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テンポラリー通信

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2006年 02月 04日

しゅったつは告げられてある(3)

今日も雪。吹雪く。そして寒い。東京沼田康弘さんより留守録。加藤玖仁子さんか
らも。岩手県の菅沼緑さんから電話。木工の作家で何年ぶりか。岩手の展覧会カ
タログ送るという。夏さっぽろで個展したいという。初めて会ったのは、1980年代
だからもう20年以上前だ。ふいっと声かかる。人の付き合いは不思議だ。沼田さ
んは「風の旅団」という黒テントの脚本家と役者をしていてこの人とも1989年ころ
からの付き合いになる。この頃私は夕張に通っていて、特に真谷地の廃墟が好き
だった。その一番高い所にあるコンピユーター室は壁に計器盤だけが残っていて
書類、写真が放棄され山のように机の上下に転がっていた。何度か訪れているう
ちなにかしのびなくなり、いく通かの書類を手元に残した。その後この建物は破壊
され更地となった。初めて沼田さんに会ったのはその頃で、彼は札幌公演の場所
探しで訪ねてきた。話している内出身が夕張という事が分かった。その時ふっと、
持ってきたけれど手のつけ様のなかった夕張の書類を思い出した。こんなのある
けれど・・。といって沼田さんにみせると彼は、ものすごい勢いでその書類を触りめ
くり、やがて叫んだ。<俺のおやじの会社だ!>私が触れずにそっと保管していた
夕張の書類はこの時初めて本当に触れる人を得た。書類は只の納品書の類であ
ったが、それは沼田さんのお父さんの勤めていた会社のものだった。我々はそれ
から、夕張を熱く語りそれぞれの都市論を交えて話は尽きなかった。そしてその関
係は今も続いている。夕張という近代産業の象徴のような都市が石炭から石油へ
の移行とともに捨てられ、巨大な廃墟としてあった時私は札幌の明るい廃墟ー壊さ
れすぐ新しい街路そして新しいビルに取って代わる市街地と比べてある美しさを夕
張に感じていたのだ。時間と物の緊密でゆっくりと光っている一日が、夕張にいる
間はあった。そして人間や会社のエゴが離れたあと、物や建物が用を放棄され、
純粋に形として存在していた。こんなことは都会ではないことだった。あるいは都会
では<用>が剥き出しになるものは少なく、もともと消費の為に存在し、夕張のそ
れとは基本が違っていたのかも知れない。しかしそれまで、建物や機械を夕張で
見たように見たことはなかった。建物のガラス一枚にも、真鍮の水道栓ひとつにも
時間が息を潜めていた。階段も手擦りも巨大な機械もよく使い込まれ鈍い光を放
っていた。見えないが人がいた。そして物があった。したがって廃墟は優しかった。
書類の紙一枚にもそれはあった。沼田さんのあの叫びのような声にはその<優し
い>響きが篭っていたなあ。<俺の親父の・・・>つて。

by kakiten | 2006-02-04 17:03 | Comments(2)
Commented by kahi at 2006-02-05 23:50
初めてコメントさせて頂きます。私は、恒平さんライブでお店にお邪魔していたものです。

昨日は、時計台ホールの一番後ろに立っていました。
恒平さんの歌にあわせて微かに揺れている中森さんの後姿が印象的でした。

お店の最後の夜は、実は、地下鉄を途中下車してお店に行きました。
中には中森さんと数名の方が居て・・私は、そのままお店を通過して
交差点を二つ渡って・・そのまま地下鉄に乗って帰ってきたのです。
記念に雪を載せた灯りのともったお店の看板を携帯の写真に収めました。

花器店は、恒平さんのライブでお邪魔してもなにか近寄りがたいものがあって・・でも、今日の、夕張の話を読んで、ようやく一歩だけ近づけた気持ちになりました。
私は、夕張が一番活気のあった時代に子供時代を過ごしました。
夕張は、私の記憶のはじまり・・今は、もう二度と帰れない心の中の
幻の街です。
Commented by kakiten at 2006-02-07 13:25
>kahiさまーなにかいいお便り心に沁みます。ありがとう。時計台では、背後で拍手が聞こえ関係者の人かなと微かに意識したのを思い出しました。最後の夜<交差点を二つ渡って・・・>そうですか、それも深いところで来て頂いたこと忘れません。あなたの夕張ー幻の街は、私にとっても
別の意味で<幻>の街です。今はあの花器店の建物もそうかもしれませんね。<燃える街角器の浪漫>(笑)が25年前につけたキヤッチフレーズでした。春秋白樺が燃え、銀杏が燃え、集う人が燃えました。建物という器が時間を刻みました。さっぽろにもひとつの夕張があったのかも知れません。あなたがひかれ、近寄りがたかったものとはそうしたあなたの大事な街夕張とどこか匂いが共通していたからかも知れませんね。なぜ
そうなのでしようか。それが今後も私に課せられたさっぽろからの大事なテーマと思っています。そしていつかまたあなたの夕張と私のさっぽろが
どこかで恒平さんの歌を聞くように、ご一緒できれば嬉しいなあと思います。


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