灰色の空。白く寒い汚れた道を東へと歩く。市民ギヤラリー(旧一条中学校)から南
へそして北へ。やはりこの辺もビルが多い。建設中のもある。ふっと一軒の金物店
を見つける。中へ入る。ひとりの親父が奥から出てくる。”三上”と声を出すと変な
顔してすぐに昔の顔になる。”中森!おまえ店止めたのか、新聞で見たぞ。”いや
はや。ちやんと読めよ。すぐに何人かの名前がでてくる、あいつはいまこうだ、ああ
だとしばし昔話。ビルの狭間に中学時代のさっぽろがひよっこりと在った。それから
サッポロビールの方へ行く。この辺もビルラッシュ。赤いレンガの旧福山醸造の
倉庫をカフエにしている一角の裏、いい倉庫か車庫を見つける。これが今日の
発見。段々東に移動してきた。旧さっぽろ川ー伏篭川沿いのルート次は北へ。
頓宮神社やお寺こんなに近かったかしら。大人の目線、中学生の目線の違い
だけでなく、空が狭く建物がでかいせいもあるよ。さっぽろにある<その入口>
街にそれを探す。さっぽろの自然と繋がる接点。人工の入口は駅だが、もうひとつ
眠っている入口がある。人と自然が寄り添うように開かれた接点がある。例え
それが繁華で今はなくてもいいのだ。それが見えるまで歩く。こうしてさっぽろ
を歩くとタイムスリップする時間も歩いている。ぼくの過去のさっぽろ、どうしても
現在が暴力的に見えるのは単なるノスタルジーだろうか。でも現在に眠っている
開かれた場の発見に、自分の過去の回路も含めて今試されていると思う。寒い
けれど今しか出来ない。閉じようとするものと今闘っている。閉じようとするさっぽろ
に立ち向かう。記憶も含めて全部の自分が今そこにいる。
創成川ー36号線ー豊平川に囲まれたデルタゾーンを今日は歩く。ロイヤルホテル
の前で鴨々川は直線の創成川となる。ホテルとマンシヨンの合い間に古い街があ
る。黒澤明の「白痴」の舞台となった札幌の風景が残っている。しかし惨々たるか
なさっぽろ!もうすっかりひねくれているなあ。ここもいずれホテルとマンシヨン。す
すきのベッドタウンになるだろう。西へ下るとそこはすすきの。大きなお寺がやたら
目につく。顔のない汚いビルより屋根が顔を持っている。大きくともあまりひねくれ
てもいない。生れた場所ピヴオの前を通る。舗道の下にぬかるみのようなものを
感じる。足がずぶっずぶっと吸われる。ここに1897年から1970年までの家屋が
あった。その記憶が足を重くする。約50メートル6軒の店を感じると長く、実際は
すごく短い。出入り口とウインドウだけが過ぎていく。帰ってこのブログを打っている
と電話が鳴る。<今すすきのですよ、これからそっちへ行きます>洞爺の高臣大介
さんからだ。なんで薄野から電話くるの?今そこを歩いてきたばかりなのに。なつい
たかな、今深い処歩いてきたから・・・。