そろそろ人恋しくなってきたのかここのところ会おうという機会が増えてきた。
先日の平岸もそんな感じ。もう何年もまえ初めて下沢トシヤさんの工房を訪
ねて近くの居酒屋さんで飲んだことがあった。いいお店でなにより食材も店主
も品格があった。そう、家でいえば軒も庇も屋根もきちっとあるという感じだ。
その頃の私には薄野を中心にしたイメージが飲むところにはあって、ビルの間
をハシゴしていたせいかあまり屋根も庇(ひさし)も感じてはいなかったのだ。
それがビルの内、外でも同じだった。夜だけでなく昼もお店は屋根も庇もない
コーナーの連続のようにあった。大きな建物と地下へと続く通路に嵌め込まれ
るように店があった。そこを出入りする出口入り口は均等にあって用を足す為
のその口はすぐ消えた。沢山の店が昼も夜もあるのだが全体としてのっぺりし
た空間だったのだ。昨日のブログに思わず<平岸村>と書いてしまったがその
場に根っこのある店の存在感がそう感じさせるのだ。一軒の店に入るという
微かな緊張感と期待の快感があった。だから入り口と出口は均等ではなかった。
人間の住む街にも自然と同じようにかって<その入口>が存在した。それは
決して出口と均等ではなく、出口は入り口の属性にしかすぎなかったのだ。いつ
のまにか出口が重く軽い入り口が増えてきた。中心部の市街地に慣れた眼には
この時平岸は新鮮でどこか懐かしいものだった。私の生まれた駅前通りもかって
はそういう街だった。私の東京の学生時代6年間で根こそぎ変った。その渦中で
父さんひとり苦労したんだろうなあ、父の死後戻った自分の今に続く闘いはそこに
原点をもつとふっと思った。さっぽろの街を漂流しながら<村>のようなそこ固有の
街角が喪失しつつある、恐ろしいほどの勢いで今もますます消えていくのをみる。
でもこの間、この今唯一の窓口ーその入口であるブログを通してすら毎日ノックし
て入ってくる人と人の数は減らない。その事実にインスパイヤーされてまた歩く。
下沢さん、中川さんとの平岸村そんな時間でしたね。ありがとう。