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テンポラリー通信

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2008年 01月 16日

空と山ー視線と拠点(33)

冷え込んだ空気に澄んだ空、山並みの稜線が美しい。通勤途中、西の空が青く
輝いていた。山々の白い峰、その境界を囲む青い透明な空。自然が見せる境は
何故こんなにも美しいのか。対立や区別の冷たい境界がない。それぞれが他を
引き立てるように重なり合い、光っている。境が活き活きとしている事は命に活力
を与えてくれるようだ。光と彩(いろ)があふれているからだ。息吹(いぶき)という。
吸込むことの反対にあるもの。その発するなにかを感じていた。地下に潜る。地
下電車に乗る。目的地までの閉じた時間が過ぎる。出口に急ぐ。再び地上へと出
る。手稲山の山稜が堂々たる姿を見せていた。滑る足下に気をつけながらも眼は
遠い山並みと青空を見ていた。地下の暗闇を電車が走り、出るとそこは中央区か
ら北区へと地域が変わる。中央区の足早な多勢の人たち。北区のまばらな人込
み。氷柱のある窓。広い空。首を45度以上傾けないと見えない空。ふたつの空を
経験する毎日だ。人が密集し足早に急ぐ街路を都心という。人がまばらで空の広
い界隈を場末などという。人間が作る観念の境に美しさはない。区別と差別の境
である。街に氷柱は見えない。のっぺらぼーの高層建物には、氷柱落下は凶器
ともなるからだ。だから、建物に軒下屋根が消える。場末にはツララが似合う。屋
内から見えるツララに光が溜まる。陽光が煌めく。夕暮れにはツララが青く染まる
。この豊かさに区別・差別はないのだ。氷柱のないのが都会と思う。境の光を忘れ
た田舎のプレスリーは道化である。宣伝看板が自己主張のエゴのように多く醜い
街中では、宣伝看板に食傷気味となる。案内音声の過多にも食傷気味の街路・
地下電車。風と光の地方・場末には、境が生きている。界(さかい)が活き活きとし
ない世界は、線引きの、型取りの、マネキンのような世界だ。ここには吸気の吸込
むものだけが陥穽のように満ち満ちている。もし世界中の飲み物がコカコーラにな
る事、それがグローバリゼーシヨンなら、インドのテイーもモンゴルのチャイも消え
て大竜巻きのように吸込まれ画一化する。この経済の吸気が文明化といい近代化
というなら、真の文化はこの竜巻のような吸気のエゴとは、闘わなければならない。
界(さかい)を取り戻さなければならない。界(さかい)の触れる新鮮なタッチ。それ
をグレーゾーンの縁(へり)にすり替え、権力の吸気に巣食う病んだ境(さかい)に
取り憑くものが今、真の敵である。

*森万喜子展ー20日(日)まで。am11時ーpm7時。最終日午後5時終了。
 :18日(金)午後7時~酒井博史歌い初めライブ・入場無料(投げ銭歓迎)
*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-22日(火)-2月3日(日)
 :22日午後7時~太田ヒロパーカッシヨンライブ・投げ銭歓迎。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2008-01-16 12:50 | Comments(0)


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