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テンポラリー通信

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2008年 11月 20日

雪かき・朝ーNovember steps(15)

どっと白い世界だ。昨夜来の雪。重たい湿り気のある雪だ。
新雪のふわふわした羽のようなタッチはない。
手応えある雪。
雪跳ねならず、雪かき。時に、押し出して除雪。
目に触れ、手に触れ、肌に触れて冬。
”やあ~、とうとう来ましたね・・”と声かけあって隣。
汗流す雪の朝が、これから幾つも訪れ冬日常を重ねる。
季節を重ねる時間。その重ねる時の一枚一枚に冬を生きる時がある。

ひとつの山。ひとつの庭。ひとつの路。そして、ひとりの人。
そこにタッチし重ねる時間、深まる時間。
その心の運河を航行する往還に<さっぽろ>が見える。<場>が姿を顕す。
横一文字に縦列する140枚の時間。身体は遠く十勝ー津軽と離れながら
心に決めた10分毎のふたりの写真は、その相違を通底して一枚の切手へと
向かう。6000通の差出人共著の封筒群。中味は空だが、差出人は連名である。
手に届く傍のふたり。しかしその間には、数え切れない時間、場所が、横たわっ
ている。その間を埋める心の雪かき。そこにふたりの径庭、小さな共和国がある。

 今にして思えばふるさとへ<帰る>というよりも、どこか遠くに旅に向かい再び
 札幌に<帰る>という気持ちが強かったのではないかと思います。

と、仲嶋幸治さんはふたり展の前書きに書いている。
國枝エミさんと10分毎にシャッターを押し続けた、津軽と十勝へのそれぞれの帰
郷。その記録を今振り返ってそう記すのだ。
ひとりがひとりである事、その時ひとりとひとりを繋ぐ径庭。そこに個としての札幌
がその姿を顕し、ふたりの小さな共和国がRepublicする。
ひとつの山、ひとつの庭、ひとつの路、そしてたったひとりの人。
そこに到る回路の深みに、私たちの<場>、たとえば、その名を<さっぽろ>と
呼んでみる。個的な閉じたふたりに収斂せず、開かれた個的ふたりである事。
その時、さっぽろという名の<場>が、径庭となって<帰る>処ともなる。
今回のALGILLN’NE展「モーラ」は、そうした清冽なふたり展である。
ALGILLN’NEとは、主・輪廻・流転を文字化した造語という。
モーラは、音楽用語で「拍」を意味するという。ひとりの人間との出会い、そして
そのふたりの間の距離。そこを埋めていく心の拍。それを形象化したものが140
枚の、10分毎の縦列する写真群・拍でもあるだろう。
誰もが恋に陥った時経験する濃密な時間。例えこうして表現し公開されなかった
にせよ、誰にもそうした他者との時間・拍があるのだ。
毎日のように遠距離の恋人に手紙を送って、その心の孤独を励ました遠い記憶
が甦るのだった。あの恋文は今でも傑作と自讃する。
そうした個人的想い出は閉じた心の記憶であるが、このふたり展にあるトニカは、
もっと凛とした<場>への問いである。その開かれた問いに、今私たちが抱え込
んでいる閉鎖状況ー量数へと絡め取られる文化への鋭い反問も含まれている。


*ALGILLN’NE展「モーラ」-11月18日(火)-30日(日)AM11時ーPM7時
 月曜定休・休廊
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-11-20 11:58 | Comments(0)


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