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テンポラリー通信

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2005年 12月 08日

三つの街

振り返るように私の生れた街角を見詰めると、祖父が創業し父が生れ死に
した街は<本府>と呼ばれた碁盤の目状の計画的人工的な街であつた。
明治政府が<西の都ー東の都>に似せて作った都市である。
今で云えば、筑波の学園都市のような周囲の自然とは絶縁したニユー
タウンであったろうか。それも政治の中心を担った北の都として。
したがって、其処の街は自然から離れ銀行も料亭薄野も含めて
官が基本の御用達的要素が主で、さらに汽車の駅を中心とする街となる。

もうひとつ振り返るように25年いたこの円山ゾーンを見詰めると、西の
山並みを中心とした自然の色濃い牧場や畑の農作物を基盤とした
川の源流域に拡がった<村>を基本にした街であると思う。ここは
官ではなく農の街だった。市場を繋ぐ街道の街だった。

もうひとつ見詰めるように豊平川の流域に拡がった鴨かも川ぞいの
いわゆる都心の南の街角は神社仏閣を中心に、門前町寺前町があり
母なる豊平川から分かれたもっともさっぽろという地名の自然に近い
街、官でも農でもなく民の街と思える。
 
<官>の街から<農>の街そして<民>の街へと私のさっぽろは
1970年代市街地再開発のビル群と闘い、遁れ、1980年代界川
円山川琴似川の源流から石狩の海へ開き、今2000年代住まいの
ビルマンシヨン群との闘いから、旧札幌川の流域に拓かれた最初
の街へ優しい廃屋と傷跡の残るしかしさっぽろの原点の場所へと
向かいつつあるのかも知れない。それもまた道行きの必然かもしれない
さっぽろを愛する札幌人として。

by kakiten | 2005-12-08 13:04 | Comments(2)
Commented by 栄通 at 2005-12-11 23:01 x
 昨日はどうもでした。
 とうとう雪が降りましたね。めったに行かない図書館に行って借りた本に中森さんがいるじゃないですか。嬉しくなって伺ったしだいです。

 先日の田中さんとの出会いといい、花器店の現況のお話といい、驚きの連続です。大体の内容は直接伺いましたが、早速このサイトを見ての投稿です。

 25年という場の力、利用する者にとっては便利だな、楽しいな位の気持ちで通っていますが、日々のつつがない時間の流れの中での、突然の断絶がヒドラのように頭をもたげる、そういう時に立ち会うことになりました。私という個は実に怠惰な日々を過ごしておりますが、そういう者を飲み込んだ25年という『時と場』、地場の立場からすればオーナーは黒子のような者かもしれない。ずいぶん、黒子氏は多くの事の、者の目撃証人であったことでしょう。現況は断腸の思いと思います。私は励ます言葉を知らない。かつ無力です。ただ、せっせと個展に通うだけです。

 再起を期待し、楽しみにしています。
Commented by kakiten at 2005-12-12 14:26 x
見えないところを見るのが文化の力とすれば、今札幌に必要なのはそうした物と私は思っています。<黒子>でない事は簡単と思います。ここの25年を選んだ時から、カルチヤーでなくカルチベートを、メタフイジカル
でなくフイジカルを、コンテンポラリーでなくテンポラリーを、花の15日でなく見えない350日を選んでいたのです。ですから、ずーっとここで闘っていたのです。ギヤラリーもまたその場です。作家という花は、350日の
同志で花の15日をもてはやして、選んではいません。ここの闘いは、ここに来る前の闘いー等身大ー非等身大と変わってはいないのです。
ビル化という街を支える価値観と、地べたから立ち上げるいのちの文化力
の対峙です。お返事になったかしら?固くてごめんなさい。


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