地下鉄東豊線栄町まで行く。あまり乗った事の無い地下鉄なので一度終点
迄いってみようと思った。ここはなにもないと思った。烈々布神社のほうまで歩く。
アイヌ語のREP(れップ)ー川の中心からきたことばと思われる。地下鉄駅
周辺も見て回る。川のど真中のせいか<その入口>はない。諦めてふっと
思い出し昨年暮れ美術家の花田和治さんと訪ねた元町の佐々木芳斉さん
を訪ねた。暗い部屋にひとりTVをみてベットに横たわって佐々木さんがいた。
彼が出版していた1980年代後半の「美術ノート」の話やら1990年代初め
にもうすでに4回線を使ってインターネットでチャットをしていた話などを聞いた。
ほんとうになんでも早かったんだなあと改めて思った。もう癌で春か夏までだよ
とさして落ちこんでいる様子もみせず語っていた。元気な時はキザで歯に衣きせ
ず何度か頭のきた事もあったのにこうして今淡々とお互いの事をはなしあってい
る、不思議といえば不思議だった。人間の間にも伏流水のような付き合いがある
よなあと云ったら肯いていた。時間もたち暗くなったのでじゃあまたと辞した。
翌日南の沢の翻訳家石田善彦さんの家に向かう。以前から訪ねる約束をして
いて今回はあの店の引越し作業中知り合った酒井博史さんと田中綾さんも一
諸だ。気功の熊谷透さんも同行。酒井さんと田中さんは国民歌謡ラヂオ歌謡に
共通の関心が接点にあり、熊谷さんと酒井さんはいつかの洞爺大介さんのガラス
工房訪問以来である。石田さんの家に着きみんなで湯豆腐を囲み話は8時間以
上深夜に及んだ。しかしまあみんなどこかで繋がるものだ。話は多岐に渡り一度
には記せない。ただやはり酒井さんの歌声<そうだ!友よ夢を叫べ!>が石田
宅に朗々と響きみんな頭を垂れて聴き入ったことはいつものとおりだった。
20代30代40代あとは、ウン10代と年齢も生い立ちも違う5人が濃い時間の内に
いた。