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テンポラリー通信

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2008年 01月 22日

光の函(はこ)-視線と拠点(39)

定休日だがギヤラリーに出る。高臣大介展の搬入と展示がある。花光の佐藤さ
んの気合が入っている。このところ休んでいない。出掛けに冷たいリンゴジュー
スを飲んだ時に腰がぎくっとした。歩きながら直そうと思ったがつま先に冷えがき
て地下鉄に乗る。つり革にぶら下っていると、目の前で若い女が化粧に余念がな
い。見るともなく見ていた。頬を塗ったり、口紅を挿したり完全に楽屋状態である。
ある者はイアーホーンの音楽に目を瞑り、本を読み、軽い眠りにいたりと、この地
下鉄の時間というのは出口を待つ待機の償却の時間なのがよく判る。外界が無
いに等しい時間である。地下道と地下電車に吸い込まれて、間断なく指示がアナ
ウンスされ出口を待つ時間である。目的地までの過程が歩行と違う時間が流れて
いる。他者は不在に等しく、私だけがいる。あとは群れてきゃあ~きゃあ~と仲間
話に興じているのだ。話は跳ぶが、「カイラス巡礼」を書いている早川禎治さんの
文の中で<美糞>といえる言葉がある。菜食を続けて巡礼の旅を続けていると排
泄物が悪臭なくサラサラしていたという話である。醜糞とは美食が生むのである。
三つ星とかに象徴される美食のグルメ志向という<美>の吸気は、醜という排泄
を生む。吸気の文化は瘴気を生む。都市化という吸気が、自然の境にゴミの山を
生むようなものだ。呼気は、排泄の瘴気に取って代る。地下に吸い込まれた時間
が、あたかも誰もいない自分の部屋の時間のように、鏡と向き合っている自分だけ
の時間にしていたあの女性は実は正直とも思えるのだ。吸気の内実は利己の世
界だから、他者は存在しないのだ。他者と外界を閉ざした人の群れから地上に出
ると、世界は寒気と光にあふれていた。高臣大介展の会場では透明なガラスが光
の函となって、陽光を溜め、通過し、溢れていた。閉じる光ではない。抱きしめ凝縮
して放たれる光だ。ここには光の呼気が溢れている。松の葉を細かく埋めた花光さ
んの苗床のような造形物に高臣さんのガラスが埋め込まれている。その周りに細
い光の束のようなガラスが差し込まれ朝露と光線のように見えている。その上には
、天井からアオモジの緑がシャンデリアのように吊られ、白い小さな花がフラスコ型
のガラスに挿されている。通過する光を受け止め、抱きしめ、射しだしている。ここ
には閉じる吸気の時間がない。光も空気も開かれて通過し透明になって開いていく
、トランスペアレントなのだ。このトランスは吸気の箱ではない。呼気の函なのだ。緑
も花もガラスも、光の函となっている。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 am11時ーpm7時月曜休廊:22日午後7時~太田ヒロパーカッシヨンライブ

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-01-22 14:26 | Comments(0)


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