人気ブログランキング | 話題のタグを見る

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2008年 01月 26日

ドビュッシーな夜(続)-視線と拠点(43)

ドビュッシーな夜、初めは高臣大介さんとさしで飲んでいた。その時ぽっりと大介
さんが語った事がある。-飲んで意識が無くなったのも2年振り、前の店のラス
ト展覧会のオープニング以来だ。太田ヒロさんも2回も演奏してくれて嬉しかった
。それもあの時以来で、ただ2度目の演奏の記憶は跳んでいるんだ。記憶はない
けれど、体と心は覚えているよ-事実初日の夜、ヒロさんの2回目の演奏の時、
大介さんはムーンウオークに始り、スタッフののりちゃんが見た事もない動きと
評した激しいボデイーアクシヨンを繰り広げていたのだ。かって、パンクロッカー
だった高臣大介の姿を彷彿とさせるアクシヨンだつた。知の記憶は無くとも、正し
く体の記憶は残るだろう、そんな動きだった。さらに言葉は続いた。-ここに中森
さんが引っ越してきて、今回本当に前と同じ気持ちで会場に居る事ができたなあ
ーケンちゃんも来てくれて本当に嬉しかった-前の<場>を深く知る友人の言葉
として私も嬉しかった。所有権の戦いに敗北したとはいえ、25年培ってきたもうひ
とつの<場>があった。その事を一番深く知る人間のひとりの言葉として聞いて
いたのである。空間には、所有権に属しきれないもうひとつの場、共有される<場
>というものがある。私有の枠を超える<場>である。ふっと大介さんが洩らした
言葉には、その感慨が篭っていた。ガラスを創り、販売する。その為には売る場が
いる。私と大介さんの関係はその事によって社会的に成立している。それが現実
の関係である。しかし人にはもうひとつの現実がある。それは、<場>を通して繋
がる開かれた関係である。同じ方向へと共有する眼差しに関わるグランドとしての
場である。そのグランドを、今回ここで回復し確認した事を、彼は語ったのだ。
<前と同じ気持ちで会場に居る事ができた。>。記憶を無くすような激しい彼のボ
デイーアクシヨンの爆発の背後に、物を創り、物を売るだけの場ではないもうひと
つの<場>を共に生きる友人の姿を見た気がした。ドビュッシーな夜は、この<場
>の確認が、トニカ(基底音)となってあったのだ。そこへ村岸さんの高校時代から
友人ユウキさんが訪れ、宝くじのお姉さんが来たのだった。従ってその夜もまた、
大介さんの記憶は跳ぶ事となる。以下自分も同様であったのだが・・・。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-01-26 12:17 | Comments(0)


<< ハイローズの夜ー視線と拠点(44)      ドビュッシーな夜ー視線と拠点(42) >>