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テンポラリー通信

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2007年 03月 27日

春を灯すー春のにおい(37)

「春を灯すキヤンドル」福井優子展が始まった。様々な形のキヤンドルが並ぶ。
苺のショートケーキの形もありチョコレートの小枝のような形もあり和菓子のよ
うな形もありバレンタインとおひな祭りクリスマスと一度の来たような華やかさで
会場が包まれる。勿論ケーキやお菓子の類だけではないのだがそれが目に付
くのは生来の食いしん坊の性かも知れない。味覚視覚すべての可愛らしいもの
がキヤンドルになる。灯かりが点いて触れるように溶けていく。やはりこれは女
性ならではの直接性をもった表現造形と思われた。可愛く消えていくものなのだ
。そこに手で触れる、愛しさのようなものが基本にあるのだろうか。よく老若問わ
ず”可愛い!”と声をあげるあの誉め言葉にその本質がある。福井さんは青が好
きだと言う。冬の雪明りに青で統一したキヤンドル展をしたいと言う。今年の冬に
はそれが実現する予定だ。灯かりの揺らめきと雪の白さ、そのふたつの異質の
輪郭の境目が溶けて交感しあう。直線的でない青い空気の揺らぎの中での交感
。このある意味女性的な柔らかさの内なるオーバーフエンス。ふっと斎藤周さん
の素描の輪郭だけの柔らかさを思った。時として”暴力的韋駄天歩き”の私には
ないふわっとした揺らぎの越境行為なのだ。外界と対峙しつつ構築していく表現
行為もあれば外界と融和しつつ構築していく表現行為もある。時としてどちらが
いいという問題でもない。ただ風景にもその結晶する地点があるように外界との
接点で骨のように骨格にあたる地点がある。人間関係それが社会という構造の
骨格にぶち当たる時もある。その時点では融和しつつその関係を維持する事が
できない場合もある。最終的に価値観の選択において対峙しなければならない
。その時人は敵をつくる。闘いが起きる。それも真実と私は思っている。斎藤周さ
んと福井優子さんの世界は素材も分野も違うけれどその外界、世界との関り方
において揺らぎ、和らぎ、触れる行為の表現の在り処が似ていると感じられる。

*福井優子展「春を灯すキヤンドル」ー3月27日(火)-4月1日(日)
 am11時ーpm7時最終日pm5時ー佐藤歌織ピアノソロライブ
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2007-03-27 12:50 | Comments(1)
Commented at 2007-03-27 23:36 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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