雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢
 打ち振る野分に破壊(はえ)の葉音の
 さやめく甍(いらか)に久遠の光
 おごそかに 北極星を仰ぐかな
 
        北海道大学寮歌「都ぞ弥生」第二番

歌の季節秋とは違う4月だったが、手稲の嶺(いただき)、
雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢、の風景は変わらない。
賀村は歩きながら、とある神社を指さし境内の一本の巨樹
がエルム(ハルニレ)だと教えてくれた。
この巨樹は市の保存樹に指定されていて、この地域の農民
たちが新琴似神社を建立し大事にした結果という。
近寄ると巨木の周りにも幾本ものエルムが立っていた。
水に近い地層に生え、後にエルムの都と呼ばれた札幌を象徴
する樹。
その樹に適した地層が広がっていた石狩大湿原。
そして遠く、近く遮るものない天地に聳える手稲山連峰。
今思えば、あの時賀村順治は自分の生まれたこの天地をこよ
なく愛し、父祖の地九州佐賀を希み、語り掛けていた気がする。
彼もまた、近代の遠い移民・難民。
私たちは自らの手で、故郷・故里の故(ゆえ)を、天地に郷と
して、里として掴(つか)んでいかねばらぬ今を生きている。

開道百年開拓記念塔が、50年を経て老朽化が進み撤去され
るという。
都市の近代化が進み、人間社会のインフラ機能が拡大化して、
自然に近い風土・故郷・故里は磨り減りつつある。
<移る>横軸ばかりが増幅され、根の踵(かかと)軸が
等閑に晒されている。
都市はタワー化・プラザ化の囲い込み構造が進み、地上の通り
は車両に占拠され、縦軸はタワービルと地下街・地下鉄の吸い
上げ・拡散移動構造に溢れている。
天地を繋ぐ風土という故里は磨滅しつつある。
賀村順治の未知の父祖の天地・佐賀への想い。
都市化が著しい札幌の天地。
彼は何処かで心の難民・移住者の悲哀を感じて闘っていたのだ。
それは私たち多くが共有する現代でもある。

折しも札幌中央に奇跡的に遺された緑の運河・エルムゾーン
にひとつの新しい五寸釘のようなレンタルマンション・タワ
ービルが建立されている。
原生のエルムの巨樹が茂る植物園ーエルムを含めまだ多くの
原生樹木が残る広大な北大構内。
ビル街に遺る緑の運河ゾーン。
野幌森林公園に50年前建立された百年開拓記念塔に代わり、
新たな百年タワー(塔)が立つ。
それは今、<打振る野分に破壊(はえ)の葉音>のようにある。
<雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢>も、<黄昏こめぬ><手
稲の嶺>も消去するように。

賀村順治よ、
君と石狩大湿原の天地を、もう一度語り、逢いたかった・・よ。
もう一度引用させてくれ、俺たちの背中の歌を・・。

 戦場へ
  行く早鐘のランナーの
 背中に涙あふれていたり

*HOPIカチーナ展ー11月9日(金)-11日(日)
 am11時ーpm6時:10日午後2時半~11日(日)午前11時~
 HOPI出版記念トーク。天川彩氏。参加費1500円
*藤倉翼写真展ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
  

[PR]

# by kakiten | 2018-11-03 15:26 | Comments(0)
2018年 11月 02日

「月光」賀村順治追悼号届くーみちゆき(10)

歌人福島泰樹が主宰する歌誌「月光」が届いた。
今年2月15日逝去した賀村順治の追悼号である。
このブログにも記載した一文に手を加え、私も追悼の
文を寄せている。
生涯彼が求めていた祖国(くに)とは何か、を主題に
書いた積りである。
死後気になっていた一首

 俺は帰れ胸の奥処の泥の温みその肉声の端緒の祖国へ

この歌の<泥の温み>という言葉がキーワードだった。
屯田兵の末裔として佐賀県から移住し、新琴似で生まれた
賀村順治がアイヌと大自然の北海道の大地に深く拘って、
自らが生まれ育った新琴似の地を発見し、祖国(くに)と
呼んだ心の在り処、それが<泥の温み>という言葉だった
と私は思ったのだ。
バブル後見捨てられた新篠津湿原に、高層湿原特有の草花
が僅かに遺されていた。
地層が泥炭地であり、その特有の地質が高層湿原の草花を
育てていたと知る。
新琴似とは正しく近代まで泥炭地であり、寒さを防ぐ為
泥炭を掘り返し、あちこちに雨水の溜まった穴が池となっ
てあったと、私は賀村氏自身から聞いていた。
これは石狩湿原とかって呼ばれた広大な湿原地帯が広がっ
ていた150年前までの自然の風景だったのだ。
彼の死後知った新篠津ツルコケモモを守る会の冒頭文。

「その昔、新篠津村を含む石狩平野には、総面積約6万
ヘクタール以上、北海道最大の湿原が広がっていました。
釧路湿原と比べて石狩湿原は高層湿原が多い特徴があり、
かっては現在の雨竜沼や尾瀬ヶ原に近い景観を呈していた
と思われます。」

尾瀬や雨竜沼のように高山にない高層湿原とは、偏に泥炭
地という地質が招いた環境だったのだ。
その新琴似特有の地に何時からか、賀村順治は父祖の出身地
にない固有性を愛着を保って、<胸の奥処の泥の温み>と
呼び、自らの<その肉声の端緒の祖国(くに)>と呼んだ。
その意味では、彼はこの時初めて自らの手で札幌の土を踏み
しめ、掴んだのである。
札幌都心では大手代理店の社長として働き、屯田兵の末裔の
生まれとして見知らぬ父祖の遠い地を臨み、自分が産まれ
た新琴似の天地を見つめ続けた。
<泥の温み>とは、彼自身が<帰れ>と発見した固有の地・
故里の<温み>だったのではないか。

 戦場へ
  行く早鐘のランナーの
 背中に涙あふれていたり

この一首と併せて書いた私の追悼文は、札幌大手支店街で働き
札幌都市構造の渦中に生きた男の背中の涙に、少しは労わり、
報いる事ができただろうか。

幻の石狩大湿原の話を、賀村順治と話したかった。

*HOPIカチーナ展in札幌ー11月9日ー11日
 am11時ーpm6時:11日午後5時まで
*‘藤倉翼展ー11月20日ー12月2日まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


[PR]

# by kakiten | 2018-11-02 14:56 | Comments(0)