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2020年 10月 11日

人は作品を運び、作品は人を運ぶー木は水を運んでいる(10)

2006年8月村岸宏昭が四国高知県の鏡川で遭難死した
翌年追悼展「村岸宏昭の記録」展があった。
その時初めて出現したのが、高校時代の親友原隆太君が
持参した今回のテーマとなった油彩画である。
今日「追伸ー15回目の夏・ムラギシ」展最終日、高校
時代の彼の美術の教師、斎藤周さんが奥さんと7ヵ月の
お子さん在伽ちゃんを抱いて来てくれた。
嬉しかった。
話している内に先日倶知安ニセコで写真雑誌を出版している
写真家の渡辺洋一さんの名が出てきた。
熊谷榧さんの冬の登山の絵画が、新たに展示していた事が
話の切っ掛けだった。
冬山を多く撮っている渡辺さんは、冬山を山スキー履いて
登る山岳画家熊谷榧さんを東京の熊谷守一美術館に訪ね、著書
「北海道の山を滑る」に掲載されている奥手稲山登山の絵画
に魅かれ撮影を申し込んだところ、札幌の私の所に寄贈した
と告げられ先日ここに尋ねて来られたのだ。
その為一時的にその絵画を会場で広げたのだが、その時鏡面
ステンレス三点の一原有徳さんの作品前に置いたところ、渡辺さん
は、吃驚仰天し、興奮して話した。
実はこの後小樽美術館に行き、一原さんの作品も撮影しようと
予定していたと言うのだ。
もうここで充分用が足りてしまう・・・。
それから奥の談話室で話し込み、彼の写真作品集も見せて頂いたが
冬の山の樹木、一本々々がその幹・枝・梢と撮られていて、私が
好きな樹木たちばかりで吃驚した。

一原有徳さんも画家と同時に優れた登山家としての実績で有名な
方で、なにか一原さんが榧さんの絵画を招いた気がした。
実はこの絵画には私も描かれていて、中川潤さん、川口淳さんと共に
3人の男が山スキーで発寒川沿いに奥手稲山を目指している絵なのだ。
人間の縦軸の基底は二歩足で立つ事にある。
二本足だけでは立てない雪山をシールを付けたスキーで登る。
村岸君の膝小僧を抱いた下半身だけの作品には、地に立つものが
見えない。
最後の個展「木は水を運んでいる」でも、倒木を切り会場中央に
吊られた幹には、根も枝も梢も無い。
その吊られた幹を見る人は抱いて、木肌に仕込まれたかってこの樹が立
っていた場の川音・風を聞くというインスタレーション作品だったのだ。
この構図は膝小僧を抱いている油彩画と同じ構図だ。
しかし相違するのは、背景に社会的不安・絶望が垣間見える油彩画と
白樺を透して自然と幹を抱く人が自分に繋がる視座の違いと思えた。
そしてここに山を通して一原作品と熊谷榧作品が繋がる奇跡が生まれた
気がする。
熊谷作品は冬山を登る両脚・全身を透して、ムラギシの孤独な膝小僧を
抱く両脚に発寒川源流域を登る山スキーの両脚が呼応している。

最終日ムラギシの高校時代の恩師斎藤周さんも初子を抱いて奥さんととも
に訪ねて来てくれた。
作品は人を運び、作品は作品を運ぶ・・・。
15回目の夏遅く、初秋の気配漂う今日。
ムラギシへの<追伸>の応えを少しはやり遂げた気がする・・・。

*花人・花や展ー10月16日(金)ー18日〈日)
*紺屋纏祝「上空ノ水面(みなも)」ー10月27日(火)-11月1(日)

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




# by kakiten | 2020-10-11 17:48 | Comments(0)
2020年 10月 08日

<編む>という事ー木は水を運んでいる(9)

本を編む事、一冊の書物を創る事。
それは流れ去る川の、緩やかな深い淵ー函にも似ている。
30余年前の札幌の記憶、珠玉のような青春の風景4年間。
中村恵一さんの「美術・北の国から」の一冊。
1960年代から今日に至る自らの造形制作への愛おしさ
に溢れた、山里稔さんの「山里稔の制作思考」の一冊。
それぞれが自己の人生の原点・軌跡を編み装丁した、冬の
秋の、美しい裸木のような、見事に立つ一冊の書物である。
そして送られてきた最後の三冊目は、684頁に及ぶ大冊
「高見順賞 50年の記録」だ。
現代詩の登竜門高見順賞の全記録集である。
この本は今年で終了した高見順賞の歴代の受賞者、受賞作
高見順の記憶、高見順賞設定の記録等を纏め編んだ大冊である。
2020年10月1日発行の400部限定の一冊を編集を担当
した吉原洋一さんが贈ってくれたのだ。
彼は編集という黒子に徹し、戦後現代詩の大きな発信地の記憶
と記録に携わった。
添えられた手紙に<・・・ただただ幸運だったと同時に、ぼく
自身これからの歩みへの責任も強く感じております。>
と謙虚に語っている。
三木卓「わがキデイランド」、吉増剛造「黄金詩篇」第一回受賞
作に始まる現代詩50年の系譜は、私たちの近代そのもののひとつ
の凝縮と思う。
一冊の記憶・歴史、そして高見順の生きた時代へと賞という形で
繋いでいった作品群。
詩集・書物という人間が創造した美しい函。
そこに自らを満たし溢れて、時代という大きな流れを行為してゆく。
偶然ほぼ同時に届いた三冊の私家本に共通していたのは、本を編む
真摯な裸木の幹・枝のような美しさだった。
三人それぞれが本を編むという編集・造本・装丁の真摯さを、心の
裸木にも似た立ち姿で両掌に受け止めさせて戴き、感謝である。

*「追伸・ムラギシ」ー今週土・日10月11日まで。
*「花人・花や」展ー15,16,17日。
*紺屋 纏祝堂個展「上空ノ水面(みなも)」ー10月27日ー11月1日

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-011-737-5503
 





# by kakiten | 2020-10-08 16:46 | Comments(0)
2020年 10月 03日

50余年の記録ー木は水を運んでいる(8)

中村恵一さんの「美術・北の国から」一冊が、北大4年間在札中
の掛け外の無い青春の記憶を今も大切にする歴史なら、山里稔
さんの「山里稔の制作思考」の一冊は1960年代から現在に及
ぶ美術家のほぼ全記録といえる作品集である。
しかしその装丁・造本はあくまで手に優しくほっとするような
大きさ・装本である。
彼はここ数年北海道の木彫り熊の蒐集・記録に集中していた。
機械彫りやお土産物としてのテーマの均一化により、本来彫刻
として独自性の有した木彫り熊が、生活様式の変化もあり、途
絶える寸前まであったのを美術家である山里稔さんは、本来の
自分の仕事を傍らにして、明治初期以降の手彫りの熊を集め撮影
し、ついに一冊の本として2004年11月札幌かりん舎より出
版された。
その間滞っていた本来の自身の仕事を一気にまとめ、集大成した
のが「山里稔の制作思考」である。
両の掌に少し溢れる程の大きさが、和紙のような手触りの頁(ペ
ージ)の柔らかさ・厚さと程よく納まり背表紙を自ら糸で編んだ
冊子は書物としての品格と深い愛情を感じさせるのだ。
大袈裟でなく淡々と、しかし自らの全仕事への愛と誇りを保って
誠に稀有な全作品の集大成になったと思う。
絵画から造形・オブジェに至る作品変遷が、さり気ない、しかし
して 大きな激動の時代を生き抜いてきた戦後日本の鮮やかで艶
やかな個の記録として心に残る一冊だと思う。

*「追伸ー15回目の夏・ムラギシ」展ー10月4日まで。
*「花人・はなや」展ー10月8,9,10日
*紺屋 纏祝堂「上空ノ水面」展ー10月27日ー11月1日

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-011-737-5503
 




# by kakiten | 2020-10-03 16:28 | Comments(0)
2020年 09月 29日

1980年代の風ー木は水を運んでいる(7)

中村恵一さんの「美術・北の国から」は、彼が1978年4月
から丸4年間北大在学中に触れた札幌での美術・人の記憶を主に
綴った文章である。
静岡県浜松市から北大に入学し、気候も風土も違う未知の大地
で10-20代の若々しい感性が新鮮な響きを奏でている。
今となれば懐かしい故人の姿も多く、こうした形で札幌の
美術シーンを思い出すのが私にはとても新鮮だった。
一原有徳さん、長谷川洋行さんとNDA画廊、森ヒロコ、クラーク
画廊、旧三岸好太郎美術館、神田日勝、ギャラリーレティナ、
藤原瞬、ギャラリーユリイカ、駅裏8号倉庫と、この時代の一線
を画した人と建物・ギャラリーが目に浮かぶからだ。
世の中はバブルの全盛期でもあり、良くも悪くも活発なエネルギー
に溢れていた時代である。
急速に古い建物が消え、それに抗うエネルギーも溢れていた。
当時の若き中村君は、その好奇心・若い感性の赴くまま、そんな
人と時代と作品に触れている。
そんな中に私もテンポラリ―スペースとともに、一章を割かれて
掲載されていた。
以前の北円山時代に配達助手のアルバイトでいたのをよく覚えて
いるが、その時代の旧店舗写真と現在のテンポラリーの写真も
載って激動期の私の小さな活動も記されていた。
私などはおこがましいが、こうして中村さんの眼を借りて振り返る
と私もまた時代の荒波と戦い、今があるのが実感されるのだ。
1978年から4年間、若く瑞々しい感性が捉えた北の都市の活き
活きとした時代の記憶を、2020年の今も大切に、一冊の本に纏
めた中村恵一の今も変わらぬ瑞々しい感性に深い敬意を捧げる。

*花人・はなや展ー10月8日ー10日am12時ーpm7時
*紺屋纏祝堂個展「上空の水面(じょうくうのみなも)」ー10月27日
 ー11月1日

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



# by kakiten | 2020-09-29 17:15 | Comments(0)
2020年 09月 26日

三冊の私家版本ー木は水を運んでいる(6)

この一週間の間に三冊の優れた私家版の本が贈られてきた。
中村恵一さんの北大在学中に触れた札幌風景と美術・人・青春の
回想記録「美術・北の国から」。
吉原洋一さんから私家版400部限定「高見順賞50年の記録」。
山里稔さんの自作造形全記録「山里稔の制作思考」。
いずれも<書物>という言葉を革めて実感させてくれる美しい造本
・内容である。
それぞれの人生が一冊の本・書物に凝縮されて、ただただ素直に
掌(たなごころ)に受け止め、沈黙だ。
こうしてパソコンに打ち込む行為とはひと味もふた味も違う、本
その物を内容とともに創り上げていく、心のおにぎりのような
味わいがある。
中村恵一さんの青春そのもののような青い装丁と写真。
高見順への敬愛溢れる680余頁の1971~2020年50年
の記録。編集された吉原洋一さんの深い想いが伝わってくる。
山里稔さんの美術人生全記録といえる1960年から2019年
までの作品が柔らかな和紙のような紙に背表紙を糸で手編みし、
掌にちょうどすっぽりと収まる和装本に凝縮している。
この三冊に共通していえる特徴は、いずれも掌(てのひら)に収まり
溢れ出る<書物>という質量の実感だ。
掌(たなごころ)という心が、両手に受け止められる気がする。
指先だけで文字を打ち込み、印字されるデジタル全盛の作業では感じ
られない<本>=書物化という創造行為なのだ。
文字を綴り・文字を納める函(書物)という全行程を含めて本がある
と、革めて感受した。
言い換えれば、両手・両足を使い五体五感の全行程を<旅>という
ように、移動という座す行為の延長を<トラベル>という違いに近い
のかも知れない。


*「追伸ームラギシ」展ー10月11日〈日)まで。
 月曜定休・水・金曜日休廊。
*紺屋纏祝堂個展「上空ノ水面」ー10月27日(火)ー11月1日((日)
 am11時―PМ7時

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-ー737-5503




# by kakiten | 2020-09-26 14:56 | Comments(0)
2020年 09月 20日

”追伸”の終わりにー木は水を運んでいる(5)

ムラギシの遺した一点の油彩画。
四国・高知の鏡川で水死した一年後の2007年8月、追悼展
村岸宏昭の記録展が催された。
その時高校時代のムラギシの親友原隆太君が訪ねてきて
今回の展示のきっかけとなった油彩を置いていった。
追悼展では村岸宏昭のインスタレーションの再現や遺された
楽譜の展示が主体だったので、この遺された2002年制作
と思われる油彩画はそのまま私のギャラリーの収蔵庫に眠って
いたのだった。
現在世界を駆け巡るコロナ禍の渦の中で、ふっとムラギシの
膝を抱えうずくまる油彩画の存在を想起していた。
死して15回目の夏を迎え、この遺された油彩画を軸に”追悼”
ではなく、”追伸”として同じ収蔵庫に眠る作品たちと一緒に
ムラギシの原点を再構成してみたいと思った。
上半身は描かれず、下半身のみが宙に浮いているような両脚。
そしてその両脚を抱え支えるように描かれた細く骨の露出して
いるような両手の指先。
四本足から二本足に進化した人間の立つという行為の原点、両脚
という縦軸が弱弱しく立つ場すらあやふやな足元である。
そしてその両脚を抱いている肉の薄い、骨だけのような両手・指。

グローバル化という物流の世界軸に乗って広がったコロナウイールス。
一地域の枠から物流の増幅し巨大化する横軸回路が人を介して世界中に
物を運ぶ現代社会構造。
そう考えた時ムラギシの、うずくまる縦軸の絵画構造は私に佐々木方斎
の20代の代表作「格子群」を呼び寄せ、昨年沖縄のアトリエから
初めて世に出た豊平ヨシオの「亀裂」作品を呼び寄せたのだった。
「格子群」の縦軸に3本の横軸が交叉する純粋抽象作品。
一方「亀裂」の作品は沖縄の空・海を象徴するようなブルーの地に、
縦一直の亀裂が入る作品群だ。
この二作品をそれぞれの風土・時代と捉え、抱き合わせて構成した。
さらに横軸の現代社会を、鏡面ステンレスを使い、映り込むすべてを
横に揺れ、歪ませる一原有徳の3点セットの作品を斜め前に置き際立
たせた。
10代のエモーショナルなムラギシの傷だらけの両脚の縦軸。
数学の純粋定理のような、北大数学畑出身の佐々木方斎の格子群の縦軸。
沖縄の基地と観光に攫われた現実を、亀裂と空と海の青だけでアトリエ
を埋め尽くすように20年以上制作し続けていた沖縄・豊平ヨシオの亀裂
の縦軸。
この世代も出身地も違う作品たちが、時代の縦軸喪失という同時代の裡に
響き合い木魂し、コン・テンポラリーな世界を奏出していた。

死後一年後親友原隆太君の手で運ばれてきた一枚の油彩画。
その<追伸>への応えをやっと少し果たせた気がする。

*「追伸・15回目の夏ームラギシ」展は9月27日〈日)まで延長
 致します。但し月曜定休・水・金は休廊と致します。
 am12時ーpm7時ー火・木・土・日。
*若林和美展「上空ノ水面(みなも)」ー10月27日ー11月1日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011ー737-5503
*temporaryーphoto https//temphoto.exblog.jpー会場写真見れます。






# by kakiten | 2020-09-20 15:03 | Comments(2)
2020年 09月 17日

夏の終わり・・ー木は水を運んでいる(4)

朝・晩 涼気が漂ってきた。
夏の終わりに「追伸・15回目の夏ームラギシ」展を催し
作品は今も人を運んでいる・・遺されたムラギシの一枚
の油彩画を通して深く感受するものがあった。
生前一度も逢う事のなかった佐々木方斎、一原有徳、豊平
ヨシオ各氏の作品たちが、作品同士で木魂し、互いを深めて
いた気がする。
同様にムラギシと同年齢の歌人山田航さんの逢えなかった
友への短歌作品4首も花を添えてくれた。

ムラギシが最後の個展期間中作曲し自演し制作したCD「銭箱ー
星置」をこの期間会場に流していた。
銭箱海岸の波音、星置の川音を演奏の背後に配して、ムラギシの
水への想いが深く沁み出るような曲・演奏だ。
2006年7月最後の個展中毎日これを販売していて、売れて増
刷の度に喜んでいたのを思い出す。
”これで会場費出たですよ・・!”
そう言えば会場でメイン展示の川音を仕込んだ白樺の幹も買い手が
いると遺作集の日記に記されている。
これも増産を考慮している記述もみえる。
自作自演のCD表面に曲名は自筆で「銭函ー星置」と記載され
ているだけの味も素っ気もないものだ。
銭函という地名もそのままで、こうしたある種リアリズムと深く
沁み入るような浪漫が、素のまま併存しているのが、若さという
ものだろうか・・・。
思えば<銭函>ー<星置>というこの曲のタイトルになった地名
も象徴的である。

鋭い現実観察力と過剰なまでの浪漫力・・・。
その両端の狭間を透き清めるように、作品という空間が必要だった
のかも知れない。
高知・鏡川という北海道に少ない、深い急流の川で溺れ死んだ
人生は、彼の現実と浪漫の狭間を生きたムラギシ自身の<星・置き>
だったのかも知れない。

<追伸>として私が感じた遺された一点の油彩画は、そうしたムラギシ
の鋭く深い現実洞察のタッチとして、現在のコロナ禍の回路現実にも触
れていた。

*若林和美展「上空(そら)の水面(みなも)」ー10月27日ー11月1日
 am12時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




# by kakiten | 2020-09-17 16:21 | Comments(0)
2020年 08月 29日

膝抱くのはやめてー木は水を運んでいる(3)

山田航さんが短歌を4首携えて、展示に加わってくれる。
彼はムラギシと同じ年齢、同じ札幌出身なのだが、大学は
京都で就職し、札幌にもどってきた年ムラギシが死んでいる。
そんな山田航さんが、ムラギシの遺した遺作・追悼本「木は
水を運んでいる」を読みその想いを「出会えなかった友との話」
と題し2011年4月13日東京新聞に書いている。
今回ムラギシの死後15回目の夏、あらためて掲載されたその
エッセイを読み返してみた。

 ・・・・・
 私はずっとすれ違っていた。同じ年に同じ街に生まれ、
 すぐ近くにいながら結局は出会えなかった。・・・・
 わたしの存在を知ることなく去った彼を、私は確かに友人
 だと思っている。彼の作品は遺っており、彼の魂の一部には
 触れることができている。М君、来世こそ出会って、親友に
 なろう。

2011年の3・11から一ヵ月後に掲載されたこの一文は、何処か
震災・津波・原発事故の記憶と重なって、逢わずにこの世を去った
死者への想いと重なるものが私にはある。
山田航さんが持参してくれた、短歌四首。

 くすんだ窓に緑の蔦が揺れている
 立ちあがろう膝抱くのはやめて

 肩書はとうに燃やされ
 ここにあるすべての水が空だったこと 

 陽炎というランナーがこちらまで駆け寄ってくる
 熱気を脱いで

 星置から銭函までのうたたねを
 優しく叱るようにかもめは

3・11から一ヵ月程後に書かれた死者への深い友情に満ちた
文章が、2006年8月ー2011年4月ー2020年8月と山田航の胸に
何かが木魂している気がする・・・。

遺された高校3年の時の油彩、下半身のみがぶらりと宙に浮き
暗い赤の画面に黒い棒のように浮いている。
その膝を抱える指は、骸骨のように骨が露わだ。
そこに山田航は声を掛けている。

 立ちあがろう
 膝抱くのはやめて

<追悼>ではなく、それが山田航のムラギシへの<追伸>の
四首のトニカだから。
       

*「追伸・15回目の夏ームラギシ」展ー9月13日まで。
 月曜定休・水・金曜日休廊。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2020-08-29 14:42 | Comments(0)
2020年 08月 23日

さらば、鯉江良二、安斎重男・・・「木は水を運んでいる」(2)

今月8日鯉江良二、13日安斎重男と相次いで訃報が届く。
一つの時代、共に伴走してくれた優れた表現者だった。
鯉江さんは、1989年円山時代の「界川游行」まで。
安斎さんは、1983年の川俣正テトラハウスプロジェクト以来
1989年第一次テンポラリ―スペース開廊最初の鯉江良二展カ
タログ記録写真まで。
濃い札幌、熱いテンポラリー時代を疾走したと思う。

鯉江さんは、私が父、祖父の遺した家業を継ぎ、ひとりで
色んな地方の陶芸家を尋ね歩いた頃、常滑の南山陶苑の
富本さんに紹介された。
まだ無名の時代で、訪ねた自宅の障子の紙が破れてぼろぼろ
だった記憶がある。
その後私が父・祖父が亡くなった都心を捨て、郊外の円山北町
に転じ2階を器のギャラリーとして開設し、その最初の展示が
鯉江さんを含む常滑5人展だった。
この時鯉江さんは展示に来てくれ、円山の私の自宅に滞在し、
この時部屋に飾ってあった岡部昌生の赤のフロッタージュに
興味を抱いていた。
これが切っ掛けで数年後鯉江―岡部の二人展が始まる。
当時近くにあった倉庫を借りて実現したルフト626でのふたり
展は、今や伝説の名展だったと思う。
その前後だったか、当時札幌の近代美術館にいた正木基氏が企画し
一軒の民家をまるごと梱包するインスタレーションの話がきた。
それが当時芸大大学院院生だった川俣正で、この企画はテトラハウス
326となって結実する。
この時東京から記録を撮りに来札したのが、安斎重男だった。
この時の記録ドキュメントは、2冊に纏められ後に川俣正の海外
でのデビユーに大きく貢献したと聞く。
ルフト626もテトラハウス326も、数字はみな条・丁目を
現す数字だ。
当時の私の店は北4条西27丁目だったから、この近隣の建物を
借りて試みたものだ。
テトラとは三角形の角地に建っていた一軒家、ルフトとは倉庫の
事である。
その後のふたりの活躍は諸氏が知る通りだ。

近来のコロナ現象で、人はコロナを運んでいると感じ、ムラギシの
最後の個展「木は水を運んでいる」という有機的な世界との回路を
ムラギシ追伸と感じ、佐々木方斎、豊平ヨシオ、一原有徳の作品で
ムラギシの作品を囲繞するように展示したが、今回のふたりの訃報を
会期中に知り、革めて「人は作品を運び、作品は人を運んでいる」と
感受している・・のだ。

*「追伸・15回目の夏ームラギシ」展ー9月13日まで。
 月曜定休;水・金休廊
 今回の展示は9月中旬まで延長いたします。
 水・金は、今通院治療中で午後2時以降滞廊できず申し訳ありません・・。

 テンポラリ―スペースー札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-ー737-5503







# by kakiten | 2020-08-23 13:00 | Comments(0)
2020年 08月 18日

15回目の夏ー「木は水を運んでいる」(1)

「追伸・15回目の夏ームラギシ」と題して、私なりの構成で
村岸宏明=ムラギシからのあの世からの追伸を構成して見た。
会場正面には一原有徳さんの1990年制作「鏡面ステンレス
+アセチレン焼き+フォートエッチング」3面を置いた。
作品前に立つ人が背後の風景と共にステンレスの画面に揺れて
歪み映し込まれる作品である。
左北壁には真ん中に沖縄豊平ヨシオさんの青に亀裂の作品、そして
その両脇に佐々木方斎の「格子群」版画を5点囲繞するように
配した。
さらに入口右の奥まったコーナーには、村岸宏明高校3年に描かれ
た唯一の油彩を掛け、その前に追悼本と故人の生前の写真とを、学
生時代の木の椅子を思わせる木製の椅子の上に配した。
佐佐木方斎の作品「格子群」は縦に一本その中を横に三本の直線が
過る黒・赤等単色で構成された作品である。
この作品を2006年8月展示中にムラギシの訃報が届いた。
7月「木は水を運んでいる」展の後に展示され、同時に訃報も
この作品の展示中で多くの友人たちがこの作品の前に佇んだのだ。
そうした因縁もあり、同時にこの作品が保つ縦と横の直線の交叉構成
が私には現代の物流構造を喚起させて見えたのである。
この作品中央の縦の一線は豊平ヨシオの青一色の背景に縦の亀裂を
配した9種の異なる青の作品と共通するものを感じていた。
方斎の作品もまた一色で一点づつが構成された作品群である。
ムラギシが高校時代描いた油彩画もまた作品中央縦に下半身の両脚
が描かれ顔の見えない両腕の骨の見えるような痩せた指が膝頭を抱
いている構図である。
傷だらけの縦軸が高校3年の青春自画像としてあり、沖縄の美しい
海と空を思わせる様々な青を裂く深い亀裂で沖縄の現実を表現した
豊平ヨシオ。
直線的に交叉する現代の物流社会構造をクールに線だけで構成し
表現した佐々木方斎。
世代も生きている風土も異なる3人。
しかし底に共有されるグローバル物流現代社会への縦軸の哀しみ
絶望・・・。
ムラギシが15回目の夏に<追伸>として届けてくれたメッセージ
<運ぶ>を私は、そう理解している。
一原有徳の作品は、そうした縦軸の直線を排した目の前の歪み
の世界である。
鏡面ステンレスの画面が風景もろとも、前に立つ人間も揺れて歪む
のだ。
他に懐かしい自転車を引っ張る村岸を描いた小品絵画は、網走の
佐々木恒雄さんが漁で多忙の中送ってくれた。
この作品は芳名録前の壁に置いた。

展示を終え明日からのまた新たな発見、ムラギシからの<追伸>を
待つている・・・。

*追伸・15回目の夏ームラギシ展ー8月18日ー30日
 19(水)・21(金)休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503







# by kakiten | 2020-08-18 15:31 | Comments(0)