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テンポラリー通信

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2008年 10月 17日

跳んで来るーOctober run(4)

遠くから電話のくる日だった。3年ぶりの円山北町の友人からの電話。
命賭けるような公演、舞台のお誘い。円山を去ってから、連絡を怠っていたから
友人の友人から連絡があり、繋がったのだ。
どんな舞台になるのか分からないけれど、公演翌日には入院予約という。
なにかすべてを賭けているのだなあと、鈍い私も感じている。
もうひとり、会った事のない東京の人からの電話は、切羽詰った心の悲鳴のよ
うに聞えた。親しい人の心の淵を見詰める写真を撮って、その自分に激しく動揺
するやり場のない心が跳んできたのだ。自分は冷酷なのだろうか、その写真を
撮った自分に怯える心が、僅かな心の縁を頼りに跳んできたのだ。
自分の死を見詰める心、人の死を見詰める心。
生きるとは、優しさとは、そして激しく動揺する自分。
立場は異なってもふたりの立ち位置は、死と向き合い見詰めている事で同じだっ
た。それが自分のことであれ、親しい他者のことであれ、死を見詰め激しく動いて
いた。死に至るものと対峙し、表現する。優しさは時に冷酷である。
見詰める事、傍にいる事、それしかできないと見切る事。
その哀しさが優しさの本質である。
自分の死を見詰める時、死を見切り見詰める。そしてそっと傍に置く。
死に寄り添うように見詰める。自分の、自分自身への、それが優しさなのだ。
他者の死を見詰める時、他者の心に寄り添いながらも、そっと見切ること。
それが最大の他者への優しさなのだ。立ち会う事、遺言執行人のように心の翳
のように、限りなく近く遠い存在が生でもある。
ふたりの電話に対し、応えられた自分はそんな気持ちを述べるしかなかった。
私が死と向き合った時にそうだったから。
時間の距離や地理の距離を超え、何故昨日は心が跳んできたのだろうか。
October run。魂は千里を疾走る。
ひとり舞台に望む人と、写真を通して他者を見詰める人と、自他の差こそあれ表現
者の行為とは、どこか醒めた視線の熱い優しさの故である。
きっと表現された作品だけが、その優しい冷酷を救ってくれるものだ。

*阿部守展「場に立つ」-10月19日(日)まで。am11時ーpm7時。
*中岡りえ展「DNA Diary 1902-2008」-10月23日(木)-29日(水)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-10-17 12:21 | Comments(2)
Commented at 2008-10-18 04:23
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-10-18 12:55
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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