人気ブログランキング | 話題のタグを見る

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2008年 01月 21日

呼気と吸気ー視線と拠点(38)

maw(まゥ)-呼気・風・ハマナスの果実。呼気という身体から発するものが、風
となりハマナスの果実となる。この変遷はまるで作品の過程のようだ。一方吸気
という言葉は見当たらず、よく考えれば呼気のうちに吸気も内含されているかに
思える。気功を経験した時そう感じたのだ。入口に対し出口という言葉も同じよう
に出口が入口に内含されているかに、思える。自然とともに生きたアイヌという先
人の考え方には触発される多くのものがある。吸気や出口に比重を置いた現代
人の貧困を感じるのである。植民地主義も、経済の一極化も吸気の行為と思える
。中央志向という権力志向もブランド信仰も含めた都市構造も、ある種の吸気に
よって成立している。古いものをすぐ捨て、スクラップアンドビルドを繰り返すニユ
ーとオールドの消費都市はいつも過去を否定して新たな出口ばかりを求めている
。文化の軸心にもその構造があり、吸気の文化構造は徒党を組み自己中心の権
威構造として閉じた境界線をもつ。芸術と大衆とか社会性をもつたアートとかある
種の区別・差別を前提とした類のものである。個から発する呼気を前提とした時最
初から衆は措定されない。現代の産業経済構造と同じ構造で、芸術・文化が成立
するはずがない。吸気のアートが本質的に世界を撃ち、開くはずもないのだ。異常
気象の竜巻のように周囲を巻き込み徒党を増やしそれを作家がキューレートと錯
覚する呼気の無い、吸気の作家は虚無の灰色の服を着たお化けに近い。そんな
作家団体や個人が助成金や資本に取り憑き<ミキ友>のようなお仲間徒党を組ん
で大衆とかいう人を小馬鹿にした仲間外の集団を観念的に作り上げて啓蒙活動よ
ろしく上意下達の吸気の文化をばら撒いている。個として表現活動を大切にしてい
るかに見えた人間があっという間に馬脚を露呈して徒党を組み、芸術を見世物に
する化け物に取って代わる。このブラックホールのような吸気の作家はすぐに団体
を組む事で己の弱さを量数に振り替えるのだ。グレーゾーンを巻き込み、境(さか
い)は只の区別・差別の線引きとなる。内界から発し外界と相渉る真の境はそこに
は無い。間に息づく感受性の湿地帯が消えるのだ。五感の背後にぴったりと存在
している湿地帯のような粘膜を喪失して如何なる感受性が成立するか、身体に即
して考えれば明白な事である。吸気の文化・芸術は所詮感性のメタボリック症候群
として自滅の道があるのみなのだ。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 :22日午後7時~太田ヒロパーカッシヨンライブ

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-01-21 15:08 | Comments(0)


<< 光の函(はこ)-視線と拠点(39)      寒気鋭くー視線と拠点(37) >>