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テンポラリー通信

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2008年 03月 18日

レジデンスということー界(さかい)の再生(29)

昨日は休廊日で、森美千代さんの写真展を見に行く。ニーサというバングラデッ
シュの少女の大きな黒い瞳と肌が、深紅の背景と合って強い印象を与える。タイ
トルは、「ONIKESHIとNEESAの刻」で、オニゲシの花の深紅の色と異国の少
女ニーサの焚き上がるような刻(とき)が、シンクロしている。女性の女性ならでは
の命の時間と思える。会場の壁が深い青色でその色が深紅の作品を一層引き立
てる。日本という異国に滞在して、今はドイツにいるというニーサという少女の多感
な少女の刻(とき)を、やはり女性ならではの視点で切り取った写真だ。大人に変
化していく多感な少女の時間と、異国である札幌に滞在している事でよりナイー
ブな時間とが信頼する人と出会って心開き、凝縮して心の瞳を開いている。そこに
は年齢を超えたふたりの友情すら感じさせる。ニーサという少女にとって、それは
一生忘れられないさっぽろの刻(とき)であるだろう。一瞬にして過ぎ去っていく刻(
とき)を、人はこのように作品にして留めることができる。そして、その刻を共有す
ることさえ可能にして、目の前にそれがある。時という間を繋ぐもの、時という間に
宿る、過ぎ去らない刻(とき)。音楽であれ、絵画であれ、詩であれそうした刻(とき)
を保つレジデンスを、ファインというのではないだろうか。
その後、ICCで始まった野上裕之、岡和田直人、久野志乃さんのアーテイストレジ
デンスの報告展を見に行く。野上さんと岡和田さんは2ヵ月間タイに滞在し、久野
さんは台湾に滞在した。そこで経験した滞在報告を作品とトークで発表する。初日
の会場に着くと、久野さんの作品はすでに設置されていたが、野上さんと岡和田さ
んの作品はまだ製作中だった。ふたりの合作によるインスタレーシヨンは、2枚の
毛布を宙に吊り、その下に薄いグリーンのウレタンの泡沫で池状に仕切りその内
側に水を滴らせ循環させるという設定のようだった。ピンクと肌色の毛布が草臥れ
て絶妙のバランスで吊られている。手前に寄掛かる椅子を置いて見上げていると、
まるで自宅に居るような寛ぎを感じた。何か万年床を前に手足を伸ばしているような
錯覚に陥る。草臥れて、皺になった毛布が床においてあれば只の日常だが、これ
が宙に浮いているから、妙にシュールで日常の現実感を跳ばす。それが逆に居
心地良く楽にさせるのだ。現実の現(うつつ)の方である。ここで、でれっとしてお酒
でも飲んで朝を迎えたら、二日酔いの頭の中はこんな風景になるのではないかと
思った。まだ未完だが、この作品は見るものが何時か作品の前でレジデンスしてし
まう。妙に肩肘張った報告でないところがいい。完成が楽しみだ。一方久野さんの
作品は、盛り上がった棒状のものに花が描かれた布が覆い、さらに床に散らばる
ように明るい色彩の花が溢れている設定だ。この作品は壁に向かって見るよりも、
壁を背に野上さんたちの作品に向かって見た方が美しい。その方が、久野さんの
開かれた心を感じる。未完の野上さんたちの作品とは好対照で、女性性と男性性
の面からもそういえる。同じ滞在でも現(うつつ)な男のものぐさな観念性と、実(實
)の内面性をきつちりと美しく花で表わす女性の方向性の相違が見えるのだ。自国
と他国という国境の間が、個の内面から作品として外在化される時、その間、境・
界(さかい)が、如何に相渉って表現され得るかという点で、ここにはいいレジデン
スがある。日常が喪失していないからだ。ニーサという少女といい、野上、岡和田、
久野さんといい昨日はレジデンスという滞在の日常の在り様を感じさせるふたつの
展覧会だった。見る私もそこで”滞在”という時間を経験できたからである。自と他
の間に区別・差別・分断の境はなかった。国や環境の界が、人の関係性のなかで
、暖かく開いていたからだ。

*「境・界(さかい)としての石狩・大野一雄と吉増剛造」-3月18日(火)ー30日
 (日)am11時ーpm7時。月曜休廊。
*及川恒平ソロライブ「Re Song」-4月5日(土)午後6時~入場料3000円
 予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-03-18 13:06 | Comments(0)


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