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テンポラリー通信

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2007年 11月 23日

体験と経験ー冬の輪舞曲(24)

体験がミクロなものとすれば経験は少し時を経て見えてくるある普遍性を保った
ものと云えようか。稚内からフエリーでサハリンへ向かう船中で最初に話し掛け
てきたロシアのおじさんに彩さんは<猜疑心の固まり>となった不安を書いてい
る。<マフイアかもしれない。売りとばされるかもしれない。>国境を越えた時の
最初の警戒心を女性らしい感覚で語っているのだ。国家や同言語に守られた日
本という慣れ親しんだ環境の外に出て最初の体験がもつた警戒心はトナカイと共
存する生活を経て小さく自己の内に閉じていた心が変化するのだ。それは国家や
社会を超えた大自然を前にした<孤独>の発見として語られる。<孤独というも
のは心の内に果てしなく広がっていくのではなく、心の外に、自分をすっぽりとくる
むものとしてあった。>この時体験はもうマクロな俯瞰される経験としての軸心を
獲得していたように思う。ヤクーツクの人たちと歓迎の踊りの輪に加わりながら<
隣の子どもの手のぬくもり>そして<おばあさんの次におばさん、おばさんの次に
若い女性と、掛け声役の人が変り、ぐるぐる回る。私は、胸にこみ上げてくるものが
あり、涙が出そうになる。>人の繋がりの輪のその中にいる自分。見知らぬ土地、
初めて会った人たち。しかしそこには類としての人間の時間が<糸のようにつなが
って、これからもつながっていく。>その体験がある俯瞰するマクロな感慨を導き
出すのだ。<胸にこみ上げてきたのは、その圧倒的な時間を感じ、そこに自分が
いることを確認できたからだろうか。>旅の初めに他者への猜疑心にさいなまされ
た自分はもういない。体験が経験への普遍性を保って語られるからだ。国家や同
族社会の枠を越え類としてある連続性を保った圧倒的な時間の内に人間を見詰め
ている。同時にこの事で気付くのは女性としての視点の顕著さである。踊りの輪に
男性の記述は見当たらない。国家や社会の構造を構築するのは一方で男性原理
でありその対極にある女性原理はその秩序・統合に対峙するものとしてある。「女
性性は社会性と対抗する概念なので、どんな社会性にも帰属しえない、要するに
wild sideの性質をもつ。」(田中綾ー「Where?-wild sideへの帰還の問題」)
という指摘を思い出してもいた。体験に基づく経験がある普遍性を獲得していく過
程で女性性と男性性ではその普遍性の在り方もまた異なってくるのだろうか。とも
あれ私は素直に昨日に続き彩さんの文章を読んでいるのだった。地球とその自然
を考える時代に生きている私たちは女性の優れたwild sideの感性に今心を向け
なければならないからだ。

*いずみなおこ展「森の記憶」-25日(日)まで。am11時ーpm7時
*福井優子キャンドル展「Cold Fire」ー12月11日(火)-23日(日)
 :11日(火)午後7時~あらひろこカンテレライブ入場料1500円
 :16日(日)午後3時半~佐藤歌織ピアノ・オカリナライブ入場料1000円
 :23日(日)午後7時~酒井博史ギターと唄ライブ入場料1000円
*森万喜子展ー1月8日(火)-20日(日)
*高臣大介冬のガラス展ー1月22日(火)-2月3日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
 Email:temporary@marble・ocn・ne・jp

by kakiten | 2007-11-23 12:51 | Comments(0)


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