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テンポラリー通信

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2008年 02月 19日

吉増剛造展ー界(さかい)の再生(5)

吉増剛造展の展示をする。「アフンルパルから石狩へ」。アフンルパルとはアイヌ
語で「入る道の口」の意。あの世への入口。1990年2月吉増さんの写真展のタイ
トルともなっている。そして、最近の断筆宣言最後の詩篇が、「Poil=ポワル=毛
、アフンルパル」である。’80年代北海道への旅を続けていた詩人は、写真によっ
て表現した異界のテーマを「アフンルパルへ」とした。そして今、再び20年近い歳
月を経て、同じタイトルが甦ったのである。しかも詩人が、詩を断念するという時期
にである。現代詩のトップランナーとして常に時代の先頭をひた走ってきた吉増さ
んが、生と死の界(さかい)、その入口に立っている。ひょっとしたらもうあの世の向
こう側の入口からこっちを見ようとしている。そんな気がするのだ。人間にとっての
究極の界(さかい)とは、生と死の境である。その界の入口を意味する”アフンルパ
ル”を主題とするのは、尋常ではないのだ。私は私のところに収蔵されている吉増
関連の資料・作品を、’90年代の石狩河口から夕張への軌跡を通して再度検証し
たく思うのだ。石狩河口から夕張へと遡上した名作長編詩「石狩シーツ」の道行と
逆過程の夕張から江別、モエレ、篠路、石狩河口を廻った2003年の初夏にここ
が最後の長編詩の舞台となると呟いた吉増さんを、どうしても思い出すのである。
往路と還路のように、アフンルパルへの回帰も復路のようにあるのではないか。そ
そう思えるのだ。あわい(間)の道を詩人が歩いている。ぎりぎりの選択。そう思って
最後とされる詩篇を読むと、打刻するハンマーのように、語彙がある。必死の逆坂
の登坂がある。究極の界の向こうから界に入る。これは大変な所にいるなあと思
う。ー”旅(たび)”なんかじゃないんだぜ。”ベツノノボリ”だ、・・・-”環(わ)、多(た
)、苦(く)、死(し)、・・・・・”を(尾)、仮ノ、ほら(穂ヲ=洞)ト、して、あたらしく生まれ
ようとしていた、-。アフンルパルの在った登別が、ベツノボリとされる。詩人は、逆
しまの、向こうの世界にいる。

*吉増剛造展「アフンルパルから石狩へ」-2月19日(火)-3月2日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-02-19 14:14 | Comments(0)


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