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テンポラリー通信

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2007年 07月 14日

なにをしようとしたかー夏の旗(36)

村岸宏昭さんの追悼の月例会がカフエエスキスで開かれる。来月の6日からL
OGの追悼ライブが皮切りに7日からテンポラリースペースでインスタレーシヨン
の展覧会、10日にはザ・ルーテルホールで遺作コンサートと始まるので月例会
としては最後の集まりである。音楽の恩師の南先生の段取り説明、確認、かって
の音楽仲間のライブのスケジュールは酒井さんから説明があり淡々と会議は進
んだ。しかし最後に美術の展示の事でクレームがつきまた故人の活動記録の不
備が問題提起され初めてこの集まりが紛糾した。発端は旧曙小学校に展示した
インスタレーシヨンの一部吸音装置をテンポラリーの会場に設置することの意味
だった。旧曙小学校はコンクリートの建物でありここは古民家を改造した木の家
である。従って吸音装置の設定は何の意味もなく作家の意思を反映しないという
主旨だった。それに付随して別の参加者から故人の活動記録や写真の展示がど
こにも会場に提示されていないという主旨の発言が続いた。故人の美術面での展
示は高校時代の美術の先生であった斎藤周さんが構成を考えていた。故人の美
術的発表はインスタレーシヨン(仮設展示)が多く額縁入りの絵画と違い展示に多
大な困難がある。昨年7月のここでの白樺の展示ももうその素材となった白樺は
失われている。そこで斎藤さんの意図した展示は旧曙小学校で展示されたものを
再現しようとするものだった。環境が違えばその環境に合わせて構築するインスタ
レーシヨンという作品行為は当然ながらズレが生じる。そこが指摘されたのだ。旧
曙小学校のフリースペースももう既に廃止されそこでの再現は無理である。ただ
その作品設置に関った友人たちがいてプロセスは覚えていた。素材も残っている。
他には故人の美術的展開の素材がないのである。ここでふたつの問題が提示さ
れる。再現とは何か。またもうひとつの指摘の記録とは何かという問題である。再
現も記録も結論からいえば不可能である。何をしたかを問えば際限もなく拾い切
れるものではない。問題は何をしたかではなく、何をしようとしたかなのだ。その故
人の眼差しの先を見ていたものを残された人間は共有しながら前へと進むしかな
いのだ。見詰め合うことではなく同じ方向をみること、それが愛する事といったサン
テグジュベリの「星の王子さま」の目線である。記録の重視や作品の再現に拘る
事は何をしたかに拘る事である。しかしその上でもっと重要なのは、何をしようとし
たかを伝える事だ。同じものの復元ではなく志したものの再生なのだ。追悼を履
き違えると死者に限りなく服従する心のファシズムに陥る。死者の尊厳という額縁
を権威化する追随的無責任が最終的に発生する。問われているのは生きている
自分がどう眼差しを共有しながらも今どう生きようとしているかなのだ。最終的に
問われるのは故人が何をしたかを明らかにしながらも、何をしようとしてかを自己
の生の現場で共有することである。音楽でいえば演奏の再現ではなく演奏者によ
って再生されるものであるだろう。それはグールドのバッハであり、キーシンのシ
ョパンであってバッハの復元、ショパンの復元とは別の次元にある。今我々が共
有する楽譜のようなものが村岸宏昭というひとりの男の人生の志である。生き様
である。何をしようとしたかと何をしたかを履き違えるとその軸がぶれるのだ。

*後藤和子展「青焔seiーen」-15日まで。
*石川亨信展「each pulse、each tempo」-7月17日(火)-29日(日)
*村岸宏昭展「木は水を運んでいる」-8月7日(火)-12日(日)
:併催遺作コンサート8月10日(金)午後6時~於ザ・ルーテルホール(大通り
 西6) 追悼ライブ8月6日(月)午後7時~於ライブハウス「LOG」(北14西3)
 7日午後7時~於カフエエスキス(北1西23)
*及川恒平ライブ「だきあえぬうお」ー8月18日(土)午後6時~
  予約2500円当日3000円
*Psalmライブー8月19日(日)午後6時~入場料1000円
*佐々木恒雄展ー8月21日(火)-26日(日)
*石田尚志展ー8月28日(火)-9月9日(日)
*阿部守展ー9月11日(火)-23日(日)
*中嶋幸治展「Dam of wind for the return」-9月25日(火)-30日(日)
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2007-07-14 12:48 | Comments(2)
Commented by 藤田純子 at 2007-07-16 22:41
こんにちは。“村岸君が何をしようとしたのか”、改めてguiroguishi(村岸君の試運転中のホームぺージ)を見ました。ちょうど去年の7月17日からのテンポラリー通信が載せられていました。http://muraguishi.jpn.org/A/temps/g.htm
特に7月20日の文章がやはり心に響きます。「不可能を超える心の行為」、大切ですね。
個人的には白樺の作品に会って見たいです。
事故に居合わせた高知の(地元や東京などから来ていた)人達も、あの出来事を、みんなが集まって話したりする機会はなかなかないけれど、それぞれに重く受け止めています。先日大木さんとお話する機会があり、今年のよさこいはどうするかという話になりました。チームとして参加を「自粛する」という選択肢もあったかもしれませんが、そうではなく、何かしら、村岸君の意思を汲むようなイメージを持って前向きにアクションを起こそうという方向になってきました。私は8月6・7日に札幌に行く予定です。テンポラーリーへの橋を村岸君が架けてくれたと思っています。
Commented by kakiten at 2007-07-17 10:20
藤田純子さま>そうですか、お待ち致しております。6日はオールナイト
で音の仲間たちの追悼ライブの日で、7日は展示の初日ですね。ゆっ
くり聞き、見て下さいね。


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