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テンポラリー通信

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2008年 09月 06日

窓の蔦ー夏の末(sak-kes)(13)

蔦の緑が濃さを越え少し乾いてきた。枯葉が窓から入る。
空家だった2年前に比べ、蔦に勢いがある。人が出入りして、その熱と湿気が勢
いを与えるのだろうか。表から見ると、家全体が、ぬいぐるみのようにも見える。
昨年5月の樫見菜々子さんの個展の時、初めて発見したのだ。
夕暮灯りが窓に溢れて、蔦が衣装のように家を覆っていた。
今2階の窓が蔦に覆われている。内側から最初にその写真を撮ったのは、村岸
さんだった。遺品の写真に残っていたのだ。
前のスペースの2階の窓も大きくて美しかった。
蔦と銀杏の木が藻岩山を遠景にして、窓が額縁のように嵌っていた。
ここの窓の外はマンシヨンである。それでも、近景の蔦が窓を美しく縁取っている。
窓の横には後藤和子さんの青い作品がある。これは、青い空。
25年いた円山北町の建物に蔦が繁り出したのは、17年くらい経ってからである。
母親が亡くなった年だった。初雪が降り、銀杏の葉が黄色く、遠く山が見えた。
窓の縁の赤く色づいた蔦が逆光に浮かんでいた。この時撮った写真を喪中の葉
書に使った。普通の黒枠の決まりきった文面の喪中葉書が、厭だったからである
。この葉書を見て、茨城の妹が泣いてくれた。
今の所に引っ越してきて、窓と壁の蔦を見たときなにか不思議な気がした。
近くの路上に朽ちた白樺の樹がぼそりと立っていて、25年一緒にいた白樺と蔦
がそっと寄り添ってくれた気がした。円山川の源流の倒れた白樺を素材に、村岸
宏昭さんが白樺を吊って、あたかもかって白樺が立っていた時のように作品を展
示した時、私の見詰め、歩いてきたさっぽろが傍にいると感じた。
村岸さんはミスター白樺だったなあと、ふっと今思う。
蜻蛉だけではない。幻視の風景が満ちている。そこを場として、5月の共和国、8
月のラプソデイーと繋ぐ夏の年を象嵌する何かが、これからの私の志・事となる
だろう。

*gla_galのFresh Answer展ー9月7日(日)まで。am11時ーpm7時
*新明史子展ー9月16日(火)-28日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-09-06 11:57 | Comments(0)


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