小樽の詩人高橋秀明さんに小樽赤岩の龍の胎内巡りといわれる海岸の道を案
内してもらった事がある。崖に続く道で所々に岩窟があり仏が安置されていた。
下は深い青い海が広がり遠くに船の白い航跡が見えた。近くにはロッククライミ
ングの練習場があり何人かがロープで登っていた。ハングライダーの場所でも
あって崖から昇る風を利用して飛んでいる。鎖の付いた岩場を幾つも越え赤岩
の上へと登った。小樽の街は坂の多い街である。都市としての小樽は商都とし
て栄え個人の家に豪華な噴水があったり立派な能舞台があったりと民の力の
強い街である。札幌は官の強い街だが小樽は個人のブルジョアが文化を担っ
ていた。そして自然環境としては海に近い海坂の街でもある。その自然環境が
この赤岩にくるとはっきりと感じるのだ。海からの視線が札幌と違ってより一層
実感されるからだ。札幌の古い街道茨戸街道は中央郵便局横の斜め通りから
篠路・茨戸まで伏古川沿いに長く続いている。途中点々と神社、仏閣がある。
それに比して小樽は海坂の街なので海から続く海岸の崖沿いに仏の岩窟が連
なっているのだ。川よりも海から直接陸地を望んでいる。海の水の眼線でできた
街とその時思った。石狩平野に位置する札幌との大きな違いがそこにはあった。
海へと続く陸路の視線、海から見る海路の視線。この視座の違いは内陸の都市
と港の都市の違いとしてもあるがなにかもっと根本的なところで川の街と海の街
の違いとして水の視線の相違としてあるように思われた。川は下るものではなく
上るものだというのが古代アイヌの人の考え方であると言う。現在私たちは陸の
視線で川は山から海へと下るものと考えている。しかし私の赤岩経験で感じた事
は陸はあくまで海から見る視座にあって険しい崖の岸辺に陸路は稀薄な存在で
しかなかったのだ。明治の中期に鉄路が走り札幌と小樽は物流として近い存在
になりはしたが根本的に異なった風土にある。後志の国と石狩の国の相違は今
天気予報にしか顕在化しないがこのふたつの国の違いは街の組成において基本
的な相違としてその水への視線においてあると思うのだ。さっぽろに一番近い都
市小樽との違いを二都物語としてきちっと認識する事はミナトとミヤコの関係性に
おいて近代に置き忘れてきた現代の大切な回路のひとつではないかと考える。
さっぽろがイシカリというミナトを喪って鉄路という近代の産業直線に代替えした
時から川という水の視線は喪失して効率を重視した物流の現在があるからである
。海に開いた自然の入り口は次第に物の出入り口としてさらに単なる出口として
陸の傲慢が始まっていったように思える。アイヌ語に入り口という言葉の豊かさは
あっても出口という言葉は見当たらないのは海の視線と自然とともに生きた人間
の故でもあろうか。
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:17日(土)午後7時~酒井博史ライブ「刻歌生唱」入場料1000円
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*福井優子展ー12月11日(火)-23日(日)
*木村環×藤谷康晴展ー12月25日(火)-30日(日)
*森万喜子展ー1月8日(火)-20日(日)
*高臣大介冬のガラス展ー1月22日(火)-2月3日(日)
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