出掛けに晴れていた空から急に雨が落ちてくる。卸売り市場を過ぎた辺りで大粒
の雨。ペタルが重い。信号待ちの時後輪のタイヤに触る。空気が抜けて凹み気味
。道理でペタルが重い筈だ。週末はどうしても疲れが溜まるのか寝起きが遅い。
今日も寝坊気味で出るのが遅れた。自転車もスピードが出ない。信号に引っ掛る
。案の定10分ほど遅れる。すでに中嶋さんとお客さんが来ている。服もズボンも
ずぶ濡れだ。週末は鬼門である。着くと皮肉な事に青空が広がる。札幌で初めて
の秋を経験する中嶋さんが朝晩の風に冬の気配を感じると言う。そう、夏の果て
冬の始まりが来ている。昨夕中嶋さんが村岸宏昭さんの遺作CDを持ってきて急
に聞きたいと言った。久し振りにじっくりと聞く。ひとりで聞いていた時と違いふたり
で聞くと余計な想い入れが消え純粋に音として聴き入っていた。”気持ちいい音で
すね”と中嶋さんが呟く。一度も会った事の無いふたりが音楽を通してこうして出
会っている。中嶋さんと村岸さんの音を聴き入っているとふっと入り口から長身の
村岸さんが入ってくるような気がする。そう云えばふたりとも樹を吊っている。村岸
さんは昨年の個展「木は水を運んでいる」で倒木の太い白樺の幹を吊っていた。
中嶋さんは今苗木を吊っている。苗木には幼い葉も根も付いている。白樺は根も
梢の葉もないが幹に耳を当てると木の立っていた場所の川の音が聞こえた。見る
人はそこに無い根と梢を自然にイメージする。中嶋さんの苗木はすべてが裸で露
出していてそこには水が無い。土も除かれ根も繊毛のまま晒されている。でも見る
人はその苗木の向こうに水と土と光を感じている。想像力が命の土壌を耕作してい
る。9本並んでいる苗木の高低が♪を想像させる。白い壁に苗木の音譜が並んで
いる。この作品には音は無いけれども五線紙のようなきちっとした清潔感と潔癖感
があり自然光が溢れて光のメロデイーが流れている。木を素材にふたりには音を
感じさせる視線がある。水、木、光、土、風、そして音があった。ほぼ同じ年齢のふ
たりがもしこの世で一緒に出会う事があったならきっとここで音楽が鳴り響いてい
ただろう。村岸さんの名演奏が聞けた事だろう。遺作のCDを聴きながらそんな連
想をしていた。魂は千里を疾走する。今この空間にはそのふたつの魂が寄り添っ
ている。そしてふたつの魂がこの場を耕作している。作品という実はまだ未完だが
、しかしこの場を耕作し、屹立して、ふたつの木が寄り添うように呼吸している。同
時代という呼吸を繰り返し・・。繰り返し・・。
*中嶋幸治展「Dam of wind、for the return」-30日(日)まで。
*毛利史長・河合利昭展「産土不一致 sand which!?」-10月2日(火)-
12日(日)
*柏倉一統展「無題01 25章09節」-10月16日(火)-21日(日)
*石田善彦追悼展ー10月23日(火)-28日(日)
*谷口顕一郎展ー11月3日(金)-18日(日)
*いずみなおこ展ー11月20日(火)-25日(日)
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り入り口
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