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テンポラリー通信

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2007年 05月 23日

指射していた5月ー5月の共和国(9)

<個人的なものを、ぼくじしんのためにつくることだ、と強く思う。>と1990年9月
の個展カタログテキストの最後に佐々木徹さんは記している。『垂直的に深く「入
って」行くために』と題された一文の最終行である。亡くなられて昨日読み返しあら
ためてこの最終行が胸を打つ。<・・と強く思う。>。昨年から佐々木さんは指差し
ていた。5月。<個人的なものを、ぼくじしんのためにつくること>を。5月はその
ように存在していたはずだった。少なくとも私にはそうだった。4月彼に代わってお
嬢さんの藍紗さんから一通のメールが届く。「父の体調が2週間ほど前から悪い
状態で、・・・おそらく手術が必要になると思われます。」ここのところずーっと病気
と闘い何度も検査入院を繰り返しまた新たな病気を患っての入院だった。病気と
の闘い。その闘いの最中にも指差していた5月があったと私は思う。17年の歳月
を経て変らぬ<強く思う>ものがあったと私は思う。もう一度新たなこの場でとも
に指差す萌える5月を迎えたかった。彼は実はこのブログの密かな愛読者であっ
た。そして昨年1月以降のテンポラリーの動静を見詰め続けてくれたひとりでもあ
った。だから何気ない顔をしてふらりと現れ話をしてあの事ねと知っているのだっ
た。最初はどうしてかなと不思議に思ったがブログ読んでますからとさらっと言わ
れ納得した事がある。嬉しくも思う反面どこかで佐々木さんとは一緒に仕事をしな
ければという責務のようなものも同時に感じていた。そして彼への不満としてファイ
ルの薄さを言った事がある。同時期に個展をした作家たちの資料のファイルの量
と比較して佐々木さんのファイルが一番薄いのである。他の作家の資料はどん
どん増えて多い人は10冊近くなるのに佐々木さんのファイルは1冊目のまま半分
も埋まっていない。個人の資料が少なくグループ展の資料が多い為である。これ
は拙いのではないかと云った。佐々木さんは困ったような眼をきょろきょろして優し
い表情でいやぁ、それは・・・と何か口篭もって語ったが記憶には残っていない。そ
んな事が何度か続いて5月の個展が3週間予定されたのだ。指射していた5月。
病との闘いのなか指射していた、その事だけは忘れないよ。佐々木徹さん。

*樫見菜々子展『微風」-5月29日(火)-6月3日(日)am11時ーpm7時
*有本ゆかり展ー6月5日(火)-10日(日)am11時ーpm7時
*予告gla_gla2人展6月中旬予定。
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2007-05-23 11:40 | Comments(2)
Commented by ねむいヤナイ@北海道美術ネット at 2007-05-24 22:06 x
わたしも、グループ展ばかりじゃなくて、佐々木さんの個展が見たかった。
その、中森さんの思いに、賛同します。

それで、じぶんのブログに文章を引用させていただきましたが、書きかたがまずくてご迷惑をおかけしました。

ほんとうに残念です。あらためて、冥福を祈りたいと思います。
Commented by kakiten at 2007-05-25 11:20 x
ヤナイさん>いいえ、いいえ、想いが先走り文章が乱れて恥ずかしい
事でした。きっちりとお読み頂き感謝します。ほんと、個展でもう一度
会いたかったね。その一点共有でき嬉しいです。徹さん、やる!って
指差していましたから。残念です。ヤナイさんコメントありがとう。


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