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テンポラリー通信

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2008年 08月 07日

及川恒平のResongs-夏の年(sak-pa)(59)

糸田ともよの「水の列車」という一冊の歌集から、幾つもの及川恒平の唄とメロデ
イーが生まれた。その声は、都市の凍結した心の<北>を解(ほぐ)し、川となる。
例えばそれは、

 階段を数えてのぼる癖 死後も 黄昏いろの地下書店から

という一首が

 たそがれの地下書店に 一通のメールが届く
 多分もう行かないという 夢のつづき短い言葉

 階段を数えてのぼる ありふれた癖だとしても
 目の前のたった一段 崖だったら数えられない

という唄となる。
糸田ともよの閉じた心の氷結した視線が解(ほど)けて、美しい旋律とともに澄んだ
渓流のような抒情を生む。唄のコアには、糸田ともよの<幻影枝>と名付けられた
歌群の一首が位置しながらも、そこに及川の保つ透明な声と、街角の孤独が重な
って、”一通のメール”という<ありふれた>日常に解きほぐしていく。
「地下書店」と名付けられたこの唄は、及川恒平の近年の傑作と思うが、それはあ
くまで、糸田ともよの短歌の奥底に潜む<激しい意志>(菱川善夫)を、おのれの
唄として再生せんとする、旋律と律動と声の、壮絶で透明な格闘があるからなのだ
。及川恒平が敢えて、<Resongs>と名付け、糸田の歌をひとり歌い続ける意思
には、再生=Reの意識が強くあるからに違いない。
Reとは別の言い方をすれば、<革>という事と思う。Revolutionの革である。
及川恒平は、糸田ともよの歌に潜む凍った炎を、自分の唄(ソング)として緩やか
な解凍、命革める行為の声に変革している。それは、糸田ともよの為に短絡する
ものでもなく、自分の為だけに収斂するものでもない。及川の声という表現が求道
して止まない、<北>の軸心そのものへのRepubulicな行為から発するものだ。
唄うことを通して、自らの磁場を探求し続けている及川恒平の、唄の再生への意志
こそが、この幸せな出会いを創り続けていると私は思う。

*アキタヒデキ展「点と点と展」-8月9日(土)-17日(日)am11時ーpm7時
 月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-08-07 15:30 | Comments(0)


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