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テンポラリー通信

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2007年 04月 22日

暁に咳すー春のにおい(58)

夜となると胸が咳き込む。気になりだすともう目が冴える。来週はやはり病院へ行
こうと思う。春「呼吸器の変」だ。息が上り、息が切れる。朝、昨日まで無かった路
辺に土筆が立っている。そう、もう山菜の季節だなあ。先日ブラジルから帰った對
馬千恵さんが盛んに行者ニンニク、キトピロを食べたがっていた。食采ナシヨナリ
ズムに陥っていた。異国に行き、普段の日常の蓄積が反射的に立ち顕われてくる
。その一番直接的なものは食采であるだろう。食のナシヨナリズムを発見した對馬
さんはこの後どう動くのだろうか。キトピロはまた北の大地の山菜でもあり政治上
の国家とは違う南、北という異国なのだ。つまり日本中何処でもある山菜がキトピ
ロではない。キトピロもきっと南の地方にとっては異国の食采だ。食のナシヨナリ
ズムはもっと風土性に近づく。政治経済上の国家とは基盤が異なってくる。ブラ
ジルまで行って一番恋しかった食采がキトピロなら對馬さんの発見した国は日本
でもブラジルでもなく<北>という国だ。その国をどう見詰めどう持続するか、食采
という直接性と国家という間接性がしばらくは彼女の内部である闘いを生じる筈だ
。山菜の保つ旬という自然の直接性はグローバリゼーシヨンの間接性と対峙して
あるからだ。国境線を越え異国で暮らす。そこに政治経済人種の相違があるのは
勿論だろうが食采はもうひとつ別の軸で自然という風土の相違を見せてくれる。日
本国内にもそれがある。その時もうひとつの国が存する。そこから世界をもうひと
つ見る。例えばキトピロ国家圏。文化軸も多分そこと近いところから発する。ゴー
ヤ国家圏。サツマイモ国家圏。味覚としては貪欲に交流しつつも出自としては断
固として国が違うのだ。山菜という旬の食采はその事を率直に伝えてくれる。ブラ
ジルとキトピロ、それはブラジルと即日本ではない。石狩はまだ早いけれど道南や
日高ではもうキトピロが採れる時期だ。呼吸器を早く治癒して山野の空気を思う存
分吸いたい。そうしてキトピロ国家人になれば身体も回復が早いだろうに。

*木村環展「LIFE GOES ON」-5月6日(日)まで。am11時ーpm7時
 月曜休廊於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8
 北大斜め通りtel/fax011-737-5503

by kakiten | 2007-04-22 14:57 | Comments(0)


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