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テンポラリー通信

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2008年 12月 19日

続エレガントピープルな夜ーDecember voice(14)

熱い夜のお礼にメールを送ったら、次々と返事がきた。
当日一番弾けていたドラムの有山睦さん、リーダーの仲西浩之さん、仲介者の
熊谷直樹さんとみんな私には泣ける文面だった。
役所勤め、百貨店勤めと生業をそれぞれ持ちながら、好きなものに打ち込んで
いる彼らの志のようなものが、文面に溢れている。そして、そこで出会った場と人
の想いが、時間を経た再会によって、マグマのように溢れているのを感じていた。
なんだろう、この人と人の一瞬の確かな時間・空間、というものは・・。
現実には存在しない場の記憶が、たとえそこが他の場であっても場を変容させ
ランドとして顕現する。
昨年5月水戸へ出向いた時もそうだった。
二次会の居酒屋は、もうテンポラリースペース、さっぽろだったから。
場には、きっとコア(核)のようなものがある。表象としての場を超える何かがある。
それは、<一気に析出し、・・結晶する>風景の一点のようなものである。
人の心にもそうした<結晶する風景>がある。
それを、仮に<ランド>とか名付けて<さっぽろ>とか呼んでみる。
昔、人はそうした存在をクニと呼んだり、故郷と呼んだりしたのではないだろうか。
まだ自然と人間社会が不可分に繋がっていた時代のことである。
道東、道南、道北と呼称され、道西が消去され道央となり、公的な権威ある施設
名から<、さっぽろ>は消去されている。部分は削られ中央志向が露になる。
道立近代美術館、道立北海道文学館はさっぽろを省略して存する。
地下鉄駅名にさっぽろはあるが、到る所でさっぽろは公的になるほど消える。
地方は切り捨て中央が代行する。公と私の関係に似て、地方という私は公の前に
消え去るのである。石狩という地域名もそうである。石狩市はあるが、石狩地方は
天気予報にしか登場する頻度がない。祖父の時代には、石狩国という地名が存し
たが今は誰もそんなことをいわない。石狩とは、海岸に近い一地域のことである。
トータルでクニを見る視軸が消去されている。さっぽろという一地域も然りである。
札幌市役所はあるが、さっぽろは消えつつある。
人の心の領域にはそのズレが生じている。人は自然存在として、自ずからクニを
望む。植物・動物がエリアを保つようにだ。土壌、空気、森、水と同じように心の土
壌・森を求める。その基軸から顕われる場を今再生しなければならない。
さっぽろを、いしかりを、リパブリックしなければならない。
そんな自然な志向性がふっと顕われた時間を、先日のエレガントピープルの夜に
感じていた。心の時間の土壌、心の時間の森をランドとして再生することをあの夜
にも深く感じたのだ。

*斎藤紗貴子展「キャノンはない。携帯がある。」-12月16日(日)まで。
 am11時ーpm7時
*佐々木恒雄×チQふたり展「ランド!ホップする時」-12月18日(火)-1月
 18日(日):正月1、2日休廊。月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-12-19 13:39 | Comments(0)


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