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テンポラリー通信

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2008年 02月 09日

装置としての美術ー視線と拠点(56)

偶然が重なるように、昨夕の道新夕刊で岡部昌生氏がふたつのヒロシマを書いて
いる。-<主題はふたつのヒロシマ、加害と被害を内包する。現場は広島の旧国
鉄宇品駅で百十年の時を刻んで消滅したかつての軍用鉄道最終駅のプラットホ
ーム。>-今回のベネチア・ビエンアーレ展の彼のフロッタージュ(こすり取り)の
主題となった場処の事である。この文で彼は、ふたつのヒロシマを加害と被害の
両面が内包されたものとして位置付けている。それは、私が思うふたつのヒロシ
マとは違うものである。被爆したノーモアと形容されるヒロシマとは、唯一のヒロ
シマであってふたつとなる事はない。軍用鉄道の有する軍都広島市は、カタカナ
に置き換えられる事はない。日本の帝国主義がもたらした南方植民地政策の侵
略の拠点としての広島は、加害の拠点のひとつであったのは事実であるにせよ、
そこにノーモアのヒロシマはないのだ。私が思うカタカナのヒロシマとは、私が生
まれ、今住んでいるこの石狩の国に刻印されている地名北広島市にむしろカタ
カナのノースヒロシマを嗅ぎ取るのだ。国内的に向けられた植民地化の匂いを、
国外へと展開したのと同じ構造である事を思うのである。北広島はカタカナで表
記されないが、陰画のようにそこには<ノースヒロシマ>が反転して貼り付いて
いる。それがふたつのヒロシマなのだ。史上初の原子爆弾投下という人類史上
稀に見る歴史的事件は、広島をヒロシマ化したが、その事実に比し無名に近い
北広島もまたその植民地主義を根元として保っている事を身近な事実として見
詰めなければならないと思うのだ。だから敢えて、ノースヒロシマとカタカナ化す
るのである。北広島市には被爆者会館もあるという。ヒロシマブランドの支店もあ
るという事になる。これも見方によっては一方的なヒロシマ化なのだ。自然として
は豊かな川の人の指のように広がった間に存在する町々。その広島市が、軍港
化して軍都となっていく近代の過程が、攻撃の対象として原子爆弾を呼び込む。
その根っ子にあるものは、被爆後のある普遍性を訴えるヒロシマとは、異なるもの
である。被爆した<ヒロシマ>と自然としての<広島>の落差にこそ今私たちの困
難な<ヒロシマ>が存在する。そして<ヒロシマ>化とは、もっと日常化したさりげ
ない容貌をしていると思われる。事実としてのヒロシマを装置として美術化する事に
は、深い危惧を感じるのだ。

by kakiten | 2008-02-09 18:14 | Comments(1)
Commented by T.nakamura at 2008-02-09 21:46 x
フロッタージュという方法によって、「事実としてのヒロシマを装置として美術化する事」など、岡部さんにも、また他の誰れにとっても、不可能な行為であると思う。それが可能であると思うこと自体がたぶん作家個人の錯覚であろう。絶対に可視的にできないものの存在感が個人の想像力のはたらきを十全に喚起するにちがいないから。可視的なものにするアートの行為が作家自身を含めて絶対的に不可視なものとのせめぎ合いの場所へとつねに連れ戻す回路を省略し疎外してしまうなら、それはアートのみならず、人間の精神の、緩慢なる自殺行為であっろう。アートがいわゆる「善の意志」をもつようになるなら、それこそアートの自殺であろう。


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